友情と個
この試合は、2回戦としてベストゲームであった。
大会でもベスト3ぐらいには入るのではないか?
「なんて試合だ」
「どっちも凄い」
この試合での現時点、MVPを挙げるなら、大鳥宗司が1番である。
「被安打は、わずか2本。四死球0」
「7回2/3を投げて、球数は111球」
「試合の山場が来たぞ」
そう多くはない観客達、プロスカウト達が注目する。
この試合の、最後にして、最大の山場だ。
大鳥はここまで名神のリードに応える形で、2失点の好投。被本塁打が2本と書くと、ちょっとカッコ悪いが、打たれているのはただ1人。こいつ1人。
「3打席目、行こうか」
「………今度は抑える」
この広嶋健吾だけである。
ヒット性の当たりはこいつ以外は皆無。大鳥の出来は間違いなく、完璧なのだ。
だが、名神は二度対戦して実感。大鳥もきっと分かっているだろう。
「……………」
今日の宗司は間違いなく、最高だ。なのに、その遥か上をいかれる。この打者は凄すぎる。どうして、今まで打てなかったんだ?
現時点じゃ、大鳥がこの打者を抑える要素が何一つない!
投手の球を受ける捕手が、そんな弱気をミットに出してしまえば、この時点での負けは確定。
試合展開も1点を追う展開。ちらつく弱気。
初球、何を投げさせる?打たれたくはない。いきなり振ってくるのが、一番恐い。
「!」
縦の、スライダーか。
球数は100球を超えている。そろそろ相手の作戦通り、数少ない失投が零れてくるところだ。打者の広嶋なら、失投をスタンドに運ぶのは容易いだろう。初球、ストライクをとる。それはできない。
「!」
名神はステップを踏む、広嶋の打ち気を確認する。
失投待ちなら大鳥を信じる。もし、それ以外なら……。
広嶋は積極的に絡んでいく。お互い、噛み合わせるように。落ちる球に、バットは空をきった。
「ストライク!」
ボールでも良い球でストライクをとったこと。大鳥にとっては、初めて広嶋から空振りを奪ったこと。
「おーっしっ!」
「いいぞーー!」
ガヤ共の声が高まる。
この打者から発せられる嫌な予感を吹っ飛ばす、空振りだった。相手の様子を探るだけで良かったのに、思った以上の収穫。
広嶋は大鳥の状況など関係なく、打ちに来る。見て分かる。
ありがたい事だ。
こちらの疲労、ミスに付け込むより。正面でぶつかり合う事は投手と打者としては、良い。
大鳥の勝負熱は上がる。
イケると踏んだのは名神も同じだ。たった一つの空振りでも大きい。
しかし、冷静さを持ってすれば、今の1ストライクは大鳥の投球スタイルのまま、”来い”を広嶋から誘っていること。
1打席目、2打席目。広嶋のホームランの全ては格上目線で狙い打ちだった。
球数も、回も進んだ状況で、広嶋が嫌うのは敬遠。逃げる四球。試合展開は1点リードと、緊迫した状況。
緊急助っ人的なノリで打席に立っているが、野球という勝負に対しての真面目ぶりは広嶋が上を行く。
ここで。自分で。
一点を獲りに来ている。マジかよって、思われる。
3打席連続本塁打狙い。
ラッキー、ウケ狙い、欲深いこと。
それが貪欲な勝負で。勝つって、サイコーのこと。ぶっ潰すこと。格下、雑魚の相手を潰すって事は、楽しく当然って生物達の教科書に書いておけ。
「ボール」
熱さの中。
名神は広嶋を躱すリードを要求している。大鳥がそれを感じているが、完璧。自分にピッタリ。
裏をかくか。否。
「!」
インハイ、ストレート。
ここで要求か、和。
1ストライク、2ボール。
広嶋が打者として、純粋な積極的な強打者ではなく。駆け引きを中心とした、クラッチヒッター(それも違うが)である予感は当たっている。
読み合い、腹の探り合いに関しては絶対の強さが悪魔の由縁の一つ。
それを超える強さ。力を求めた。ここまで、来たもの。
始動からリリースまでが短い時間。そこから放たれるストレートは
MAX、142キロ。
「!」
ストライクに来る、その反応が広嶋の駆け引きを脅かす単純な力だった。
雑魚が予想外の反撃してきた。たまらない、緊張感を刺激してくる。
バットを止めたのは下半身の粘り。中途半端にぶつかれば、打たされていた。
グラブに収まるボール。審判のコールは、
「ストライク!」
2ストライク、2ボール!!
追い込んだ。
しかも、一撃一振りで仕留めた広嶋を、振らせずにとったストライク。
まるで豪腕投手が魅せる、球の勢い一つでねじ伏せる幻影だった。
「っ、しゃあっ!」
ここまで投げて来た大鳥が感じたのは。自分が成長したという、完全なる自覚。この自覚。
成長を知れる記録だけじゃない。
ここまで2戦2敗の、この打者を超えられる。超えた。そんなこと。まだ分かっちゃいねぇ、愚か者。
でも、大鳥という個が心の中で吠える。
「ナイスボール」
名神はその球を、もう一度要求するだろうか?
声を出した言葉はそれっきりにしたいからだ。次と、次は、もう決まっていた。
先ほどの勝負は大鳥の勝ちだった。追い込まれた事で広嶋のストライクゾーンは広くなり、クサイところでも不本意でも見逃せない。ここで1点を、ホームランを、狙う奴がそんな打撃を要求されれば、まず打てない。
好球必打の読みは狭まる。勝機はこっからだった。のに、大鳥は勝ったと熱いまま。
「……………」
大鳥の表情は1人の投手そのもの。名神の表情は1人の捕手そのもの。
広嶋は悪魔の駆け引きは死んでいない。今、少し。死にかけただけ。
2人の呼吸の不具合を広嶋は感じ取る。長くバッテリーを組んでいた者達よりも、察しが良いから悪魔なのだ。
5球目は手に取るように分かっていた。この前に、もし。間をおいて、確認をとれば違っていただろう。
互いに納得して投じるはスライダー。
右打者の広嶋に対して、迫ってくる感覚でインローに沈むスライダー。
広嶋の演技も一流で分かってくる球をただ打つだけでなく、ひっかけてしまうような態勢をさらけ出す。それでも
「ボール!」
フルカウントに持ち込んだ。
生き延びる。
そんな打撃をしてくる事に違和感はなかった。追い込んでいる優位性だった。
そして、大鳥も名神も迷わず、サインを送る。この最後の一球。
『インローのストレート』
『アウトローのスライダー』
!?
互いに、驚く。声を出さずとも、サイン違いなんて、意思疎通の不具合。
落ち着いているのは名神の方でも、熱いのは大鳥の方だ。
タイムも、間もおかない。
サイン不一致の予想外を予見していた広嶋は、ワザとバッターボックスを外して、2人の様子を図る。
ここは勝負だろ!内角のストレートだ。そうだろ、和!なんでだよ!!
落ち着け、宗司!打者は狙い打ちしてくるんだ!外してもいいから、スライダーだ!お前の投球は躱して空振りをとる事だ!
纏まらないところを広嶋は確認した。そして、いくら名神が指示を出しても、投げるのは大鳥だ。
首を振った。2度。分かりやすい。勝負してくる。
どっちのパターンも広嶋は読んでいた。確信している。投げる直前、名神に伝える。
「内角ストレートだな」
呼吸の乱れ。
それはお互いの認め合うだけではない足りない、どこかでぶち当たる。レベルという実力差。
大鳥の球がもし、自分のミットに収まるのであれば取り戻せる差。でも、それは儚いことだと、瞬きが遅いくらい痛感する。
打者を躱す投球、技巧派で生きる道が大鳥の活路であると信じていた。しかし、投手は時に単純な力で勝負したいものか。それ含んでこそ、投手という生き物。
打者が広嶋でなければ、どちらでも打ち取れていた確率は高かった。ただただ、相手が悪い。わずかなミスを見逃さない駆け引き上手。
次なんてないぞって、一球の、大切さを伝えてくれる。
舞い上がる打球は、決して届かない。
ドゴオオォォッ
「来たーーーっ!!」
「なんだこいつ!?3打席連続本塁打!?あるかっ!?んなこと!!」
「今度はバックスクリーン上段!ストレートを読んでいただろ!!」
ここまで投げ抜いてきた大鳥にとっては、コースも球速も完璧だった。
確かに実力差は歴然だった。狙い打ちを決められる広嶋の打者としての実力は、”最強3世代”を代表されるに相応しい。米野同様に知る事ができなかったが、こいつ等と肉薄した内容。あと一歩、それよりも半歩程度の短い差だった。
自分の求めた事をして、打たれた以上は大鳥の責任。
周囲と本人からはそう思われるが、違う。
名神が大鳥の成長をくみ取れば、広嶋を抑えていた。
あの場面に迷い、乱れがあったから広嶋は狙い打てた。そこを断てれば良かったのだ。
この敗北を重く受け止めるは、大鳥よりも名神の方であった。
認めたくなかった事を認め、受け入れる。
覆らない事実を知った時はとても深く心に刻まれて、悔しく眠れない日々を味わう。




