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馴染な男  作者: 孤独
高校時代
1/52

蚊帳の外


ワーーーー   ワーーーー



真夏の太陽が照り付ける野球場。球児も観客も、その声援は大きく、暑さに負けないものであった。

そのバッテリーは九州の端の一つ、長崎県にいた。

高校野球、夏の県予選。全国的にみたら激戦区とは言い難いところであったが、そこに光があったのも事実。こんなところにも表れる怪物、猛者。



「さぁ、今日から長崎県大会、ベスト8です!今日の試合は長崎商業と清峯高校。この優勝候補同士の対決が、なんとベスト8で激突です!!」



そー言われるわりに、あと一歩が届かずに近年は夏の甲子園から遠ざかっている、長崎商業。一方で、昨年の夏大会の優勝を果たし、春大会でも優勝し、下馬評でも大本命の海星高校と並んでいる、清峯高校。

勝負は3:7で、清峯高校の勝利とされていた。

もう少ししたら古豪と揶揄される、長崎商業。現在、強豪の清峯高校。


そんな試合の長崎商業のエースナンバーは、暑さをもらっていないような、静かで冷たい表情。今日もいつものミットに、いつものあいつが座っている。それだけで俺達は無敵な気がする。

あいつが頷く時、自信があるって顔にこっちも自信がつく。ちょいとにやける。捕手であること、あいつの球を受けることは最高に楽しかった。



「長崎商業はエースの、大鳥宗司おおとりそうじ!!今大会ナンバー1、サウスポー!3種類のスライダーを武器に、ここまで3試合に登板、21イニング、4失点!今年の長崎商業の原動力と言えるでしょう!」



大鳥は強力清峯打線を相手に、3回までノーヒットピッチング。5つの奪三振。

連投による疲労を感じさせない最高の立ち上がり。大鳥の球を受ける、捕手の名神和めいじんかずも今日の大鳥が絶好調であると分かった。


「今日もスライダーが良い。打者の手元でよくキレてるよ」

「名神が言うんなら、そうなんだろうな」

「だが、試合はまだ3回。大鳥じゃなきゃ、清峯打線は抑えられない。今日の大鳥なら7割でもいけるんだから、あまり飛ばし過ぎるなよ」

「ペース配分を込みかよ」



共に長崎商業に進学し、2年の秋からベンチ入り。3年の春にエースの座と正捕手の座を掴んだ、幼馴染バッテリー。



「スライダーと縦スライダー、スラーブが生命線と思われるけど。大鳥の良いところは制球力コントロールだ。力がなくなって、スライダーが棒球になったらやられる打線なのをな」

「分かってるよ。打撃はテキトーに流す。得意でもないし」



得意じゃないとか言いつつ、大鳥は8番。でも、名神は9番。ぶっちゃけ、大鳥の方が打撃を期待されるくらいだ。

名神が水を差すような事を言うのも、あくまで勝つためだし。



「打たれる俺を、お前には見せないよ」



一緒にやってきたからそれを思ってのことだ。




ベスト4進出をかけた試合は互いに、7回1失点の投手戦。しかし、その投手戦の中身は対照的なものである。長崎商業はエースの大鳥が1人で投げ抜き、清峯高校は左右に良い投手を揃え、先発のエースは5回1失点。6回からの2番手(左のエース)が、9回まで抑えるという作戦。トーナメント方式の高校野球だからこそある、投手の遣り繰りであった。



「ふーっ」


大鳥の球数はいよいよ、100球。

そして、その疲れを敏感に気付けるのが、捕手の名神。大鳥の自己分析よりも信頼できるものがあった。



「大鳥」



やっぱり、ここまで連投してきた事が効いている。向こうも大鳥のスライダーを打ちにくいと判断し、待球作戦を2回からしていた。元々、大鳥は三振をとるタイプ。球数を気にしながらリードしたんだけど。



8回表1アウト。この試合、大鳥は初めての四球を出した時。名神はマウンドに駆け寄った。その足取りは慌てるものではなく、確認という意味合いが強く、不安にさせずに悠然としていた。

今大会ナンバー1サウスポーと評価される大鳥であったが、大会全体で見れば、決して高いものではなかった。全国レベルには程遠く、県内にいる良い投手の1人という程度のもの。技巧派投手の大鳥をここまでの投手にしたのは、受ける捕手。名神の巧みな投手を操縦するリードがあった。



「良い間のとり方だ」

「先ほどの6回では、盗塁を刺してますしね」

「捕手としてならすでに大学レベル。名神は通用しますよ」

「大鳥のような技巧派タイプは、捕手の力量が問われますからね」



元々、捕手は人材不足のポジション。多少、打撃面では期待できないが、捕手としての完成度が高く、名神は九州地方の大学スカウト達からの評価が高かった。

サウスポーという面で大鳥もそれなりの評価が得ていたが、



「平均球速が130前半。MAXは135キロらしいですからね」

「スタミナも決して高いわけではないですし、身体もそこまで大きくはない。平均的」

「高校時代からもう、スライダーで逃げる投球ですし、この先で大成するのは厳しいか」

「今年の高校生達はとんでもない逸材ばかりですしね。投手だけでも、阪東孝介や米野星一、叶善、鷲頭一稀世。プロに行っても即戦力級が、すでに4人はいますし。その下には当然、あの村下レイジがいる!」

「彼等がいなければ、大鳥もそこそこに注目されるんでしょうけどね。生まれてきた時代がなんとも悪い」



高校野球の群雄割拠。

そーいう時代の中に、大鳥と名神がいた。

比較される相手が悪いと惜しまれるほどだ。長崎県大会も激戦とはいえ、全国にはさらなる激戦を勝ち抜けてくる者、怪物が怪物を食い、さらにデカくなる。

この時代の連中はそーしてできた、傑物。


2人の知らない世界の事だ。



「宗司」

「!……なんだよ、和」


相手の打者にも、走者にも。見えないように2人は話しをする。名前呼びは、高校になってから恥ずかしいから辞めたが、こーいう一大事な時は、互いにそー呼ぶことにした。


「左手を握らせてくれ」

「平気だって」


名神はミットを外し、大鳥の左手の握力を確認した。大鳥は名神に心配させないように、自分がまだやれるって事を言葉ではなく、その手で証明する。


「どうだ?力は出てるだろ」

「……ああ。まだまだ、いけるな」

「和は1塁走者でビクつき過ぎだよ。100球を超えたくらいでよ」

「四球のランナーは宗司のミスだろ?要求通り、球を放れよ」



このピンチを乗り切れる力はある。試合も終盤。怖いのは、一発や長打。



「宗司を信じてるぞ」

「俺も和を信じてる」



名神が戻っていき、大鳥はロージンをとりながら、間をとった。

ポンポン、と待ちながら。名神のサインは野手達全体にも送った。



ここでの1点は重たいものだ。長崎商業の攻撃が残り2回。清峯高校は1点を獲ってくるなら、バント。もしくは、盗塁。それとも大鳥の四球による疲労と察し、強攻でいくか。

考え込むタイプであれば、対策をするだろう。しかし、名神の判断は相手の分析ではなく、大鳥を信じてのことだった。



走ってくるなら、俺が刺す。打ってくるなりバントなら、宗司が決める。バックが捕る。2アウトにすれば、相手に得点チャンスはない。



その初球は、インローへのスライダー。



「ボール!」

「っ!」



コースが外れたという感じではなかった。振ってきたら詰まらせる、そーいうスライダーを打者は感じ取った。手を出さなくて良かった。一旦、間をとって監督からの指示を受ける。

一方、名神は問題なしと、信じる一点という気持ちで、大鳥に返球する。間をとって、一塁走者にも睨みを効かせてからの2球目。真ん中低め、打者は振りに来た。そこからさらに落ちていく、縦スライダー。



「ストライク!!」

「おーし!1-1だ!」



後ろに逸らせば2塁の場面で、地面でバウンドする縦スライダー。それを難なく壁となって、止め。なおかつ打者から空振りをとる。

この時、打者は大鳥のスライダーを諦めた。8回になり、100球を超えても、抜群のキレを持つスライダーに委縮した。見せ球で投げてくるストレートを、多少のボール球でも打っていく。悪くない。変化が大きい分、見逃せばボールになる事もある。そんなところに入れてくるのは、



パァンッ



「ストライク!!2-1!」


縦スライダーをストライクゾーンに通してみせる。

ここに来て、コントロールの難しい球をストライクに入れる集中力と技術力。スカウト達も、この大鳥の見事な一球には目を張った。

それはとっても短く、瞬きをした後は忘れてしまうことだった。あとは簡単なことで、ストライクゾーンを広くせざるを得ない打者を揶揄うような、変化の大きいスライダーでバットを振らせる。



「ストライク!バッターアウト!!2アウト!!」

「おーっし!ナイピッチ!!」



打者を三振にし、2アウト。

四球で出した走者は動けずの最高の結果。

次の打者も内野ゴロで抑え、8回表に現れたわずかな試合の山場を一瞬で崩した。そこから長崎商業にやってきた流れ。2アウトながら、清峯高校のエラーで出塁した走者。次の打者がライトを超える長打が生まれ、連携の乱れもおき、8回裏に勝ち越し点を挙げる。

追加点は挙げられなかったものの、大鳥にはその1点で十分であった。8回にみせたミスはまったく見せず、難なく2アウトをとり。




パシィッ



「ライト捕ったーー!ゲームセット!2-1、長崎商業!清峯高校を下し、準決勝に進出!!」



大鳥、9回1失点。被安打7。11奪三振。

その記録は結果であり、県大会の一試合に過ぎないこと。誰も、その彼を感じられなかった。




◇       ◇



ワーーーー―   ワーーーー―



「負けたな、大鳥」

「……俺が打たれなきゃ、勝てた試合だった」

「何言ってんだよ。お前がいなかったら、ここまで来れなかった。お前ばかり、苦労させた」



長崎商業の準決勝、優勝候補大本命、海星高校との試合。

ここまで1人で投げ抜いた大鳥は試合序盤から疲れをみせ、ついに崩れる。5回に4失点し、6回に1失点を許した後に降板。大鳥の後続も打たれてしまい、失点は続いた。

味方打線は懸命に大鳥を援護するも、3点が限界。

結果は3-8と、完全な力負けを喫した。



「5回までよく投げてくれた。この大会で、30イニング以上もよく投げてくれた。大鳥だけがここまで投げてきたんだぞ!胸を張ってくれ。俺はありがとうって、伝えてるぞ」


名神は大鳥を気遣った。言葉の通り、彼がいなければこの準決勝までは来れなかった。

2人は夢の甲子園に一度もいけないまま、終わってしまった3年間であったが……。



「野球は続けるよな?俺はやるぞ」

「……和は続けるんだろ?聞くなよ。分かってるよ。俺も和も、これで終わりじゃ悔しいからなっ。お前と一緒にプロまで行くからなっ!」



2人は大学でも野球を続ける道を選んだ。



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