表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染な男  作者: 孤独
大学2年
4/52

進化を求


下積みが異常に長く、嫌な思いをするものだ。

初めて仕事を覚える時の興奮より、不安ばかりのこと。これでいいのか?って、鏡を見ながら変化を理解できない自分。でも、いつだからか。

目に見えて、肌で感じる。ようやく届いた成功。



パァァンッ




1年と2か月が掛かった。大鳥にとっては初めての大台。



「140キロ出たーー!!最速更新!!」


150とか160とか。そーいう逸材レベルではなく、一般としての最高レベル。140キロに到達した大鳥のストレート。その時になって、ここまで鍛えて来た肉体と日々に感謝する。


「やったな!おめでとう、大鳥!」

「ああっ!!なんかこう!投手の俺だけ、140出せなかったの!悔しかったが、晴れたぞ!!」


抱き着いて喜ぶ姿は、今までの苦労が分かる事。



「140キロで騒ぐんかい……」

「まーた2人の世界をやってますわ」


とはいえ、周囲からのおめでとうも多い。後輩もできて、その後輩より球速が遅い事もあって不安もあった。目に見えて、分かりやすい投手の基準は球速だろう。

しかし、大鳥の良い部分は最高球速ではない。

彼のもっとも見えた弱点の底上げは完了したと言える。



「この球速を維持しなきゃいけないぞ。まだまだ先だぜ」

「!ああ、まだフォームに余地があるしな」



力も技術も合わなければ意味がない。

一回り、二回り、大きくなった肉体に似合ったフォームへの修正。バランス、リリースポイント、リズムの調整。また色々と、肉体改造並のトレーニングと研究が始まる。

しかし、肉体改造という事を乗り越えた2人ならば、フォームの修正は決して難しい事ではなかった。投手の個人差はあれど、その球を捕ってくれる最高の捕手と関わり合えるのだ。

それがとても幸せであった。



パァァンッ



「ナイスボール」



球種の全てに、スピードと重さが増した。変化球のキレるポイントが少しバラついているが、コントロールにはそこまで影響が出てない。宗司は投手として、微調整が上手いんだよな。

まだまだ、全体を活かせているフォームには見えないのに、この完成度だ。もし、完全になったら………



大鳥の球を受ける名神にはこの時。彼にとても大きな期待があった。

自分にも表れている変化を、大鳥からも感じていることで強い期待感を持ったそうだ。そんなことを大鳥はまだ、気付いていなかった。

肉体を鍛えつつ、フォーム改造にも着手する日々。実践的な面はやや遅れてはいたものの、日に日に投手としての成長を出している大鳥。そして、名神も成長をしていった。




◇        ◇



この年の大学休校日。そんな時でもジム通いやバイトなどをやっている2人だ。野球ばかりではなく、大学生としても楽しんでいるのは当然だろう。

そこにある転機が訪れた。

最初に言ったのは、大鳥だった。



「名神。新しい球種にチャレンジしても良いと思うか?」

「新しい球種?」



2人で一緒に夕飯を食べに行っている時だ。

飲み屋にしてはオシャレなくせに、野球中継があるというギャップ。それも当然か。



「打てーーー!鷹田ーーー!」

「最初のホームランはお前が打てーーー!!」


地元の某球団ファンご用達の飲み屋であったからだ。

試合は丁度、9回裏。1アウト、1点負けの状態であるが、大鳥達と同世代にしてスーパースターの1人。鷹田花王たかだかおうの打席である。昨年、新人高卒ながら28本塁打を記録した怪物打者。桐島と互角に渡り合った選手。

その鷹田の相手は……



「米野星一!同世代の鷹田花王との対戦です!!米野の神話は続くのか!?それとも、鷹田が打ち砕くのか!?」



昨年、MVPの米野星一である。

大鳥はこの飲み屋にいながら、米野を応援していた。良い度胸である。同じ投手であり、サウスポーでもあるため、一野球人として関心がないなんてありえないだろうか。



「スクリュー投げてぇーなって……」

「知ってるか?左投手だとスクリュー扱いになるのって、パワ○ロのせいなんだぞ。実際違うからな」

「知ってるよ。シンカーでも良いが、米野の存在ってあるだろ。スクリューってカッケーじゃん」



シンカーとスクリューの、名前だけ聞いたらスクリューの方がカッコいいじゃん。

コークスクリューとか、スクリュートライデントとか、名前の組み合わせがええやねん。


「それにシンカーってのは、緩急寄りの変化球で。スクリューはキレ寄りの変化球だ」

「分類はそーいうもんだな。個人の見解で分かれるけれどな」


言ったもん勝ちである。

ちなみに米野はスクリューと公言しているので、スクリューである。



「俺の投球は自慢じゃないが、コントロールと変化球のキレで勝負するタイプだ。緩急で勝負するチェンジアップやカーブは合わない。スクリューやフォークみたいな、キレと落差の変化球に挑戦するのが良いと思ってな」

「んー……それもそうだな。スクリューだったら、大鳥の得意なスライダーとは逆方向の変化球。武器になれば、相当なものになると思うが」



新球への挑戦。フォームを調整中にやるにはリスクも高い。

元々、3種類のスライダーを投げられる大鳥の精密さに穴が空けば、これまでの苦労というのが無駄になりそうな。そんな予感を名神は感じ取った。


「一朝一夕で身に付くものじゃないぞ。実践レベルで使える代物にならなきゃよ」

「分かってるよ。だけど、モノになれば」

「なったらな。協力してやるよ。するけど、条件をつけるぞ」



その時。

テレビ中継では米野が鷹田を打ち取り、その後続も三振で抑えて、試合を締めくくった。



「じっくりもう一年。焦らずに頑張ろうぜ」



新球に挑戦しなければ、この年でレギュラーを掴めたかもしれない。そんな希望や期待を、名神はすんなりと捨てて、大鳥のために付き合った。希薄ではあるものの、大鳥にあって自分にはないもの。

まだ対等であってもいずれ抜かされるという事を、名神は気付いて、大鳥は気付けていない。




◇         ◇



スチャッ



マウンドで大鳥が構える。捕手の名神は、大鳥の隣にいた。

やや違う形でのフォーム改造、その1。



足をわずかに上げ、前へ。

レッグアップ(足を上げる動作)がほとんどなく、コンパクトなフォームで素早いモーション。クイックモーションでの投球練習。このやり方では軸足に溜めを造れず、球に力が入り辛い。球威のダウンは免れない。変わりに走者の動きを止め、投球からの素早く、守備の意識を作る構え。



フォォンッ



風を切るタオルは、迫力が欠ける。

少し不安もある大鳥は、投手としての理想的な形から反する意味で名神に再度訊いた。


「これからはこのクイックモーションで投球するのか?」

「宗司は球の威力で押し切るタイプじゃない。クイックの方がコントロールしやすいはずだぜ」



足を上げる事で力を溜める。

しかし、その軸足状態でじっくり作る溜めには、下半身の筋力と持久力が必然。力を得てもコントロールに不具合が起こる事は珍しい事ではない。また、状況によっては足を上げる動作などできない場面もある。

名神は大鳥の投球フォームをセットアップ状態からのクイックモーションで統一する事で、力を削いで、技術を高める事を伝えた。

すり足での足運び。投球開始からリリースまでの時間。投球終了後から、素早く守備への構えをとるという動作。



超一流の投手が打者をねじ伏せるという、憧れる投手の理想像を。まったく逆にぶち壊す。しかし、別の理想で固められた超一流投手の道。



大鳥はその領域に入った事に、まだ自覚はなかった。ハッキリ言って



「地味な投手になるな」

「そ、そー言うな。投手だって、1つのポジションを務めるんだ。打球に素早く対応するのも、ポイントは高いぜ」



人には成れることと、成れないことがある。

大鳥はいずれ、150キロを投じられる選手にはなるだろうが、プロではそれだけでは足りない。そんなレベル。並と変わらない。突き抜けて特化した、人を寄せ付けない武器が必要だ。

それが例え、140代前半の球で、軽い球であってもいい。試合を作れる完全な投手になれる道がある。


進化に戸惑いは付き物と、大鳥は名神と共にフォーム改造に着手していくのであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ