左の凶器
野球とは、1人でやらない。9人。それ以上で戦う。
大学最強打者は、村井一樹という男。レイジ世代を代表する、超強打者。
しかし、彼の”個の強さ”は圧倒的。
「だが、ポジションはファーストのみ。ま、指名打者もあるか」
桐島勇太はレフトかライト。
鷹田花王はなんと、サード、ファースト、ライト、レフト。4つのポジションを守れる。ちなみにGG賞を獲得するぐらいの内野手として、手堅い守備をする。
単純な打力のみで生き残る事は難しい。出番を増やすには、やれることを増やす。当然なこと。
ファーストと指名打者は、まさに打の激戦区。
いくら打力があろうと、当然である結果を出さねばならん事。できませんでしたでは、いけないこと。
別に桐島と鷹田はファーストに自信がないわけではない。
『ワイ、ファーストとか嫌やねん。バント処理とか、捕球とか連携とかで毎回いなきゃならんやん。守備は苦手やないけど、嫌いなんや』
桐島はそーいった理由。
外野でサボってる方が好きだからである。
まったく暇ではないんだけどね!
『……俺はただ出番が欲しかっただけだ』
鷹田はそーいった理由。
好き嫌いもあれば、数多く出場したいという意思があるからの、難しいポジションへの挑戦。(というか、2人共外野手であったけど)
いくつもあるポジションに、強打者を据えられる。それこそが強いチームが持つ、打線という言葉になるだろう。
最強打者と、最強打線は違うということ。
つまり、今年の慶応大学が最強の打線だということだ。
「サードに八木、ショートに猪瀬、セカンドに海堂」
3人共、総合力の高さに評価が集まっている。慶応大学というチームカラーが、そーいった選手を集めては育てているという事だろう。
何でも十分にこなしてこそ、プロへの道。社会への貢献に繋がる。関心してしまう。
「3人共、左の強打者」
「そこに左の大鳥ですか……」
「大鳥がどれだけ彼等を抑えるか、そこに勝因と評価が決する」
ぶつかってくれて、ありがとうと。スカウト達は感謝する。互いの有力者達を評価しやすいことだ。
◇ ◇
猪瀬を超えられる。
そう。宗司に。梅雨が入る前に言った。
これまで見てきたチームメイトから見れば、大鳥が上を行く。名神に、確信はある。
だが、
「名神さん。半年ぶりですね」
「宇佐満ん。わざわざこっちのベンチにまで」
向こうから挨拶に来た。試合前であるから、軽くのことである。
「一緒に野球をやったり、今日は敵として戦うのも不思議だな」
「ですね。目一杯、やりますから」
「少しは手加減して、勝たせて欲しいな」
猪瀬は完成されてなお、成長している。
予感ではないのが、事実。
「ところで……!」
挨拶をしに来ただけの猪瀬であったが、一際キツイ視線を浴びた。
「和が世話になったらしいな」
「えっと……あなたが、大鳥さん。ですか」
猪瀬の方が年下であるが、ガタイは猪瀬の方が分がある。しかし、大鳥は敵意を剥き出しにする。早くも始まっている。
「悪いが、今日のお前には何も期待させん。和!甘やかすなよ!」
「これは申し訳ないです。けど、恩返しはキッチリしますよ」
バッチバチの火花が散る。戦う前だからこそ、これだけの強いライバル意識があるんだろう。
もうここではお邪魔であると察して、猪瀬も退散する。
猪瀬が去った後、キャッチボールを要求する前に大鳥は
「……和。俺は抑えるからよ」
「!」
「今日も頼むぜ」
「任せてくれよ」
ぶつかり合うには早すぎるが、ここで終わっていいわけがない。
監督も言っていたが、一回戦でぶつかったのはラッキーだったと言える。
やり取りからして、猪瀬は大鳥を知らない。侮りもある。だが、こちらは猪瀬の打撃を1か月、見て来た経験がある。
◇ ◇
「プレイボール!」
先攻は九州国際大学。後攻は慶応大学。
試合展望は大鳥に掛かっている。そうとしかない。
詰まるところ、慶応大学の優位は変わっていない。
1回表が淡泊な攻撃で終わってしまった事で、慶応大学の攻撃がハンパではない打線であると見せつけられる。
選手の総合力の高さが成せる打順。
1番、ショート、猪瀬。
2番、セカンド、海堂。
3番、サード、八木。
1~3番まで、ヒット、ホームラン、盗塁、バント、……なんでもこなせる選手が初回からやってくる。
単純な打力ではこうはならない。少なくとも、3番まで俊足と呼べる選手を並べるのは、プロ球団でもそうはない。
左の巧打者が3連続。この3人との結果は大鳥の成長が、真実かどうかを試されている。
「初回の、その一番で」
こんなに戦いたいって打者は初めてだった。
「まず、三振」
気合の入った表情で、左打席に入る猪瀬に誓う。
聞こえてなくても伝わり、分かるから。猪瀬は名神に伝える。
「なら僕は、ホームラン……だね」
「……………」
運命の始まり。
大鳥宗司と名神和。そして、猪瀬宇佐満のライバル関係はこの試合から始まった。




