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馴染な男  作者: 孤独
大学3年
25/52

解析ふ能


左打者なら多少ながら、予測はつく。死球を恐れず、バッターボックスは内側寄りに立つ。

スライダーを縛る。


「来ぉぉい!!」


幸先と違って熱血漢な打者。投手に声を飛ばし、空回っても熱く檄を飛ばす人間性は評価にも繋がる。

それをもっと伝えるなら。



この機会で俺が、幸先を返さなきゃ、男が廃る!声援にも、仲間にも、俺自身にも、俺はやってやる!!



「続けーー!高橋!!」

「3点差にすりゃ、まだわかんねぇ!!」



ここぞでスライダーを2つ叩いたわけだが、この高橋はスライダーを拒否して、別の球種を誘うかのような立ち位置。

通常ならば、ストレートとフルスイングの勝負を要求しているか。

心理作戦なんてもの、好んじゃいないが。それを得意とする前の打者が、立て続けて結果を残しちゃ。乗らなきゃいけない。



「……………」


内側寄りの立ち方。外のスライダーを狙っている。大鳥の球ならば、その上を行って三振を獲れる。

熱くなるな。俺まで熱くなるな。


名神は慎重だった。大鳥も狙われている事を伝えられて、以心伝心する。



「!」


そんなに内側に立っていちゃ、危ないだろ。胸元を狙ったインハイのストレート!

思わずというより、当然に仰け反る高橋。



「ボール!」



少しでもスライダーを活かすためには、この内角攻めを成せばならない。打者の無意識が出てくる。

それでも高橋はまた、内に構えをとる。剛速球じゃないのだ。ビビる球ではない。

投手が打者の胸元に投げる。その度胸。こちらも、その度胸に応えて曲げないのが、打者というもの。

意地張ってるだけやんけって、2塁走者の幸先は見守っている。



2球目、


「!」


絶好の外のボール!高橋が動いたのは無理はない。そして、球が、



「っ!」


来ない!!シンカー!!緩急を付けられ、腰が当てようと反応してしまう。

バットで追いかけてしまい



カッ



「ファール!」



フェアゾーンに転がればやられていた。スライダーばかり気をとられていて、忘れていた。

シンカーもかなりの球となっていて、思わず手が出た。

外を待っているのが、バレバレ。誰にでも分かるほどにだ。それでも高橋は内に立つ。

今のをぶっ叩けなかった事は、高橋の理想が崩れた事だろう。意地張って、迎える3球目。



大鳥も名神も、この高橋には強気の内角攻め。コントロールに自信がある証拠。



「!」



内側一杯に入ってくる、見事な大鳥のスライダー。それに狙いをつけていた。

幸先のアドバイス通り、肩口から来た球なら高橋は分かっている。



「っ!このっ」



あとは俺がこいつを捉える技術がありゃあ、いいだけだろ!テメェ!!

誰の後ろを任されていると思っている!!



カッッ



腰の回転と腕の動きは小さく鋭かった。スイングがボールを捉えた瞬間。インパクトは、決して良い音ではなかった。

だが、打球の角度が良く、ライナーにしては高く。フライにしては低い打球は、大鳥の頭上を越える。

セカンドとショートの間へ。



ポーーーンッ



「二遊間!抜けた!!」



強い当たりであったら、幸先はホームに還って来れなかっただろう。幸先の足でも十分な打球で、追いかける関西学院の打線。



「高橋も続いたーーー!タイムリーヒットだ!!」

「あのスライダーをよく捌いた!」

「打球が弱かった分、幸先も戻ってこれた!」



大きい得点だった。

しかし、高橋は不満顔で一塁に立つ。



「差が有り過ぎだろ。この野郎」



相手の名神だけではない。チーム内にもいる、劣等とぶつかり続ける者。それを自覚する者。

私情はこの走塁時までだ。


試合はまだ九州国際大学の有利であるのは変わらないが、若松、幸先、高橋と。スライダーを叩いてもぎ取った得点に、大鳥と名神が気弱になったのは必然と言えよう。

少なくとも、毒牙にかかった。この回、5番をサードフライに打ち取るも、暗雲は立ち込める。

6回裏の九州国際大学の攻撃が、3番手の下園によって淡泊な三者凡退で終わったこと。

流れが変わり始めた前兆。




7回表、関西学院の攻撃。

6回表の攻撃を見れば、打線全体がスライダー狙いに来ていると判断して間違いではない。

問題はこのスライダーを、



「大鳥のスライダーを”ボール”に持ってくれば、大量得点のチャンスはある。前の回のスライダー狙いは、これにある」

「マジっすか?俺ならスライダーをバチーンっすけど」

「幸先はチームを操縦するのが上手い。1人が打てるだけの打線にしない」



阪東の言葉通りである。奪三振を獲るスタイルがここに来て、仇となる。被安打の数とは裏腹に、球数が嵩んで制球の難しさが出てくる終盤。

ただでさえ獲りたいストライクを獲れない。



「ボール!フォアボール!」



先頭打者を四球で出す。

これから下位打線だというのに、正念場を感じる大鳥と名神。まずは1アウトが欲しい。

考え込んで、ミットを握る名神。



「…………」



相手打線はスライダー狙いで来ている。縦スライダーで躱せるけれど、もう100球を超えている。見切られると今のような四球を出してしまう。

ゲッツー狙いでシンカーを打たせる?もし、読まれたり、失投でもあれば……長打。



大鳥を続投させるとしたら、選択は二つと言ったところだろう。

スライダーを投じず、縦スライダーとスラーブ、シンカーの組み立て。

もう1つはスライダーを解禁。打たれたのは上位打線だった。打者の力量が異なるからこそ、打線という言葉がある。そして、大鳥を信じるならば、これだ。

名神の決断は敗戦を振り返って決めていた。

決意が感じられる顔に、大鳥も。苦しいながら笑顔を奮った。


「はは」


任せろよ。和。

絶対に打たせねぇ。下位打線なんかに打たせねぇ。


「んっ」


相手がスライダーを狙うから封印なんて、弱気過ぎる!俺は宗司を信じる!

それが俺だ!




ノーアウト1塁。

初球からスライダー。左打者に対して、外に逃げるスライダー。


「っ」



カァンッ


明らかに打球が死んだ音が鳴って、転がったのは一二塁間!

セカンドが捕球をする。その後だ。



「セカンッ!」


名神も大鳥も、周囲の誰もが二塁の送球を叫んだ。それは焦りが生んだ欲だった。ここで現れるミス。



「セーフ!」



フィルダースチョイスが起こる。ヒットなしで生まれた、ノーアウト2塁1塁のピンチ。

この場面。相手打線に押されて、作ってしまったピンチ。ここでいっそ、バントをして欲しいと願ったくらいだが



「それはないぞ」

「そっすねぇ」


3点差だ。1アウトの献上だって避けたい。

ゲッツーだろうが、なんだろうが。このイニングで、最低でも同点にしなければ関西学院の負けは決定的。勝負所で退くわけがない。

打ってくる。何がなんでも打ってくる。あとはその結果がヒットに繋がらない事を祈るのみだ。


大鳥と名神は粘りを見せるか?

持てる力を全て使った8番打者との勝負。スライダーもシンカーも、駆使して、8球。



「ストライク!バッターアウト!!」



意地の空振り三振をもぎ獲る!11奪三振目!

アウトが欲しいなら三振を獲ればいいという、バッテリー達のプライド。守備陣のミスをフォローしてみせる、エースの意地。

だが、その意地は疲労を曇らせた。

この試合、堪えに堪えて、1球たりとも現れなかった失投。それがこのピンチに出てくる。



「!」


三振を獲った後の、息継ぎが油断になったのかもしれない。いや、限界だったと名神は後で励ました。



カーーーーーンッ



まさかの9番に、右中間を破られる2点タイムリースリーベースを打たれる!

抜けてしまった、ど真ん中のシンカーを見逃してはくれなかった。


「1番、サード、若松」


この長打はあえて言うなら、1番の若松が今日2安打と大鳥を攻略しているのもあった。こちらに意識が先行してしまった。

無論、こんな場面で対峙するわけがない。

一打同点なのだ。


「敬遠だーー!」

「2番との勝負を選んだ!!」

「でも、幸先に回るぜ!!」


後手後手の対応。相手は食いついてくる。この2番を抑えれば、幸先や高橋に回ろうと凌げるという大鳥達の気持ち。

それは狙えるということだ。

客席は、この局面で湧いた。



「若松、走ったーー!」

「2盗!?」



初回、彼を刺している名神であるが。この場面では走らせるしかなかった。打者を振らせるボールの要求が多くしたあまり、二塁への送球が遅れる要素の一つとなった。この場面で刺す送球は危険。ディレードスチールもある。難しいプレイを避けた判断は、慎重で悪くない。しかと、割り切っている。

それでも仕方のない事だ。


「ボール!フォアボール!!」


やってはいけない四球。

疲労と重圧プレッシャーが、大鳥のリズムが崩れた。明らかなボールが続いての四球だった。



「1アウト!満塁!!」

「ここで幸先、高橋だーーー!!」

「押せ押せ!関西学院!!ゴーーゴーー!!」



大鳥の自滅をここまで読み切っている、男が打席に立つのだ。


「逆転はすんなよ!同点でいい!!俺がV打だからな!」

「難しい要求せんでくださいな。巡り合わせっちゅーもんも、あるでしょーけん」



ネクストバッターズサークルの高橋に応援なんだが、注文なんだがをされる幸先。

とんでもない声援。球場にいるほとんどが関西学院の応援となっている。



「3番、キャッチャー、幸先」



期待に応えるという重圧を跳ね除けるとは違う。期待通りにやって見せる。このムードの中で最後の仕事をこなすが、デキる男って奴。

その世代にいる、怪物の1人は経験と修羅場を知っている。

大鳥と名神との器の違い。

幸先は普段通りの、慎重で冷静な判断と動き。

迷いがない。



「…………」



名神は自分が混乱していると、気付かないまま。疲労がピークとなった大鳥をリードする。

どーすればいい?

この幸先なら、何を大鳥に要求するだろうか?

自信を持って、大鳥に何を言うだろうか?

いや、俺が何を言うかだろ。


「!」


過った事はきっと、間違いではない。未来予知に近い。



「タ、タイム」



重大な場面でのタイムだ。名神はここで大鳥に訊いた。



「宗司、俺」

「……ん?」


試合とは関係のない事だろう。

今、それを言うことかって。


「あっ」

「は?」



名神はこんなにも疲れ、頑張っていると分かる大鳥と向き合えて、心を押し殺した。今、自分が言う事ではないからだ。

試合はまだ終わっちゃいないと、大鳥の向こう側にあるスコアボードも示している。

まだ、勝っているのだ。まだ7回表なんだ。


「……左手、握らせろ。めいっぱい」

「分かったよ。いつも通りにな」



ギュッと、自分の手を握ってくれる宗司の左手。

いつもなら球速に似合わず、力強く彼が握ってくれる。だが、


「!」


それを知っているから、この反動が悲しかった。

とても弱っていたこと。


「……へへっ」

「宗司、お前……」


リーグ戦から頑張っていた。決して酷使にはならないよう、監督も配慮していたが。この試合はハイペースで投げていたのだ。一球一球の質が高い分、疲労も早くきていた。



「和を勝たせたくてよ」

「馬鹿!俺が、俺達が宗司を勝たせるためにやるんだ!」



怪我はしていないが、こんな状況で幸先と高橋を抑えるなんて無理だ。

だが、1アウト満塁、1点差。大鳥以外の選択肢なんてあるわけがない。できるわけがない。

はっ……って、ため息が短く零した。名神。


「……和、俺は行けるぞ」


宗司の言葉はきっと、まだやれると思うって気持ちなんだ。誰よりも大切で、一番の仲間がそー思っている事はよく分かっている。最後までぶつかろうとする、気持ち。

どっちにしろ。この場面を切り抜けるなんて、



「よく、頑張ってくれたな。宗司」



ない。



「ゆっくり休んでいてくれ、ナイスピッチ」



宗司に、そー素直に言えた。それもまた仲間である証拠だ。名神はすぐに監督に投手交代のサインをした。大鳥に異常があるという顔で監督もすぐに分かった。とはいえ、監督だって。次のイニングから継投を考えていた。控え投手達には荷が重すぎる相手と状況だ。

黙るも、また正義。だが、言うも正義。



「ナイスピッチ!」

「関西学院を相手によく頑張った!」


大鳥宗司、6回途中1/3、でマウンドを降りる。

そして、失点は



カーーーーンッ



「幸先!試合をひっくり返す、2点タイムリー!!関西学院、5点差を跳ね返したーー!」


幸先の逆転打。


「高橋。犠牲フライ!追加点!!」



高橋のダメ押しの犠牲フライ。

大鳥宗司、幸先擁する関西学院の打線を相手に6回途中1/3、7失点。

5回まで順調に抑えるも、相手打線の一気呵成の攻撃に崩れる。



「終わったな、帰るよ。鍋島さん」

「待て。俺も帰る。飯でも食いに行こうぜ。やっぱり、幸先をどう抑えるかがポイントだな」


球場にいる猛者共も、この逆転劇とエースの大鳥が降板という事態に、試合の決着を見た。

村井、鍋島は7回表の攻撃が終わって帰った。


「波乱はねぇな。にしても投手、4人目かよ」

「関西学院の5人継投はキツイね。しかも、幸先はタイプの違う5人の投手をしっかりと操縦している」


八木、海堂も九州国際の打線が、8回裏で力なく抑えられたところを見て、帰る。


「あーあ、俺。大食いチャレンジでもしてくるっす。腹減った~」

「そーか」

「阪東さん。これ以上見てても、しょうがねぇーっすよ」


阪東と、同じく行動をする鬼島も帰ろうとする。


「先に帰ってろ。俺はスカウトも兼ねているし、まだ試合が終わってねぇ。全員の選手が諦めちゃいねぇし、全員が慢心もしてねぇ。最後まで戦うところも評価に繋がるもんだ」

「9回で2点差っすよ。ここから奇跡でも起きない限り、九州国際大学の勝ちはねぇーっす。んじゃ、店に行ってるっすよ」


鬼島も9回表の攻撃中に帰る。

やはり、関西学院が勝ち上がると、誰もが思った。

球場にいる誰もがそう思っていた。おそらく、選手達だって、きっとそうだ。



◇         ◇



三者共、別の飲食店で遅くなった昼食である。



ガツガツガツ



「うめっ!うまっ!イケる!」



鬼島は大食いチャレンジを挑戦中。球場でも滅茶苦茶食べているのに、まだ行けるのか。

テレビで流れる、地元テレビからの大学野球ニュース。



「鍋島さんは結局、プロ目指すんですか?」

「お声が掛かったら行きたいな。できりゃあ、また米野と組みてぇな。それ以外なら拒否かな」

「まー、そっすよね。鍋島さんの場合。けど俺は、桐島さんや鷹田さんに続く打者になりてぇって、目標がある」



村井も鍋島も食事中。これから先の展望について話、



「今日で関西学院の強さが分かって良かったぜ。チーム力なら今大会、ナンバー1だろ」

「とはいえ、目の前の相手が大事だよ」



この大会に向けての話をする八木と海堂。

その3者に流れる、とんでもないスポーツニュース。


【次はスポーツです。大学野球全国大会、一回戦】

「お、始まったな。海堂」



誰もが分かり切った結果に意識を傾ける。試合をついさっきまで観ていたのだ。



【九州国際大学 VS 関西学院。先ほど、ゲームが終了しました。9回裏、九州国際大学が2点差を逆転サヨナラにし、8-7で二回戦の進出を決めました】

「ほー。そーなのか……ん?」

「ま、そーだよね……え?」


試合結果の映像とアナウンサーの声。

それを二度、全員がチェックした。


”8-7”という確かなスコア。しかも、九州国際大学が8点という表示。関西学院が7点という表示。

9回裏にひっくり返されたスコアボード。



「なにーーーー!!?」

「な、何が起こったーー!?」

「あの幸先が負けたのかよ!?」



5人の強者達。いや、それ以外の者達でも驚くべき試合結果だろう。

一体、何が起こった!?どーやって、九州国際大学が関西学院を相手に逆転したのだろうか!?




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