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小田喜城、その戦果

「旗は武田菱!御家の旗にございます!」


国王丸が予告した最終日、開城交渉の使者を立てようとしたところでその報せが飛び込んだ。

「それだけではございませぬ!後方に見慣れぬ旗がございました」

「どんな紋だ!」

「よくは見えませなんだが、大軍にございます」

「八郎!」

怪訝な空気の中、国王丸はその右腕を呼び寄せた。

「当たったな」

「さすがに無茶と思いましたが」

彼の2枚目の手札を確かめに、二人は北側の窓へ向かった。


「マジかよ」

少年は小さく漏らす。この言葉が江戸期以降に出来たものだと思い出して慌てて八郎の方を見る国王丸だが、当人は気づいていないようだ。

前面に武田菱を掲げた小部隊。その後方に大部隊が二つ控えている。

「門を開け放て。混戦にして釘付けにするんだ。責任は俺が取る」

「はっ!」

援軍はまだはるか遠い。だが見切り発車的に襲いかかることで敵の撤退を遅らせ、損害を与えるつもりだった。

真里谷信政は血気盛んだからかすぐに理解を示し、全兵力をもって打って出た。文句を言われたくないという理由で国王丸も飛び出し陣を構えた。

「村上信濃守!只今より旧主小弓公方家に帰参し、お味方致す!敵は里見ぞ!打ちかかれ!」

予想通りに村上もこの機に寝返った。なんとも現金だと思うのだが、この状況下ではありがたい。

正木兄弟も撤退したいところだろうが、この状況での後退は撤退ではなく潰走を意味する。そうなればむしろ落ち武者狩りのいい餌食である。


そんな中、人波が動き、ふいに敵陣まで一列に道が開いた。進行方向には誰もいない。

「やれ!」

国王丸が気づいた時には、彼自身は立ち上がり敵を指差していた。即座に手勢180のうち150ほどが突っ込んでいく。人の減った陣に風が吹き込み、少年は一つ身震いをした。

敵陣ではかなりの激戦になっているらしい。断末魔、骨を斬る音、凄まじい声が時折聞こえてくる。その凄惨さを初めて目の当たりにする少年は、しかし目を逸らさずに噛み締め、その後で振り向いた。

「来たか…早いな」

かなり距離があるように見えたのは、高い城の建物から見たからか。援軍はすぐそこ、弓矢の射程に入るところまで来ていた。


「江戸城代筆頭!北条家宿老が一人!遠山甲斐守綱景とおやまかいのかみつなかげ!」

「同じく江戸城代、北条五色備(ごしきぞなえ)が一人。青備え、富永左衛門尉直勝とみながさえもんのじょうなおかつ!以上両名、主君左京大夫(さきょうのだいぶ)氏綱の命で小田喜城救援に参った!」

北条軍。呼んだ国王丸自身も来ると思っていなかった上、必要以上にも思える厚遇だ。

「ガチじゃねえか…」

唖然とする国王丸。こんな大軍勢、裏があるのではないかと疑うレベルである。

援軍

真里谷信隆 50

遠山綱景 1千

富永直勝 1千

計 2千50

これ単体でも里見と一戦できるくらいの兵力だ。おまけに二人の援軍の将は若手でこそあるが、北条の中心を担う宿老、それも高位だ。


「勝ちは決まった!あとは首を取るだけだ!」

ともかくもこれだけしてもらった以上結果を出さねばならない。そんな気持ちで鼓舞すると、歓声が上がった。

「敵将を討ち取ったぞ!」

残りの兵を連れ近寄ってみると、敵は安西実元だった。この男は20年以上も後の戦で武勇伝を残し討死しているということを思い出し、国王丸は少しの間手を合わせた。しかし次の瞬間には阿呆のような思いつきが彼の中で鎌首をもたげていた。

「正木時忠を討ち取ったぞ!」

敵に向けて叫ぶ。すると時忠の周辺、彼の生存を目視できる以外の連中は目に見えて動揺し始めた。情報伝達のない時代だからこそのハッタリである。


北条軍は見ていたから方便だと分かっているのだろうが、それでもにわかに活気付き突撃を開始した。正木勢は必死に取りまとめようとしたが、時茂の周りに500ほどを集めるのがせいぜいだった。

「ここであんだけまとめて退けるのかよ…」

その老巧に感心しつつ、戦はもう最終段階に移る。真里谷勢が南に回り、北条勢が変わらず北から攻撃し続ける。この頃になると時忠が生きていることは全軍に伝わったが、もう遅い。

「中軍を撃破!本陣の中の将は皆死んだぞ!」

誰かは知らぬが、やたらと声の通る男が叫んだことで、敵は投降し、やっと戦は終わった。

「ハッタリを真にするとはな」

前線の将をねぎらい、同時に驚嘆する少年は、振り返って正木時忠の陣だったものを眺めた。


小田喜城の戦い

真里谷・北条連合軍 3千880 真里谷朝信、真里谷信隆、遠山綱景

里見軍 2千200 正木時茂

武将級討死

真里谷・北条連合軍 なし

里見軍 正木時忠、安西実元


「坊が小弓公方の当代か」

戦のすぐ後、城で綺麗な青い鎧に身を包んだ武者に声をかけられた。誰かはわかる。富永直勝だ。

「はっ」

足利義明がどんな男か知っているからだろう。下手に出られるとは思わなかったのか意外そうな顔をするが、すぐに微笑んだ。

「なにゆえに我らに助力いただけたのでございますか」

国王丸は最も知りたいことを聞いた。

「援軍要請が真里谷の名であったから、御本城様も応じたのであろうな」

離れたところにいた遠山綱景も答え、こちらに向かってきた。

「それに正木を潰せれば里見攻略は楽に進む。一人討ち取れて何よりだった」

「得心が行きました。それがしはしばらく上総におりましょうが、左京大夫様によろしくお伝えください」

「相分かった。そうだ」

遠山綱景が何かを思い出したかのように手を叩くが、続けたのは富永直勝だった。

「御本城様より言伝だ。『いつの日にか里見を討たん』と」

いつの日にかというのは、今すぐではないという意味だろう。そしてそれは北条家が今戦っている関東管領上杉家との戦いが終わってからだ。それは恐らく、北条氏綱存命中のことではない。

それでも国王丸は、自身が北条家の仮想敵からなんとか外れたことを祈って感謝の言葉を述べた。


「若殿、ご立派になられて」

続いてやってきたのが村上信濃守だ。

「音沙汰がなかったな。よもや里見にいたとは思わなんだぞ」

「ご無沙汰、申し訳ございませぬ」

まあ多少現金であろうと、自分が優勢な限り寝返らない。そう思って引き締める思いのした国王丸は、少ない家臣が増えたことを喜ぶことにした。

失われた命の上にある「戦果」を、今は噛み締めた。

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