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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
32/52

総合の力


「猪瀬宇佐満です。あだ名は……可愛く、”うさみん”で構いません。1か月、全力を尽くします」



いきなりの挨拶で固い雰囲気を和ます猪瀬に



「名神和。捕手として、今日から頑張っていきひゃす!一か月お願いします!」


緊張のあまり噛んだ挨拶となる名神。

所属球団への挨拶を済ませ、今日からチームの合同練習に参加。

ピリピリとした雰囲気かと思えば、競争意識が欠けた和やかなムードのあるチーム。


所属して2週間後には、公式戦が始まる。

短い間であるが、このメンバーである以上。チームメイトであり、競争相手。その中でやはりというか、猪瀬の存在感は圧倒的であった。

練習ですでにファンが来ているくらいだ。所属していた選手達にとっても、初めての光景。



「猪瀬くーーん!」

「独立なら無双するだろうよ」

「あとでサイン書いてーー!」



野球実力もさることながら、容姿も良いと来れば。



「客も来るわな……」



少しやり辛い環境ではあるが、猪瀬はわりと慣れているかのように練習に打ち込む。

ランニングしかり、キャッチボールしかり、声援に応えつつ取り組んでいく姿が非常に生真面目で立派なもの。

守備練習が始まれば、メインポジションである遊撃手に付く。名神は捕手として、彼の姿をしっかりと見ていた。



「来ぉい!」



打球が飛んでくる前



カーーーンッ



飛んでくると分かっていても、いなくても。その瞬間になれば理想的な守備の体勢を構えている。転がってきた打球を追いかける際、頭の位置がブレてなく、それでいて速い。バウンドに合わせる入る方も非常に上手い。リズムが良いって奴。

ショートの守備範囲として、お化けレベルの範囲を持ち。ファーストに矢のような送球を投げる。

エラーをしてくれるような守備ではない。



パシィッ



「”巧い”」

「……それよりも」



ただの守備練習であるが、練習の中でそれを繰り返し続けていく、猪瀬の集中力と継続力。

野球というスポーツは常にプレイが続いているわけではない。途中で切れる集中力が、猪瀬にはまるで見られない。

相当な密度のある守備への練習を積み重ねなければ、習慣にはならないほどの姿がそこにあった。



「あの動きでも派手な守備じゃない。それを上回る、”堅実”な守備をする」

「捕れる範囲で確実な仕事をするのが、猪瀬の守備としての魅力ですね」

「失策の少ない遊撃手は大成しますよ」



遊撃手としての堅実さを高校を卒業したばかりの男が持ち合わせている。

独立リーグにいるレベルではない……。

あんなショートがいたら、



「守備が楽だな」



名神も驚き、唖然とするくらいだ。

猪瀬の総合力はまだ出ていない。


◇              ◇



膨大な練習量で生み出していくのは技術や力だけではない。心の安定も作り出す。

試合という緊張感を解くには自信の比重が多くあり、余裕という気持ちもそれに繋がる。



パシィッ



身体能力を活かした広く、堅実な守備。



ヒュッ



捕球からの送球までの動作は丁寧であり、送球のミスを許さない。そして、遊撃手に相応しい肩の強さ。



カーーーーンッ



強く、好球必打の打撃。




タタタタタタタ



走塁技術の高さに現れる、ベースランニングの巧さ。

現時点で。


「猪瀬宇佐満に勝る選手が、このチームにいない」


能力、技術。そして、なにより精神力の強さ。

いけ好かないマイペース野郎と思われがちであるが、実に安定感抜群ととれる選手。



「すげぇ………」

「どうやってあんな意識と技術が身に付くんだ?」

「高校卒業したばかりの奴なんだろ。しっかりしてらぁ」



独立リーグの公式戦まで残り3日。

まだ、チームプレイには馴染めていないが、猪瀬自身の総合力の高さと、その事を鼻にかけないマイペースなひたむきさは。所属している選手達を圧倒してしまうが、それが単純な才能と違った代物を作り上げた存在だと認識させた。

到底、敵わない相手。



「あいつだけはやはり格が違うな。いずれは、大学ナンバー1選手になるだろう」

「阪東さん」

「視察だ。隣座るぞ」



少ないスカウト達の横に座る阪東。

練習場の外から猪瀬の視察である。


「ここには元プロもいるからな。その人達から話でも聞ければ為になるだろう」

「猪瀬はさすがに彼等との実力差があり過ぎじゃないですか?委縮した選手が多いですよ」

「良い事だ。プロの壁は、プロ入りだけではない」


さらなる選手の向上には、目標が必要だ。

また頂上に達した人間がどうやって維持をするか。己と戦えず、己と戦う難しさ。猪瀬に呆れだの、慢心は感じられない。




ザーーーーーーッ




一番の実力者であり、用具の整頓やグラウンド整備は早出かつ遅くまでやり遂げる者。練習前には入念なストレッチとウォームアップをしてから、チームの練習に参加する。怪我の予防と用具の整備に余念がない。とても生真面目な野球選手。

初日から猪瀬に圧倒され続けた所属選手達であったが、彼に負けられないとして、張り合うように彼の生活サイクルに乗ろうとしていく。

過酷な環境の中でどうして、そんな動きができるのだろうか。



「ともかくやってみろ。一日。それからなのだ」



習慣の基本はまず、やってみる事からだ。ダイエットだって、日々の運動も基本はそうだ。



「猪瀬が公式戦でどんな活躍をするか」

「3日後だもんな。地元ファンも猪瀬についてきてるし、いきなりスタメンだろうな」

「あの生真面目さには学ぶものがあるよ。私達でもさ」



猪瀬に注目が行き過ぎて、もう一人の練習生。名神の話を誰もしない。

そんな彼は基本的にブルペンで練習をしていた。



パァンッ



「ナイスボール!」


野球を始めて、こんな色々な投手の球を受けた。普段から大鳥と組んでいる事で投手ってこんなにも凄いのかと、感嘆としながらボールを受ける。

特に困った事だけを挙げれば……



大鳥のコントロールが良すぎるあまり、ノーコン投手と組むことが大変だというものだった。



自身が思っていた通り。大鳥のコントロールの良さはここで比較しても群を抜いていた。

全力投球とは力一杯投げる事じゃない。心技一体を込めた球であるべきだ。ミットめがけて投げて欲しいのに、荒れる球ばかり。

しかし、それでも名神はついていく。ただ捕手だからという理由で選ばれたわけではないし、大鳥が全力投球できるのも、名神に信頼と匹敵する壁性能があるからだ。



パァァンッ



「おおっ」

「気持ちいい音」



投手達にとっては軽く、自分のノーコンは捕手のせいにしていたところもある。

投手にとって捕手のミットはれっきとした的であり、捕手のミットが投げる直前や捕球直後でブレていると、集中力を欠き、投げる心地よさを味わえない。まぁ。改めて考えれば、18.44mの距離から140キロ越えのストレートが投げ込まれたら、ビビるに決まっているし、スライダーなりカーブといった動くボールもあったら、レガースで守られている捕手といえど、恐怖心があるだろう。

名神の壁性能としての高さを、所属している投手達はすぐに驚嘆した。


捕球がしっかりとしている捕手がいれば、投手のやる気はもちろん、自信にもなる。

こんな安心できる捕手と組める投手というのは幸せな者だろう。



「ありがとうございました!」



名神も猪瀬も。性格に差が感じられないほど、真面目で直向き。野球をしに来たのだから、上達を目指すのは当たり前。

少しぬるま湯だったかもしれない、このチームの環境の改善に一役買っていた。

彼等にとっても新しい環境だったのだ。



「ふぅー」


しかし、名神。4日後にして、体力のなさを感じる。

プレッシャーも当然あったが、慣れない生活。少々息苦しい環境を無理している感じ。隣を見れば、とんでもない後輩。しかも、同居だ。

在籍している選手やコーチ、監督などからは教えだけでなく、意識してしまう。

体が休まっていないのに無理をしている感じ。コンディション不良を訴えるわけにもいかない、強い責任感。



「……………」


ホントにここには色々な投手がいるな。コミュニケーションや特徴を把握するのも大変だ。

コントロールなら宗司だけど。

150キロ以上のストレートを放る外国人。見えなくなるフォークボール。どれも打てない力が込められた球ばっかりだ。

……宗司はプロに行ける。活躍できる。でも、ここには大鳥を超える力を持つ投手がいる。

違ったかな。思い違いなのかな。

こんな俺なんかが、球を受けて良いんだろうか。



「お疲れ、名神。ここにも慣れてきたんじゃないか」

「はい!いや、でも。やっぱり大学と球が違いますね。迫力が違います」



名神の負い目。拭うには相当な時間と練習では払えない、気付きやきっかけが必要だろう。

大鳥との決定的な差は、捕手であるあまりの心配性だ。彼の思う冷静さの根源が、自信のなさであるというネガティブ。彼の実力を阻害している。

もっとも野球をするという身体能力アビリティー技術テクニックは、彼が思った通りの限界カンスト。しかし本当に、それらを活かすメンタルの弱さが大鳥とのコンビを迷わせている。



加えると。



「ただいま」


大学ではないこの地。大切な親友もいない。

自分が野球を続けるというために、目指そうとした世界の過酷さ。少ない給与に少ない飯すら自分が作っていくこと。明日また、野球をするため。

自身のモチベーションを削るような、苦のある生活。

軽く言っていたかもしれない。3年間頑張ってみる。……ではない。3年間もこれを続けて。



”プロになれるか分からず、そして散っていく、野球人生”



惨い事だ。

自分自身に決着を……。それが独立リーグが存在している理由なのかもしれない。むしろそのためかもしれない。



ジュ~~~~



「今日は親子丼にするか。レトルトだけれど」



手の込んだ料理をするには休日が必要だ。

それだけじゃない。片付け掃除も洗濯も、色々山積みのまま残る。当たり前なんだけど、華やかさなんてない。

疲れた体のまま、汚れたユニフォームをどうにかし、用具の手入れや体のケアも怠らない。

それが楽しく感じた時と、楽しいものでない時の違いがある。



ガチャッ



「ただいまです。あの、名神さん」

「おかえり、宇佐満うさみん。すぐに飯作るよ。今日は親子丼」



今は2人でも、1人になるかもしれない。それが辛いかどうかは分からない。

けれど、変わらない事もある。こんな生活は変わらない。逃げ出せたら楽になれる。

そー思って、諦めるのかな……?


「飯もそうですけど。その」

「?」

「買いたい物があって、一緒に行きません?食べてからでも良いんで」

「買いたい物?」



少し落ち込んでいる名神に、猪瀬が買いたいある物とは……?




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