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小田原交遊

「国王丸と言ったか。来たのか」


武田家や毛利家といった勢力が各地で頭角を現し始め、戦国時代中期の新時代を予感させた。東では足利国王丸が房総二州を平定し、北条家の威光がさらに強まった。そんな年だった天文10年こと1541年が終わり、国王丸に実感はないが新しい年が始まった。天文11年、1542年である。

「清水の太郎か。太郎ばっかりで覚えにくいな」

「覚えているではないか。お前はその歳で当主か、大変だな」

小田原にやってきてというもの、屋敷を建てつつブラブラと歩き回っていると同年輩の少年が声をかけてくるようになった。

「孫九郎」

ふと見ると向こうで話しているのは里見の太郎と大道寺の孫九郎だった。国王丸は駆けて行こうかとも思ったが、里見太郎からの印象があまり良くないことは知っている。その場に留まろうとしたが、清水に連れられて結局赴いた。

「…殿、いかがなさいました」

こういうのを慇懃無礼と言うのだろうか。国王丸はまだ敬語はやめろと言いつつ、最近の話についてその場の者に振ってみた。

「甲斐はどうだろう。あれは家督を継いだ勢いだとは思うが、続くものかな」

「敵対しているからな。あの勢いで続かれても困る」

「そうだよな。あいつがこっちを向いたらたまったもんじゃないぜ」

清水、大道寺がそれぞれ述べるが、里見はまだ何も言わない。やがて嫌々といった風に語り始めた。

「武田は諏訪との同盟を手切れにしたと聞きます。そのうち攻め込むのでございましょう。とすれば奴は新たな外交姿勢の持ち主。上手くやれば提携できるやもしれませぬ」

それを最後まで聞いた時、国王丸は大きく頷いた。つい最近の知らせを受け、既存の価値観にとらわれず物を言える。こいつはやはり大きな買い物だ。なんとしても心を開いてもらわなければならない。

「なるほど。いずれにしても警戒は怠らんほうがいいな」

「それよりも今はまだ継続中の紛争もございます。西の今川をどうにかするべきかと」

のちには関東を代表する大同盟・甲相駿三国同盟を結ぶ三家だが、この時は河東一乱といって対立していた。

「そうだな。だが武田の新外交が転機になるかもしれん」

その辺りで清水綱吉のお付きのものが来て、今日は解散となった。


「で、どうする?」

「何がでござる」

唐突な主の物言いに辟易していたがいい加減慣れてきた八郎である。

「お前の嫁」

「戯れに申したことでござる。左様に急がれずとも」

「御本城様の認可を取りたいと思っている」

「認可?家臣、それも陪臣の婚姻に認可が要るのでございますか?」

「場合による。ところで誰かいいと思う女性はいないのか」

早く決めろという圧力ではあるが、できる限り恋愛結婚がいいなと思う現代的な価値観の所産でもあった。

「さようなこと、殿に申せるわけがござるまい」

中高生かよと思う国王丸である。

「早く言わんと四国あたりまで婿養子に出すぞ」

「何をおっしゃる」

渾身の恐喝を受け流され悲しみを感じる国王丸だが、この話に関してはとっととまとめたい。

「早く言えよ」

「左様な…」

「世間体的に問題でもあるのか?」

「左様にござる」

「よし、なおさら聞かないわけにはいかないな」

本気の憎悪の目が向けられたが、テンションが男子高校生のままである国王丸はめげない。立ち上がって部屋を去ろうとする。

「まあ後でもいいぜ。話しづらくなるだろうけど」

「里見の」

「あーもういい。言わなくていい」

口を開いた八郎を愚弄でもするかのように手で遮る。なんだこいつという目が向けられるが、国王丸はすぐそばに座り込んで一言いった。

「蓮殿がいいのか?」

「お綺麗でござろう」

「なるほど。分かった」

本当に愚弄されたのかと思った八郎は顔を赤くし立ち上がろうとする。

「まあ待ってくれ。流石にふざけすぎたな。謝る。ちょうど同じことを考えてたところなんだ。先方に話をつけられればなんとかしてみせる」

請け負うことを宣言した国王丸に、八郎は困惑の眼差しを向け続けていた。


当の蓮姫はそもそも婚姻に際して相談が来ると思っていなかったようで、国王丸の筆頭家老ならと二つ返事で承諾した。「承諾を得に来た」という言葉の意味が間違って伝わったような気もして、価値観の違いを目の当たりにする国王丸だった。


この申し出を言われた通りに届け出ると、北条長綱はじっくり書状に目を通したのち、氏康に判を貰いに行って戻ってきた。宿敵里見家の陪臣化が進むことになる。積極的に断る理由はない。

その帰りがけにまたも清水を見かけ、何をやっているのかと近づいた国王丸だったが、その場にいた大人が何人かこちらを見て掃けて行くのを見て、自らが外様であり、そして小弓公方家の人間であることを思い出させられ、童心に帰って遊ぶ気分にもなれずそのまま家路についた。

「ところで殿」

「おう」

「古河公方との関係はよろしいのでございましょうか」

小弓公方なんぞを受け入れたとあっては、北条の同盟者たる古河公方も気分が良くはあるまい。そう心配した八郎だったが、すぐに予想は裏切られた。

「そもそも連中は関東管領ということもあって親上杉だからな。北条氏綱が偉大だったゆえに味方をしていたがとっくに路線変更済みなんだよ」

ここで一つ八郎がつぶやく。

「すなわち、北条は今、神輿を持っていないのでござるか」

その瞬間、国王丸は自らの血を呪った。

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