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図に乗る

「土岐家改易、だとよ」


論功行賞から帰った国王丸は家臣の前で語る。里見太郎、逸見八郎は微妙な顔をするが、文句は言えない。

「順番に話すか。長久保城は知っての通り、北条領として存続する。御本城様から八郎たちに金子が出るらしいから後ほど取りに行け」

「はっ」

結構な額だ。それを知る国王丸は内心笑いが止まらなかった。

「次、河越城の戦いだ。最終的に大石定久、藤田康邦のほか、上田朝直が寝返ってきた。どうせ太田資正が上田家奪回に来て戦になるだろうが、部隊には打撃を与えてあるゆえ今ではない。三家とも本領は安堵されたが仕えるにあたって上納金を出させたそうだ」

土地が増えない。少し不満げな家中だが、国王丸はあえて無視する。

「俺のほか里見、清水、大道寺、松田、笠原にそれぞれ褒美が出ている。無論あの戦いで戦った大人たちも言うまでもないな。後で行くぞ」

「はっ」

「領地だが、あの戦いで上杉朝定が死んだゆえ、扇谷上杉遺領が浮いている。そのうち取りに行くであろうゆえ、練兵をしておいてくれ」

「はっ」

「それと」

まだ河越の遺産は残っている。

「長野吉業だ。どうにかして使う。場合によっては仕えるかもしれん。よろしく頼むぞ」

「はっ」

一度見回して、国王丸は次へ移る。

「下総の戦だが、処断を行う前に千葉利胤は病で急逝したらしい。千葉家は弟の胤富(たねとみ)が継ぎ、減封ということだ」

利胤の子親胤(ちかたね)はスキップされたということになる。次男坊から当主に据えることで恩を売る目的もあるのだろう。いずれにせよ千葉家はもはや名実ともに独立勢力ではなくなった。

「最後に房総の戦だ。この功で土地をもらった。胤清、どこにする」

「久留里と安房の間を」

「わかった」

これで国王丸領に飛び地は無くなり、南上総と安房の一国半を治めることになる。領地も富んでいる方だ。

「これは確実に睨まれるな。なんだかんだで減封されるかもしれんから全員覚悟はしておけ」

「はっ」

彼にも大きくなりすぎた自覚はある。大遠征を行わない限り現領で打ち止めだ。

「真里谷信正だが、真里谷一城での帰順が認められた。今後は北条直臣となるそうだ」

最後に皆の関心事にも触れる。

「土岐為頼は身柄をここに送られるそうだ。優しい婿殿がなんとかしてくれるそうだからな」

「左様なこと一言も口にしておりませぬが」

「お開きだ」

めいめいにその場を去る家臣たちを尻目に国王丸も隣室に赴こうとした。

「殿」

八郎に呼ばれて振り向く。

「いよいよ元服、にございますか」

「…まあ、な」

成人する、ということの重みは、現代よりもはるかに大きい。

「ようやく筆まめが身を結びそうだぜ?」

「何よりにござる」

軽く流しているが、八郎の口元は緩んでいた。それを見てニヤニヤと笑いながら国王丸は自室に戻った。


一月後のある日、ようやく落ち着いた北条氏康を烏帽子親として一斉元服が執り行われた。

「国お…なんて呼べばいいんだ」

「よそよそしいではないか、清水太郎左衛門康英(やすひで)殿」

「お前…腹立つな」

まだ他人の諱も新しい通り名も覚えていない。国王丸はこんな時にまで元から知っているというハンデをフルに使って友人をいじり倒していた。

「なにやってんだ?」

「これはこれは、大道寺駿河守政繁(まさしげ)殿。いかがなされた」

あまりにも慇懃無礼に振る舞うもので、清水太郎改め康英はいい加減息を吐いた。

「お前…そんな家格とか、気にせんでもいいのだぞ」

事ここに至ってようやく理解した彼は切り返す。

「悪い。ちゃんとするよ。なあ左馬頭」

「俺はなにもしていないしなにも言っていないが」

里見太郎、改め義弘(よしひろ)は相変わらずの主君にため息をつく。

「松田殿に笠原殿ではないか」

ひたすら声をかけて会話の輪を大きくしていく。国王丸はますます場を混乱させていた。

「尾張守殿は先ほどお会い申し上げましたな」

「…なぜこいつは馬鹿丁寧なんだ」

笠原能登守康勝(やすかつ)が困惑する、というより若干引いている。松田尾張守憲秀(のりひで)も苦笑を浮かべる。

「なんだよみんなつれないな。これからはこう集まることもそうないだろうによ」

「それ、戦の前にも言ってたよな」

清水康英が言う。

「気にするなってそんなこと」

「楽しそうで何より」

里見義弘が漏らす。この義の字は里見家代々の通字だ。

「お前の諱は義舜(よしきよ)って案もあったんだがな」

「…なんで知ってるんだ」

「そりゃお前主君だから相談の一つくらい来るさ。というかその案を出したのは俺だがな」

「そうだったのか」

(しゅん)は嫌いか」

「…父上にいつまでもこだわってはいられまい」

里見義堯の堯の字は、中国伝説時代の聖人王・三皇五帝の一人である(ぎょう)に由来するといわれる。舜は堯の次代の王で、どちらも理想的な君主とされた。

「でもって政繁って諱も妙だな。父上殿と一文字もかぶっていない」

「うちはそういうものなんだ。父上の諱は周勝(かねかつ)で、別名を重興(しげおき)ともいうが、お爺様は盛昌でどちらにしろ一文字も共通してない」

「なるほどな」

大道寺政繁、説明がわかりやすい。

「清水、お前一族の字はどうした」

清水綱吉、吉政ともに吉の字が入る。

「いいだろうが。笠原共々御本城様の一字をいただいたんだぞ」

「俺は逆に父上の一字をいただいたがな」

松田憲秀。確かに盛秀から秀の字を受けている。

「そもそもお前だって松田と同じだろ」

「そういえばそうだ。意外だな、お前が足利の義の字を使わないなんて」

「何言ってんだ。純粋に頼りになる男、足利下総守頼純(よりずみ)様だぞ」

「嘘つけ」

「ふざけるのも大概にしろ」

「…お前がそこまで調子に乗るような人間だとは思わなかったぞ」

袋叩きに遭い沈む国王丸、いや頼純に、里見義弘は真面目に質問する。

「それはそうと、本当になんで足利の通字たる義の字を使わないんだ?」

「…まあ、深い理由はないさ。兄上のことを忘れたくないから純の字を入れたけどな」

「頼はどこから来た」

「足利は源氏の惣領だからな。酒呑童子(しゅてんどうじ)や土蜘蛛退治の源頼光(よりみつ)源三位(げんさんみ)と呼ばれ鵺退治や歌人としても知られる源頼政(よりまさ)、鎌倉幕府を興した源頼朝(よりとも)。そのあたりから引っ張って来た」

ちなみにこの話のミソは、北条家と他の主要家臣の多くは源氏ではなく平氏なので格下にならないというところにある。

「随分と頼もしいじゃないか」

「言った通りだろ?」

弄るつもりで言ったはずの言葉が雑に帰ってきて、こいつは面倒臭えと溜息をつく清水康英だった。

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