身の振り方
「国府台に集合」
小田政治が対立する結城政勝に対して兵を挙げた。ひとまず頼純は軍をまとめて下総に出た。ついでに河越で静観を決め込んだおかげで消耗していない高城も動員した。しかし北条に対立する北下総の勢力は結城だけではなく、古河の古河公方、関宿の簗田などがいる。
「簗田高助が家督を息子に譲ったゆえ、これ以上の軍事介入は勘弁するように申し入れて来ました」
「弱気だな」
小田が勢力を拡大して結城を脅かし、その上で北条と結べば、北下総は敵中に孤立する。それを恐れているのだろう。
「少なくとも御本城様のご意思を仰がぬうちは返答できぬな。古河公方そのものの処遇も問題だ」
古河公方足利晴氏には二人の子がいる。簗田の娘が産んだ藤氏と、北条の娘が産んだ義氏だ。少なくとも足利藤氏の立場は劇的に弱くなるだろう。
「さて、まずは結城だ。その前にどうやって常陸に入るかだが」
「小田家と関係が深い家がありまする」
「どこだ?」
「この先の取手は高井という所に高井家がございます。主君の相馬は本城の守谷城にいると」
相馬といえば福島県浜通りの北部の地名にもなっている奥州の大名だが、元はと言えば下総の家だ。その下総相馬家が守谷にいる。
「高井城の高井直将に交渉しよう」
相馬家は必ずしも親北条ではないという。ばかりか前当主の相馬胤治は河越で力戦の末討死したという。現当主は小次郎というがまだ3歳の幼児で、高井は実権を握っていた。
「この機にしっかり枷をはめておくか」
相馬家に領土通行要求を出し、恫喝として領境に兵を並べる。それでもなお数日の間返事がないので、もう一度恫喝の使者を送った。
「何ももてなせぬゆえ勝手に通れとのことでございます」
帰って来た使者に曰く、相馬家中も昨日の今日でゴタゴタが収まっていないという。折角の直接恫喝する機会を逃して肩を竦める頼純は、仕方なく前進を命じた。
小田領へ入るとすぐ、小田家臣の一人真壁久幹が出迎えてきた。
「やはり北条は約定を違えぬ家。我らも頼って正解にござった」
頼純の思惑としては、結城家の勢力を削いでおくことで真壁家ほかの離反を防ぎたいというものがある。個と個のコミュニケーションは非常に重要だ。
ただこのままでは特に糸口もなく戦線が膠着するだけなので、ひとまず小田家の土浦城に入って年を越した。
翻って武蔵では、松山城に北条軍が入城こそしたものの未だに睨み合いが続いていた。しかしそれは、各地での反北条勢力の結びつきの時間を与えた。
さて天文16(1547)年、膠着する戦線を打開するために頼純が土浦城から動いた。向かった先は敵前線の海老ヶ島城だ。
「とりあえず敵を払うか」
部隊を簡単に前衛と後衛に分け、前衛を用いて城周辺の敵を引きつけ、後衛を連絡部隊として小田軍からの部隊引き抜きを狙った。
「宍戸城主、宍戸通綱と申しまする」
「同じく小田家臣、平塚長信と申します」
二人の小田家臣を使いながら敵をまとめて片付ける。練度の差が如実に出ているので、策を弄するよりも単純な力比べに持ち込んだ方が分かりやすく有利に勝てるのだ。
さて海老ヶ島城、城主は結城一族でもある海老原俊元。本来は前年に落城しているはずだが、小田の動きが鈍いことで未だ生き残っていた。とはいえ頼純の前では風前の灯、要求次第で開城すると申し出て来た。
「どうする」
傍らの八郎、もとい逸見頼長に話を振る。
「無茶な要求を吹っかけ力づくで落とすか、戦を後回しにしてとりあえず開城させるか…悩みどころでございますな」
「兵を減らす気は起きないんだよな。そんなに小さい城でもないし」
幾重にも張り巡らされた堀と複雑に曲がりくねった道を見ながら呟く頼純は、かといって攻略のプランを持たないわけではなかった。
「来たことあるしな…」
小声で呟く。誰にも届いていないことを確認してから、ひとまず開城と退去だけを要求した。
海老ヶ島城の城主には平塚長信が任じられたので、小田軍をここまで引き入れるために城外に展開した。その最中急報が入る。
「結城家先代の結城政朝殿が亡くなられたと」
「でかした」
情報を得たのは北条に頼んで連れてきた忍者集団、風魔の働きだ。それなりに縁深い猪助をつけてもらった。
「褒美も出さねばならん。いい加減名乗ってくれ」
「…」
忍びゆえ名を名乗ることに抵抗があるのか、あるいは武士を前に萎縮しているのかはわからない。頼純はもう一度名を問う。
「感状に書かねばならんのだ」
「…二曲輪猪助と申しまする」
ほう。風魔の中では名の通った忍者の一人。素性を知った頼純はその場でねぎらい、即座に次の任務を出した。
現在の敵前線は茨城県筑西市のあたり。久下田城と下館城を結ぶラインで、どちらも城主は結城四天王の一人水谷正村である。久下田城は北方の宇都宮氏に備えたもので、下館城がメインの戦場になるだろう。水谷家の本城でもあり、熾烈な激戦が予想された。
「分断しよう。別働隊を久下田・下館間に送る」
戦場だけを見れば遊兵になりかねないが、両城に詰めているであろう兵、さらにはより敵陣深い久下田城への補給線を分断することができる。
「別働隊は戦わなくていい。ただ、もし誰かが来たら通すな」
それを逸見頼長に命じ、自らは下館城へ向かった。
正村にも誇り、そしてそれを完遂するだけの才はあった。ここで勝利を収めさえすれば、各地での反北条運動も盛んになる。無策なわけがなかった。
下館城に攻め寄せる5千ほどの軍を相手に、水谷は完全に籠城を決め込んだ。五行川と溜め池に囲まれた立地は、城の利便性と引き換えに堅固さを生み出していた。
「南方が緩そうではあるが、五行川が東方にあるからまずは渡河しないといけないな」
川は城の東縁すれすれを通る。治水が雑なら洪水に悩まされるところだろう。
弓矢での遠距離戦を主体としていつも通りの布陣を敷く。敵の配置は見えないが、まだ川を渡っていないので攻めてきたとしても抜かれる薄さではない。
「抜くのはかなりキツいな」
しばらく考えた末、頼純は市街への渡河を決意した。城からは堀で隔てられているところだが、少なくとも今よりは近くなる。
敵の弓矢が届かない地点から一刻ほどかけて渡河すると、そのまま北方へ進んで城を脅かした。
「橋は…焼かれてるな」
ここで戦線は停滞する。堀の越え方を考えることとなった。




