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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
42/52

踏込む者


試合展開は未だに0-1。

しかし、上位打線の強さは確実に九州国際というチームにプレッシャーを与えていた。



カーーーーンッ



アッサリと猪瀬を得点圏に運んでしまう。

海堂の2打席目は、第一打席の八木を重ねるように三遊間を破るレフト前ヒット。

1アウト2塁1塁。



「押せ押せーー!」

「八木、続けーーー!!」



左投手である大鳥が、この左打者3人から打たれているという事実。



「……思った以上に、大鳥は左に強くはないようだね」

「左殺しは難しいのかな」

「打者を選ばない投球の良さだね。左を苦手としている打者には、有効かもしれない」



スカウト達からしたら、大鳥の評価がイマイチの印象に切り替わっていく。

確かな力を秘めていても、猪瀬と八木を抑えるのは難しいか。

ここで力が出るというのなら、もっと高い評価に繋がったか。



「3番、サード、八木」



得点圏での八木の打率は、4割を超える。

ここって時の、勝負強さ。本来ならば、5,6番を任される方が適正な打者だった。

猪瀬と海堂の2名が、高い出塁率を誇っているからこそ。3番で得点を作る打者としている。



早々に試合を決定付ける一打が欲しい。

先ほどのようにスライダーのみを絞った、やり取りはない。

大鳥と名神の入り方は、……



ビュッ



この場面で大胆に緩いシンカー。



「ボール!」



八木はついてこない。基本通りのストレート狙い。そこからスライダー、シンカーといった球種に対応する。来た球を打つ感覚。

ここで大鳥は大胆に周囲の存在を利用する。



ビュッ



「セーフ!」


猪瀬がいる2塁への牽制。

さらに目で一塁の海堂を2度も牽制。

猪瀬と海堂も、大鳥のクイックの速さは頭に入っており、リードも少なく。走塁意識に消極さを出していた。一方で、この長い間で八木の集中力にヒビを入れ、苛立った感情のまま、バットを握った。

そして、大鳥は牽制を入れようとする動作をフェイクに使い、自慢の高速クイックで打者へ投じる。

一瞬の攻防。


「!」


分かってるぞ。

走者に意識を寄せておいて、クイックと速い球で打者の内角を差し込む。

だが、俺は押し負けねぇよ!



八木は真っ向勝負できた。ここで見逃す頭はなく、力勝負で行きたかった心を絡まれた。

名神が要求し、大鳥が投じた球種。



ガクッ



「!!?」



シンカー!?2球続けて……。

裏をかかれた!



「おおぉっ!」


体勢崩れても、内角に張ったヤマは当たっていた。八木はそれでも喰らいつき、



カキーーーーー



芯で捉える。

肝心のパワーは乗らず、打球はライナー。



「!?」



その時、二塁走者の猪瀬は打球を見失った。打った瞬間に数歩、次の塁へ向かえという脳からの信号が送られていた。短いリードを速いスタートで補おうとする、早とちりな発想。

とはいえ外野も、サードも分からなかった。

ただ2人、



「宗司!セカンッ!!落ち着いて投げろ!」



正面にいた名神と、八木の打球を捕球した大鳥が冷静な対応をしていた。猪瀬の無意識的な飛び出しを理解していた。

ショートがセカンドベースに入る十分な時まで使い、送球する。



「アウト!」

「八木!ピッチャーライナー!!猪瀬もリタッチアウト!!」

「大鳥が抑えたーーー!!」

「よく反応した!」

「抜けてりゃ、1点だったところを!ゲッツーで仕留めたーー!!」



ボールを弾くかもしれない、投手へのライナー。その結果違いの一つで展開、行動も違ってくる。

反応の良さが捕球に繋がり、送球までに繋がる余裕もあった。大鳥の守備の良さが光る。

ねじ伏せるだけが投手ではないものだ。



◇           ◇




試合は九州国際大学が押されている状況であったが、大鳥の好投に応えるべく、打線は奮起した。

5回表、先頭の5番打者が粘った末に四球で出塁。この試合、初めてノーアウトで走者を置く。

続く6番は進塁打。7番、名神がさらにセカンドゴロで2アウトながら3塁に走者を進める。

たった一つのアウトであり、8番打者というカモのはずだった。しかし、大鳥の投球と向き合っている事で、緊張はあったのだろう。ボールを滑らせしてしまい、真ん中に寄った完全な失投を捉えられる。




「同点タイムリーヒット!九州国際大学、初ヒットはタイムリーとなった!!」




ついに追いつく九州国際大学。追いつかれた慶応大学。

ヒット数では完全に慶応大学であるが、上位打線しか攻略できていない事実。

こちらが相手投手の球を捉え始めて来ている事。



「おーし!行ける!行ける!」

「対等に戦えている!!」



勢い。流れ。

物事が上手くいっている時、人はそーいうものを思える。

それが力となって活躍できるというのは、人の個人が持つリミッターが外れるきっかけか。

一方でそんな事とは関係なしに、現実の中で限界を超えて来た者には効かない。むしろ、それが当たり前に効いているから効かないところ。



「ぷはっ」



スポーツドリンクを飲んで、汗を拭う大鳥。

4回まで許した失点は、猪瀬の先頭打者ホームランのみ。

集中力をまるで崩さず、臆さず、向き合って成長を続けている。



「大鳥の球数は」

「4回まで42球です。被安打は4つ」


スコアラーと監督と話す名神。

奪三振を獲る投球スタイルが大鳥の本領であるが、この試合は9番に奪った三振。1つのみ。


「これがお前の答えか、名神」


監督も初めて見る、大鳥の打たせて捕るピッチング。

初めての投球スタイルであるにも関わらず、余力を残してこの慶応大学の打線を抑えていく。

本人の投球術の巧さもある。八木を抑えた、あの牽制を使った投球は見事だった。



「宗司はやってくれると信じてますから」

「この大舞台でやるなよ。だが、これが功を奏している」



完成しちまったからこそ、次なる完成を模索しに行く。

情報不足と突然の変貌によって、相手打線の中枢は動揺していた。

対戦前は躱してくる投球と思っていたが、もっと積極的に攻めて来ている。ストライクゾーンでの勝負に強い。



4回の4番、5番、6番をアッサリと内野ゴロ1つ、外野フライ2つで三者凡退。

5回も7,8,9番に付け入る隙を与えず、抑える。

5回終了時点での球数は58球という、エコ投球。とはいえ、その代償として支払ったのは、6回裏。猪瀬からの攻撃であるという事。




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