解析ふ能
左打者なら多少ながら、予測はつく。死球を恐れず、バッターボックスは内側寄りに立つ。
スライダーを縛る。
「来ぉぉい!!」
幸先と違って熱血漢な打者。投手に声を飛ばし、空回っても熱く檄を飛ばす人間性は評価にも繋がる。
それをもっと伝えるなら。
この機会で俺が、幸先を返さなきゃ、男が廃る!声援にも、仲間にも、俺自身にも、俺はやってやる!!
「続けーー!高橋!!」
「3点差にすりゃ、まだわかんねぇ!!」
ここぞでスライダーを2つ叩いたわけだが、この高橋はスライダーを拒否して、別の球種を誘うかのような立ち位置。
通常ならば、ストレートとフルスイングの勝負を要求しているか。
心理作戦なんてもの、好んじゃいないが。それを得意とする前の打者が、立て続けて結果を残しちゃ。乗らなきゃいけない。
「……………」
内側寄りの立ち方。外のスライダーを狙っている。大鳥の球ならば、その上を行って三振を獲れる。
熱くなるな。俺まで熱くなるな。
名神は慎重だった。大鳥も狙われている事を伝えられて、以心伝心する。
「!」
そんなに内側に立っていちゃ、危ないだろ。胸元を狙ったインハイのストレート!
思わずというより、当然に仰け反る高橋。
「ボール!」
少しでもスライダーを活かすためには、この内角攻めを成せばならない。打者の無意識が出てくる。
それでも高橋はまた、内に構えをとる。剛速球じゃないのだ。ビビる球ではない。
投手が打者の胸元に投げる。その度胸。こちらも、その度胸に応えて曲げないのが、打者というもの。
意地張ってるだけやんけって、2塁走者の幸先は見守っている。
2球目、
「!」
絶好の外のボール!高橋が動いたのは無理はない。そして、球が、
「っ!」
来ない!!シンカー!!緩急を付けられ、腰が当てようと反応してしまう。
バットで追いかけてしまい
カッ
「ファール!」
フェアゾーンに転がればやられていた。スライダーばかり気をとられていて、忘れていた。
シンカーもかなりの球となっていて、思わず手が出た。
外を待っているのが、バレバレ。誰にでも分かるほどにだ。それでも高橋は内に立つ。
今のをぶっ叩けなかった事は、高橋の理想が崩れた事だろう。意地張って、迎える3球目。
大鳥も名神も、この高橋には強気の内角攻め。コントロールに自信がある証拠。
「!」
内側一杯に入ってくる、見事な大鳥のスライダー。それに狙いをつけていた。
幸先のアドバイス通り、肩口から来た球なら高橋は分かっている。
「っ!このっ」
あとは俺がこいつを捉える技術がありゃあ、いいだけだろ!テメェ!!
誰の後ろを任されていると思っている!!
カッッ
腰の回転と腕の動きは小さく鋭かった。スイングがボールを捉えた瞬間。インパクトは、決して良い音ではなかった。
だが、打球の角度が良く、ライナーにしては高く。フライにしては低い打球は、大鳥の頭上を越える。
セカンドとショートの間へ。
ポーーーンッ
「二遊間!抜けた!!」
強い当たりであったら、幸先はホームに還って来れなかっただろう。幸先の足でも十分な打球で、追いかける関西学院の打線。
「高橋も続いたーーー!タイムリーヒットだ!!」
「あのスライダーをよく捌いた!」
「打球が弱かった分、幸先も戻ってこれた!」
大きい得点だった。
しかし、高橋は不満顔で一塁に立つ。
「差が有り過ぎだろ。この野郎」
相手の名神だけではない。チーム内にもいる、劣等とぶつかり続ける者。それを自覚する者。
私情はこの走塁時までだ。
試合はまだ九州国際大学の有利であるのは変わらないが、若松、幸先、高橋と。スライダーを叩いてもぎ取った得点に、大鳥と名神が気弱になったのは必然と言えよう。
少なくとも、毒牙にかかった。この回、5番をサードフライに打ち取るも、暗雲は立ち込める。
6回裏の九州国際大学の攻撃が、3番手の下園によって淡泊な三者凡退で終わったこと。
流れが変わり始めた前兆。
7回表、関西学院の攻撃。
6回表の攻撃を見れば、打線全体がスライダー狙いに来ていると判断して間違いではない。
問題はこのスライダーを、
「大鳥のスライダーを”ボール”に持ってくれば、大量得点のチャンスはある。前の回のスライダー狙いは、これにある」
「マジっすか?俺ならスライダーをバチーンっすけど」
「幸先はチームを操縦するのが上手い。1人が打てるだけの打線にしない」
阪東の言葉通りである。奪三振を獲るスタイルがここに来て、仇となる。被安打の数とは裏腹に、球数が嵩んで制球の難しさが出てくる終盤。
ただでさえ獲りたいストライクを獲れない。
「ボール!フォアボール!」
先頭打者を四球で出す。
これから下位打線だというのに、正念場を感じる大鳥と名神。まずは1アウトが欲しい。
考え込んで、ミットを握る名神。
「…………」
相手打線はスライダー狙いで来ている。縦スライダーで躱せるけれど、もう100球を超えている。見切られると今のような四球を出してしまう。
ゲッツー狙いでシンカーを打たせる?もし、読まれたり、失投でもあれば……長打。
大鳥を続投させるとしたら、選択は二つと言ったところだろう。
スライダーを投じず、縦スライダーとスラーブ、シンカーの組み立て。
もう1つはスライダーを解禁。打たれたのは上位打線だった。打者の力量が異なるからこそ、打線という言葉がある。そして、大鳥を信じるならば、これだ。
名神の決断は敗戦を振り返って決めていた。
決意が感じられる顔に、大鳥も。苦しいながら笑顔を奮った。
「はは」
任せろよ。和。
絶対に打たせねぇ。下位打線なんかに打たせねぇ。
「んっ」
相手がスライダーを狙うから封印なんて、弱気過ぎる!俺は宗司を信じる!
それが俺だ!
ノーアウト1塁。
初球からスライダー。左打者に対して、外に逃げるスライダー。
「っ」
カァンッ
明らかに打球が死んだ音が鳴って、転がったのは一二塁間!
セカンドが捕球をする。その後だ。
「セカンッ!」
名神も大鳥も、周囲の誰もが二塁の送球を叫んだ。それは焦りが生んだ欲だった。ここで現れるミス。
「セーフ!」
フィルダースチョイスが起こる。ヒットなしで生まれた、ノーアウト2塁1塁のピンチ。
この場面。相手打線に押されて、作ってしまったピンチ。ここでいっそ、バントをして欲しいと願ったくらいだが
「それはないぞ」
「そっすねぇ」
3点差だ。1アウトの献上だって避けたい。
ゲッツーだろうが、なんだろうが。このイニングで、最低でも同点にしなければ関西学院の負けは決定的。勝負所で退くわけがない。
打ってくる。何がなんでも打ってくる。あとはその結果がヒットに繋がらない事を祈るのみだ。
大鳥と名神は粘りを見せるか?
持てる力を全て使った8番打者との勝負。スライダーもシンカーも、駆使して、8球。
「ストライク!バッターアウト!!」
意地の空振り三振をもぎ獲る!11奪三振目!
アウトが欲しいなら三振を獲ればいいという、バッテリー達のプライド。守備陣のミスをフォローしてみせる、エースの意地。
だが、その意地は疲労を曇らせた。
この試合、堪えに堪えて、1球たりとも現れなかった失投。それがこのピンチに出てくる。
「!」
三振を獲った後の、息継ぎが油断になったのかもしれない。いや、限界だったと名神は後で励ました。
カーーーーーンッ
まさかの9番に、右中間を破られる2点タイムリースリーベースを打たれる!
抜けてしまった、ど真ん中のシンカーを見逃してはくれなかった。
「1番、サード、若松」
この長打はあえて言うなら、1番の若松が今日2安打と大鳥を攻略しているのもあった。こちらに意識が先行してしまった。
無論、こんな場面で対峙するわけがない。
一打同点なのだ。
「敬遠だーー!」
「2番との勝負を選んだ!!」
「でも、幸先に回るぜ!!」
後手後手の対応。相手は食いついてくる。この2番を抑えれば、幸先や高橋に回ろうと凌げるという大鳥達の気持ち。
それは狙えるということだ。
客席は、この局面で湧いた。
「若松、走ったーー!」
「2盗!?」
初回、彼を刺している名神であるが。この場面では走らせるしかなかった。打者を振らせるボールの要求が多くしたあまり、二塁への送球が遅れる要素の一つとなった。この場面で刺す送球は危険。ディレードスチールもある。難しいプレイを避けた判断は、慎重で悪くない。しかと、割り切っている。
それでも仕方のない事だ。
「ボール!フォアボール!!」
やってはいけない四球。
疲労と重圧が、大鳥のリズムが崩れた。明らかなボールが続いての四球だった。
「1アウト!満塁!!」
「ここで幸先、高橋だーーー!!」
「押せ押せ!関西学院!!ゴーーゴーー!!」
大鳥の自滅をここまで読み切っている、男が打席に立つのだ。
「逆転はすんなよ!同点でいい!!俺がV打だからな!」
「難しい要求せんでくださいな。巡り合わせっちゅーもんも、あるでしょーけん」
ネクストバッターズサークルの高橋に応援なんだが、注文なんだがをされる幸先。
とんでもない声援。球場にいるほとんどが関西学院の応援となっている。
「3番、キャッチャー、幸先」
期待に応えるという重圧を跳ね除けるとは違う。期待通りにやって見せる。このムードの中で最後の仕事をこなすが、デキる男って奴。
その世代にいる、怪物の1人は経験と修羅場を知っている。
大鳥と名神との器の違い。
幸先は普段通りの、慎重で冷静な判断と動き。
迷いがない。
「…………」
名神は自分が混乱していると、気付かないまま。疲労がピークとなった大鳥をリードする。
どーすればいい?
この幸先なら、何を大鳥に要求するだろうか?
自信を持って、大鳥に何を言うだろうか?
いや、俺が何を言うかだろ。
「!」
過った事はきっと、間違いではない。未来予知に近い。
「タ、タイム」
重大な場面でのタイムだ。名神はここで大鳥に訊いた。
「宗司、俺」
「……ん?」
試合とは関係のない事だろう。
今、それを言うことかって。
「あっ」
「は?」
名神はこんなにも疲れ、頑張っていると分かる大鳥と向き合えて、心を押し殺した。今、自分が言う事ではないからだ。
試合はまだ終わっちゃいないと、大鳥の向こう側にあるスコアボードも示している。
まだ、勝っているのだ。まだ7回表なんだ。
「……左手、握らせろ。めいっぱい」
「分かったよ。いつも通りにな」
ギュッと、自分の手を握ってくれる宗司の左手。
いつもなら球速に似合わず、力強く彼が握ってくれる。だが、
「!」
それを知っているから、この反動が悲しかった。
とても弱っていたこと。
「……へへっ」
「宗司、お前……」
リーグ戦から頑張っていた。決して酷使にはならないよう、監督も配慮していたが。この試合はハイペースで投げていたのだ。一球一球の質が高い分、疲労も早くきていた。
「和を勝たせたくてよ」
「馬鹿!俺が、俺達が宗司を勝たせるためにやるんだ!」
怪我はしていないが、こんな状況で幸先と高橋を抑えるなんて無理だ。
だが、1アウト満塁、1点差。大鳥以外の選択肢なんてあるわけがない。できるわけがない。
はっ……って、ため息が短く零した。名神。
「……和、俺は行けるぞ」
宗司の言葉はきっと、まだやれると思うって気持ちなんだ。誰よりも大切で、一番の仲間がそー思っている事はよく分かっている。最後までぶつかろうとする、気持ち。
どっちにしろ。この場面を切り抜けるなんて、
「よく、頑張ってくれたな。宗司」
ない。
「ゆっくり休んでいてくれ、ナイスピッチ」
宗司に、そー素直に言えた。それもまた仲間である証拠だ。名神はすぐに監督に投手交代のサインをした。大鳥に異常があるという顔で監督もすぐに分かった。とはいえ、監督だって。次のイニングから継投を考えていた。控え投手達には荷が重すぎる相手と状況だ。
黙るも、また正義。だが、言うも正義。
「ナイスピッチ!」
「関西学院を相手によく頑張った!」
大鳥宗司、6回途中1/3、でマウンドを降りる。
そして、失点は
カーーーーンッ
「幸先!試合をひっくり返す、2点タイムリー!!関西学院、5点差を跳ね返したーー!」
幸先の逆転打。
「高橋。犠牲フライ!追加点!!」
高橋のダメ押しの犠牲フライ。
大鳥宗司、幸先擁する関西学院の打線を相手に6回途中1/3、7失点。
5回まで順調に抑えるも、相手打線の一気呵成の攻撃に崩れる。
「終わったな、帰るよ。鍋島さん」
「待て。俺も帰る。飯でも食いに行こうぜ。やっぱり、幸先をどう抑えるかがポイントだな」
球場にいる猛者共も、この逆転劇とエースの大鳥が降板という事態に、試合の決着を見た。
村井、鍋島は7回表の攻撃が終わって帰った。
「波乱はねぇな。にしても投手、4人目かよ」
「関西学院の5人継投はキツイね。しかも、幸先はタイプの違う5人の投手をしっかりと操縦している」
八木、海堂も九州国際の打線が、8回裏で力なく抑えられたところを見て、帰る。
「あーあ、俺。大食いチャレンジでもしてくるっす。腹減った~」
「そーか」
「阪東さん。これ以上見てても、しょうがねぇーっすよ」
阪東と、同じく行動をする鬼島も帰ろうとする。
「先に帰ってろ。俺はスカウトも兼ねているし、まだ試合が終わってねぇ。全員の選手が諦めちゃいねぇし、全員が慢心もしてねぇ。最後まで戦うところも評価に繋がるもんだ」
「9回で2点差っすよ。ここから奇跡でも起きない限り、九州国際大学の勝ちはねぇーっす。んじゃ、店に行ってるっすよ」
鬼島も9回表の攻撃中に帰る。
やはり、関西学院が勝ち上がると、誰もが思った。
球場にいる誰もがそう思っていた。おそらく、選手達だって、きっとそうだ。
◇ ◇
三者共、別の飲食店で遅くなった昼食である。
ガツガツガツ
「うめっ!うまっ!イケる!」
鬼島は大食いチャレンジを挑戦中。球場でも滅茶苦茶食べているのに、まだ行けるのか。
テレビで流れる、地元テレビからの大学野球ニュース。
「鍋島さんは結局、プロ目指すんですか?」
「お声が掛かったら行きたいな。できりゃあ、また米野と組みてぇな。それ以外なら拒否かな」
「まー、そっすよね。鍋島さんの場合。けど俺は、桐島さんや鷹田さんに続く打者になりてぇって、目標がある」
村井も鍋島も食事中。これから先の展望について話、
「今日で関西学院の強さが分かって良かったぜ。チーム力なら今大会、ナンバー1だろ」
「とはいえ、目の前の相手が大事だよ」
この大会に向けての話をする八木と海堂。
その3者に流れる、とんでもないスポーツニュース。
【次はスポーツです。大学野球全国大会、一回戦】
「お、始まったな。海堂」
誰もが分かり切った結果に意識を傾ける。試合をついさっきまで観ていたのだ。
【九州国際大学 VS 関西学院。先ほど、ゲームが終了しました。9回裏、九州国際大学が2点差を逆転サヨナラにし、8-7で二回戦の進出を決めました】
「ほー。そーなのか……ん?」
「ま、そーだよね……え?」
試合結果の映像とアナウンサーの声。
それを二度、全員がチェックした。
”8-7”という確かなスコア。しかも、九州国際大学が8点という表示。関西学院が7点という表示。
9回裏にひっくり返されたスコアボード。
「なにーーーー!!?」
「な、何が起こったーー!?」
「あの幸先が負けたのかよ!?」
5人の強者達。いや、それ以外の者達でも驚くべき試合結果だろう。
一体、何が起こった!?どーやって、九州国際大学が関西学院を相手に逆転したのだろうか!?




