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馴染な男  作者: 孤独
大学3年
26/52

六人は無


唯一、最後まで試合を観戦していた阪東が、鬼島がいる店に訪れていた。

当然であるが、


「何があったんっすか!九州国際大学が、2点差をひっくり返した9回裏!!3点も取られた関西学院は何をしてたんすか!」

「うどん食いながら喋るな。順を追って説明する」



大食いチャレンジをクリアし、〆のうどんを食いながら、鬼島もその試合の詳細を聞くのだった。



◇        ◇



九州国際大学の9回裏。

先頭打者は名神からだった。ここから下位打線。阪東だって、こっからひっくり返るなんて内心思ってはいなかった。



「…………」



ブンッ     ブンッ



ハッキリ言って、負けだと分かっていた。名神はそれでも、大鳥の負けを取り消したいと願っていた。

打席に入る前の素振りの数回に、諦めない意気込みがあった。

とはいえ、この状況で平凡な1人が頑張ったところでひっくり返るわけがない。



「関西学院、ピッチャーの交代をお知らせします。相内に代わりまして、光明寺」



関西学院は5人目のピッチャーを投入。盤石の状態で最後を決めようとしていた。



「宗司を打たれたままにしてたまるか」



打てば変わる。絶対に覆らないことでも、あり得るかもしれない。

名神はとにかく願うように打席に入った。今日の試合でも1安打している。球は見えているのだ。

5番手、光明寺との対戦。その追い込まれてからの4球目だった。



カーーーーンッ



名神が綺麗に光明寺のスライダーを弾き返した。だが、それは外野へと飛ばなかった。



ドガアァッ



「光明寺!?」



一瞬のこと。名神のピッチャー返しが、光明寺の顔に直撃したのだった。



「おい!しっかりしろ!」

「大丈夫か!?光明寺!」


さすがにこの状況には幸先も、高橋も動揺していた。もちろん、打った名神も心配の顔色をしていた。試合が一時中断となった。

当たりどころも悪く、鼻血も出ていたそうだ。大事をとって、光明寺は病院に直行。



「お、おい!どうする!?」

「どうするって……」

「投手はもう……」


ここで関西学院は困った。なにせ5人の継投が売りであるが、6人目の投手はいなかったのだ。試合終了前に、投手が尽きてしまったのだ。

こんなこと予想できるわけがない。

おまけにリードがあるとはいえ、9回裏のマウンドに上がるなんて事。残った野手陣にとっては罰ゲームみたいなものだった。

一方で、こんな好機を逃すわけにはいかない九州国際大学。名神に代走を送って、プレッシャーもかける。

6人目の投手を誰がやるか、10分ぐらいは揉めていたが。1人、手を挙げた。



「お、俺がやってやる!こーなったらな!」

「マジかいな!?高橋さん!」

「ストレートしか投げれねぇけど!いねーんじゃ、やるしかねぇだろ!幸先!いいだろ!?」

「え、ええですけど。マジかいな」



正直、犠牲になってやるって感じだ。

話によると、高橋は投手経験すらなかったという。(まぁ、誰もやれんからしょうがないけど)



「ボール!」



幸先がいくら優れた捕手だとしても、初めて投手をやる奴をリードするのは不可能だ。どーしようもないノーコンというのもあった。

立ち上がりに四球連発。運良く1アウトは獲ったが、同点打を浴び。サヨナラ打を打たれたのは初球だった。



「おおおーーー!!逆転勝利だーー!」

「関西学院に勝ったぞーー!」


勝った瞬間こそ、喜ぶ九州国際大学の一同であったが。その喜びはすぐに引いていく。

無理もない。関西学院を襲った不慮の事故のおかげで勝ったのだ。




◇            ◇



「そ、そんな奇跡が起こったんすか」

「ああ。1時間以上、9回裏をやっていたな」



ともかく、運がなかったな。だが、その運というのは、



「最後まで諦めなかったからこそ、引き寄せたものだろうな」



名神がもし、その意識がなかったら負けていただろう。彼は今日、何十万分の1の確率に当たったようなものだった。


「なーるほど、そーいう事。あるんすねぇ~。勉強になったっす」

「怪我は気を付けろよ」



まさかの勝利。しかし、



「2回戦で大鳥はまず投げないだろう。九州国際大学も次で負ける」


客席にいた阪東からでも、大鳥の降板がただのノックアウトではない事を察していた。

エース不在をカバーできる投手層はない。

そして、その読み通り。九州国際大学は2回戦で敗退するのであった。




◇          ◇



「軽い肘痛だね」


試合後、スポーツ医師に診てもらう大鳥がいた。

マッサージをされながらのこと。


「投手にとって、肘も大事だから。君、変化球を投げるの上手いでしょ」

「ええ」

「色々と背伸びしたいだろうけど、こーゆう怪我もあるから。利き腕と逆方向の変化球って、こーいう怪我に成りやすいのよ。試合中にシンカーのすっぽ抜け、あったんじゃない?」



疲労が早かったのにも、故障がある。



「次の試合は、2日か3日だっけ?」

「2日後です。投げれますか?」

「そんなに張り切っちゃダメだよ。まだ軽度だし、麻酔とかもあるけれど。良くて70球かな?そこは監督と自分自身で相談しなさい」



大鳥には故障の経験がほとんどない。特に大会中での怪我など、今が初めてであった。

優勝候補の関西学院と激突したが、内容は怪我という言い訳もなく、7失点という事実を受け入れる。

勝ったにしても、それは大鳥にある勝ちではない。

大鳥自身の気持ちを代弁するように、



「宗司は休んでくれ!」

「和………」



怪我はしていない。あくまで故障に入る一歩手前ってところが、大鳥の状態。



「そんな状態で投げて得はない。打たれるために上がる投手は要らない」



キツイ言葉であるが。

大鳥が不安要素を抱えていては、全国クラスの実力を備えていてもこのレベルには敵わない事。無理をして、自分の先のステージを潰すなんて事ができない。名神の眼はそこまで見据えていた。



「まだ一年ある。先輩達には悪いけれど。……いや、お前が打たれる事に誰も文句は付けない。故障させてまで、お前を負けさせたくないんだ。それはこのチームの苦しい思いになる」



だったらよ。普通に負けちまえば良かった。

勝つって事が、どーにも難しい事だって。名神には思った。

そんな名神の意見を後押しするように、最大の決定者もやってきた。



「休め、宗司」

「監督」

「お前がいないと確かにチームは勝てない。今の時代、選手の酷使は監督の評価に繋がる。勝てるならともかく、勝てる保証なんてない登板は選手の望み以外やらない。お前自身の意見は聞くがな。その相方が絶対にお前のボールを捕らないぞ」




負けることは悔しい事だ。それは正々堂々や、全力をぶつけ合って生まれるだけの事じゃない。

少なくとも、大鳥のこの敗北は。



「……しゃーないな」

「リベンジって言葉じゃないけどな」

「また頑張るさ……。頑張るぜ」



相手に敗れたわけじゃない事だ。

一つ一つ、敗れていって。自分ひとりは強くなっていく。もっと大きな勝敗を決めるところで、その強さが試される。



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