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革新

「殿!南蛮船にござる!」


国王丸から遠く南西に離れた地、そこに見慣れぬ一隻の船が漂着した。

「駄目だ。全く通じん」

「筆談できぬのか?」

こう言う若い領主は種子島時尭(たねがしまときたか)。薩摩を治める大名家・島津(しまづ)の家臣であり、名前の通り種子島を治める。

「それがしが筆談を務めまする」

「頼むぞ、織部」

家臣の西村(にしむら)織部丞時貫(ときつら)が命じられ、船に乗った中国人商人と漢文で筆談が始まった。

「この者の名は?」

「号は五峰、名は王直(おうちょく)というそうでございます」

「ふむ」

「後ろに控えしは南蛮より参りし者であると。名は…聞きなれませんな。ふらんしすこ?とやらと、だもった?とやらだそうでございます」

「南蛮人の名ならばよくわからぬのも仕方あるまい。難破船か?」

「はっ。そのようで」

「なるほど。何か珍しいものを持ってはいないか?」

島ゆえに戦もなく、海運が生きがいだった時堯としては気を紛らわすための気まぐれな質問だった。しかしこの気まぐれが、日本史を大きく揺り動かす。

「これだそうでございます」

「なんだこれは」

「やって見せましょうと申しておりまする」

持ち出されたのは金属の筒。そこにフランシスコが玉を入れ、なにやら粉を流し込んで火をつけた。

「何が始まるのだ」

時堯が呟いた瞬間、フランシスコは筒の口を木に向けて引き金を引いた。


フランシスコ・ゼイモトとアントニオ・ダ・モッタによる火を吹く筒––鉄砲の伝来は、島津家内の小さなニュースにとどまった。種子島時尭が二丁購入し、鍛冶屋の八板金兵衛(やいたきんべえ)が模造を試みた。そして時堯が技術に習熟しはじめた時、鉄砲が実戦に耐えうるのではないかと言われはじめた。

「大量生産はできるのか」

訛りの強いがはっきりとした発音で、島津家当主島津貴久(たかひさ)が問う。

「鍛治が増えるにはまだ時間がかかり申す」

「…そうか」

貴久はここでしばらく諦めることにした。が、鉄砲という時代を変えうる火器の重要性に誰より早く気づいたのは、戦をする当人の武士ではなく、誰よりも利に聡い商人だった。


「殿、客人にござる」

天文13(1544)年の半ば、数年内の元服が現実味を帯びてきた国王丸にその知らせは訪れた。

「紀伊の領主一族、津田妙算(つだみょうさん)と申しまする」

紀伊の根来寺(ねごろじ)。戦国時代、中央からも大名からも独立し、宣教師ルイス・フロイスに「いくつかの共和国」と言わしめた自治権を持った紀伊の寺社の勢力の一つだ。

「こたびは足利殿の領地で多く採れるという硝石を買い上げたく参りました」

「これはこれは遠路はるばる」

むろん国王丸もこうなることは見越している。むしろこういう存在を引き寄せるために硝石製造の成功という事実だけを他国にも喧伝していた。

「して、硝石を何にお使いなさるので?」

「むろん、肥やしにござる。耕地を増やすことにいたしましてな」

国王丸の目が光る。ここを言い逃れられたら負けだ。

「では何故もっとお近くでお求めにならないのでござる?船代も路銀もかかりましょうに」

「耕地を増やすゆえ、多く必要なのでございます」

「なるほど。ではどれほどの量ご入り用なのでござる?」

その具体的な量を聞き出して、国王丸は勝ちを確信した。

「なるほど。ところで根来の領地はどれほどでございましょう」

「寺領はざっと60万石ほどにございます」

最盛期はもう少しあるが、それでもかなりの石高だ。妙算も誇らしげに笑う。

「なるほど。それでは肥やしが多すぎましょう。これくらいでいかがでしょう」

途端に妙算の顔色が変わる。どう切り抜けるか見ものだと思ったが、黙りこくってしまったので助け舟を出すことにした。

「ところでそれがし、恐ろしいことを見つけてしまい申した」

「それはいかような」

「木炭と硫黄、硝石をある比率で混ぜると、恐ろしく燃えるのでございます」

露骨に凍る妙算に、とどめを刺しに続ける。

「かの物の燃え方、いかにかして武器に転用できぬかと考えておるのでございますが、どうやらご存知のようでございますね」

ここで知らないと言えば硝石輸入のため他を当たらざるを得なくなる。根来と北条が敵対することなど、地理的に考えてもあり得ないから利敵行為にもならないだろう。帰っても大した責は受けないだろう。そう思って妙算は、ついに吐いた。

「存じておりまする」

「それはちょうど良かった。では半年に一度その量を送りましょう。初回は無償とし、二度目以降は銭払いでよろしゅうござるか?」

「うむ、ようござる」

「では格安といたしましょう。これで」

「承知いたしました。されどそれがし、半年ではなく一年にこれだけの量と申し上げましたが」

「多くても困ることはござるまい。量あたりでは半額にいたしますゆえ、お代はそのままで」

かなり強気な価格設定だが、国王丸は行けると踏んでいた。

「なればそれでよろしゅうお願いいたします」

「その代わり、初回のお代の代わりとして、その火器を二丁いただけますまいか」

「帰って兄の裁可を得まする」

「それはありがとうございまする。その書状をもって交易を始めましょう」

津田妙算、目的は果たした。そんな顔で帰っていくのを見送って、すぐさま国王丸は八郎に指示を飛ばした。

「御本城様に報告しておいてくれ。手筈通り済んだと」

「はっ」

硝石の製法を秘中秘とし、在庫の存在をアピールして食いつくのを待つ。そこから話術で鉄砲を引き抜く。国王丸自身上手くいくかわからないと思っていた策だが、見事にハマって成功した。

その年末、小田原から出ていく輸送船と入れ違いに入ってきた根来の船、そしてその後の試射会で国王丸は狂喜したという。

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