模倣犯
「よくぞご無事で」
この男の前で油断してはならない、と思わせる雰囲気を身にまといつつも、本心から喜んだふうで新田金山城主由良成繁は俺を出迎えた。
「那波殿は」
「奥の間に」
通された間でようやくくつろぐ俺と護衛の正木時茂の前に、一礼して那波宗俊が入って来た。
「赤石城主、那波宗俊と申しまする。…あの、申し上げにくいのでござるが、それがしの城は帰ってくるのでございましょうか」
「すぐは難しい。3年以内に長野と決着をつけるつもりだ」
この算出の根拠は特にない。強いて言えば史実で上杉憲政はとっとと逃走したというくらいだが、それでも具体的に数字を挙げることで安心させつつ自分を追い込むつもりだった。それでも那波にとっては十分に打撃ゆえ、優遇が必要だ。
「はっ」
「その暁には加増もする。数えきれぬ家が滅ぶであろうゆえな」
「望外の幸せにございまする」
これは御本城様と話をつけてある。実際のところどれだけの家が滅んでどれだけの家が生き残るのか見当もつかない。もはや俺の歴史の知識は細部においては役に立たなくなっていた。
「それでは下総守様、軍議を」
下総守と呼ばれて反応が遅れた。そうだ、俺はそんな名前だった。
集まったのは北条から俺、正木時茂、那波から那波宗俊、由良から由良成繁という少人数だった。
「大まかな戦略では、まず南北の桐生家、本庄家、ついで東方の館林にいる赤井家を滅ぼし、那波領奪還に向かいたく」
「なるほど。しかし赤石城を放棄したとなれば、すでに上杉の軍勢が迫っているのではないか」
「はっ。それゆえ、まずは籠城戦に打ち勝つことが大切かと。それにお知恵をお貸しくだされ」
「籠城か…」
思えば打って出てばかりでまともな籠城戦をしたことがない。籠城そのものが戦を遅滞させるだけの行為だと思っている節があるからなのだが、今はその遅滞が重要なのだった。
「補給線は」
「組めているのか分かりませぬ。兵糧には期待せぬ方がよろしゅうございましょう」
それは厳しくないか…?と思いつつ、少し先の桐生攻めのプランを立てることにした。
北条が武蔵に戻ってくるのは夏のことだった。俺は若干空きはじめた腹と待たされた苛立ちから機嫌が悪かったが、すぐに本庄への出兵を依頼した。
しかしことはそう易く進まない。結城家の再度の攻勢によって海老ヶ島城は奪還され、常陸が戦火に覆われたらしい。北方の佐竹家も呼応する可能性があるらしく、小田も袋の鼠のようだ。
「とりあえず北条軍が500でも1千でも本庄に着いた時点で始めよう。本庄実忠が包囲を外れ本拠防衛に戻った隙にどれか一隊を打ち破る」
「はっ」
北条家は8月に入ってようやく、西本庄の地に建設中の本庄城を占拠した。守備隊を置きつつも翌週にかけて東本庄館を包囲すると、本庄実忠は部隊を残して帰っていった。残った部隊は補給線を切りつつも多少引いて、大きめに包むように布陣していた。
「減り方が微妙だな」
「なに、十分に減っていれば我らが勝ち、減っていなければ本庄が落ちる。それまでにございます」
「なるほど。一理ある」
とりあえず本庄家の空いた南方を突貫する、と見せかけて、その実は南方に兵力を割いた南東方向へ突っ込む。
「打って出よ!」
結局打って出ているじゃないかとも思ったが、この機を逃す手はない。それに籠城は和議を引き出す手段であり、籠り続けて勝てる戦いなどないのだ。
目標は明確に。今回は南東方向に陣を構える館林城主赤井家の陣にカチ込むこととする。この場合、速攻でケリをつけることが第一。劇的な戦術的勝利をもぎ取ることにする。とは言っても、俺にそんな台本を一から書くほどの才能はない。
だから、他人の台本を奪い取る。
敵陣は赤井家を中心に見ると右翼に桐生、左翼に佐野。総勢で3千ほどか。長野業正の手が回っているだけあって、それぞれしっかりした騎兵を備えている。ど真ん中に赤井照康が鎮座しているのが分かりやすい。
対するこちらは城を囲む山の中で陣を編成し終わり、さっさと対陣に持ち込んだ。何の変哲も無い横陣、ど真ん中に俺の500、両翼に正木時茂と那波宗俊250ずつを据えた。由良成繁は城主なので、ひとまず城門の警護にあたらせた。
さて、俺の陣から騎兵を引っこ抜いて前線に並べる単純な作業を終えると、即座に合図を鳴らし突進を開始した。歩兵は放置してもいい。俺は騎兵のことしか考えていなかった。
まずは魚鱗の陣を簡略したように、中軍だけが突出して逆V字を形作った。敵の方が縦幅も横幅も長い。包囲殲滅してくれと言っているようなものだが、兵には言い含めてある。油断も恐れもない、と信じたい。
「会敵します!」
「それは良くない。右に旋回せよ」
事ここに至って会敵を避けるかのように右へ急旋回。正木軍の前面に横入りした。敵は包囲に向けて動いているらしく、両翼を前面に出し鶴翼の陣のような形を作りつつあった。
「再度会敵します!」
「もっと走れ!突貫する!」
ほぼ遭遇戦という流れでの戦闘で、動いていたエネルギーをぶつけたこちらがひとまず押し勝つ。集団で動く騎兵は凶器だ。
しかしすぐに第二陣がやって来た。
「敵第二陣!騎兵!紋は…三つ巴、それと蛇の目でございます!」
三つ巴は正面の佐野家のもの。そして蛇の目は中央の赤井家のものだ。こちらがわの中央には少数の歩兵しか残っていない。包囲殲滅のために騎兵を割いてもいいと判断したか。
それを後悔させてやろう。
「正木軍、すぐ後ろまで追いつきました!」
「待っていたぞ!佐野軍を任せる!」
正木軍が到着した時点で味方右翼に敵左翼を押しつける。同時に俺の隊は赤井騎兵隊と正面衝突する。無論手は打っていないわけがない。
「中央の歩兵隊、弓による射撃を開始しました!」
「手筈通りだ。多少削れたら目もくれずに突っ切れ」
中央の歩兵隊が前に進み、俺たちの隊とともに敵を左右から挟撃した。敵が歩兵に気を取られた隙に、最後の命令を発する。
「目標!敵中央!」
作戦をまとめよう。楔形の陣を敷き敵に包囲殲滅を狙わせる。その中で騎兵を俺自ら率い、右翼へ迷走することで敵中央の騎兵の追撃を誘発する。騎兵を予備軍で足止めしつつ、兵力が減った中央を直接叩く。うまくいけば赤井照康も討ち取れるし、そうでなくとも左右の分断を招く。釣ることができた以上、約束された勝利だ。
「お味方左翼!苦戦しております!」
だろうな。那波家臣はおろか俺配下の常備兵すらそういない新田金山城兵をいきなり250与えたのだ。むしろ那波宗俊、よく持った。
「引いてもいいぞ。戦は決まった。ただ潰走はするな。ゆっくりとな」
その方が桐生助綱の目が前に向く。好都合だ。
「お味方右翼も拮抗しております!」
佐野泰綱はまあいい。問題は息子の昌綱だ。まだ若いが、将来上杉謙信と比肩しうる化け物になる。正木時茂が指揮しなれない部隊を持っていることを合わせれば、拮抗はまあ納得できた。
「さ、終いにするぞ」
ついに先頭が本陣を突き破ったようだ。が、赤井照康の姿は見えない。
「逃げたようでございます」
「それでもいいだろ。宣伝しておけ」
敵大将の逃亡が知らされ、赤井全軍は撤退を開始した。もう用はない。
「左翼の救援に向かう。今から旋回して後背を突く。中央の歩兵に側面を突かせてくれ」
「はっ」
とりあえず那波宗俊だけ連れ帰れればいい。桐生家相手に深手を負わせる必要はなかった。
結局この日の戦ではそこそこ数を削られた上、敵将を討ち取るに至らなかったものの、見せてやった騎兵による機動は大きなインパクトを与えたようだ。騎兵主体で遊兵が多かったので、兵数に反し、規模的には逆側にいた長野軍には気づかれないほどの戦闘だった。
「赤井が脱落しただけにござるな」
「まあ。ただ戦術的には得たものは大きいよ」
俺が本で読んだ他人の用兵を使えることがわかった。例えば今回なんぞはアルゲアス朝マケドニアのアレクサンドロス大王がやったガウガメラの戦いの丸パクリだ。
韮川の戦い
由良軍 足利頼純 1千
上杉軍 赤井照康、佐野泰綱、桐生助綱 3千
武将級討死 両軍共になし
とはいえ、この戦が戦略的にはほとんど何の爪痕も残さなかったことを理解している者はこの時点では少ないとはいえ存在した。ある日廊下を歩いている時のことだ。
「!」
「どうした」
立ち止まった時茂に、思わず緊張して問いかける。
「今、一瞬殺気が」
城内なのに。一瞬そう思い、直後に納得した。由良成繁もまた、油断していい相手じゃない。




