表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/131

甲斐行き

半年近くあけてしまいました…色々と忙しく申し訳ない限りです。またコンスタントに更新できればと思います。

「重労働だな」


数日後の婚儀では重役な分、元服の儀では裏方に回された俺は、死ぬような思いで物資の運搬に当たっていた。人も使うし指図もするが、無論手ずから駆け回らなければならない。

「間に合うな?」

「はっ」

「危なかった…」

手違いで荷物が一箱まるまる届いていなかったとかいう大ポカをやらかしたのは誰か知らないが、恨んでおくとしよう。

嫡男西堂丸様は新九郎、松千代様は十郎と通称を受けたそうだ。諱に関しては聞かされなかったが、まあ史実と異なることもあるまいと思って確認していない。北条氏康の長男と次男、それで十分だ。そもそも貴人に諱を聞くのは失礼だからな。


年の瀬も迫ってそこそこ寒いのだが、続く婚儀では割と上座の近くで偉そうな顔をしていた。神道にも仏教にもそう詳しくないし、ましてや有職故実などさっぱりだ。文化人は名前しか分からん。このうちどれに該当する儀式なのかも分からないまま、打ち合わせに従って適当に動いた。直後にもう一度確認したが、多分やらかしていないので大丈夫だろう。儀式はフィーリング。退屈な小中学生時代で学んだ処世術だ。


続く祝宴ではやり終えた安堵感が満腹感に変わり、ほとんど箸をつけなかった。記憶が曖昧なのだが、ずっと重臣連中や仲のいい者と内輪で喋っていた気がする。

まあいいんだよ。竹にはそこそこ色んなことを教えたし、わからん部分は頼長や町野十郎といった小弓公方時代を知る連中、果ては逸見の伝手で土岐の蓮姫やらに散々聞きまくったり押しつけたりした。感謝してもし足りない。これを口実に土岐家を復興させてもいいかもな。

「藤菊丸には大石、乙千代には藤田の娘をあてがい、それぞれの譜代とした。お主は十郎の地盤となれ」

「はっ」

氏尭様が俺に言う。国人を取り込むにはもってこいだ。そうだな。このまま色んなものが首尾よく行き、甲相駿三国同盟が無事に成立し、桶狭間の戦い辺りまで体制維持しながら乗り切れれば勝ちゲーだ。そのくらいに思っていたが、この段階で犯した致命的なミスに気づくのはまだ先の話である。


「それでは、行って参ります」

十郎様の初陣は北関東制圧戦の最終局面くらいだろうか、と長綱様と話し、将来のビジョンを固めたところで、年も明けたしもういいだろうと一旦御城の本丸に入り、十郎様に挨拶を述べ、わざわざ一度城から下って屋敷で別れを述べ、それから兵をまとめて出立した。


「やあやあ下総守殿。弟より人となりは伺っておる。よろしゅう頼みますぞ」

「恐悦至極にて」

初めて見る武田晴信は、思ったよりもずっと筋肉質で健康的な体をしていた。若いなあ。絵では強そうなおっさんという感じしか受けなかったが。

「西国も揺れる中、かように結びつきを強められたのは良きことと存ずるぞ」

「はっ。京も、西海道の方も一触即発にございますな」

昨年起こったことがようやく届いてきた。豊後の府内館で起こった、大友二階崩れだ。色々とろくでもない背景があるのだが、要するに大大名の大友義鑑(おおともよしあき)が殺され、嫡男の義鎮(よししげ)が当主になった。大名がぶっ殺されておきながら順当に嫡男が家督を継いでいる辺り、親子関係のドロドロが透けて見えるというものだ。

閑話休題。要するに京都で足利や細川を巻き込んで戦乱を続ける三好も大友もヤバいし、なんなら大友の血縁である周防の大内もヤバいねという話である。大内はここから一気に転落していくことになるのだが…

「上野は如何かな?」

武田家は史実でも西上野に出兵、勢力下に加えている。関東は欲しいし上杉は倒したいので、なんとかして狙いを飛騨、美濃、北陸方面に逸らしたいところだ。

「長野は未だ抵抗強く、潰しきれませぬ。が、山内上杉本体は風前の灯火にございます」

「ほう」

「それがしが信濃にいる間、また戦が起こりましょう。常陸か、武蔵か、あるいは下野か分かりませぬが、そこで間違いなく勝てると踏んでおります」

「策があるか」

「人を増やしました」

「ほほう」

これ以上は言うつもりはないが、そのうち武田も真似て来るだろう。下手に隠しても無駄である。


「さて、陣立てに参ろうか」

今回攻めるのは砥石(といし)城。尾根上に築かれた峻険な山城で、村上方の拠点の一つともなっている。

「大きな城ではないが、攻め口がない。それに佐久に残った志賀(しが)城も邪魔よ」

意外だな。志賀城がまだ残ってるのか。史実では河越夜戦の後、山内上杉に近しいこの城は晴信に攻め落とされているはずだ。多分山内上杉との関係の持続がこの戦を起こさなくしたんだろうな。

「ひとまず内山(うちやま)城に入り、直臣や信濃国衆から選り抜くとしよう。参ろうか」

晴信が腰を上げると、武田家臣が全員動き出した。俺も急いで軍勢をまとめ、信濃へ出立した晴信を追いかけた。


「こたびはお越しいただき恐悦至極」

などと城主の大井貞清(おおいさだきよ)が挨拶するのを廊下から聞き流しながら、兵をまとめ終えた胤清らとともにほっつき歩いていると、ある男に呼び止められた。

「ほほう、似ていらっしゃる」

憎らしいのか殺意の表れなのか、あるいは懐かしいのか、声だけでは分からなかったが、少なくともその顔は笑んでいた。

「式部殿、今は原家を継がれているとか。再びお目にかかれるとは」

「美濃殿、お久しゅうござる」

確信したが、原虎胤だな。鬼美濃、夜叉美濃といわれた美濃守だ。

「武勇は名高く、下総まで響いております。光栄にござる」

一通りの挨拶の後、父上のことには一切触れずに相手を立てた。自分のやったことではないから詫びる道理もないが、高慢に振る舞う道理もない。

「それは光栄。ささ、こちらへ」

通された部屋で殺されるかと一瞬警戒したが、相手とて流石にそこまで愚かではない。殺すにしても場所と時は選ぶ。

そこにいたのは四人の若者だった。年の頃は俺と変わらないか少し上だ。

「美濃殿、そちらは」

「北条家臣、総州の住人、足利下総と申しまする」

こんな自己紹介をするとは思ってもいなかった。狂ったなあ、という感慨は顔に出さない。

「お客人にござるか。これは失敬。武田譜代、秋山善右衛門と申します」

いかにも豪傑、という見た目の若者が言う。続いて3人も名乗る。

「原隼人にございます。家督を継いだばかりにございますれば、どうかお手柔らかに」

「小幡又兵衛と申しまする」

「飯富源四郎と申す。こたびの戦、相州よりの援軍に期待してござる」

秋山虎繁(あきやまとらしげ)原昌胤(はらまさたね)小幡昌盛(おばたまさもり)飯富昌景(おぶまさかげ)。全員武田二十四将の一員である。秋山と飯富は俺よりも少々年上、原はほぼ同年輩、小幡は幾分下だが淡白な態度からか大人びて見える。

「これはいずれも名のある方々、お目にかかれ光栄にござる」

「若い衆はここにおれ。失礼致すぞ」

全員初対面の部屋に俺だけを残し、二人の原は部屋を去った。ちなみに原昌胤の方は土岐氏の一族らしく、胤清との縁はないが為頼との縁はあるという。関東はかつて要衝だったばっかりに名族の末裔が小大名として生き残っているのだな、としみじみ感じた。


皆下総の話を聞きたがり、そこかしこで北条の内情を探られている気もした。

「上杉はまこと兵を集めて参ります。力はなくとも威も道理もござるゆえ、小大名どもが群がり、積もり積もって数万に膨れます」

「面倒にござるな」

秋山が笑いながら言う。

「志賀城攻めで少しでも上杉の将を討ち取りたく」

城主笠原清繁(かさはらきよしげ)は親上杉であるうえ、領地も北佐久で上野に接している。村上はまだ単独で戦う余力があるとみなされ、志賀には兵を送ってくる可能性が高かった。

「しかし何故大きな戦を二つも同時になさるやら。一つで手一杯にございましょう」

「なんの。武を奮う機会が増えるではないか」

飯富が問い、原が答える。

「面倒なのでございましょう。二度も三度も兵を出しては引っ込めては、その度に恐ろしい経費がかかりまする」

「されどその為に一度に多くの貯蓄を切り崩しているぞ」

小幡が現実的な理由を述べ、飯富がもっともな意見を述べる。

「そのための手打ちと同盟にございます」

「ほう」

「北条が敵に回らぬゆえ、またしばらく安心して米が貯められましょう」

「…賭けられたな」

ぼそりと呟く小幡の声ははっきりと聞こえた。武田晴信の果断とはこういうところだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ