初陣土木工事
「八郎、お主は何回戦に出た?」
「先代様の代に散々戦をやっていましたからなぁ。それがし自身は二、三度にございますよ」
「なるほど。心強いな」
結局引き下がらなかった国王丸は一手を率いることになった。実質的な指揮は当然ながら逸見八郎が取ることになった。
「北方の真里谷氏を攻めるぞ。まずは中滝城を落とす」
中滝城を治めるのは臼井氏という一族だ。下総の千葉氏の分家に臼井氏というのがあるが、それとの関係は分からない。地元に根付いた小国人の一つで、他の同様の家とともに離反と帰参を繰り返す家の一つだ。こういう家は土岐や正木といった大きい国人に仕え、それがまた国主級の里見や真里谷といった大名に仕えている。
「臼井の当代は将監定澄といい、このところは真里谷に属している。中滝城と近隣の臼井城を落として帰属させ直すか、あるいは滅ぼすかだ」
土岐為頼、戦慣れしているな。あっさりと敵情を説明して攻撃体制を布かせようと軍配を取った。その顔に逸りの色はない。
「二隊に分け、一隊を東側、もう一隊を南西側に置く。主郭は西側にあるゆえ、南西隊は奇襲を用いて引きつけよ。東隊はその隙をついて力攻めを行う」
土岐氏の兵力は戦国末期、ここから50年ほど後で5000騎と言われる。この騎という単位は曖昧なのだが、その時の石高は10万ほどとされるので、恐らく実数もほぼ同じ5000ほどだったろう。
「3000くらいですな」
八郎が察して呟く。時代も遡る、納得できる数値だ。
為頼が隊分けを素早く行い、明朝二手に分かれて行軍を開始することとした。内訳は、
東側本軍
土岐為頼 800
鈴木山城守 300
足利国王丸(指揮:逸見八郎) 200
計 1千300
南西側別働隊
麻生近郷 300
佐々木信家 300
鶴見行綱 300
計 900
総計 2千200
南西側攻撃隊に名を連ねるのは城主級の家臣たちだ。少なくとも自分より戦慣れしているのは間違いないと見て信頼している。
「この戦は国王丸様のお手を煩わせる程のこともない戦。少し下がって見ておられよ」
土岐為頼はそう言うが、要するに足手纏いだから下がって見てろということである。部隊をつけてもらった以上特にこれ以上望むことはない。国王丸はあっさりと従った。
翌朝、進軍し布陣を終えたのち、攻撃が開始された。敵将の臼井将監定澄は籠城策を取ったのか土岐群を見ても動きを見せない。
この城の構造は、東西に四つ連なる郭を持ち、そのうち一番西が主郭である。その南西側にもう一つ郭があり、そこが少し周りより低くなっている。小さな山城である。
南西側から手はず通りに麻生隊や佐々木隊が攻撃をかけた。弓矢が主な攻撃だが、一方的に押しているようだ。
「城攻めってこんなに地味なものなのか?」
遠目から見守る国王丸は八郎に問う。
「いえ、これは守り側が抵抗をしていませぬな」
「なんでだ?南西の郭を抜かれたらすぐ主郭だろうに」
「郭の中に罠があるのやも知れませぬな。あるいは別の策があるか」
しばらくして東側から攻勢が始まった。一番東側の郭は小さく、櫓を潰せば力攻めで落ちそうだった。
ほどなくして東側の郭が落ち、次の郭にかかろうという所で城内から激しい攻勢が始まった。
「なるほど、こちらに兵を集めたんですな」
それは大したことではないように見えたが、次第に土岐勢は押され始めた。
「そうか、あの郭では兵力差が活きないか」
中滝城は小城だから、大した兵力は持たない。だからこそ遥かに多い土岐勢を跳ね返すため、一旦狭い場所に引き込んで大軍が動けないようにし、小分けにして大将首を取りに来たというわけだ。
「あの押されようではまずいかも知れませんな」
事実、土岐軍の陣中は混乱していた。退却するにしても、軍の前方が完全に乱戦になっており大損害は必至だ。
「鈴木山城守様、討死なさいました!」
「先陣が崩れたか…!」
これでは本陣も撃破される。狭い場所での左右幅のない戦闘は人が溜まり、撤退を難しくしていた。
「押し込め!」
土岐為頼は無茶だと知りつつも叫んだ。こちらが山に向かって攻めているのだ。高い場所からやってくる敵の方が押しやすいのは道理だった。
「そうだな、奇襲をかけるぞ。この位置からなら横撃できる」
八郎は目を丸くしてこちらを見る。
「大軍が活きないのならば援軍を送っても同じことですぞ」
「郭を壊して真横から攻撃する。策にはめられた時こそ、策にはめるのに相応しい時だ」
「無茶な」
「どうせ連中は俺たちに気づいてないか、気づいてなくても動けないさ。時間はたっぷりある」
建造物を使う土木工事的な戦。規模はかなり小さいが、かの豊臣秀吉が羽柴秀吉と名乗った頃からよく使った手だ。
四半刻、つまり三十分ほどで戦場に着き準備を完了した。郭はそこまでしっかり作ってあるわけではない。外から崩せば壊れそうだった。
「突っ込め!鬨を上げろ!」
八郎が叫ぶ。大声をあげながら郭を越えてやってくる新手に臼井勢は混乱した。
「思ったより多いな」
国王丸の側を片時も離れず八郎は答える。
「恐らく本当に全勢力をこちらに注いだのでしょう。土岐様も危なかったやも知れませぬ」
狭い道ということは軍の横幅がほとんどないことを意味する。つまり横の壁さえ壊してしまえば、本陣が剥き出しになるのだ。
「賭けだな」
「ええ。真っ正面から戦っても勝ち目はないゆえかと」
しばらくして西の方で勝ち鬨が上がった。
「あれを見ろ!旗だ!」
「桔梗の旗だ!」
雑兵が騒ぎ、にわかに活気付く。ここから真西で旗が立ったといえば、主郭の占領が終わったということだ。
「桔梗紋、土岐家の紋か。ここまで頼もしく見えるとはな」
土岐は名家だが、戦国時代に飛躍した英雄がいるかというとそうではない。国王丸にとっては少し意外だったが、シンプルな花を象った紋は美しく翻った。
「別働隊を残して正解でしたな。やはり小城といえど気を抜かず転ばぬ先の杖を用意する辺りは」
「さすがに土岐弾正少弼為頼か。名器だな」
名器というのは名将とイコールではない。しかし、それになりうる器ということだ。
「臼井将監、討ち取ったり!」
どこからか叫び声が聞こえ、敵は逃げ場もなく降伏した。
中滝城攻城戦
土岐軍 2千200 土岐為頼、麻生近郷
臼井軍 500 臼井定澄
武将級討死
土岐軍 鈴木山城守
臼井軍 臼井定澄
「いや、かたじけのうござる。不甲斐ない戦をご覧に入れてしまい申した」
「なんの。初陣に武功を立てられて幸せというものにございます」
戦後に処理を行いながら城内で休憩を取っている。
「幾日か足止めされますな」
「土岐殿の手勢が消耗したならば、その分を中滝の兵と入れ替えてはいかがにござる?」
「なるほど。さて、次はどこへ向かうかにござるな」
国王丸は満を持したように一つの選択肢を告げた。