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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
12/52

意外と凡


楽しんで投げろ。

ねじ伏せるという喜びを独り占めしろ。

誰でも見下ろすマウンドで吠えろ。



スチャッ



「……………」



男の私服は派手でもなく、見せつけるものもなく。際立って普通。伊達メガネをかけて、いちお、変装のつもり。

それでも本当の姿と、現実の姿のギャップは大きく、鷹田や叶などの恵まれた体躯とは違い、普通の、少しデカいかな?その程度の人でしかない。

一夜を過ごしたホテルにチェックアウトして、お別れ。

釣りバックを背負い、バスに乗り込んでゆらりゆらり、目的の海へと向かう。



ゴルフも良いが、サッカーも良いが、今の自分には釣りが良い。丁度良いのだ。同じ仲間もできている事もあるし。


「くぅー……くぅー……」


何もない時は眠っている。

あるいは、眠りから覚めた時は、推理小説を読んでいる事が多い。周囲を気にせず、自分のしたい事をする。酒飲んで、女と遊ぶ、金を賭ける。それらと変わらない事だ。




ブロロロロロロ



トロトロと、ダイヤ通りに動いているバスの横を猛スピードで高級車が追い抜いていく。

その音に気付き、彼は高級車に目をやった。一目で運転手が、自分と同じ場所を目指していると分かる。



「鷹田の車か」



それでも急く事はない。約束の時間にはまだ早い。

準備が整っていればいい。たぶん、鷹田がしてくれるんだろう。



◇         ◇




「クルーザーを出してくれ、パピィ」

「この時期は好きね、あなた」



あの鷹田花王と並ぶような黒人の女性さんのパピィ・ポピンズさんが、船を出してくれる。日本語は流暢なので、問題はない。



「プロ野球選手になって、車、家、クルーザーまで買ってしまうなんて」

「それが俺のモチベーション。原動力となっている」

「税金、維持費。大変じゃなくて?消費癖は良くないわよ」

「それ以上に活躍するまでだ。あと分割払いだ。通年、野球選手として活躍しなきゃいけない」



その覚悟に、金と生活をくさびにする。

プロ野球選手。それはとてもお高く、凡人共の頂上にいるべき人として、王の如く振る舞う。夢追って、成し得た彼が。これから先に出てくる、同じような球児にこれでもかと豪快で豪華に生活をする。当たり前だ。


自ら、打者として。


『本塁打以外なら、俺の負けで良い』


公言するほどの、球界を代表するパワースラッガーとしているが。守備においても、堅実さと器用さを見せて、評価を高めている。怪我にも強く、フルイニング出場で試合に出る。

選手としての強さもまた、鷹田の素晴らしく意識高く、讃えられるところ。人気選手に相応しい覚悟であり、その上で嫌悪する選手の特徴の1人。



「4回もフライデーされる馬鹿とは金輪際、ライバルとは認めん……」


プロ野球選手としての自覚がない、馬鹿とは関わりたくはない。



とはいえ、そんな事をやってのけて、平然と打ちまくって打点王を掴み取る彼を、評価している一面もある。そーいうメンタルは鷹田の高貴な覚悟で持つことはできないだろう。



ブオオォォッ



鷹田の買ったクルーザーは、パピィの運転によって動いた。まだ、鷹田はクルーザーを買っただけで、正式な船舶免許は取得していない。無免許は良くない。


「取ってから買えよ」

「言うな。俺の覚悟だ」



出航と同時に、クルーザーはすぐに近くの漁港へと向かうのである。釣り仲間の面々が待つところにだ。

プロ野球選手という、上流階級をこれでもかとみせる豪華なクルーザーに仲間も、港の人達にもどよめきが起こる。


「おい、なんだよ。あの船!」

「でけぇんだな。誰の船だい」


その声に混じり、言葉を出すのは。ついさっきほど、バスから降りた読書男だった。まるで、モブのよう。



「相変わらず、すげー船だなー。カタログで見た以上」


船の音と姿を見てしまえば、手に持った本が煩わしくなってしまう。本をカバンに締まって、釣り道具をしっかりと積んだかのチェックまでしてしまう。なんやかんやの小心染みた行動。

ただただ、不安な気質。船が彼の目の前につくと、鷹田が顔を出して、声をかける。同期の



「よぉー、米野。今日は楽しくやろうぜ」

「あ、ああ。ホントにすげぇのを買ったんだな。俺、貯金なんだけど……」

「堅実な。無欲とも言えるか」



今日は米野星一と鷹田花王の、のんびり釣り旅行であった。



ブオオォォッ



クルーザーが沖へと進んでいく。その最中に釣り準備を始める鷹田と米野。本格的なロッドに、巨大なクーラーボックス、釣り上げた魚をその場で料理する場所に、包丁、コンロなどなど。


「釣れるんでしょうね?」

「釣るに決まってんだろ!」

「釣果なかったら笑えないね」



船の操縦も、料理も、パピィが務める。こーいったアドバイザーや調理士も兼ねれば、かなりのお金になるのだ。当然、鷹田のお支払いである。彼女にとっては良い仕事であり、鷹田は良い客であった。


「鷹田。パピィさんとは、これの関係?」

「そんなわけあるか。知り合いなのは事実だが」


桐島と違い、豪遊の仕方が真面目なのが良いところ。とはいえ、そーいう浮いた話はまだ聞かない。そーいう米野も


「お前はどうなんだ」

「野球以外は特に。釣りとか読書ばっかりよ」

「独身を楽しんでるな。ただお前のそれは、年に億と稼ぐ奴の行動じゃねぇや」



庶民過ぎるところ。とても天井にいる者の、振る舞いではない。

米野が今のプロ野球界で人気が高い理由に、凡と言えるほど淡泊な選手にして、歴史に刻むほどの大投手であるところ。鷹田や桐島のような豪快さに高慢さのないところ。人当たりの良さは、見た目通りにある。身近にいそうな人によるとんでも事例が、多くのファンの心を掴み。一際、応援が凄い。



ポチャッ



「波に揺られて、陽を浴びて、釣りはいいなぁ」

「爺か、お前は。のんきに座って釣りとは……」

「こーいう退屈を楽しむのも、釣りの醍醐味。ただ釣り上げるだけじゃないぞ」




ボーーッと。冬の海を眺め、のどかに過ごす。それだけでペナントでの緊張が解ける。

米野星一の穏やかな日々である。折り畳み椅子に腰をかけてのリラックスモード。



「ほー……落ち着く」

「大物釣るなら、立って、豪快に行くべきだぜ」

「焦らない焦らない。のんびりやるさ」



ググッ



「むっ……」



最初にヒットしたのは、鷹田。波に揺られても、鷹田の下半身は大樹のように強く、大魚の力でも動かない。リールを巻き、力一杯に



「どらああぁっ。こいつは大物だ!」



バシャァッ



鷹田が釣り上げたのは、ちっちゃな魚。豪快さに反しての可愛らしさに、鷹田も恥をかいた表情を出す。桐島がいたら爆笑していただろう。事実、パピィは結構笑っていた。対して米野は、平常心。


「次だよ、次」

「分かってるよ!食えねぇ魚を釣ったつもりはねぇ」

「あはははは!ちっちゃっ!確かに大物ねー!」

「パピィ!あとで小魚を料理しろ!食ってやる!」

「マグロとか釣れるのかな?」

「さーな!よく分からん!いや、釣れるわけねぇだろ!!米野!いねぇよ!」



こうして、3人の海釣りは夜遅くまで続き。途中、パピィの手料理で小休止を挟んで、夜の9:00頃に三人は港へと戻るのであった。

すでに町の灯りは少なくなって来ている。すでにお店も閉まりかけている中、パピィが彼等の釣った魚を美味しく調理してくれるところへ案内してくれる。


「ここ。良い刺身にしてくれるわ」



”鳳鳥寿司”という、お寿司屋さんだった。



「あんまり大きくねぇけど。寿司屋で良いのか?この店名は」

「小料理屋って感じだね」


鷹田はしょうがなくって顔。米野はその雰囲気を少し気に入った感じ。


ガララララ


「旨いのか?小さい店だな」

「店の大きさだけじゃないでしょ。割とキレイじゃん」

「大将ー。遅くなったけど、いいかしら?」


お店に入って、呼び掛けをするパピィ。この店のご主人が出てくる。


「おー!パピィちゃん!久しぶりだねぇ。ウチは大丈夫だよ!釣った新鮮な魚は刺身でも、味噌汁でも、焼き魚でも、なんでもこいだよ!」

「そー。それは大将に一任しちゃうけど。これが私達が釣った魚。一箱分」



ドーーンッと、クーラーボックスを床に置いて、主人が確認。慣れたように鮮魚をとって、お出しする料理を考える。



「オーケー。最高の一品にしよう!客はもうパピィちゃん達だけだし、ゆっくりしてくれっ」

「テーブル席を使っていいかしら?」

「ああ。構わないよ。おーい!お前、おしぼりと生ビールを出してあげな!俺は調理に忙しくならぁっ」

「はいはい、興奮しないの!すみませんね、旦那はこー。いい加減で」

「私達も似たようなものだから。鷹田と米野、もう勝手にやってるし」



釣り道具を置き、ゆっくりと一息吐いて、椅子に寄りかかる。主人が勝手に生ビールを頼んだわけだが


「俺はいいや。止めとく」

「それがいいな。米野には麦茶にしてくれ」

「分かりました」

「あなた、下戸なの?」

「いや。情緒不安定で、酒乱だから。記憶なくなるのよ」


恐ろし気な事を何事もなく答える。

米野は麦茶に変更。鷹田とパピィが生ビール。

女将がおしぼりと同時に生ビール2つと麦茶が出れば、



「「「カンパーイ」」」



リフレッシュとはいえ、出て来た疲れを癒す酒だ。鷹田の豪快さある一気飲み。


「ぷはっ。もういいや」

「鷹田は一杯が限界なの?」

「オフでも飲み過ぎは避けてるだけだ。弱かねぇよ」


そう言いながら、隣にいる米野に向かって返事をする鷹田であった。付け足して、米野が


「鷹田ってあんまり酒に強くないんだよね。酔い潰れるのが早い」

「あんだと。米野!麦茶ってお前……。俺はぁ、生の一気飲みだぞ!」

「色々あるわね」


鷹田の意外な一面を見て、彼を情けなく見てあげるパピィ。もう酔い潰れたような声だ。

主人の出す寿司、お吸い物、刺身。

がつがつと喰うのはパピィと鷹田。味わうという喰らいつくす獣のような食いっぷり。巨躯に似合った食欲である。追加料理の注文も増える増える。一方で米野は比較的にマイペース。味わいながら、ゆったりと食べていく。



「釣った魚をその場で料理して頂けるのは嬉しい事ですね」

「はっはっはっ。そのくらいの粋さがないと、港の小料理屋はやっていけないよ」

「うめぇじゃん。釣った魚が良いのもあるけれどよ!」

「がふっ。鷹田。主人の腕を認めないとこ、直しなさい。ここは高慢を見せずに」


悪い客というのは、鷹田の事を言うのだろう。

しかし、そんな特別な姿勢が似合うほどの王。チンピラ、不良、ヤクザ、精神障害者。それらには足りない、天井にいる横暴さと自尊ある王の佇まいだ。息苦しさより、自然に圧される王の食事だ。主人に嫌がる気を起こさせはしない。



「いいんだよ、パピィちゃん。プロ野球選手の鷹田花王選手が来て頂けて嬉しいもんだよ。店開いて一番のスターが来てくれたもんだよ」

「そうかそうか。サインか、あとでバットでも置いてやるか。見たとこ、学生野球の連中にも店を開いているっぽいし。プロ野球選手が来たとあれば、箔がつくだろうよ!わははははは!」



特別に抱かない事であるが。

米野には誇張する気がない。また、主人も鷹田の隣にいる男が米野星一である事に気づいてもいない。

それほど凡とした雰囲気。個の強い鷹田とパピィがいるからか。

主人から見ると、米野のそれは鷹田のマネージャーか栄養士かなんかとも思っていたんだろう。



「そうだ!俺の息子。大学野球をやっていてな、いっちょ。鷹田選手に打たれて欲しいもんだ。あいつには良い記念だろう。ホームランを打ってもらったバットを置こう!」

「ちょっと、アンタ!失礼でしょう!」

「んあー。あー。酒を入れちまってるし、バットは持ってないんだが……。あとで配送するが。もう夜で球は見えないし」



主人の冗談染みた。むしろ、冗談というほどだ。息子と鷹田の一回勝負を提案。


「息子さんは投手なんですか?」

「ああ!自慢できるもんじゃねぇが。一筋に野球をやってきてね。大学じゃ、次期エースなんだってよ。俺としては店を継いで欲しいんだが」

「25歳まではあの子の好きにするって言ったでしょ」

「そうは言ったがよ!母さん!俺の跡を継いでくれそうにないじゃないか!」

「それでも良いじゃない」

「良くない。1人息子なんだぞ!」



なんか店側の事情が赤裸々。色々あるもんだ。

このまま野球を続けるのか、それとも店を継いでくれるか。



「どこらへんで辞めるかどうか、決めるのも男だろう!」

「まぁまぁ」



達成できない事は別に恥ではない。達成に向かおうとしなかったのが、恥である。息子はそこらへん、できているという期待の現れ。


「大学のエースか。ひっく」

「酔いすぎ」

「だったら、キャッチボール1つで格の違いを見せつけてやれよ」

「え?俺?」

「俺は酔ってるから、打てねぇよ。スター選手の凄さってのを、大学のエースに見下ろしてやれよ!」

「そんな気分はないが……」


乗る気はまったくなかったが、鷹田の酔いに促される形で米野は渋々立ち上がった。

道具の中にはグラブとボールがご丁寧に入っていた。



「おーい、宗司!今、プロ野球選手が来てるから!お前も来ーい!」

「は?」



そして、主人もご丁寧に、自慢の息子。



「ホントに来てるのか?」

「ホントのスーパースターだぞ!キャッチボールくらいなら良いそうだ!やって思い出作れ!」


大鳥宗司が2階から降りてくる。

この時当然であるが、鷹田花王とも初めて出会い、米野星一とも出会うのだった。




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