走れ名神
再び、見上げる壁紙。
独立リーグの入団テスト内容だ。
最初は高い壁と思い、不安を抱えながらの挑戦。そんなものだ。その一歩目が誰だって、なんだって難しい。
特訓の成果が必ず報われるわけではないし、特訓の成果で失うこともある。
春先の不調はあったが、成果が結ばれる形の練習試合があった。
カーーーーンッ
「おーーーっ!3安打、猛打賞!」
「いいぞ、名神ーー!」
7番、捕手の名神が3打数3安打の猛打賞。
「全部、単打だけどな」
「何言ってんだよ。すげーじゃん、3安打なんてよ。久しぶりじゃねぇか」
この試合、1塁コーチャーを務める大鳥にバッティンググローブを渡す。
練習試合だからこそ、エース以外の投手も投げる。
打撃の成長と共に、自分の持ち味を活かせるリードに、自信を持つことができた。一度折れたものが再生し始めると、さらに堅固になるのは反省と後悔という糧が占めるのかな?
夏大会も近い時に名神の状態。それを含めてチームの状態も上がってくること。春大会の悔しさをバネにチームはさらに強くなった。
大鳥は大会まで調整しながらの練習。無論、基礎的な練習を続けている。
彼の大きな成長としては……
パァァンッ
「どーだ?」
「……バッチリだ。スライダーとのフォームに差がない」
「1年以上は掛かったが、ついにか」
「ばらつきも無くなったしな。実践練習も重ねた」
完全にシンカーをモノにし、球速を安定して維持する体力も実った。
九州ナンバー1とも言える投手に成長していた。
大成していく姿に触発されるわけもなく、名神も打率を2割7分以上キープ。長打率は乏しいが
「出塁率3割4分は下位の打者として凄い事だ」
「決定力がないけどな」
謙遜。少し自虐気味。
上位打線を任せたいところであるが、負担のかかる捕手に加えて、足がある方ではない。まぁチャンスに応える役割の方が、名神には合う。
現状の調子が良い。そんなところも本人は感じている。
鋭く小さなスイングで、決まったボールを確実にヒットコースに運ぶ打撃が高打率と高出塁に繋がっている。
この手のタイプの打者は速球に弱い傾向があるものの、名神には意外にそれがなく。ストレートさえ分かっていれば、対応が柔軟で弾き返していった。わずかながら打撃の才能がほんのり開いた。
単打とはいえ、ヒットはヒット。
選球眼も良いからこその、巧打の良さも出ている。
注文があるとすれば、
「名神、走れるようになれ」
「捕手は鈍足というレッテルがある」
「お前ガタイはそう恵まれていないだろう。いかにも走りそうからの、鈍足じゃないか」
足が遅い事である。足の遅い捕手は珍しい事じゃない。名神の言い分も分かる事である。
捕手とは屈んでいるポジション。腰痛なんて珍しくないし、下半身の負担は投手以上かもしれない。走塁も頑張れなんて言われる捕手がいるか?まぁ、いないだろう。
だが、
「足の速い選手は良い選手に付き物だ」
それはもっともである。
守備、打撃。守備はともかく良しとして。現状、調子の良いだけの打撃であるのは明白。相手チームに研究されること、スランプ時での脱出の糸口。
今は良い。それだけでは足りないのは本人も分かっている。
かといって、
「走塁までやれないさ」
捕手なのだ。
投手との連携、守備との連携。通常の選手よりも練習量、質は多い。
欲張りセットができるだけの事があるか。
一選手として、チームに貢献するためなら。何が大切かも分かっている。
ピッ ダダダダダダダ
ただ1人の選手として、総合力が求められているのも事実。
「はぁっ、はぁっ」
走る事に抵抗はあった。地道なトレーニングの積み重ね。本当に1人のトレーニングで、素振り以上の苦があった。
独立リーグの入団テストを基準に自分の目標を立て、苦手と立ち向かう決心は、少しでも大鳥といられる選手であるべき意地。
打撃好調の今。自信というか、勘違いというか。それでもいいから、なんでもがむしゃらに行った。
そこにあの時。大鳥がストレートを要求した、あの1球のおかげがある。
「はぁっ、はぁっ」
”自信が力になり、力が自信になる。”
”真に苦しんだ敗北”は、1つの信念を作った。
成功を積み重ねるためにある、失敗の数々に恥はない。
才気はなかろうと、その覚悟がやや足らずとも、野球を続けたい。
「気の済むまで」
大鳥に言われた時、もう近づいている決別への覚悟を固めたい。
ただただ練習だけがその気持ちを固めてくれる。継続の意思は目標にある。目標には理由がある。
成長していく友達をただただ見ているだけでは、今はダメだ。
あの敗北の前は、”行こう”で終わった。
けど今は、”行くんだ”に変わった。ちょっと変わっている。プロ野球じゃないんだぞ、そこ……。
ちょっと自分でも笑う。
続ける意思に合う、目標もあるって。人生なんだろうな。
◇ ◇
”最強3世代”
それはあまりにも眩く、野球の歴史に残すものばかりだった。
この年は、その世代から外れたもの。とはいえ、彼等に次ぐ怪物、天才というのは現れる。
後に、その一人がこれから先で。大鳥と名神の前に何度も立ち塞がる、1人の選手であった。
その選手紹介の前に……この年の最上級の目玉選手の紹介をしよう。
「うおおおぉっ!!ドラ1!!この俺が!!ドラ1ぃぃっ!!」
2つ名として送るなら、”横綱”。
まずは見た目が、デブ……ならぬ、横綱だ。足は見た目通り、太くて、遅い。体重はなんと158キロの大巨漢。鷹田とは違ったふくよかなパワーキャラ。”最強3世代”に優秀な捕手達は何人かいたが、その彼等を超えていると評価された捕手。4球団競合の怪物捕手である。
名を鬼島郁也。右投左打。高校通算48本塁打の大型スラッガー。
「ふがっ!ふがっ!チャンコ!!おかわりっす!!」
「……暑苦しい奴だ。この食いっぷりなら、相撲やれば?」
「野球に決まってるっすよ!!俺がなんで野球をやれているか!!それは憧れの広嶋さんに、野球で救われたからっす!!その広嶋さんが憧れていた阪東さんとお話しできるとあったら、光栄っす!!あ、子供の頃から俺!阪東さんのプレイを見てたっすからね!!地元っすから!」
「……あいつが人助けか。それはお前がここまでやれるって見抜いただけの事だろ」
あの悪魔に救われたという例外とも言える選手が、この鬼島である。かつて、広嶋とバッテリーを組んでいた捕手の1人。
阪東もその不思議に思わず、
「お前が相撲をやらんで良かったよ」
こいつの才気がちゃんと野球で活かされていて、嬉しく思った。広嶋が求めたい野球の世界に住んでいるのは間違いない。
チャンコ鍋を食べながら(ほとんど鬼島が食ってるけど)、
「怪我には気をつけろよ。その体重だと下半身の怪我は付き物だ。高2の頃、怪我したらしいな」
「ういっす!走塁は手を抜きます!菓子はお餅にします!」
「それは球団に言うなよ」
見た目通り、高校時代に怪我での離脱は多かった。それでも脅威の回復力と、プロに通じるパワーで稼いだ本塁打が高評価されている。
食ってる姿は食いしん坊で、威厳というのはおそらくこれから先でも身に付かないだろう。純粋無垢。
「広嶋さんってどこいるんですかねぇ」
「さぁな」
「俺が1位な事、知ってるんすかね。プロで忙しくなったら……いや、プロで稼いだ金で人探しをしましょうか!」
「そう簡単に見つかる奴じゃないのは、お前も分かってるだろ。まったく」
「そっすかー」
「あと、俺とお前以外にも捜している奴等はいる。お前はこれから先のプロ生活を考えてて大丈夫だぞ」
先ほど、彼にパワーがあるといった。
鷹田が異常な化け物であったが、鬼島も負けていないだろうと阪東は評価する。この体躯からは想像もできないが、かなり柔らかい打撃をする。そして、捕手としての捕球技術と、体躯通りの肉の壁は球を後ろに逸らさない。スローイングは多少荒れるが強い。ホームからの牽制で走者を刺している場面もいくつかある。リード面の不安と、まだ落ち着きねぇ高校生である事が今見えている課題。
獲得する球団も彼を捕手としての育成を口にしている。当然だろう。
この捕手を、捕手として育てられなかったら、コーチ陣は自害した方が良いレベルだ。
「おかわり!」
「よく食うな」
「食う事が力っすよ!広嶋さんも、阪東さんも、どーしてそんなガリガリで野球できたんですか!?」
「俺達の方こそ、お前の体重でなんで野球ができんのか、知りたいな」
食欲がある奴は体力もそうだが、回復力もある。長いペナントレース、それも捕手で戦い抜けるだけの肉体はすでにある。
阪東の直感は当たっていた。
「どれくらい活躍する気だ?自信のほどは?」
「んー。とりあえず、広嶋さん達の世代に追いつくくらいにはしたいっす。1年目からでも」
「米野や桐島、鷹田。……俺とレイジ、広嶋に並ぶってわけ」
「うっす」
現在、打撃では桐島と鷹田の2名が両リーグで独壇場とも言える活躍を見せている。
彼等に並ぼうとする志が、まずなければいけない。鼻で笑っちまうだろう。だが、
「スタメン獲って、打って、守って、貢献するだけっす!やってやるっすよ!」
その言葉通り、鬼島の活躍は米野、桐島、鷹田を彷彿とさせる怪物新人として注目を浴びる。
高校生上がりとは思えないパワーとテクニックを兼ねた打撃、若さに乗る強烈な送球。体で止めるガッツある捕球技術は投手達を盛り立てる。
1年目、鬼島郁也。
打率.264。23本塁打。84打点。出塁率.366。捕逸、2。
獲得タイトル。
ベストナイン、新人王。
彼の領域も”最強3世代”の中に入っている男。間違いなく、球史に残る名捕手となるだろう。
そんな鬼島と渡り合った、1人の内野手がこの世代にいた。
高校野球。甲子園というトーナメント形式であるため、直接対決した事はない。
一度、食事して話をした程度ではあり、恩人や尊敬する人と比較するとわずかに意識は疎いが、気になる。
「あー、そうだ。阪東さん。一つ気がかりなのは、”あいつ”は進学なんすか?」
「みたいだな。残念と思うな。そーいう家系もある。お前みたいな雑草から向日葵になった奴もいれば、始めから桜のような奴もいる」
一言で、彼を表すのなら、”輝星”である。
内野の花形、ショートを守った。この世代ナンバー1、内野手。
得意不得意がハッキリとしている鬼島とは違い、打撃、守備、走塁、意識と、選手に必要なものが高レベルで完成されていた。
評価とすれば、今。鬼島が話している阪東を彷彿させるような選手であった。
両親は根っからのある野球チームのファン。なにせお互い大ファンで、球団の本拠地で出会い、デートをし、告白をし、勝ったその日にラブホに行って、息子を授かったという。親馬鹿トークも健在。
父は現役の医者で元プロ野球選手、母は元プロのボウリング選手。かなりのサラブレッド感。
「よくある事だ。前例もある」
「俺はどこでも良かったけど、希望する球団に行けないってだけで、このチャンスをね」
「進学は悪いことじゃないさ。指名拒否は珍しくもない。お前と違って、競合もしないし、1位でもなかったからな」
「あ、そりゃどうも」
「猪瀬は内野手だ。酷使はそうないだろうし、怪我さえ気を付けて成長すれば、またプロの道に行けるだろう」
猪瀬宇佐満。
彼がこの鬼島と渡り合った内野手である。
ドラフト3位で指名されたが、それは本人と両親が求めていた球団とは違っていたこと。嫌がらせと見るべき、指名を受けた。
とはいえ、
「球団も悪いんだよな。ま、3巡目まで猪瀬が残るわけないんだから、せめて2巡目で獲るべきだったんだよ」
ドラフトは高卒、大卒、社会人、独立リーグなど。様々なところからある。
猪瀬が高校生としてずば抜けた実力を兼ね備えていても、この世代では不作と言われる高校生の年だった。それほどまでに阪東達からの世代がずば抜けていた。
そして、鬼島、猪瀬の後のドラフトは
「俺達の世代がまたドラフト年だ。八木や幸先、鵬といった大学野手勢は、指名されるだろう。行くか知らんが」
「うひゃあ、ホントに濃い人達のドラフトっすね」
「お前達に言われたくねぇだろう。割とまともだろ?」
阪東、米野、鷲頭、叶、井藤と。その年の投手達の大半はすぐにプロへと入団。投手は不作だが、野手勢は大豊作とされている。
特に捕手だ。
高校時代、鷲頭とコンビを組んでいた幸先高次は、今や大学ナンバー1の捕手。緻密なリードと強肩、時にリーダーシップを発揮して、投手も内野も纏める頼れる男。分析力を活かした打撃も魅力で、出塁率4割9分という怪物記録を持つ。打撃、守備の両面ですでにプロ一軍で活躍できる選手だ。
「今は怪我をしてるが、十分だろう。捕手のライバルが増えそうで大変だな」
「大丈夫っすよ。俺が怪我しない限り!」
他にも、内野全般を守れて、打撃は大学野球界の5指に入る、八木恭介。野手の総合力ではナンバー1の評価。
大学界ナンバー1の大砲、鵬はリーグで15本の本塁打を放っている。大学界の鷹田花王といったところ。
広く堅実な守備と、果敢かつ芸術的な走塁能力を売りとする、ショートの出雲太陽。
幸先に劣るも、打率は捕手の中でナンバー1の鈴木聖。捕手の割に足も速く、帰塁する能力も高い。外野も守る。
同じく、幸先と鈴木に次ぐ、捕手。鍋島蓮も注目度が高い。守備面は幸先と互角の能力とされている。
「あと、九州に良い捕手がいたな。一度、視察しただけだが」
「どんな奴っす?」
「名神和。幸先と鍋島達がいなきゃ、捕手として注目されただろうな。お前もいっからだけど」
「プロいける実力あるんすか?気持ちとか」
「んー?どーだかな。打撃は今のとこ好調らしいが、伸び代は厳しいかな。だが、野球界が捕手不足の中。一捕手として獲る分には良い買い物だと俺は見ているよ。気持ちの良い捕球をしてくれるし、投手が投げやすい捕手だった。まぁ、勝負の世界じゃちょっと優しすぎるか」
今回の大学生ドラフト。大鳥にとっては有利であり、名神にとっては不利であった。
大鳥のライバルとなる投手は少なく、加えて左投手というのがプラスになるほど、大学界では投手不足が評価上げに繋がっていた。
一方で、名神のライバルは多く。阪東としての評価も、プロで揉まれるには厳しいと見ていた。
「何もお前のように活躍する事が全てというわけでもない。プロ野球というのもな」
あえて言うのなら、一軍半レベル。あるいは、捕手不足という点から観れば、入れる中にはいるのではないか?
とはいえ、伸び代や期待値の少ない者など、プロは興味がない。
これから将来ある選手達のサポートをするという意味では
「有りだとは思う。思うんだが、そーやって獲得する球団がいるかどうかではある。それと、選手という未来でもないしな」
「難しいっすね」
「興行の仕事とはそーいうものだ。俺も俺で、スカウト業なり指導なり、解説なりで金を貰っている身だ。お前と飯を食えているのも、1つの仕事だし」




