再びの攻略
「始まったぞ。行かなくていいのか」
長野吉業が俺に問う。長野氏や桐生氏との決戦の戦端が切られ、北条・長尾両軍が上野に集まりつつあった。そんな情勢下、俺は呑気に下総で火遊びをしていたわけだ。
「町野頼康、蜂須賀正勝を大将に、正木時茂やら長屋景重やら臼井久胤やらを組んで向かわせている。名代を出しておけば大丈夫さ」
この戦が決戦になるのか否か、それすら判断ができない以上、誰の目も向いていない下総で炎上を煽るのは合理的といえば合理的だった。
「那須殿から書状が」
「どうせ関係者しかいないんだ、読み上げてくれ」
「此度の一件、当家の内紛候故、手出しは無用に候。ただ御本城様をのみ…」
まあ手を出すなと言っているのだが、難癖をつけようと思えばつけられる。
「当家の内紛とやらでは済まぬな。大関家からこちらに書状が届いている以上は」
ひとまず無視することに決まったが、ではどうするか。
「直接御本城様に訴訟が行くと面倒だ。会って話をつけよう」
これで那須の現本拠・匝瑳に向かうことは決定。
「留守を任せるのは梅と国、蓮、ついでに義弘だ。擬兵戦術を使う」
「擬兵だと?」
「こんなところに本物の兵を出している暇があったら箕輪に送るさ。為頼を何のために万喜まで行かせたと思ってる」
留守番の方にもツッコミが入るかと思ったがそうでもないようだ。万喜から持ってきた幟を立てまくり、とりあえず手近な将を全部持っていく。
ひとまず成東城に擬兵数百を用意して、それから小弓公方として下知状を書いて匝瑳へ出発した。まあ暴れすぎたゆえにどこからか凶弾が飛んでこないとも限らないので、傭兵を200ほど連れて行く。
なんとかして落ち度をもう一つくらい引き出しておきたい。那須資胤は家臣相手に失敗はしたが、俺相手にはまだ何もしていない。
「先、上がっててくれ。俺は馬の世話をしてから行く」
名代として頼長らを向かわせ、とりあえず様子見である。登城した頼長らは門のところで言い合いになっているようだった。当たり前か。
しばらくして鮎ヶ瀬が呼びに来たので俺も上がった。資胤は目に怒りをたたえていたが何も言わず、弟の資郡が傍で代弁した。
「されば、公方は大関兄弟の主張を容れ、彼奴らを傘下に加えられると」
「その通りだ。あれらの那須への反骨心はもはや払拭できぬ。個人的に繋がりのある我らが引き取った方が互いのためよ」
「…何を申される」
「元はといえば主君の那須殿が適切な行賞を行わなんだ事が全ての原因。自らの行いを省みられよ」
言ってて自分にも刺さるように思う。少なくともこういうことをしているうちは。
「あちらから泣きついてきたものをみすみす帰すわけには行き申さぬ。土地の話を致そう」
兄弟の処遇を既定路線っぽく見せつつ、成東城を返すかどうかの議論に落とし込む。無茶苦茶なのだが、かといって向こうの主張に筋が通っているわけでもない。
「心変わりのないことしかと承り申した。城は返却をお願い致します。それでなくば軍役は務まりませぬゆえ」
「人はいるのか」
「千本家の養子に据えた千本義隆を城代と致します」
成東簒奪までは平和路線では無理そうだ。ここは一旦引くことにした。
「相分かった」
留守番を引き取り成東を離れて大関兄弟の移籍を報告する書状を書いた場所は、小田原でも小弓でもなく小田喜だった。要するに、俺にはこのまま帰る気など毛頭なかったのである。
「お待ち申し上げておりました」
老将・江戸忠通が大広間で俺に頭を下げる。上座に上がることすらしていない俺は、俺自身の失態で水戸城を追われる羽目になった江戸一族をここで匿っていた。
「直接詫びる機会がなかったな。すまないことをした」
「左様な」
嫡男の江戸通政は今日も臥せっているらしい。なんだかんだとしばらく生き永らえることにはなるが、だからといって政務が執れる状態ではない。
「おそらくだが、しばらく常陸侵攻に回す力はないと思う。箕輪は生半可な戦では落ちぬし、そのあとに長尾景虎との戦も待っている」
「存じております。されどもどうか当家の行く末を見て安堵したいのでございます」
ふむ、と息を吐くしかない。が、人道というものに目を瞑るなら、彼の望みを叶える手はあった。
一週間後、安房上総から俺を見ようと物珍しさにやってきた連中から常備軍をスカウトしていると、蒼白な顔で長野吉業が殴り込んできた。
「どういうことだ」
次の悪巧みの準備はしていたが、特段動いた覚えはない。心当たりがないので聞いてみる。
「那須資胤が成東に兵を集めているだと」
意味が分からなかったので部屋に戻ってきちんと書状を見た。
果たしてそれは北条家からの命令書であった。奉行は大石定仲と用土重連で、要するにそれぞれの養兄弟である氏照と乙千代の恩を売ろうという意図が透ける。
「命じてないぞ」
大田原綱清に耳打ちする。
「はて」
彼がひとしきりとぼけたあと、大関高増がネタバラシをする。
「殿が成東にいらした時には、既に何故やら那須殿の右筆が謀反の証拠となる書状を持っておりました。それがしはそれを小田原に横流しし、裁可を仰いだまでにございます」
「…やるな」
要するに、俺すら出し抜いて北条の傘を借り、主家滅亡への算段を立てていたということだ。明らかに彼の越権行為だが、ひとまず今回は俺に不利益がない。ちょうど1千ほどかき集めた手勢で足りるだろうか。
「しかしよく御本城様が了承されたな」
「計画自体ははるか昔よりございました」
福原資孝がぶっちゃける。面白いのでそのまま聞こう。
「その度にそれがしは止めておりましたが、先の戦で辱められては止める理由を失いました。兄が殿に文を送ったと聞いて蒼ざめましたが、殿が来城なさったので覚悟を決め申した」
なるほど。良心派の資孝が兄と弟を止めなかったのは、とっくに開き直っていたというわけか。思い切りのいいやつだ。
成東までは来た道を戻るだけ、非常にスムーズに進軍した。成東城には既に千本義隆が入っており、城を枕に討死する構えだった。那須資胤からの恨み状を受け取ったが、時すでに遅しである。




