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決着、悪徳の栄え

「撃て!」


大筒による攻城戦は非常に便利だ。まともに攻めてもまともには落ちなかった箕輪城の石垣にところどころ綻びが生じる。

「戦は変わるな」

今のところは部外秘だが、いずれ評判と製法は天下を駆け巡るだろう。数年前に大規模導入して新兵器として猛威を振るった鉄砲は、ある程度以上の国力の武将には標準装備となりつつある。

「和睦の条件はどうする」

最前線のここまで訪れた北条氏康は、和睦が成ると踏んでいた。長野業正だけならともかく、向こうには神輿として甘やかされてきた上杉憲政がいる。彼が和睦に応じて仕舞えばこちらのものだ。

「搦手の一つが弱っております。今こそ攻勢の時かと」

大藤秀信が囁く。

「よくぞ報告した。褒美にその攻勢はそちに任せる。手柄を立てよ」

「はっ!」

大藤金石斎も既に亡く、一人前の武将としての活躍が増えてきた彼は、この門を落とせずして何が武士かと息巻いた。


翌朝、一昼夜に渡る攻勢を耐え抜いたかに見えたその門は、夜半のうちに大藤隊が打ち込んだ火矢によって全焼した。ゆっくり兵を休ませた秀信は総攻撃を下知、見事に大戦果を挙げたのだった。

「よし」

珍しく氏康の口元が綻ぶ。ここまで述べ何万の兵を関東管領に当ててきたことか。それもひとまず今度で終わりだ。

「出羽守、どうだ」

「武田殿が信濃の高梨城を攻略。高梨政頼の要請を受けて出払ってございます」

「でかした。此度で手を抜けば全て水泡よ。このまま長尾の状勢を探れ」

「はっ」

長尾景虎の援軍は今日明日には来そうにない。それを確認した氏康は、さらなる強攻を指示した。


「後れをとるな!」

唐沢山城の戦いで武勇を見せ立身を遂げた酒巻靱負長安は、その因縁の相手である佐野昌綱と共闘して成田の一軍を率いていた。すでに外側の曲輪は占領され、本丸、二の丸、三の丸とそれに付随するいくつかの施設を残すのみだった。

「ここを通りたくば我らを倒せ!」

そう豪語してその先の門を守るのは、剣聖上泉信綱。このような隘路での戦いでは、彼のような手練れの個人技もまだ十分に通用する時代である。

「怯むな!突っ込め!叔父上!」

柴宮、久賀の両名が突出、佐野隊が大きく前に出た。

「これは…」

功に逸りかける長安だが、すぐに落ち着いて後方支援を指示した。

「我らも隘路に突っ込んでは思う壺!ここはこらえて弓にて攻撃を行う!」

門の向こうから安藤勝道や匂坂長信の矢も飛んできた。向こうも総力戦、だがこちらもかけてきた年数の重みがある。


「叔父上!」

とっさに叫んだ昌綱。今回は本陣にいる兄の豊綱に前線指揮を任されている。

柴宮行綱が狙撃され、間一髪のところでかわした。多少崩れる佐野隊だが、押しのけて久賀利綱が前に出る。守りに及んで唐沢山を関東一の山城と言わしめた昌綱だが、攻めも一級品である。上泉隊の従者をあらかた蹴散らし、ついに三の丸へ侵入した。

「気をつけよ!門を抜けたところが一番危ないぞ!止まるな!」

門を抜けたすぐそば、そこにアーチ状に兵を置いておけば、出てきた隊を少しずつ半包囲して殲滅できる。ここで止まらずに一気に駆け抜け、敵の包囲陣を崩すのが肝要だった。果たして久賀利綱は失敗して退いたが、入れ替わった中江川高綱が突破して敵槍兵を崩した。

「昌綱!」

「抜いたか!雪崩れ込め!」

門を抜けた先の三の丸、そこは本丸を望める位置だ。隣の二の丸を抜けば、その次にはもう長野業正がいる。そんな場所をやすやす明け渡す業正ではない。突破して佐野昌綱自身が門を抜けるや否や、本丸や二の丸の狭間という狭間、窓という窓から鉄砲の雨を降らせた。


敵からも硝煙が上がり始めたことで、戦が要点を迎えていることは北条本陣の誰もが理解した。

その日には二の丸は抜けなかった。佐野、成田両家の武士も多く討死したが、後続に小山や宇都宮が続いたことで、なんとか撃ち切らせるまで耐え抜き、三の丸を確保できた。

「和睦するか」

氏康の一言に、氏政は不満げな顔をする。ここまで来れば、あと数日のうちに業正も憲政も討てるだろう。

「新九郎、覚えておけ。父をはじめ、将ができることをせぬ時には、必ず理由がある」

「理由にございますか」

「うむ。お主の義兄もそうであろう。良い勉強よ、此度の理由を考えてみよ」

もし頼純がこの場にいたら、黙って頷きつつも自分はそんなに深く考えていないと内心考えるであろう。閑話休題。

「分からぬのならば、父が何を気にしていたかを考えよ」

「…長尾にございますか」

「うむ。それで?」

「上杉を討つと不都合が生じる…長尾が攻めて来るのでございますか」

「何故?」

「古河公方が北陸へ逃げたゆえ、それと合わせて敵討ちの名目を得てしまうから…」

「うむ」

満足げに氏康が頷くと、氏政は納得して引き下がった。彼がこの先一人でどれだけ考えられるかが、北条の運命を左右するだろう。


翌朝、三の丸で匂坂長信と北条長綱が対面し、北条軍は城外へ引き上げ、長野軍は武装を解除した。城下の屋敷でようやく、長野業正と北条氏康の直接対面が実現した。

「単刀直入にお伺いいたす。和議の条件は何か」

「上杉殿の上野からの退去を要求する」

「お話は以上か。失礼する」

「待たれよ」

業正は話にならんという顔で退席しようとしたが、氏康が引き止めた。

「長野殿が城を枕に討死したとして、上杉殿に同じ事をさせるのか」

業正はそれを聞き、おとなしく座して睨め付けた。


日がな一日話し込み、業正はとうとう折れた。和議の条件は長野氏の本領安堵、褒美の優遇を受け北条軍門に降り、上杉憲政を越後春日山城まで護送することと決まった。

「そして」

最重要事項、とばかりに業正が確認の復唱をする。

「吉業の返還を」


箕輪城の戦い

北条軍 1万5千 北条氏康

上杉軍 3千 長野業正、上杉憲政

武将級討死 両軍共になし


河越からはや11年、ようやく父との対面予定が相成った長野吉業は、その時果たして足利頼純の私戦の片棒を担いでいた。

「箕輪が終わるとうるさくなる。一日二日で片付けるぞ」

そう語る頼純に、待ってましたとばかりに吉業が今しがた届いた箕輪への召喚状を見せた。

「ようやく帰れる。じゃあな」

「待て。今帰るのか?」

「なんとでもなるだろう?」

苦虫を噛み潰したような顔をした頼純を見かね、吉業はもう一日だけ残ることにした。その泣きの一日で、東総情勢は急転直下を遂げる。


今日で決着をつけておきたいと念じる頼純は、高増から成東城の図面を受け取って主要な区画に放火し、千本義隆に降伏を迫った。同時進行で、賄賂を贈っておいた千葉胤富の余剰兵力に匝瑳城を突いてもらった。那須資胤は頼純はまだしも千葉から攻撃を受けたことで動転。もとより大関兄弟の密告自体讒言で嘘八百であるから戦闘準備は不完全であり、夕刻には幼い我が子と共に逐電した。

「約束通り、一日で片付けたぞ。またな」

軽く別れを告げる頼純に、吉業は困り顔で返す。

「呼び戻された以上、俺はいずれ長野を継ぐ。そう会えぬぞ」

「元服の時にもいろんな連中に同じことを言われたよ。どのみちこれからも上野には嫌でも顔を出す。その時も頼むぞ」

そう言って別れた直後、千本義隆も降伏し、20代400年続いた那須氏は大名として滅亡した。


「完全に悪役でござるな」

匝瑳まで出向いて顔を合わせた千葉胤富は真顔でそう言った。

「悪役というよりは悪であろう。とまれ、領地は取り決め通りに」

「承知致した」

悪人ばかりがのさばる乱世、皆が肝をすり減らす社会。現実から目をそらしつつ、下総は千葉、上総は足利。分かりやすい二分割で、こちらの戦乱も終結した。


北条氏康はすぐに小田原城に直臣を集めた。氏政を筆頭に氏照、乙千代、それぞれの後見である大石定仲と用土重連、足利頼純、加えて北条綱成、松田盛秀、清水康英、大道寺周勝、笠原康勝、石巻家貞、山角康定、垪和氏続、大藤秀信らが召集された。

脇に控えた長綱が言う。

「それでは殿より、下知がござる」

皆が身構える。

「当家は江戸城を改修し、当主居城となす。されども儂は小田原から動かぬ。落成を以て新九郎氏政に家督を譲る」

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