悪魔が打
大鳥の調子は良い。一つ言えば、
「調整は練習試合で済ませておけ」
名神にのみ、伝える監督。
「すんません」
「本大会中だ。ここでしか見えてこないものもあるが。大鳥の自信は……」
「折れていませんよ!」
「!」
打たれた投手を鼓舞しているより、信頼しているところだ。
「7回まではいけませんでしたが、それでも6回3失点!序盤は特にしっかり抑えていました!あいつは大丈夫です!」
「……2日後だ。答えは出しておけ。その時、あいつのベストを選択しろ」
外から見て、言えることはある。
名神はただただ、友を庇うためのものではない。確かに見えてきたものもある。
「それでも、シンカーの手応えは良かったぞ。特に序盤の制球はさすがだった。必ず、武器になる。配球の偏りは出ていても、今大会中に見破られるとは思えない」
小言を挟んで褒める。
いよいよと来ているか。
それとも、
「大鳥の事は頼むぞ」
名神は託されている。
「ふーっ……まだまだ。か」
一方で、大鳥は休息中。そこまで深い回は投げていないが、連投が続く大会である。完投できる能力はない上に、そのような投手タイプでもない。上出来と言えるライン、6回をキッチリ抑えて投げられるタイプの投手だ。
無双の如く、奪三振を量産する投球スタイルであるが、スライダーがそのスタイルに噛み合い過ぎて、打たせて捕る事は狙い通りにはいかない。名神も大鳥に合わせたリードをとってしまうため、強く伸びる反面に手探りとなって脆くなる。
大鳥は休みながら、記録員がとってくれたスコアブックをチェックしていた。
名神の要求通りにいかないな。
球数もあったとはいえ、打たせられる球にはなってなかった。
勝負を意識していたため、シンカーのストライク率は高いものとなっている。
派手に抜ける時は抜けるが、丁寧に低めに集まっているデータも出ている。あとは組み合わせと、その決めるって時にキッチリ投げ込むこと。
分かっている。
それほどに単純な事なのに、難しいことだ。
練習で身に付く。試合で気付けるといったところか。
足りないもの。気付けることに、人は成長を知れるのだ。
もっともその足りないというものがあまりにも、膨大であれば人は挫折となり、喪失に至る。
◇ ◇
ガキィッッ
4打数無安打1四球。ボチボチの働きである。
1回戦。とある選手に成りすまし、この大会に不正参加をしている広嶋健吾。
「おっしゃー、勝ったー」
彼がそんな声をあげるわけがない。また、
「格下相手に喚くな」
「まだまだ通過点だ」
それはとても試合をしていたとは思えないほど、礼儀知らずのような言葉。当然とも言えるか。
全国大会と言えど、チームの差というものがある。……あれ?広嶋はあんまり凄くないの?
そんなわけあるか。普通に勝てる試合で遊んでどーする?
求めているのは、暴れるに相応しい試合だけ。
俺と全員。
この試合、チームは7-1の大差で終わってしまった。広嶋はサードを無難に守って、チームに貢献。1四球で1得点も記録である。
入れ替わった選手と同じようにこのチームの凡庸な選手であるため、とんでもない記録は叩き出さない。
今のところは……。
「2回戦の相手は……」
「九州国際大学だ。今回は良いエースがいるらしいぜ。左の技巧派だとか」
「…………」
ほー……。
広嶋は事前に相手のデータをとる。当たり前の事であるが、とても念入りに調べ、傾向を把握する。
データ班から得られた情報はもちろん。実際にその投手を間近で観察したり、あるいは他者の意見なども聞き込む。ん?至って普通?んなわけないでしょ。あくまで今は趣味の如く、1人の野球選手として、対峙する打者となる。
無言のまま、データ班からの情報に目を通す。まぁ、そうなると思うが
「あいつってあんなキャラだっけ?」
「珍しいよなぁ。あんなに食い入るようにデータを見るなんて……」
成りすました人物と違う行動をとっていれば、当然怪しまれる。見た目だけは同じにしても、しょうがないところであるが、広嶋も我慢できない。好投手かどうかは自分が判断する事であるが、面白い特徴だった。
映像を見た瞬間に、疼いた。
あまり見た事がないタイプの技巧派。
「……………」
クイック気味。っつーか、完全なクイックで投じるサウスポーか。
球速はそうでもないか、130後半。だが、これを平均で出しているのはなかなかだな。スライダーが投球の軸。通常のスライダーに縦スライダー、カーブっぽいスライダーと、綺麗に投げ分けられるのか。完成度高けぇな。器用なタイプだな。
大鳥の良いところを見つけ。それをぶっ壊したい。
広嶋が”悪魔”と呼ばれるところは、
「潰してぇ」
選手達の努力、才能、仲間意識。それらを踏み潰してしまう、残虐な結果を突き付けてくること。スポーツに感動なんてないかのような、惨い仕打ちに躍動しちまう。
大鳥の投手としては、確かに評判通りのものを持っていた。
6回、7回というイニングであれば安定した投球を披露するだろう。これだけができる投手は少ないものだ。
1回戦を突破したこのチームでも、早々崩せるとは思えない好投手。
言っておくが、チームを救うような選手になりたいわけじゃない。
悪く言えば、広嶋は、有望な奴を選別しているだけだ。より有望になるか、あるいは無能に下っていくか。
広嶋と戦えば分かる事である。
そう。たった2日経っての事で激突するもの。
◇ ◇
すぐに2回戦が来る。
初戦での反省を踏まえれば、今日の大鳥は確かに前回より手強いだろう。
「うっし!」
マウンドに立っている。
大鳥宗司は今日も先発として、昇り。
「……………」
名神もマスクを被って、ミットを構えた。
互いにチーム力では五分五分だろうという、予想。大鳥の出来が良ければ、投手戦。あるいは、互いに殴り合うこともある。一方的なものにはならないという、大方の予想は合っているだろう。
大鳥の立ち上がりはまさに評判通りの安定したもの。
シンカーも当然織り交ぜ、打者に狙い球を絞らせず。圧巻の三者連続三振という立ち上がりを披露。
試合を観に来ていたスカウトも、この大鳥の安定感には注目した。
「いきなり3者連続三振……。あの3種類のスライダーはプロに通じる」
「まぁ、相手は見え見えの待球作戦もあったが、三振をとれるスライダーは見ていて気持ちが良い。注文通りといったところか」
多少打者に粘られ、16球と結構な球数を初回から放った。
大鳥の失投待ちであるのは明白か。新球のシンカーが甘くなったところを痛打し、大量得点を狙うやり方。
守備を終えて、名神達がベンチに戻っていく間。それに当然気付く。
「これはしょうがない」
やっぱり一回戦と違うな。大鳥のデータをとられ、甘い球を狙うのは当然か。
多くの打者をねじ伏せる球威はない。シンカーを使った前後の変化で打たせて、この問題を解消する。
……やれるか。
「素直に出来過ぎは嬉しいもんだ。敵の塩でもな」
「宗司」
グラブで名神の背を押して、大鳥からも頼んだ。
「やってみようぜ、和。向こうの狙いぐらい俺にも分かる」
「……だな。今やらなくてどうするって事だな」
ストライクを確実にとれる序盤でやるべきことだ。厳しいコースにも投じられる。
回が進み、疲労が積もればミスも出てくる。2,3球で早く打者を終わらせられるのなら、大鳥を引っ張れる。相手の待球作戦。
そんな計算を少しでも狂わそうと、先制攻撃を欲した。
コツンッ
「初回にスクイズ!!」
「先制は九州国際だ!!」
1アウトから四球、盗塁、パスボールという形で作った絶好機にスクイズ。畳みかける事よりもわずかでもリードする采配。
大鳥の立ち上がりがなんであれ、完璧だったのだ。
少なくとも、相手選手がやられたという気持ちにはなった。
圧倒的な点差でなくていい。6,7回まで、大鳥が抑える。それまでに3点差以上をつければ、まず勝てる。
「おーっし!」
「スクイズで点をとったかー」
大鳥は名神とキャッチボールをしながらのこと。この先制で気合が増して、グラブを叩いた。できる限り、長く投げてやる。投手にとっては在り来たりな事であるが、リードをもらったというのは励みになる。
わずか1点でも、だ。
相手のミス待ち作戦は間違いではないが、打ちに来なければ得点には繋がらない。
3回くらいまでは相手も様子を見てくるだろう。
二巡目がホントの勝負……。
「……………」
2回表。それはあまりにも、唐突だった。
無警戒ってわけではない。4番、5番を、練習通りのシンカーでタイミングを狂わせ、ストレートを打たせての内野ゴロ。わずか5球の出来事。先制した流れがそのまま来たかと思えば、その直後で。
カーーーーーーンッ
「!?」
快音。響く。
ストレートを外していたが、無理矢理打ってきた。
いや、分かっていたんだろう。
宙に回転して舞うバットは、打球と同じくキャッチを拒んでいた。
カランッ
「悪ぃ。俺は勝手にやらせてもらうわ」
広嶋健吾。
大鳥の2球目。
釣り球のストレートを逆に狙い打ちし、レフトスタンドに叩き込むソロホームランであっさり試合を五分にする!
この悪魔に目をつけられたら最後、心が折れるまで野球を続けられる。




