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諸侯拡大

「結城政勝と小田政治がようやく停戦した」


これで河越直後からの延々とした敵対状況に一旦ピリオドが打たれることになる。やっとあの戦の呪縛から解放されたわけだが、時はすでに天文17(1548年)の年初だった。疲れ切って久々に屋敷に戻ると、八郎と竹が出迎えてくれた。

「月並みだが…大きくなったな。その…すまん」

不器用な男みたいになってしまったし実際そうなのだが、ひとまず謝罪をする。思えば竹ももう数えで11、ということは御本城様のお子もそれなりの年齢ということだ。竹の婚姻に関しても野心がないわけではない。その辺りも含めると、功績はいくらあっても足りないくらいだ。幸いこの年は色々なところで色々あったはずだ。慎重に介入し甘い汁を吸っていこう。


思考が完全に毒されているがそれはそれ。まず注視すべきは武田家だ。疲弊しすぎてもうさすがに軍を動かす気も起きないので、内政と外交、破壊工作を主とすることにした。

それを清水太郎…じゃなかった、康英に伝えると、あっさりとある男に取り次がれた。

「足利下総守殿、お初にお目にかかります。といってもそれがしは何度もお見かけしておりますがね」

俺はこんな男を見たことがない。第一こんな大柄で目立つ男に見られれば気づくだろう、と普通の人なら考える。が、この男の名を聞いていた俺に別段驚きはなかった。

「よろしくお願いいたします。風間(かざま)出羽守殿」

風魔忍軍の総帥たる風間出羽守は、後世には風魔小太郎(ふうまこたろう)として広く知られる。その情報収集と撹乱、工作は北条家の覇道に大きな役割を果たした。

「引き合わせてやったんだから、俺も混ぜろよ」

「分かってるって」


三人で他国について語り明かす。こんなに戦略性の高い世間話があるだろうか。

「もはや今川、武田と争っても利がないのではございませぬか」

「確かに、これだけ大きい大名家はもはや一度の決戦では滅びませぬな」

「山内上杉ですら未だに上野に勢力を保っているしな」

「どうすれば崩せましょうか」

出羽守はしばらく考え込んだが、結局ありがちな答えに行き着いた。

「どれかを寝返らせればようございましょう。されど慎重に考えねばなりますまい。我らが軍をすぐには出せぬというなら尚更」

寝返ってくれてもこちらが援助できないのでただ潰れるだけになる。そうなると国人の間に北条不信が生まれることになる。

「やはりしばらくは内政と軍備に注力するしかありませぬ」

下した結論は皆同じだった。そこで俺が一つ物を持ち出す。

「出羽守殿はご存知でございましょう。情報漏洩阻止に風魔の手を借りているゆえ」

「うむ。鉄砲にござるな」

領内導入からはや数年、今更ではあるのだが、依然東国では使用例のない超先進兵器だ。

「一つにはこれのため部隊を整備したいのでございます」

「なるほど。殺傷力が高いゆえ役に立ちましょう」

「されど、まだ問題がございます」

この時代の鉄砲の射程は200メートルほどで、威力も一般に思われているよりも強い。ある程度の距離をおいても具足を貫通できる。さらに弾が柔らかい鉛なので、鋼に当たると砕けて殺傷力を上げる。

が、射撃後の次弾装填までのインターバルが長く、斉射後には大きな隙ができる。野戦においては致命的だった。

「なれば二つに一つ。鉄砲を改良するか、数を増やすかにござるな」

出羽守は即答する。

「左様。数を多くし二隊に分ければ解決いたします」

しかし新技術の開発も将来的には大切だ。そこでごく一部の鉄砲鍛冶を技術研究に回すことにした。

「先日かように決め申した。よろしければ風魔の配置を変え、研究部門の機密保持に多くを割いてはいただけませぬか」

「左様な事ならばすぐにでも能いましょう。後ほど命じておきます」

「かたじけない」

そのうち風魔にも鉄砲訓練をしてもらおうと思っているとだけ伝え、話題は次へ移った。

「奥州の乱、解決しそうでございますな」

ずっとやっていた印象がある天文の乱、どうやら伊達晴宗側と稙宗側が将軍足利義輝に仲裁を頼んでいるらしい。稙宗側は離反も起きているらしく、稙宗の隠居、晴宗の家督の確定という形で収まりそうだ。これは史実通り。

「伊達稙宗もそれなりに傑物にございましたが」

伊達氏の分国法『塵芥(じんかい)集』をまとめたのもこの稙宗だ。戦国大名としての伊達氏の祖と言っても過言ではないだろう。

「大大名にもほころびが見えつつあるということにございますな。新興の我が家としては吉兆かと」

「そうも申していられますまい。武田が信濃で大敗をくらいました」

その話は知らないので聞いてみた。どうやら千曲川の河岸で信濃の小県の豪族村上義清(むらかみよしきよ)の軍勢と激突、激戦となって双方多くの死傷者が出たという。武田側では板垣信方や甘利虎泰といった失うには惜しすぎる古参の重臣に加え、才間信綱(さいまのぶつな)初鹿野高利(はじかのたかとし)といった侍も討死した。村上側もただでは済まず、家臣の屋代基綱(やしろもとつな)雨宮正利(あめのみやまさとし)を失って追撃を諦めたという。世に言う上田原の戦いだ。

「武田はどうなるんだ」

「既に体勢を立て直し、諏訪のあたりにて次の戦の準備をしているそうにございます」

やはりただならぬ男だ。信濃を得、北条から米を得て恐ろしい国力を備えているようだ。

「一方の今川は因縁ある小豆坂にて織田信秀を散々に打ち破ったとのことにて」

何から何まで話が早い。これは第二次小豆坂の戦いのことだろう。

「西方の二カ国とも果てしなき底力を秘めておりましょうな」

「いかにも。敵するは愚かと」

上杉はもういい。戦術的にはまだ長引きそうだが、戦略的にはもう死んでいるようなものだ。残るは実権のない古河公方と、上野の寄せ集めだけだ。しかもそれすら完全に掌握できていない。だからこそ、次を考えておく必要がある。


「ともあれ、ありがとな」

風間出羽守、話しやすい男だった。風魔の里に行ってみたい気はまだしていたが、俺ごときが何か知りうるような甘さはないだろう。それよりも本当に気になるのは、次にどこがどう仕掛けてくるかだ。

その答えは隠密の里を探るよりは遥かに簡単に目の前に現れた。


「小田政治殿が亡くなったと」

南常陸のパワーバランスが崩れた。

「真壁家の動向が怪しいと」

なるほど。多賀谷家も小田を見切って結城についた。真壁も同じ事をしてもおかしくはない。

「小田にこれ以上資源を割くのは無駄ではないか」

城下で立ち話をする譜代家老衆が語る。

「されど結城や佐竹はさらに扱いづらいかと」

「だが切り捨てるのも選択肢のうちよ。先の坊の出兵で義理は果たしたと、そう言えばよかろう」

小田家の危うさは増し、すぐまた常総の地盤はぬかるみ始めた。

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