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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
30/52

派遣ほ手

4年になろうとする、少し前。3月の中旬かな。



「は?ウチの捕手を一か月ほど貸して欲しい?」



それは珍妙なお誘いであった。



「いやいや。あの、大学野球としての規則やら、プロ野球の規則やらいろいろあるでしょ?」



監督は当然、最初は断った。

しかし、相手が相手だった。


「え?関係ない?こっそりやればいい?あんたねぇ……まぁ、はい。はい。……なんでそこまで知ってるんです。ええ」


野球界に関わらず、社会にあるもの全てが動いていく。

競技人口が多いとはいえ、それで食っていくとは大変なものである。


「ですけど、大会に向けての練習もあるんですよ。いや、やらないですけれど。大学野球の本番はねぇ。はい……でも、学生としての本分もありますし……って、1年すれば社会人ですけれど」


正直に断りたい。だが、相手方の懇願と決して一方的な条件ではない事が、聞く耳は立てていた。

電話の相手は



『度々すみませんが。名神和選手を1か月間、独立リーグに派遣できますでしょうか?彼の成長にも繋がると思いますよ』

「阪東さん…………」



阪東孝介であった。

彼自身がとてつもなく有名であるのは監督も知っている。

自身の子供ぐらい離れた年の差であっても、”さん”付けをしてしまうくらいだ。


『球団を運営するのは大変でしてね。その中で捕手不足の案件がありまして、大学生・社会人の捕手をレンタルし、ひとまずこの状況を乗り越えようと私達は試案にしております』

「良い捕手として彼を選んでくれるのは嬉しいんですけど……」

『ご本人も独立リーグに興味があると聞きます。まだプロへの決心が揺らいでいるのでしたら、間近で見てもらいたい。後日、ご本人への相談を……』

「いやいやいや。……待ってください。待って!」



大学を退学し、独立リーグへと行くルートもある。入った大学で上手くいかないという事も決して珍しい事ではない。

一瞬、


『何かよからぬ事を感じましたか?』

「気のせい気のせい!うん」


名神をどんな手段でも獲られる予感がした。裏の圧力というのは恐ろしいものである。

とはいえ、向こうも向こうで。時期と期間を正確に出していた。


「契約書だ。選手として借りるというのなら、名神に選手として扱うべきじゃないか?」

『その点については問題ありません。本人宛の書類を”もう”送っておりますので、そちらからのお話とご本人様の署名でレンタルします』


3月~4月。

練習生という枠組みで、独立リーグの選手として契約をされる事が決まった名神和。

独立リーグの公式戦にも出場可能だというお話。当の本人には……


「いや、いきなりサインしろって……」

「でも、独立に興味があったろ。お前自身、大鳥以上の投手とは組んだ事はないだろ?」

「…………」

「そこに掴めるもんはある。家族のなんちゃらにまで話できなかったが、お前のためにも、行って来い。バッチリ決めてこい」


監督に言われるがまま、入団テストの目標を飛ばされながら、入団する事が決まってしまった名神。

練習生という枠。



「い、行くのか!?和……」

「ああ。良い機会と思っているんだ」

「春季リーグの序盤に出られないって事だろ!?」

「それはしょうがないけどよ。俺にはもっと大事なことがある」

「大事なこと………?」


言葉通りの事であるが、単身赴任の夫を引き留めたい妻みたいな、そんな気持ちを大鳥は表情に作っていた。

それでも名神は大鳥の言葉を受け止めて、向かう気でいた。

興味は当然あった。またとない。むしろ、これしかないというチャンスと思い、話が終わった後でふつふつと心が燃えて来た。

こんな回り方であるが、宗司がプロを目指そうとしていて


「宗司に追いつきたい。それがお前と組むには重要な事だろ?」

「なに言ってやがるよ……」


自分がそれに並べるのなら、一時でも環境を変える事がその先への一歩かもしれない。

それが名神には正しく。大鳥には違うと感じること。


「……俺も行きたいなぁ。お前だけじゃないんだよな?」

「監督が言うには、他の大学や社会人からセレクションされているとかな」

「俺も行きてぇー!俺と和がどこまでやれるか!!」

「ははは。まぁ、1か月。会えねぇな」



よく考えたら、そんなことは友達になった時から一度たりともなかったって。

お互いに思った。一緒に野球をし続けて来た弊害。別れるってこんな気持ちが、こーいうものかって。

ちょっぴりの体験だった。



「メールするからな!電話もするぞ!」

「分かった分かった」

「向こうで彼女とか作るなよ!」

「いやいや、できねぇよ。しっかり野球をしてくるからよ」


離れていても、自分達は友達であると。それを念押しして、大鳥は見送る。

名神もまた。



「俺だって、お前の活躍を応援してるからな」



大鳥にエールを飛ばし、独立リーグの地に向かうのであった。



◇           ◇



ガチャッ



「これで各地の独立リーグに、各地方の有力選手達が集まったな」



阪東孝介がお願いをして回ったところは全国である。それは”とある条件”を持つ優良な選手達のみに行われ、大鳥に声が掛からず、名神に声が掛かったこと。

その”とある条件”とは。



1つに、実力があること。

1つに、野手であること。

最後に、……



「地域活性化。独立リーグという、まだ問題の多いリーグに対するテコ入れ。イメージの改善」



知名度があるということ。



名神にそれほどの知名度が分からないが、阪東が視察をしていた事も含め、プロのスカウト達にはチェックが入っている。

各地のアマチュア優良選手達を独立リーグに集め、選手達の実力や意識を調査し、独立に所属する選手達の意識も良化、判断可能な状態にするためである。

1か月という短い期間ではあるが、この中で将来。プロとなり、プロとして互いに戦う。

そんな未来の夢舞台を見せてくれるのかもしれない。



「あの選手の参戦は嬉しいですなぁ。この企画において、一番重要な知名度を持つ者が独立リーグに来る!」

「交渉もそこまで苦にしなかった。大学の春季リーグに1年が即スタメンは、まずあり得ないしな。野球ファンは誰しも、あいつの活躍を一早くみたいだろうな」

「実力は鬼島郁也と同等。知名度なら彼の方が……」



高校ナンバー1遊撃手。”輝星スター

猪瀬宇佐満いのせうさみの参戦。



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