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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
13/52

昇る意識


「つーわけで」



鷹田は2人の間に立っている。



「キャッチボールをしてもらう」

「鷹田。お前、電柱と喋っているぞ……」



そう思っているようで、視界がブレブレである。まったく的外れなところに言葉を飛ばしている。

公園に来るまで、缶ビールを一本味わってこの様である。

ホントにあの鷹田花王が来ている事に驚いてしまったが、とんでもない酒乱ぶりにちょっとテンションダウンの大鳥である。



「良い思い出になるよな!宗司!鷹田選手が見てるところでキャッチボールできるんだぞ!」

「いや、親父。鷹田選手、上の空なんだけど」

「写真撮るわよー」


両親。結局、勝手に盛り上がって、息子の応援に駆け付ける。


「恥ずかしいな……」

「まぁまぁ。良いじゃないか」


正直なところ。


「鷹田選手のマネージャーって大変なんだな」

「そーだね」


大鳥も、米野があの米野星一であることにまったく気付いていない。鷹田や桐島と違い、彼は名乗ることをしないし。間違われてもスルーしちまうからだ。熱狂的なファンでも彼の一般状態を知らないほど、凡の姿。

守護神をしている米野と、ただ普通の投手をしている米野では、実力がかけ離れている。


重圧や緊張の中で、最高のパフォーマンスを引き出して来る、米野星一という選手の強さはまさに魅力的で、それがなければただ良い投手でしかない。本人も、相手として戦う鷹田もそれを知っている。

オープン戦で打たれてしまうのも、懸けているモノと、圧し掛かる緊張が少ないからだ。



「お、サウスポーか」

「あ、そうっす」



ボールで会話をすれば、ある程度の力量を測れる。

また、打者と向かい合えば、より鮮明に心の動きが分かる。



パァァンッ



「お」

「ちょっと、注意してね。俺の球は軌道が他と違っているから」


米野からの返球を捕る直前。他の投手に感じられる、汚さをかぎ取る。



パァァンッ



「……良い球を投げるね。回転軸が綺麗だ」

「あ、ありがとうございます!(マネージャーに褒められても……)」


大鳥のボールはとても普通に、ど丁寧に返した。

少し遊び気分が強いせいか、



「ちゃんとキャッチボールやれぇー」

「ほらほら!宗司!指摘されてるぞ!」



野次馬か……。



「確かにそうだね。少しはギアを上げよう」


米野から放る球が強くなってきた。フォームが軽いキャッチボールからマジになっている。腕の振り、足のステップ、腰の回転。

こちらへ伸びてくる球ってのが、よく分かる球だ。



ドパアァァッ



「っと」


肩が出来上がり始めたか。


大鳥のキャッチは普通である。ボールの力に押されたわけではないが、つい先ほどまで投げていた球と比べて、自分達に近い。普通の球と言ったところだ。

今のフォーム。野手投げじゃない。振りかぶってはいなかったが、投手特有の投げ方であると。大鳥は同じサウスポーで理解し合えたが、まだ足りない。鷹田はそれを見据えてか、説得力があるようには思えない声ではあったが、



「おいおい。お前。ちゃんと構えてろ。ミットは動かすな」

「?」



150キロは平然と投げてくんぞ




ドオォッ



鷹田の忠告がなかったら、グラブの後ろに絶対に逸らしていた。だが、それは自分の体に当たるということ。

ボールの威圧感。球速もさることながら。グラブが厚く柔らかく、手を保護する道具であることを思い知るほどの、


球の重さがあった。

米野が投げた一球でよく伝わった。


後に伝わってきたのは、グラブがまったく動かないというより、怖くて一瞬逃げそうになったくらいのこと。

ストレートってこんなに速いのかって、大学とはまったく違うところを見てしまう。



「返球」

「あ」


あのスピードと質。加えて、忘れていたくらいに来る、正確なコントロール。



「って、うっかりマウンド気分だった。ごめんごめん」


一瞬見えたものは錯覚だろう。

鬼の顔に見えた。

だが、大鳥の錯覚は。鷹田にとっては現実にあることと見ていた。酔いが飛んだ。こいつからホームランを打ちたいのだ。



「……………」



米野はただの豪腕、速球投手じゃねぇ。それらもまた一つ、二つの顔。真にヤバイのは正確無比のコントロールだと俺は見ている。

あれだけの速球を綺麗にコースへ投げ分ける。たかがキャッチボールの1つでも、ど丁寧なコントロールを意識してる。今のところ、ただミットの位置へ正確に投げ込んでいるだけだが、その気になれば。つーより、そーしてやっている。



球の回転、軌道、角度をコントロールする超技巧、軟投派としての投手の側面もある。

投手として、全ての能力が突出しているからこそ。

奴がNPB史上最強左腕なんだ。



あくまで投手としての性能スペックだけどな。米野の強さが加われば、さらに……



「今のがプロの球か」



大鳥は今の球を受けて、何を思ったか。

現段階の全てで米野に勝れる武器はない。たった一球だけ、彼の球を受け取って。大鳥が引き出せた情報と、見ていた鷹田が引き出せた情報の差も顕著である。

しかし、


「!」


なんかやるな。



それは同い年でも、同い年だからこそ。抜き合い、向きだす。対抗意識。

鷹田が米野にそうであるように、大鳥もまた。この機会を思い出ではなく、勝負をする場と見て。

自身は振りかぶって、立っている米野に向かって投じる。



ビュゥッ



一度だけで良いから。プロ野球選手に向かって、自分の投球を披露したかった。ほんの少し、プロになれたかなっていう空気。

気分。

それだけじゃなくて……。



パァァンッ



「スライダーか。良い球を投げるな」



なろう。



「…………バット、持ってくれば良かったな」



でもなく。



「実践ならもっと凄いんだろ。あなたも、」



なってやると。



「でも、俺だってな」



自分はとても貴重な体験をした。

向上したいという意識の変化が、最も大きなものであったと認識した。

それが自分にとって喜ばしい成長であると。社会的な何を問われても、人間的な成長こそ。自分のためにある。


だが、


大鳥と名神の2人はこの時の出会いによって、大きく道を逸らしてしまった。

互いに気付くことなく。




◇          ◇



ガコォッ



「……………」



知らないでいるが。大鳥と米野が真剣に、向き合って、キャッチボールをしている頃。

名神はベッドで寝転んで天井を見上げていた。


はるかずっと前から、分かっていた事だ。


確かに自分の方が野球をできていた頃があった。それは単なる調子の差でもなく、単純なものでもだ。

でも、宗司の球を受け捕っていく度に気付いた。まだまだ先に行ける、行ってしまう。そんな器がある。特に大鳥は知らないところに立った時。様子を見る自制心と、前に進む勇気を持つ。

一方で、自分は退くという勇気を持つ。

ほんの少し、未知や不吉があれば、退けることができる。


こればかりは変えられないところだろう。

そして、どちらもまた。正しい心理であることだ。失敗をすれば無謀。失敗をすれば後悔。

どっちにしろリスクを孕んでこそ、挑戦という言葉がある。


「…………俺はどうすりゃいいか」



分かっているんだ。これからの練習でも、応援でもだ。

俺はプロ野球選手にはなれない。そーやって、諦めたり、一区切りをつけて暮らす人間なのだ。誇っても良い事だ。

在り来たりなことである。そして、大鳥はそう確信めいたものを持つか、それとも自分の勘違いや褒めてしまっている事か。



いいや、そうじゃないね。



……もし。


向き不向きにあるだろう。

努力の差異も、才能の差異もあって当然であるからこそ。プロに行ける者、プロに行かぬ者もいる。

夢見過ぎ?いいや、現実的だし。

プロに成るという事は成功を問われる事業であるのだ。そして興行のスポーツとは、そこで恥のないプレイを提供する事。

野球で金を稼ぎ、生きる事。単純な力量を求めて当然。見上げる壁を知るのも、また一つの力だ。

戦い続け、挑戦を続け、結果。勝ち上がってプロになった者もいるのだ。



大鳥宗司はきっと、そこに乗れる。そんなことを想ってやれて、自分は自分を信じられず、できない事を信じている。



「………………」


名神はそれでも。ベットの上に貼ってみた、独立リーグの入団テストを見上げた。

きっとダメだろうでやる事に、成功はない。分かっているんだ。

でも、楽しんでも悪くないだろう?大鳥だって、挑戦して成功する楽しさと本能に魅了されているように。決して高くはないにしても、目指すものがあると、人は楽しく進んでいく。ちょっと見える景色が綺麗になると嬉しくなる。



「大学卒業までに、クリアしてみるぞ」



そして、俺がもう少しの時間。野球を許されるなら、独立リーグという環境に飛び込んでみよう。

大鳥との事はそこからでも考えられる。




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