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馴染な男  作者: 孤独
大学3年
27/52

専門職が



秋の全国大会が終わり、冬に向かう最中だ。

練習が休みであるも、大学の休息場に大鳥と名神の姿があった。



バサバサバサ



机に積まれる本の数々。



「参考書?」

「そんなわけないだろ」


秋の全国大会は2回戦負け。しかし、優勝候補の関西学院を破った事実は思いのほか良く、学校側は野球部に対して異例な対応をしていた。

詰まるところ、優遇。



「3年という時期に、就職先も見つかっていないのはマズイだろう」

「あー、嫌なこと言うなぁ」

「宗司は最悪。店を継げば良いだろ。俺も月に1回は行くぞ」

「寿司の事は分からん」



学校の知名度があれば、それだけ利益があるというものだろう。

あの試合で打たれはしたが、大鳥にも一つ良い話が来ていた。



「良かったな、宗司。社会人野球からお誘いが来て」

「………ありがとな」


プロなどのスカウト目線で言えば、あの関西学院の打線を相手に5回までよく凌いでいた。

その結果だけでなく、投球の内容も高評価されていた。早い段階で宗司を獲得しようと、動くチームが来ていたのだ。


「和は就職か?」

「そんなところだ」

「親父さんとかは和に何か言っているのか?」

「お前の人生だからお前に任せるってさ」



この本の数々は就活本やら、色んな企業の求人やらが載ったものであるが……



「これはポーズだけにする。バイトはしてるしな。金も特に困っちゃいない」

「余裕あるな」

「余裕じゃないさ。俺からしたら、お前の応援だ」



就職活動はちょっぴりしている。ただし、野球と両立で考えると、中々良い条件はない。そして、隣に親友である大鳥もいなくなると来たら、モチベーションの維持は大変だ。お互いに、これから先をどうすりゃあいいって、感じがもうすぐ背中に来ているのだ。



「この前だが。独立リーグに行くって話しただろ?」

「ああ、言ってたな。目標なんだろ?」

「……大学卒業して、社会人野球への誘いや試験に受からなかったら、本気で俺は独立で野球を続ける」

「!!」

「3年やって結果出なかったら、野球を辞める」

「結果って。プロ入りまでだよな」

「………………」




独立リーグとは、プロ野球に入るための育成期間といったところだろう。

ここにいる誰もがプロ野球を目指し、練習をする。だが、それはとても険しい道。狭き門。プロという道に踏み入る事すらできずに、散ることが当たり前。その中に入るわけだが



「あくまで野球を続ける。それだけだ」



名神にプロへの意欲は感じられなかった。

はぁ~……ってため息を零して。全国大会も終わった今だから、名神は大鳥に語った。



「俺にプロは厳しい。実力差を思い知ったよ」

「…………」

「ただな。宗司がこれから野球を続けるのに、俺だけ辞めるって事が。俺の中でもモヤモヤしてる。野球が全てってわけじゃないだろうし、プロ野球が全てじゃない。華やかなものばかりじゃないからさ」



夢を追うという事が楽しいものであり、辛いものでもある。

そして、不意に。夢の在り方。現実との向き合いを考えてしまう。心が弱いからではない。

真っ直ぐ向くのが、どれだけ痛いかであり。何をここから払っていくべきかを真剣にする時。



「プロ野球の選手としてダメなら。指導者とか、審判もいいかもな。用具係とか。それともスッパリ辞めて、地元の工場で働いて……草野球大会にでも出るかな」


そーいう。これからを生きるという言葉。

プロ野球選手にでもある事。今の名神は、20年以上先にいる自分が言うであろう、引退宣言みたいなものだった。

唐突過ぎるぜ、おい……って、大鳥は顔を出していたが。



「一緒にやれなくなるだろうな。宗司」

「……じゃあ、俺もよ。和」

「いいや。ダメだ。良くない」



敗北を知った事で自分がいる世界の位置を知る。また、他人の位置も知る。

名神が野球を続ける意味と、こーして語らいたかった事は遠い事だと思っていたが、


「宗司はプロに通じるよ」


精一杯のエール。

もし、あの時。そう伝えていればって、思うよりも前に。名神は自分のちゃんとした気持ちを大鳥に伝えた。

ガキの頃から一緒にいた。一緒に野球をやってきた。そーやってまだ、俺達がここまで続く奇跡はきっと数えられるくらいの事。



「…………待て待て」



大鳥は言葉を失っていたが、”そうか”って。”来たか”って。そんな言葉を思い浮かべて。


「俺は話をもらってるぜ。だが、俺自身まだ決め切れていない。まだ4年にもなっちゃいねぇ。名神だって、誘い来てるだろ?」

「……そりゃあ、まぁ。ないわけじゃないが」

「お前の口から、俺はプロって。誉め言葉にしちゃあ、大袈裟過ぎだろ。冗談だろ」



夢。待遇。現在。未来。

様々な要素があって、そこに”友人”だっているものだろう。大鳥宗司にとってはきっと、彼女や身内以上に大切な友が、名神和なのだ。



「俺は和と組みたいぞ。和が野球を続けるなら、和と一緒にいる。和が辞める時に、俺も辞める。親友じゃねぇか」



嬉しい言葉だった。

大鳥宗司も出会っているはずであろう、強者以上に。名神和という最大の理解者と最高の捕手を、最後までパートナーとして選びたいのだ。

嬉しいが。苦しい言葉だった。

野球選手としてなら、プロへ行く事を望むべきだ。まだいいや、なんて事。



「そうだな。けど、俺は」



名神は言葉詰まって、大切な言葉を止めた。

理解者だと思っていても、この気持ちを大鳥宗司が理解する事は当分先の事だろう。

もし、伝えられないまで機会を過ぎたら…………。お互いに親友だから、磁力みたいな力を跳ね除ける事に抵抗がある。

名神だって、大鳥と同じだった。



「ホントにそれが、宗司のためになるか分からねぇ」

「何言ってやがる。俺はお前と組めてサイコーに楽しいんだぜ。お前がいたからずーっと、投手として、人としても成長できていた」



庇ったような言葉だった。

それが辛く感じる事を分かってくれたら、きっと嬉しかった。

こんなとき。”友達”って事を、捨てされるのなら。泣く事を恐れないで言えたら、良かった。




◇          ◇



今日。都内の空テナントに新たな企業が入った。

プロ・アマ問わず野球選手達を中心とした、社会的活動をサポートする企業だ。総合求人窓口・多数の資格取得援助・一時の助成金支給。

プロという世界に届かなかった者達への就職サポートや、引退後のセカンドキャリアのサポートも担う。

すでにそのような企業は多いが、”野球”のみという分野でのサポートである。


この新しい企業に多数のスポーツ企業が協力しており、それができるのはそれだけ野球に携わった人間が立ち上げたからでもある。

そう。阪東孝介が様々な協力者と共に、この新企業を立ち上げたのだ。



「成果を挙げるとは。その人に努力と土台があったという事だ」



全国で活躍するとは知名度、注目度。なによりも。



「誰も才能だけでは、全国に立つという事はできない」



野球に限らず。

幼少より運動スポーツ芸術アート勉学スタディに携わっていた者が、それらを『諦めるとは心の腐り』と思われるか?

それは。つとめるを臭い言葉と揶揄して、貶す者の声だ。



「才はともかく。積み上げてきた者こそ、人の形だ」



社会の辛いところであるが、就職した瞬間からその分野において。第三者という視点からは”プロ”として、己は名乗る必要がある。

それに”努力した”って言葉を誇れるまでやるなら、軽く見積もって3年は必要だろう。

『石の上にも3年』なんて、ことわざがあるわけだし。



「阪東さん。……あんた。勉強や練習で、”等しく手に入る物”ってなんだと思う?」



問われた阪東は、自分がただの野球小僧だった時代からも含めて、こうしている大人の1人として答える。



「”物事を考える力”、”継続という力を養う事”。自分、知識、道徳、価値、世界を知って、人は成長する」



スポーツ推薦にしろ、単純な推薦にしろ。

1人にある人の才能が異なっていようと、思考する力が分かれていようと。



「真剣に何かを取り組んだ。それの成否はともかく、そこに事実があるとすれば。数多くある社会の仕事に応える事ができるだろう。無論、人に適正というのもある。不向きは当然だ。だが、その適正を理解する力。適正を克服する力。それには思考力と継続力が必要だ」

「……セカンドキャリアで上手くいかない人がいる。私達の仕事が大切なのは、よく理解しているね。ホントに新人さん?」

「俺は人より、ちょっと真剣なだけだ」



野球選手に限らず。

多くの人達。多くの仕事に。時代の流れがある。

プロ野球選手の、選手としての寿命はおよそ、35歳くらいであろう。それ以降で活躍を続けるというのは、野球史に残る実績は必要であろう。

仮に50歳まで野球選手を終えたとしても、そこで人生は終わりではない。綺麗な華が散っても。しぶとく、草がまた生えようとしている。



「俺は野球が好きだからな。誰もが野球って”いいな”って思える、社会環境を構築したい」



阪東孝介はプロ野球界を追放されているものの。

全ての野球界への貢献を続けている。スカウト業、指導。時には審判、用具係。

単純に野球というスポーツを支える裏方としているだけではない。

純粋さとしては、古臭い縛りをほどいて活動している人物だ。



「ところで阪東さん。同期の桐島くんがまたフライデーされてるけど……」

「あの馬鹿は引退した後、ムショ行きかもな……」



高校や大学で、酷使や不慮な事故に見舞われながらも、野球に携わろうとする人々をサポートしていく。

とはいえ、金だけじゃダメであり、選手個人の問題も当然だ。桐島が良き例である。

プロ生活から引退して、晩節以上の転落だって珍しくもない。これからのプロ野球界の保護にも、彼はメスを入れるのである。



「なまじ」

「ん?」

「スポーツという分野にしろ、勉学という分野にしろ。それに生き続けた者達が失ったショック、誇りというのもある」


一般では分からない事。それが全部同じだな、って分かったフリが通じないのも分かる。

阪東がこれからやる支援、サポートとは。自分を失って、新たな自分を作るという難しいサポートだ。



「才能のみで暴れた者。それ以外に生き方を知らない者。絶頂期を追い求め続けていく者を、時代の中で正しいところまで戻すってのは、支援だけでは大変なんだよ。努力していた事実はあれど、これからできるかは採用者には分からない。本人の問題。軽々しくできないと思うな」

「俺はそんな軽々しいか?」



軽いと思って、企業を立ち上げるわけがない。

本当にこーいう企業があれば自分の野球に貢献できる。選手としてだけでなく、1人の人として野球を続けられる。

それは野球ってだけじゃない。



「才能だろうが、運だろうが……辛ぇけど、努力だろうが。無意味になる事もあるよ。ただ、そーいうもんで捨てちゃなれないのが、生きているって事だろう。野球をやってきた人間が、野球を終えた先で苦しんでいたら、子供達も楽しめても真剣にならないだろ?」




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