表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/131

周到

「いい感じだな」


進捗ははかばかしいといってもいいくらいだ。既に扇谷上杉家臣の太田資顕(すけあき)を調略し、補給線を確保している。さらに北条綱成の弟で、当代一の美男子と言われる福島弁千代(くしまべんちよ)を送り込み、城内との連絡線を確保した。

「あとは戦力が増えぬものかね」

現れたのは多目元忠(ためもとただ)。北条五色備の黒備えを担当する将だ。

「まあ、声をかけてはおりますが…万一その者に裏切る気がさらさらなく書状が告発された場合、警戒が厳しくなりましょうな」

「勘ではござるが」

俺はその声に耳を傾けた。武者の勘は戦場では当たる。

「あの陣とあの陣ならばなんとかなろう」

「なるほど」

言われてみれば若干緩んでいるようにも見える。すぐさまどこの軍か調べ上げ、書状を書いた。

すぐさま一つ返事が来た。倉賀野行政(くらがのゆきまさ)、山内上杉の重臣だ。

「ふざけるな」

要約するとそんな感じの一文で終わっていた。あの陣の緩みは単なる油断だったようで、引き締めさせてしまった。

が、一つは無駄骨とはいえもう一つが残っている。常陸の小田政治(おだまさはる)家臣、菅谷貞次(すげのやさだつぐ)だ。

「いかような書を送ったのだ?」

「小田政治殿は足利一門、堀越公方家からの養子。父である足利政知(まさとも)公は暴走した古河公方に代わって関東の鎮守を命ぜられ京の将軍本家から下向し堀越(ほりごえ)公方家を興した方でござる。結局古河公方足利成氏(しげうじ)に阻まれて伊豆の堀越で止まってしまい、恨みは骨髄のはず。そこを煽りました」

「…それを申せば政知公の御子たる茶々丸ちゃちゃまる殿を弑して堀越公方家を滅ぼし伊豆に侵入したのは北条でござるが」

「まあそれもそれ。どちらにつく理由もないであろうと申しました。それともし味方してくれるのならば常陸の戦に手を貸すと」

「約束してよいのか?」

「まあそれがしが勝手にやることになりましょうな」

苦笑する俺は手紙の返事を待たずに戦が始まるだろうことを肌で察した。迷っていればどちらにも味方できず参戦しないだろう。それはそれでいい。


「敵勢をしっかり改めるか」

まず東側。下総や常陸に近く、古河公方軍や小田軍をはじめとした常陸の国衆が集まっている。ここは恐らく敵中で一番ヤワな部分だろうが、それだけに放置していい。

南側は相模に近いが、湿地帯ゆえに避けて北条軍は西側に陣を敷いた。代わりに上野や武蔵の国衆、長野軍や藤田軍、大石軍、成田軍が出張って来ている。

西側の北条陣より内側には山内上杉の主力が鎮座している。これに手を出すのは面倒だ。

北側には扇谷上杉軍。これはかなり城に近づいており、要害たる川を既にいくつも突破している。しかしそれは逆に攻められた時撤退に手間取るということでもあり、不意をつかれた時の格好の餌食だ。攻撃三倍の法則どころか7倍以上の兵力を持つゆえの油断でしかない。

こう考えると、軍は南方と北方に散って攻撃を行い、扇谷勢に打撃を与えつつ国人の兵を削って従属させるのが最善手だろう。


以上をまとめた上で各戦線での味方の踏ん張りが切れるまでに潰すという進言をした。それ自体は受け入れられたが、もっと恐ろしいことはいくらでも起こった。

「良き報せと悪しき報せがある。どちらから聞く」

「悪しき報せを」

ベタだなぁと思ったが、そんなお気楽気分は次の一言で吹き飛んだ。

「原胤清より国王丸に書が届いた。読め」

「!…これは」

金谷に上陸しようとしたが、土岐は既に読み切って金谷に兵を置き、漁師の話では久留里も落ちて安房を平定するだけ。仕方なく天神山湊に上陸し、築城中の天神山城で人を集めているという。しかし土岐兵は久留里への道中にもいるようで、考えあぐねているという。

「…ここで勝てばようございましょう。土岐も帰順するはず」

「悪しき報せはもう一つある」

さすがに顔を顰める俺に、下総のことだ、と御本城様は切り出す。

「臼井胤寿が死んだ。怪我がやはり祟ったようだ。指揮系統に影響はないが士気はガタ落ちだ」

房総三州は捨てたほうがいいのかもしれないと一瞬本気で思ってしまったが、いい知らせに賭けることにした。

「して、良き報せとは」

「上総国人の山室常隆(やまむろつねたか)井田友胤(いだともたね)両名が臼井城に入った。落城は免れるはずだ」

寝返られて内部から落ちるという可能性もあるが、利に聡い国人はどこまでも慎重に動くはずだ。なんとかなったと見よう。

「ではこちらも部隊編成をし、明後日深夜に奇襲をかける」

小声で告げられた家臣団は、そのまま軍議へ突入した。

「ここに8千、中に3千いる。ここの8千を2千ずつ4隊に分け、2隊ずつ南北に散る。儂が一手、元忠が一手で北へ。盛秀が一手、国王丸が一手で南へ。それぞれの部隊編成はこの紙に書いてある。国王丸隊は連れて来たのをそのまま使え」

「はっ」

家臣一同声を合わせて応えて持ち場に散る。俺は隊をまとめて少し南方に移動し、陣中で日記に両軍の戦力をまとめた。

北条方

北方軍

北条氏康 2千

多目元忠 2千

南方軍

松田盛秀 2千

足利国王丸 2千

河越城

北条綱成 3千

計 1万1千


連合軍

山内上杉軍

上杉憲政 1万2千

倉賀野行政 8千

上泉信綱(かみいずみのぶつな) 3千

小幡憲重(おばたのりしげ) 3千

山内小計 2万6千

扇谷上杉軍

上杉朝定(うえすぎともさだ) 1万

難波田憲重(なんばだのりしげ) 7千

太田資正(おおたすけまさ) 3千

扇谷小計 2万

古河公方軍

足利晴氏(はるうじ) 1万

小田政治 6千

古河公方小計 1万6千

国人衆軍

長野業正(ながのなりまさ) 6千

長野吉業(よしなり) 1千

成田長泰(なりたながやす) 3千

大石定久(おおいしさだひさ) 2千

藤田康邦(ふじたやすくに) 2千

上田朝直(うえだともなお) 4千

国人衆軍小計 1万8千

計 8万


厚い。が、破りがいがあるというものだ。俺は同年輩の6人を全部集めて最後の軍議を開いた。

「連中はこちらに戦況が傾けば即座に寝返るか降伏する。だから無茶をする必要はない。死ぬな、ということだ」

まずはこれに限る。死なれると俺も困るし悲しい。

「陣形はどうする」

「鋒矢で行く。両翼に二人ずつ、前に一人、後ろに一人置く。俺は指揮と殿(しんがり)を兼ねて最後尾に着くから、あとの五つを決めてくれ」

これは異論なく決まる。武勇の最も優れた大道寺孫九郎が最前、左翼に里見太郎と清水太郎、右翼に松田小六郎と笠原竹若丸。それぞれに仲が良く連携できる人材をまとめた。

鋒矢は矢印型の陣形で、突破重視、防御軽視の陣だ。その分覚悟が必要になる。


翌日一日はずっと地図とにらめっこしていた。清水が心配して覗き込んでくる。

「どうしたんだよ」

「お前はどこが一番危ういと思う?」

「そりゃ…河越だろ」

至極常識的な判断だ。だが俺はここで負ける気はしていなかった。

「皆そう思う。だからここで勝って全てをひっくり返す。そういう戦略だ」

戦術ではなくその上にある戦略。それがあるからこそ御本城様は和睦せず決戦に踏み切ったのだろう。

「俺たちが当たるのは国人衆だ。連中の兵ではなく、士気を削るぞ」

「わかった」

演出重視の戦。派手なものは皆大好きだ。


そのうちに小田家からの返書が届いた。もう明日の夜には戦などとは考えてもいないそぶりで、寝返った場合の報酬について交渉してきた。

「御本城様」

ここまでずっと集中を保っていた御本城様は、この書状に顔を綻ばせた。

「こやつら、自らがこの戦の主導権を握っていると思っておるな」

「真に」

書状を覗き込んだ遠山綱景も合わせて3人で爆笑する。

要求条件は三つ。古河公方領を除く下総一国の割譲、北条家当主の代替わり、両家の対等な立場での同盟だ。

「阿呆か」

富永直勝は笑うのではなく吐き捨てた。

「まあまあ、無理な条件を吹っかけて諦めさせようという魂胆やもしれませぬが」

「こちらの奇襲など全く気取られておりませぬな。少し出来過ぎな気もいたしますが」

「確かにそうだが、攻めかからねば勝ちは転がり込んで来ぬ」

御本城様はあくまで乾坤一擲に賭けるつもりのようで、それを聞いて俺も覚悟を決め、昼のうちに陣を南に移した。敵は全くこちらを見ていない。

「逆に警戒したほうがいいかもしれんな」

「わかった」

孫九郎は答えて前面に出る。つられて全員が配置についた。すぐに西陽がさし、敵陣が真っ赤に照らされ、やがてそれは夜闇に変わった。法螺貝が短く三つ、これが合図。俺は軍配を掲げ前に振り下ろし、鬨の声とともに敵陣突入を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ