育つ肉体
スポーツに余計な筋肉など要らない。と、正しいことであるが。
まだまだ肉体の成長期がある20代のお前等に、伝えることがある。
「必要な筋肉すらまだ足りていないお前達は、筋トレを怠るな。食事や睡眠を侮るな。時に遊べ」
繊細な技術よりも肉体の強化という、シンプルな成長を求められる。単純で地味なものであるが、それでも続けていく直向きな努力と向上心を養うことは、筋トレというものを選んだ。
肉体改造と意識改革って書くと、ちょっとカッコイイ。
「むっ……」
「くっ……」
大鳥と名神は互いの体の筋肉を、握って確かめる。少しは成長を知れるが、身体がまだできていないと言える地点。
離して、身体を伸ばしながら、大鳥は尋ねる。
「名神、俺達は成長するか?」
「続けていけば分かるだろ」
不安を抱くのも仕方ない。その裏返しを言って欲しいと、名神は気付いていた。
そりゃ確かに
「1か月で同期が7人も辞めたからな。大学生活を楽しむのも、1つの選択だし」
「高校からそーいうのを見て来たんだけど、将来ってのを言われると不安だしな」
大切な四年間を野球につぎ込むこと。
これまでもそーやって野球に打ち込んできたわけだが、ガキのそれと、大人のそれは違う。大学生ってどちらかというと、大人。
酒飲んで、カラオケで騒ぎ、ギター弾いてイケてる気分出して、おしゃれだってしちまう。
自由度と見渡せる広さはきっと、この時代だけと思える。先を知らない俺達は今のことを自由だって、僻む。
でも、それで将来の不安?
そして、好き勝手なことで、彼女作ろうがアホやろうが、自分の責任。名神も大鳥も同じく。この世の中、みんな馬鹿。
「俺はお前と野球をしたい。球を受けてやりたいよ」
「名神はそれでいいのか?俺に付き合うことで良いのか?」
「大鳥も、俺に付き合ってくれるんだろ?お互い様だし、やっていこうぜ。それに誰かと遊ぶより、お前と全国ってところに行くことの方が夢と希望があるだろ。今度こそ、いこう」
まだベンチ入りすらできない2人。一年なら深く考えることでもないだろうが。
愚直ではあるが、自分の肉体を鍛え上げるというシンプルな練習を続けていく。黙々と続けていき、互いが互いの目となって、成長を確かめ合う。1人であったら、途中で投げ出したり、あらぬ方向にいってしまう。2人だからできたこと、愛し合っているみたいな、固い友情。
「上腕と背筋。デカくなったか?」
「そうか?でも、名神も腹筋固くなったな」
互いに触り合うところを見られたら、言われること。2人が気付きていないのも、ダメ押し。
「ぜってー、あいつ等付き合ってるよ」
「ホ○だよな。幼馴染の悪化だよな」
「大鳥が○モ過ぎるのヤバイよな。名神が他の投手の球を受けてると、睨んでくるよな」
「まだまだ、あれくらいじゃ序の口よ」
「だから、野球の格言の一つにあるだろ?野球をする奴等には、○イがいるという」
「野球関係ないけど、マジで至言ですわ。在学中に彼女作っておかねぇーと、卒業間近でゲ○に狙われるぞ」
周囲にはバレバレというか、公認というか。無害であるためそれはそれで良いという。
でも、野球に打ち込む姿は誰だってなんだって、良かっただろう。流れ出る青春の汗と成長していく身体と、強くて硬い心。奮える肉体の躍動は確かに、野球を上手にしてくれるだろう。もっと言えば、人生を良くしてくれる。
努力は良き事で、それを嘲笑う奴を、笑ってやるって。
◇ ◇
「ははははは、笑かしてくれるやん」
そんな笑い声は関西独特の、言葉遣いと声。
そいつはプロ野球のユニフォームに袖を通し、相手はただのラフな服装。でも、その肉体はがっちりとした、鍛えられたガタイ。共にプロ野球選手であり、相手はもう一般人となった者。静かな飲み屋のカウンター席に並んで座る2人に、風格というものはなかった。今が野球の時ではないからだろう。
相手は一つ。謝罪をする。
「お前との対戦ができなかったな」
「気にせんでええで、阪東。ま、ワイの勝ちでええやろ?」
衝撃的な引退である。その1試合での引退。
”最強3世代”の中で、野球選手という総合力でならば、全ての時代からでも阪東孝介こそが最高の選手だろう。
その男がグラブとバット、スパイク、ボールまでも置いた。
長年のライバル(?)と言っても、高校は阪東と同じところであった桐島勇太。彼とは親友としても付き合いがある。
米野という怪物が、打ち立てる記録も半端ではなかったが。この桐島勇太も、それに匹敵する怪物。
今シーズンの桐島勇太の成績。
101試合出場、129安打、21本塁打。82打点。
米野がいなければ、この男が新人王であっただろう。シーズン終盤はチームの4番として活躍。1試合、2本塁打も記録。新人では2位の本塁打記録を出す。
ちなみに、あの米野からヒットを打った1人でもある。
「鷹田はホームランを狙っているからや!!28本塁打とかふざけんなや!!打点はワイが上や!」
「俺の話なんだが。桐島……」
愚痴というか、なぜ引退を決めたか。
「俺の体はもうボロボロだ。高校まで直向きにやってきたからな」
すいません。
プロの世界でいきなり完封しといて、本塁打も打っちゃう人が何を言ってるんですかね?
「お前達と戦える事は望んでいたが、俺はお前達と戦える状態になれない。数年後には確実に追い抜かれる」
「…………」
「俺がお前達の中で一番だった。その俺が崩れるとこを見せられない。俺自身にもな」
「最適な引退ってわけやな。勝ち逃げとはなぁ」
「悪いか?だが、できるか?俺がやったことは最低で最大の傷だよ」
「後世になってもできんやろ。あんな1試合にして、あんな引退や。ブチギレ半端ないやろ」
「プロ野球界から破門だ。だが、俺は帰ってくるぞ。投手としての200勝は後悔なく諦めたが、監督として2000勝はする。戻ってくるぞ」
打者として。
阪東や米野から打ちたいという自分もいるが、どこぞの知らない奴等にまでも打たれる彼等を見たくはない。せめて、桐島が認める誰かなら分からなくもないが、認めないって事を強く不安する。
それでいいかもしれない。
「引き際も大切やな」
「俺は勉強してくるよ。色んなことやってきたが、監督だけはやったことなかった」
阪東にも将来を見据えての事だろう。
それは別に大学生だろうと、プロ野球選手だろうと同じもんだ。家を出る、家を買う。嫁をもらう、探す。そーんな、一面は人だから起こること。
「ここはワイにツケらせろや」
「?」
桐島が、阪東に認められている事を嬉しいというか、滾るというか。
色んな感情があって一つに纏めて、互いに尊敬か。
「現地でもテレビ越しでもええ。見とけ、阪東。ワイは三冠王をとったる。鷹田や叶、米野、レイ、鷲頭、先輩や後輩、神、悪魔だろうが。ワイが最強の打者や!全員寄せ付けず、打ち崩したる!!そんなお前は、ワイが認めた選手になる。誇るんやな。2000勝の監督さん」
桐島の言葉が、阪東にある。わずかな選手としての気持ちを晴らせてくれた。共にいた時間もあるだけに
「ありがとうな、三冠王」
「三冠王とったら必ず奢れや!!力と金を貯めておくんやぞ!」
「分かってるよ。じゃあ、ここは任せる」
「おい!三冠王は一回だけじゃないんやで!分かってるやろ!」
「そーしてくれよ、桐島」
天才だろうと、怪物だろうと。人という者はどこまでいっても、変わりない。
青春やっている。人生やってます。