恨む世代
”横綱”、鬼島郁也
”輝星”、猪瀬宇佐満
あの”最強3世代”と比較されると、その実力と逸材の数は劣ってしまう。しかし、これから先で彼等の活躍はプロ野球界に刻まれる事になる。
あまりにも阪東・米野・桐島・鷹田の4名が突き抜けており、次点にレイ・井藤・叶・鷲頭と。全てのポジションで隙の無い、最高の世代というべきところ。これに大学に行った者達が加われば、とんでもない事だ。
「ふざけやがって」
順当に行けば、大学4年生が、大学ナンバー1スラッガーの称号を手にするだろう。
しかし、それは成らなかった。なぜなら、本来。プロに確実視されていた、”最強3世代”の1人。レイジの世代にいた、1人の大打者が大学へと進学してしまったのだ。二つ下の選手に、栄誉ある大学ナンバー1スラッガーを与えられること。
彼を、世間的に言えば、大学ナンバー2スラッガー。
「ざけるなぁっ!クソ世代が!!」
さらに、八木恭介やら幸先高次などの、打者達もいて、彼がナンバー2?みたいな感じである。
「大打者だからな!なめんじゃねぇよ!関西リーグ、13本だぞ!!」
それでも一つ下の後輩に負けているんだがね。
ともあれ、事実であると同時に不幸でもある。先代のトップを走る選手。
名を高橋元気。
………
「普通な苗字と名前で悪いな!!両親が愛込めて名付けたんだよ!!高橋家で生まれたんだよ!」
「誰も言ってへんやないですか」
関西学院。4年生。
高橋元気。ポジション、セカンド。右投左打。
打撃、守備、走塁。纏まった良い選手であり、今年。大学生ドラフト候補の1人である。
当然、注目されているわけだが……
「幸先ー!復帰待ってるぞー!」
「ウチにはお前しかおらんわー!」
大鳥と名神と同じような選手経歴。違うのはどの学校でも名門中の名門で揉まれた、エリート中のエリートであること。
小学、中学、高校。そして、大学までも地元。地元愛溢れる、プロ注目の捕手。幸先高次が擁する、チームである。
「いや、俺が注目の的だろ!?3年でスタメン捕手で、頼れて、……あれ!?ホントに幸先が擁してね!?ちくしょー!!幸先!テメェ、なんでプロ行かなかった!?地元好きすぎるだろ!?」
「ワイは進学希望やったし、鷹田や鷲頭、桐島とレベルの差を感じておったわ」
「俺達はもっと感じてんだよ!なんだよ、その化け物世代が!!」
高校は進学希望であり、プロ志望届も出さなかった。
しかし、当時から捕手としてナンバー1。大学でもその地位を固めている。ポジションによって異なるが、大学ナンバー1選手と言っていいかもしれない。
「せやかて、ワイの足はからっきしやし、リーディングヒッターやからなぁ。一つ下の、村井や寺の方が華があるやろ?」
「謙虚ーーー!!」
分かりやすく言えば、名神の全ての能力が強化されたと言った感じの選手が、この幸先である。本人が謙遜する通り、捕手の中では優れていても、一選手としては足りないものが多い。
この年の関西学院のチームカラーは、幸先と高橋の3番、4番を中心とした線となった打線。加えて、投手を計5名もいる、総合力あるチームの戦いで関西リーグを制した名門。
この秋、4年生最後の年に。
大鳥と名神が戦う事となる、”最強3世代”の1人。打者としての相手は初めてとなる、幸先の実力はどれほどのものか……
「主役はこの高橋さんです!!」
「分かった分かった」
高橋さんも活躍しますよ~?
◇ ◇
夏。
ペナントレースは佳境。
「さぁー、9回裏!1点ビハインドの場面ではあるが、2死1塁!同点の走者を置いて、打席に立つのは、4番、桐島勇太だ!!」
最高の展開。
一発が出れば、サヨナラ。
「狙って当然やろ~」
バットを片手で綺麗に回し、鼻歌を交えながら打席に入り、構える。
緊張感ある場面。その当人はリラックスというか、余裕というか。
「ワイやしなぁ」
自身が、この野球界で最強打者であるという自覚だからだ。鷹田のように安定感を求めた長距離打者とは違い、ムラッ気のある長距離打者だ。調子が嵌った時の桐島は間違いなく、最強。自身もそれを自覚している。
目標がホントに欲望一直線。夏の時期になると、調子が上がる。理由は
「ペナントレースも佳境やし、活躍せな。女も酒も、減ってまうわいなぁ」
相手投手は去年メジャーリーガーで活躍した、剛速球右腕。なんと160キロ以上のストレートを放る、怪物。
抑えを任されているのは当然のスペックと言えよう。桐島とは違い、常に自信満々で上から目線。
ストレートだけじゃねぇよ。フォークもスライダーも、カーブだって投げられる。
日本の打者はどいつもこいつも貧弱。パワーが足りていない。こんな小さい島国の野球に、本場の力を見せつけて!俺はメジャーに戻るんだ!
あそこで栄光を勝ち取る!こんな国での栄光なんて!鼻息で吹っ飛ぶもんだよ!
ガバッ
投手の足が上がる。
それとほぼ同じく、右打者の桐島の左足が上がった。その左足の高さは、足を上げて打つ通常の打者よりも高い。間違いなく、一本足で立っている状態と言っていい、フォーム。軸足に体重と力を目一杯乗せる。
桐島勇太、独特の打撃フォームである。
沈めば、上がる。引く潮と、満ちる潮があるように。変わらない形で、対比を描く打撃フォーム。
彼の二つ名とされる由縁は、この打ち方。彼をして、”太極打法”(一本足打法の長いバージョンやろ?)
「!」
ノーステップで打てないのか!そんなに足を高く上げていると、速いストレートに対応はできない!ジ・エンドだ、桐島!!
日本の最強打者なんて、大した事はない!
球速だけのまやかしのストレートではない。ノビ、キレがともに乗ったストレート。コースは内角。
この難しいボールを見逃すという、勇気はないのか。桐島は完全に打ち気に来ていた。
並の判断すら持っていない。打者を愚弄するが、投手の資質。勝負という相手とぶつかり合うための、気迫。
「決着はついとるわ」
地元から本拠地が近いから、応援に駆け付けた幸先。桐島とはこの地元で野球をやってきた仲である。
高校は一緒にできなかったが、また野球をするならこいつと愉しく一緒にやりたいものだ。
投手が打たれる前に分かっていた事だ。
「!」
完全に差し込めるストレートであったが、桐島の溜めた軸足から、強烈かつ最短の動作で回るスイングは、160キロ越えのストレートを捉えていた。
カーーーーンッ
下半身、腰、腕、フォロースルー。それらの動作が、どの打者よりも力強く、無駄なく、速いこと。鷹田のように単純な力技でぶっ飛ばす打球とは異なり、打者とバットが一体となって打つ、打者の理想像の一つである。
「打ったーーー!速ーーいっ!!」
「伸びる!伸びる!!」
打球は舞い上がるというより、弾丸ライナーの軌道が多い。ホームラン狙いであるが、綺麗にバットで捉える事を意識したスイング。
投げられたボールを綺麗にフルスイングで捉えて、スタンドに持っていく。
「入ったーーー!桐島!サヨナラ2ランで試合を決めたーー!!地元ファンの前で最高のプレイだ!!」
これが桐島勇太の、日本最強打者と呼ばれる男のスイング。
「打撃フォームからスイングまでが、あー見えて綺麗な奴や。それに加え、動体視力が半端ないんや。多少速いストレートも、キレのあるスライダーも反応してついてくる」
桐島の足を高く上げるフォーム。
傍から見れば、速球に差し込まれやすいと思われるが、スイングに込める力をさらに引き上げるためのもの。最短かつ最速のスイングが差し込まれるだろう球を、前で捉える。打球を流しても勢いを殺さずに、弾き飛ばせる器量もある。
養われたバランス感覚でキッチリと力を溜め、さらに投手とのタイミングもあの足上げでキッチリとっている。
打者としての桐島はほぼ完璧である。
その打者に今のフォームを授けたのが、あの幸先である。友人のフォーム固めを手伝うなど、どこか境遇も名神と似ているところでもある。
「あえて言うなら、桐島は初見の相手には脆いっちゅー事や。要のタイミングが計れんから。情報を揃えたらガンガン打ちまくるんやで」
桐島の春先があまり良くないのも、この打法が原因。副作用でしょうがないこと。とはいえ、何度も対峙する投手からならば春からでもガンガン打ちまくる。一概に悪いというわけではないのだ。むしろ、プロ向きとも思える。
「桐島を抑えるならまずコントロールが必要やな。あのアホ、ガンガン打つタイプやからコースは気にせず、打ってくるんや。あんな難しいボールを打つか普通?それと一つ一つ投球の間を変えて、前後(緩急)の揺さぶりで打ち取る。単調なリズムで投げとったら、何を投げても運ばれるで。リズムをとる足を崩せば、……ちょっとは凡退しやすくなる」
桐島の積極的な意識はとても高い。
今シーズン、四球は35個であるが、敬遠が半分以上を占める。出塁率と打率があんまり差がないのも特徴的だ。またフルカウントからの四球は今シーズンは0。ホントに打つ意識が高い。
動体視力は良いが、選球眼は曖昧(これについて、桐島は審判と自分の目が違うからという理由が多い)で、打てるコースは広く、ガンガン打ってくる。打つという姿勢が強いからこそ、最強打者と言えよう。
「鷹田はちゃうよ。桐島とは違う強引さで、ホームランを量産する。三振率も桐島より高いけれど、四球を選べる長距離砲や。OPSはほぼ互角やし」
OPS。長打率と出塁率を足した、数値。
桐島は高打率&打点飽食。鷹田は本塁打量産&出塁率重視。タイプの違う、長距離打者である。
とはいえ、OPSという指標は、本塁打を量産し、出塁率の高い選手が優位だ。(つまり、鷹田が有利な指標)
その指標で桐島は鷹田と互角にやり合えるのであり、これが日本人最強の打者と呼ばれる実力の理由なのである。
「ワイの地元でサイコーの結果出せて良かったで~」
「おー!桐島ー!サイコーや!!」
「今日は地元やから、存分にはっちゃけた。夏は大得意やからな!まぁ、熱中症には気を付けて欲しいけんども、女性ファンの皆様!」
俺と!ネッ、チュ~しょ~!!
「これからも応援よろしくやで~~」
「ヒーローインタビューを中断しろーー!!こいつもう出すなーー!」
桐島、ヒーローインタビューは大半が放送事故である。




