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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
14/52

惰性の錬


季節が変わる度に成長をする。植物とは違い、人の寿命は長い。

成長期に味わう様々な苦痛と共に、喜べるものが転がってくるものだ。



デカくなったな。



「?」

「いや、頼もしくなったなって」

「そーっすか、へへっ」



照れる大鳥に可愛らしさなく、実感を抱けた声だ。監督から直々にエースナンバーを渡される。

入部した時は下から数えられるほどの選手であったが、たゆまぬ努力と日に日に強くなった投手の意識がこれほどの成長を遂げたのだろう。

この意識というのは、誰かの強制や力に育まれたりするものだが。大鳥は自由の意思で、ここまでやってきている。

それが根底となっているのだから、楽しいと思った時の強さと成長は本当に凄い。

まだ底が見えてこない。



「今年のチームはまだまだ強くなる!」



今季は大鳥がエース、捕手が名神。

バッテリーが3年生であり、内野手には2年生が3人いるなど。まだまだ成長する兆しがあるほどの状態であった。

大鳥の伸び代も期待しており、今年はリーグ制覇だけではなく。全国の位置まで見据える監督達でもある。

前年、秋大会から大鳥を温存した事で負傷や情報を知られたなどの心配もない。



「ついに来たな、名神」

「ああ!やれるだけの事をしよう」



野球とは団体競技である。ミッチリと肉体改造とフォーム固めを行ってきた秋と冬。春と夏は、全体練習に混じり、細かいプレイの集中チェックに入った。個人個人の呼吸の違いがあり、新チームとなってからの方が無駄も少ない。

1人1人の実力を合わせてこそ、野球などの団体競技の良きところ。



エースや4番が優れても、勝てるわけでもない。

それがある。

そして、この春季大会で大鳥宗司の名が全国に届くのである。




◇         ◇



人は彼に言うだろう。きっと、言っただろう。

彼に一言、伝えたいとしたら。



『真面目にやれ』



それは親が子に言おうとも、自分が相手に言おうとしても成り立つ言葉だ。

まったく悪い言葉ではない。ただし、1つ。注意点がある。

人によって真面目さが違う。本気と思い描くもの、油断せずにいくもの、全力を尽くすもの。そんな言葉は色々な形となるため、控えよう。



「………今日はこいつにすっか」



1人の、禁じられた野球選手がいた。

自分の年齢と立場から大胆な事はできないのに、大胆な事をしでかす野郎。

それでも彼からも、知る彼等からも。野球が好きだからやっちまうほど、危険行為をやるイカレ野郎。

なぜ?その質問。

茶を楽しむ爺に、茶の苦みを苦しみと抱き、尋ねる子供のようなもんだ。

彼にとっては全てが許されると思っているって、言えるほどの暴虐的な人物にして、正真正銘の危険人物。




『や、止めろ!野球辞めろ!!』

『お前!野球なんかするな!!』

『お前となんか野球はできない!!』



言ったのはお前等だ。

つまんねぇんだ。



満たされない事だった。

それはあまりにも突出していて、真っ当にやれば巨木を指で押して、圧し倒れてしまうほどの歴然とした差。

彼と人には、あまりにも差があったとしか言いようがない。



ドカアァッ   ゴキイィッ



彼の現在の楽しみも野球だ。バッセンにコッソリ通ったり、投球練習だってしている。

だが、何よりの楽しみは様々な野球大会が開催されているこの時期。球場でのんびり観戦するのも楽しみ、テレビ越しで野球中継を見ながら飯食ったり、時には少年野球の指導をしてもいる。

その中でもっとも楽しいのはやっぱ、野球を直にやりたいんだよ。だからってよ。



ガオォンッ



「悪いなぁ」


これから試合がある選手だけではなく、自分のこの行為の目撃者ごと。その暴力一つで黙らせ、出場させないのはどうかと思う。

歪み切った野球に対する情熱というか、怨念。

こいつに野球をやらせたら、限りのない悪ばかりだ。

選手のユニフォームを奪い取り、野球帽を深く被って、ちっと変装したつもり(体格が似てる奴を選んでいる)。

マイバットとマイグラブで試合に出場する気満々。殴り倒した選手と目撃者達は公園のトイレに詰め込んで、試合が終わったら解放する予定。にしても、えげつねぇなぁ。

そこまでやんなきゃいけないのか?そこまで野球をやるのか?



「やる」



これでも真っ当に、真面目に野球をやっている方だ。言葉を吐く連中よりも貪欲に飢えている。

変装を終えて、気絶させた選手に成りきっての入場。

やはり野球は打撃も守備も、走塁も、できれば投球も含めて、楽しまなくちゃだ。久々の試合に彼の胸が躍っている。



「ふふん」



その横暴たるや、”悪魔”と優しく表現するしかない。

そう。


彼と野球をすることがどれだけ危険か。

この”悪魔”がやってくる野球は、単純な暴力で済めば球児達にとっては幸福である。彼と野球をするに値しないからだ。

桐島、阪東、鷹田、米野など。”最強3世代”の多くは、彼等を追い求め、憧れ、超えたくなる未来の目標。球児やファンから熱い声と夢を生ませる。

転じて、彼は成れるものではない、超越し、害悪しかない野球選手。



野球の”悪魔”



「やるかぁ。野球」



広嶋健吾。


今回は大学野球の1人の選手に潜り込み、こっそりと、ど派手に。己の野球をやる。



◇          ◇



大会の初戦。マウンドには当然、大鳥が上がり。マスクを被るのは名神。

試合勘は遠ざかっていたが、単純な投手としての力量は数段昇っていた。

精密な投球だけではなく、幻惑していく緩急とキレが相手打線を屠った。



投球の6割はスライダーであるが、3種類のスライダーを使い分けて、打者のバットが空を切る。一つ一つの精度は高まり、通常のスライダーはカウント球。縦スライダーは空振りをとる決め球。カーブとスライダーの中間のスラーブを、打たせていく。それがハッキリとしながら攻略の手掛かりを作らせない。



「球数がちっと多いし……」



5回、78球。被安打、1。奪三振、7つ。四球、2つ。

ほぼ完璧な投球内容。

スライダーを狙うのを止めて、打者の大半はストレートや新球のシンカーに狙いを絞っているだろう。


「まだまだシンカーは決め球には欠けるか」


実践投入の機会がまだまだ足りていない。

球数が増えるにしたがって、シンカーの精度が落ちる。曲がりが遅く、棒球に近い球になっている事もある。スライダーだけであればもっと良い投球もあり得たかもしれない。



パァンッ


「おっし!ナイスボール!!」



これまで大鳥とのコンビは、スライダー中心の配球であったけど。

ストレートとシンカーの緩急を入れた配球も出来上がっている。シンカーのキレは落ちても、ブレないフォームでしっかりと投じているから、打者に迷いが生まれて、凡打にしている。内角のストレートで差し込む投球は、今までの大鳥にはなかった。

棒球にはなっているけれど、決して新球のシンカーは悪い球ではない。



受ける名神の手応えと、投げる大鳥の手応え。阿吽の呼吸で同一と言えよう。



球数だけでなく、守備の連係などで体力が減るのは当然。

これからの試合数を重ねれば自然と積もる疲労も含め、シンカーに問われる精度が必ず来る。

大会の初戦だ。シンカーの情報は名神達も欲しがるところだ。


試合展開は5点のリードがある。安全圏のリード。

7回からは継投で逃げ切りの予定のはず。監督も大鳥の球数を意識してるだろう。

試すならここ。



「!」



スライダーを封印するサイン。

80球はもう超える。ここいらでシンカーの手応えを測りたいわけな。いいぜ!



シンカーの曲がりをチェックしたいわけではない。シンカーのコントロールを名神は重視している。厳しい局面で投じるには勇気がいる球では、配球が狭まる。ここって時にストライクが欲しい。甘い球ではなく、低めに決まって欲しいシンカーだ。

縦スライダーは投じれば、8割は低めのボールになりやすい。ストライクをとれないわけではないが、フルカウントで要求するのには厳しい。その時、カウントを奪える。一番の欲を言えば、打者が振れない”見逃し三振”を奪える、シンカーが大鳥に求めたい球。



「ボール!」



指のかかりが悪いな。ちゃんと抜けて、キッチリ外れて良かった。



まだ、早い。明らかに抜けやすい。握力と指の力が衰えている証拠。ここで小手先でシンカーを投げれば、肘の負担を高め、甘い球を生むきっかけにもなる。無理ならその抜けたまま、投げる。ボールになってもヒットにはできない。

走者を背負った場面では難しいか。

それでもまだ、シンカーは止めない。ストレートとシンカーの2択だけ。



「ストライク!」



球が高めに上ずっている。その変化を名神が気付かないわけじゃない。打者が見逃した事で大鳥は、コースを外した程度であったか。

ここでスライダーとシンカーのコンビネーションを問わないのは、軌道とリリースが異なるため、互いの良さを殺してしまう事を事前に把握していたからだ。間にストレートを挟むのは、ボールをリリースした感覚を一度リセットさせるためだ。それによりシンカー、スライダーの投げ分け。あるいは続けてストレートと、打者の読みを惑わせられる。

駆け引きを要求するタイプの捕手ではない名神でも、投手を盛り立てるためのリードは構築する。100%の投球を維持できるようにという意図だ。打者という存在をそこまで意識しておらず、大鳥の実力だけを求めている。




ビュゥッ



クイックの投球フォームはまったく変わらない。しっかりと固めてきた証拠だ。

球の変化が先に現れている。ボールの力は変わっていないが、精度が落ちて来た。このくらいでいい。

安定感のある投手は力ではなく、技術が上を行く。

体の疲労、握力の低下。なおも全力投球?



「!」


意識は打者を打ち取るもの。しかし、体の本能がそれを嫌うように球を流した。



パァンッ



「ボール」

「……………」



やべっ。名神の要求通りに投げられねぇ。打者はあと2人。ここまでは凌いでやる。

やるよ。名神。


「……………」



スライダーは投げないぞ。

打たれる結果でも、勝負にできるかどうかが、そのシンカーにかかっている。



もう2人ならアイコンタクトで、意思が通じるものだ。

危険は承知。点差が詰まった場面でやる事ではないからの、今。

自信を作ってきた新球なのだ。




カーーーーンッ




なお、叶うことは、……分からない。

大鳥は頷き。名神は懸命に声と、リードで盛り立て。バックもそれについていく。

5回に1失点。6回に2失点。


この2回の投球で、得意のスライダーはわずかに2球のみ。


打たれてもいいという気持ちの弱い投手ではない。打たれてもなお、勝負に向かっていけるか。

確かにスライダーと比べたら格は落ちる。でも、投げたくないだなんて、一度も思わなかった。

打たれた事もまた反省。



大鳥は6回2/3を3失点。

球数、106球。奪三振、7。四球、2。被安打、7。




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