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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
31/52

二り生活


その男。その一族。野球のエリート一家。祖父、叔父、父は元プロ野球選手にして、ある球団に所属していた者。

2代、3代と、プロ野球の道を行く。まさにエリート一家である。

同時に祖父からずーっと、変わらずにその球団のために頑張って来た事。




「宇佐満。私達がこーして野球を続ける事の意。祖父から続く栄光があって、今の私達がある。そして、ただプロ野球のためではない」


成績に見合うだけの価値。いや、それ以上の給与と待遇があったわけだ。


「父もそうだ。尽くすべき事だ」



性格は一族揃って、真面目。際立って真面目。悪意あくい的な意味でも真面目。

今ドラフトでも上位候補に入っていた猪瀬宇佐美。

指名球団はただ一つに絞っていたが、ライバル球団が先に指名するという行為に一族総出で、入団拒否。



「私も大卒だった。進学という道にも、続く糧はある」

「はい!父上!」



野球一家であるが、極めて古風な印象を受ける。父は10年前に引退。現役生活、15年。祖父のような華やかな成績はなかったが、それでも打点王を2度。首位打者を1度、本塁打王を1度獲った経験はある。世間的に見れば、大打者と呼ばれるほどだ。

それでも程遠いと父は思っている。

偉大な父と、成長を遂げていく息子の間に挟まれて。



「私は野球を続けます。どのような過程であれど、必ず……父上と祖父を超えます!」

「…………あとは祖父を超えるだけだぞ」



そう思えるほど、1人息子の野球における実力とセンスは飛び抜けていた。

さらに言えば、当時の高校球界では爽やかで生真面目な野球青年だった猪瀬宇佐美は、高校野球のファンだけでなく、その向こう側にいる野球ファン達にも注目を浴びた。大舞台での活躍はもちろん、ここ一番の勝負強さを持ち合わせる精神力。粗削りの多い高校球児とは違い、隙のない確かな総合力を示す実力。

その名に恥じない。高校球界、最高のショート。それはプロ野球界に来れば、歴史を変えるであろう1人の逸材であり、希望。



「阪東さん達から話は聞いていると思うが、大学に迷惑もある」

「はい」

「春は独立リーグとやらで暴れてくると良い。甲子園のように熱いこともあるかもしれない」



指名拒否という経緯。甲子園でも活躍したスター選手が、進学した先でトラブルに巻き込まれる事も珍しくない。それが酷使という結果になったりもする。それでも野球選手として、華やかな舞台で活躍するのが務め。

自分だけでなく、各地方から選りすぐった野手達が独立リーグに一時的に集まる話は、宇佐満にとっては悪くなかった。そして、自分にいるファン達のためにもだ。




◇         ◇



そして、名神と猪瀬を含めた、18名の野手達が集まった。

場所は、東京の神宮球場。



「おおおーーー!!」

「すげぇ、顔触れーー!」

「猪瀬くーん!」



独立リーグは大盛り上がり。地元ファンだけでなく、その選手のファンや高校野球ファン、大学野球ファン。単純に野球ファンがこの地に集まって来た。初日に期待していた人数ではなかったが、



「おいおい。すげぇーな……」

「雑誌で見た事ある奴等だ。大学、社会人と……」

「こいつ等が1か月限りとはいえ、各チームに参加するのか」



独立リーグに所属する選手達にとっては緊張も走った。なにより、ライバルだけでなくスカウトの人数も増えている。

アピールチャンスでもあり、実力を研鑽する時でもある。



「おー。お前も呼ばれたのか。名神!」

「え……?」

「俺を忘れたのか!?」

「いや……えーっと」



人見知りかつ、大鳥以外とはコミュニケーションが少ない名神。

そんな彼に声をかけ、知っているという男も参加していた。


「高橋元気だ!!お前に負けたチームの!主将、ショート!!関西学院の元4番!!」

「!あーっ。あの時の!あなたも参加してたんですか!?」

「まーな!プロに行けんかったけど、まだ社会人野球で頑張る事にしたぞ!今回の参加は実力をスカウトに示すためのものだ」

「幸先くんはいないんですか?」

「あー、あいつは忙しいし。怪我を抱えてるからな。つーか、あいつが出てきたらアピールできないだろうが!単純に実力で選んでるわけじゃないらしいぞ。八木も村井も来てねぇーし……って、お前のとこのエースもいねぇじゃん」

「はははは、そーですね」


って事は、大学野球界の二軍という意味なのか。

そーいうネガティブを感じる名神。だが、それをすぐに一掃するのが……



「宇佐満!宇佐満!宇佐満!」

「猪瀬くんが試合に出るの待ってたーー!」



招集の外。野球ファン達が熱烈な声を出すほど、注目の的。女性ファンがいるのも羨ましい。

猪瀬宇佐満の参戦。


「ちっ、うっせーな……。あいつは今年。大学に入った奴だろ。しかも、入団拒否での進学。あんなのも呼ばれてんのかよ」

「凄い実力らしいですね。去年の甲子園で3本の本塁打と、1試合5安打を記録とか」

「あれと同じチームは嫌だな。幸先と同じ匂いをしやがる。どーか敵チームであるように」

「それ以前に高橋さんとポジションが被っていた気がします」

「あーーーっ!そうだった!!そうじゃねぇか!!”競争相手”じゃねぇか!!」



競争相手。

チームメイトという言葉ばかり、名神は経験している。高橋が不意に言った言葉に、少し緊張してしまう。

ポジションは一つだけなのだ。それを奪い合っているのが、こーいう場なんだろう。大鳥がいるから自分がマスクを被れていたんじゃないかという、気負い。改めて知って、勝たなきゃいけない事を知る。

そして、主催者。



「それでは各チームに選手の分配を行います。予め、各チームに招集される選手は決めてあります」


独立リーグは一つではない。

四国アイランドリーグとBCリーグ。双方のリーグに派遣される。お互いのリーグの活性化のためであり、肩入れという言葉は良くないものだ。



「!」

「俺、BCリーグの方か。名神は?」

「四国アイランドリーグです。俺と一緒なのは……!」


名神ともう一人。


「猪瀬宇佐満」



完全な偶然であるが、名神にとっては後のライバルの1人となり、元チームメイトという間柄になる。



◇             ◇



お互い、口数が少ない。

同じ列車に乗ると分かる。自分とは遥かに違う、恵まれていて、それを当たり前に奮える器量。



「猪瀬くんって家族の影響で野球を始めたの?」

「そうですね。というか、そんな話?」

「いやぁ。俺の方が緊張していてね」



捕手と遊撃手。

しかし、それが逆なんじゃないかってくらい。猪瀬の体格は良い。この身体で野球をしたらどれだけの事ができるだろう。


「指名拒否したって話は」

「それは家族内の事。俺の父上も祖父も、プロ野球選手。祖父は野球しかできない人で、それでも祖母や父上を立派に育て上げ、俺まで繋げた功。だったら、祖父や父上と同じ球団に入って身を削りたい。結果、進学でも機会はあります」


……こーいうところに羨ましさを感じる。

なにより本人や家族なども、強い恨み事を抱いていない事。

早い話。猪瀬が入団拒否をしたことで、1球団はドラフト2位以上の権利を失ったとすれば、大きな損害だ。

焦る事でもないんだろう。



「今回の話。参加の意味は、野球への貢献に繋がります。阪東さんからのお誘いなら嬉しい事です」


本当に真面目な人だ。

だから、自分達とは毛色の違う野球人になれるのだろう。


「名神さんはどのような参加で?」

「あ?俺…………あー、その」



自信に満たされている猪瀬とは違い、名神の明らかな迷いがあって、踏み込んで来た半端者の言葉。

本音のない言葉。



「俺は大鳥に近づくためかな」

「……その人は彼女の事ですか?」


そんな返しをするんだから、猪瀬だって悪気があって答えたわけではない。

ただ、名神は第三者にこーいう声を挙げられたのだから、テンパってしまう。


「違う違う!なんで彼女だ!?」

「はい?」

「俺の相棒。……良い投手でさ。俺自身あいつとの力の差を感じてるもんだから、武者修行しに来た感じ」

「ふーん。父上もプロの時、メキシコなどの国々の野球を経験しに行った若手がいたそうです」


で?その選手の活躍は……。

名神は訊きたかったが、自分次第ということだろう。

とはいえ、



「お互い上手くなろうという気持ちがあるのなら、嬉しいです。そーいう環境で”なければ”成長できないなんて事。俺自身が乗り越える壁と、決めているんです」

「!……」


意識の差がモロに実力の差を出している。

きっかけを欲した名神が愕然としてしまう。ドラフトに掛かった選手とはいえ、3つも年の離れた者にこうも差があるのかと。


凄いな。

本当に努力と才を重ねた者と出会った、瞬間。

感じる。


「……その大鳥さんって凄い投手なんですか?」

「!」

「名神さん、捕手ですよね。それも凄く良い捕手だと思います。そんな人が認める投手って幸せだと思いますよ」

「……まだ、俺何もやってないんだけど。猪瀬くんの前でもさ」



プーーーーーッ


列車は目的地に到着。ここから所属チームの関係者の車で、2人がこれからお世話になるアパートに向かった。

配属されたチームから貸された部屋は、名神と猪瀬の共同部屋。2人でいると、そんなに広くはない。

ここで1か月間(正確には30日)。レンタル選手として、チームの一員となる。

寮という感じに思えたが、完全なる自給自足。ご飯なんて出てこないし、デカい風呂もない。支給金は選手1人に付き、10万円を支給されるが、いきなり家賃で半分以上を溶かされ、光熱費や水道、ガス料金で1万弱。



「手元に残るのは数万って計算」



いきなり、この社会のシビアな環境を突き付けられる名神と猪瀬。



「支給金の話ですよ。俺、家族から仕送りがあります」

「そ、そうだな。俺だってそれだけじゃないつもりで来ていた。交通費、ほぼ自腹だし」

「活躍次第で給与も違う。分かりやすいじゃないですか。プロもそう」

「自信ある奴は違うな。実績もあるから当然か」



目指す事と目指した事での違い。

知って後悔もあれば、不安もある。これがこの世界。名神はそんな世界に飛び込んで来た。

それは猪瀬だって同じ。先ほどまであった自信が徐々に薄れていき、


「家賃は半分にしましょう。それと、その……」

「猪瀬くんは料理できるか?」

「…………ご飯を炊くくらい。というか、その。家事って母上がやっていたので。栄養バランスとか……洗濯も……」



エリートらしい環境だなって、名神は羨ましく思ったが。そんな猪瀬の弱いところを一番に知って、少し元気が出た。

そんな笑顔を見られて、猪瀬も恥ずかしがっていて、


「笑わないでください」

「いいや。分からない事、色々あるよな」


同じ野球をするにしても、こーいった環境の変化があるのが人生。

甘やかされていたなんて事じゃないけれど、


「料理なら任せろ。俺、大鳥よりも上手いし。掃除だってする方だ」


ちょっと背伸び。兄貴っぽく、年上らしく振る舞う。

この自身でも想定していなかった共同生活で、自分にやれることをまずは見つけた名神だった。それをまったく分からない猪瀬には、きっと分かってくれることはないだろう。



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