悪鬼知る
県大会で散った者達。そこで野球を諦め、別の道を進むことに後悔などあるわけもなく。間違いではないというのも正しく。人生には成否なんてものがない。
ただ、そこで俺とか私が、やるかやらねぇかで。
大鳥と名神は九州国際大学に進学。
九州六大学野球に参加する大学であり、リーグ内の優勝候補の1校。
そこでの戦いに身を投ずる2人であったが、
「ぐぇーーー」
「ひぃーーー」
悲鳴が上がる。上がる。上がる。
高校の練習もきつかったが、大学での練習もハード。長崎商業のバッテリーと言っても、県大会程度のことで、誰それ?状態。ここには九州を中心とした、優良選手達がやってきていた。2人の知らない甲子園の地で活躍した選手までもが来ていた。
大鳥も名神も、自分より巧い選手が同ポジションで同学年におり、その上にレギュラーを掴む先輩方がいた。下から見上げている状態からのスタート。
それでも、
「俺、阪東の球を直に見た。化け物だ。マジで中学生!?とか思った。しかも、その試合中にショートもやるしな。叶も二刀流としてすげーけど、阪東の万能感はもっとすげー。どこでも超一流だろ」
「練習試合だけど、米野と鷹田。特に米野の球を前に飛ばしたことは、自慢できるぜ!」
「今まで出会った中でヤバイ打者は、桐島だったな。2つ下のガキとか思ったが怪物だ。俺は、あいつを超える打者と出会った事ない」
野球をする者、野球ファンの者。
それらが未来に期待するほどの逸材達がこの年、全てプロ入りを果たした。
後に、”最強3世代”の、1つの世代。その3世代の中で、”逸材の多さ”という点では、突き抜けていた。
そんな怪物達と戦ったことのある者達。そんな怪物達のせいで、埋もれる逸材扱いをされる者達。
「そ、そんなに凄いのか?」
「俺達、そーいうところと試合した事ないな。観戦もない」
全国で戦ったことない者達にとっては、途方もないことで。大鳥と名神にとっては、練習に疲れた頭に届く想像できない怪物。才気。自分達に諦めろって言い聞かせてくれるもの。
でも、それは逆に
「良いなぁ、直に試合したい」
「俺も全国に行きたくて、大学でも続ける道を選んだ」
……知る者と知らない者にとっては、
「はははははは」
「うはははは」
「わ、笑うとこ!?」
「いやいや、今となってはおかしくてな。分かるよ、そーいうとこ。俺達にもあったぜ」
「あったあった。ちょっとチヤホヤされる同学年って感じだったけど、なぁ」
厳しい挫折がある。その挫折に屈するのも事実であり、正しきことだ。だが、こーいうことも事実であり、大鳥達の言ったことなど。大学で出会えることはないのだ。
「俺の情報網によれば桐島達は全員、プロに行っちまった。今の大学野球にそのレベルがいるかって言ったらな」
「いないだろ。マジで大鳥達の世代はおかしいんだよ。逆に、お前等が可哀想だぜ」
「あのレベルと本気で試合をしたいなら、プロに行くしかねぇよ。プロに行けたらな!ってだけど」
上手い者達が、先輩達が。
そー言うほどの怪物達。名前くらいは知っているものの、実際にどんな選手なのか。どーしてそれを明言できるのか。
気になっていたことは、意外とすぐに2人にも分かった事である。
その世代で最も活躍する事となり、1人の投手がやってのける歴史的偉業を目の当たりにして。
◇ ◇
高卒ながら、即戦力という看板。
とはいえ、開幕一軍を勝ち取ったのはたったの2名。
阪東孝介 と 米野星一。どちらも選手登録では投手である。
開幕戦初登板、初完封、初本塁打、初打点という。とんでもないデビュー戦を飾った阪東孝介。
一方で、リーグとしても、歴史としても。記録という点では、その名を大きく刻んだのは米野星一の方だった。
「ゴールデンルーキーだがなんだか知らねぇけど、プロの洗礼を教えてやる」
「まったくだ。いきなり守護神なんて、プロは甘くねぇーんだよ」
「オープン戦でも結果出してねぇのに」
阪東は先発というか、二刀流に近いものであるが。米野は、抑えの守護神である。高校を卒業したばかりの者がいきなり、その座につくという。
それ球団も悪いんじゃないの?っていうほどの、とんでもない事から始まるが。それが完全なる実力というものだったと、全て思い知る。
彼の初登板は、9回裏。1点リードの場面だった。
「ピッチャー、米野」
アナウンスがされると同時に沸く、球場。
「おおおおおーーーー!!」
「ついに来たーーー!!吠えろぉぉっ!」
そのコールと共に、彼の初登板を待ち望んでいたファン達は総立ちで声援を送った。
「米野ーー!!お前が守護神だーー!!」
「プロでのお前を待ってたぞーー!!」
「オープン戦じゃねぇんだ!本気で吠えろぉっ!!」
「初セーブ、決めちまえーーー!!」
その地鳴りに当然、イラつく相手チーム。人気があろうと高校を卒業した程度、酒も飲めない歳ごろのガキだ。
そんな期待など粉砕してやるわって、相手は意気込んでいた。
「すげー歓声。初登板はやっぱり緊張するな」
それでも、9回の荒れているマウンドと、そこに行く足取りは変わっていなかった。
米野の雰囲気と姿は打者からも、観客たちも高校生に過ぎないものと思えた。投球練習中もとても穏やかで、少し固さが出ているところでもある。
「ふーっ………」
米野は投球練習を終えた後、マウンドで目を瞑り、深呼吸。次の瞬間。
「うらああぁぁぁっ!!逝くぞぉぉっ!!」
雄叫びと共にマウンドに立った彼の姿は、高校生とか、プロ野球選手とかの、人間っていうものじゃない。”悪鬼”そのものを感じさせる投手であった。眼のぎらつきは上から目線どころか、仏を喰らう鬼のような目つき。
「うおおおおぉぉっ!!」
「吠えたぁぁっ!!今日の米野は本気だ!!」
「オープン戦で使えやーーー!!2失点もしやがって!!」
米野の咆哮。本気のスイッチに盛り上がる観客達。彼を高校時代から知る者達にとっては、待ち望んでいた夢の舞台。
そして、本気を出す米野を目の前に、打者が感じたものはプレッシャー。
「っ!」
ホントにガキか、こいつ!?
打者が米野の雰囲気に呑まれながらも、まず来るであろうストレートに狙いを済ませていた。
当然、米野のプロ入りして初めて投じる球は、ストレートであった。
「!!」
球速は153キロ。決して、ずば抜けて速いというわけではない。しかし、打者にはすぐ。このストレートを打つのは非常に困難だと、理解するにはその1球で十分だった。加えて、
「ストライクっ!!」
「ぐっ」
て、手が出なかった。バットが動かせなかった。スピードだけじゃない。
プロ入り早々の野郎が。インハイ、ギリギリのゾーンに迷いなく、投げ込むかよ!?普通するか!?こんなのをポンポン投げられたら、ヒットすら打てるかどうか。
150キロ越えのストレートを、洗練したコントロールでストライクゾーンの四隅へと投じる。完全に米野は1人目の打者を
「おりゃああぁぁっ!!」
己の力のみでねじ伏せる。ストレートを4球投じ、奪い取る。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「しゃああぁっ!!」
強引過ぎる三振。それに湧く観客。この結果に米野が感じていたプレッシャーは相当減っただろう。いつもの自分で投げ込めば、プロに通じる。ねじ伏せる投球、見下ろす投球、格の違いを見せつける鬼の投球。
これが”悪鬼”、米野星一の投球。
「うりゃあああぁっ!!」
150越えのストレートだけじゃなく、変化球はスクリューとシュートが中心。高速で曲がるスクリューと緩急のつくスクリューの二つを使い分け、左打者の胸元を抉るシュート。これらの精度もストレートと同じく、完成された超一流のボールであった。
そして、米野は奇しくも大鳥と同じく、サウスポーであること。
後に彼を知ることで、大鳥にもある機会が訪れる。
「ゲームセット!!」
3アウトをとった瞬間。
先ほどまで鬼の顔をして、投げていた男の顔が人に戻った。
「ふぅ、無事に終わったな」
記念すべき初セーブを遂げたボールをもらう。その顔は、青少年が何事もなく喜んでいる顔であり、”悪鬼”となった米野などどこにもいない、ただ1人の投手であった。
「米野のプロ初セーブだーーー!!」
「これは間違いなく、チームの守護神だ!!」
「最高の守護神が来たーーー!!」
この初セーブから始まって、米野は15試合連続無失点セーブを記録。
1年目、シーズン終了時の米野星一の成績。
52試合登板、3勝0敗、6ホールド、42セーブ。セーブ機会、43回。セーブ成功回数、42回。セーブ失敗回数、1回。
防御率0.56。投球回、47回2/3。失点、5。自責点、3。奪三振、39。被安打、13。被本塁打、0。与四球、2。
基本的に9回。あるいは、延長での登板のみである。回跨ぎはあまりしないが、守護神としては絶対的な成績である。
獲得タイトル。
MVP、新人王、セーブ王。
紛れもなく、新人最大の功績と記録をたたき出した人物であった。