真里谷仕置
書き溜めて投稿を忘れる無能プレイ
「真里谷城が落ちたと」
その知らせはえらく簡潔に、しかし国王丸の心を打った。寸鉄人を刺すとはこのことだろうか。
「なんとしても戦後処理に参加する。急ぐぞ」
「承知」
真里谷城に向かう途上のことで、あっさりと落ちたことに困惑しつつも的確な指示を出した。
なんと北条氏康本人が出てきたらしく、上座に座っている。遠山綱景の姿が見えないのは、国王丸と近すぎるからだろう。代わりに清水綱吉や笠原綱信の姿がある。
翻って房総三国の将を見ると案外少なく、国王丸、原胤清、正木時茂の他には土岐為頼、高城胤吉、それと千葉家の一族だろう知らない顔が一つ。
「それがしは初めてか。千葉昌胤が子、海上胤盛と申す」
当主も嫡男も出てこない。内情がまずいことを察する。
「さて、始めまするか」
議事進行らしい中年の男が出てくる。氏康よりは年上のようだ。北条家臣が一層居住まいを正すのを見て只者ではないことを悟り、国王丸もまた姿勢を正した。
「それがし北条家先代の弟、駿河守長綱と申しまする。本日はよろしゅうお願いいたしまする」
「マジか」
誰にも聞こえない小声でつぶやき頭を下げる。北条長綱、北条幻庵の方が通りがいいか、北条氏綱の弟ながら氏康死後まで生き、死んだのが北条滅亡の前年という関東のレジェンドだ。この男の顔は覚えなければならないと気を引き締める。
「さて、本戦におられなかった方もおいでゆえ、副将より報告をさせていただき申す」
「それがし副将を務めた清水綱吉と申す。真里谷城を囲っていた土岐殿の隊と協働して城門を攻めてこじ開け、一か八か打って出た真里谷信隆を討ち取り申した。ついで城主となった嫡男の真里谷信政は、共に籠城していた大多喜城主真里谷信正に首を取られ、信正は投降。この者の扱いもこの場で取り扱いまする。そして隠居していた真里谷全方が自刃し、真里谷家は滅亡いたしてござる」
つらつらと説明されたが、要するに真里谷もかなり消耗していたようで、粘って正解だったと思う国王丸である。
長綱が再度場を預かって話し始めた。
「さて、まずは順番に、里見家の後始末にござる。里見遺領は安房を正木領、上総を真里谷領とするとのおおよその取り決めがあったと聞き及び申したが、もはやそれが適用もされますまい。正木殿、いかがなされる」
「はっ。それがしども正木家は、足利家共々北条家に臣従いたしますゆえ、御本城様の裁量にお任せいたしまする」
これだと正木が国王丸の元に来ることはないのだろうか。
「なれば先にこちらをお聞きいたそう。皆々様、これよりは北条家に臣従すると」
「はっ」
国王丸の他にも原胤清、海上胤盛、正木時茂、土岐為頼、高城胤吉とほぼ全員が声を上げた。
「重畳。皆様のお志、深く感謝いたしまする。さて、なれば久留里にて大将を務めた足利殿の下におつきになるという方は」
無論誰も声を上げない。苦笑する国王丸を見て、真っ先に声を上げたのは意外にも正木時茂だった。
「それがしは旧主たる里見家を庇護すると確約いただいた国王丸様にお仕えいたしたい」
原胤清もそれに続き、結局はここに付き添って来た二人が国王丸に仕えることとなった。驚くほどの厚遇と言っていいだろう。
「なれば、そのほかの皆々様は独立した勢力として扱わせていただきまする」
国王丸はその表現に若干の違和感と悪寒を覚えたが、話はそのまま進んだ。
「では上総に関してはここにいる方々の行賞分といたしましょう。安房に関しては新たに家臣を抱える足利殿に」
北条氏康は貴人ゆえ何も話さないが、興味深げに国王丸を見つめる。
「では他の皆様、真里谷家と庁南家の遺領を配分なされよ」
下総の家々は遠慮し、土岐家が大多喜城を抱えることがまず決まった。ついで千葉家が庁南領を獲得し、原家が国王丸の領地に移封、高城家は原家の旧領を得た。原家の領地は国王丸が決めることとなる。
「では足利殿、上総での取り分を」
もう十分な賞をもらった。これ以上貰っても嫉妬を買うだけだと思いつつも、国王丸は一城だけ指名する。
「金谷を」
金谷の港を整備すれば、坂東の海上交易の東側を担うことになる。これは大きい。莫大な利益が上がるだろう。
「それともう一つお願いがございます」
「なんでござろう」
「それがしと郎党は小田原に住まわせて頂きたく」
さすがの幻庵長綱も一瞬困惑の色を浮かべたが、国王丸の説明に納得する。
「上総・安房ともに日ノ本では南東の端。戦が起こるとも奉公に参じること叶いますまい」
「しかし小田原では国許の兵を呼び寄せられぬのではござらぬか」
原胤清が試すように聞く。
「そのための常備軍にござる。小田原城下に置くことが物騒であれば、平時は御本城様の私兵としていただけばよろしいかと」
長綱は目を細めてそれを聞く。氏康と少し目線を交わしてから答える。
「されば承知いたした。小田原城下に場所は用意いたすゆえ、屋敷を好きに建てられよ」
無論監視は入るだろうが、忠誠を示すにはもってこいの場だ。
「さて、滅んだ家の始末をせねばなりますまい。まずは里見にござる」
「嫡男太郎殿、および奥方は預かってござる。正木殿も加わることでございますゆえ、ここはそれがしにお任せいただけませぬか」
頭を下げる国王丸に、氏康は初めて口を開く。と言っても、扇子で口を覆い長綱に耳打ちするだけだ。
「承知いたし申した。なれど決めたのち、一度御本城様に承諾を得られよ」
「はっ」
「なれば次は庁南。これは家がなくなってしまい申した」
「なれば元は同源、真里谷家と一緒に扱ってはいかがにござろう」
土岐為頼が口を開く。
「なるほど。ではその真里谷家はいかがいたそう?一族では真里谷信正のみが残ってござるが」
「両家の家督を信正殿に継がせ、どこかの家の下に置いて小禄を与えてはいかがでござろう」
「なるほど。して、そのどこかの家とは」
「それがしども土岐家が禄を出しまする」
こうして三家の処遇が決定し、気がついてみれば上総と安房を治めた大名たちはほぼほぼ地上から消え失せ、世界は北に広がった。国王丸が目にしたのは新天地か、それとも地獄の淵だったのかはまだ分からない。
ほどなく小田原に移る家臣と兵の列には、見送りの領民が大勢群がった。正木家を待って出発すると、涙を流す者さえいた。
「村が一番苦しかった時に年貢を廃していただいたこと、生涯忘れはいたしませぬ」
「おら達も同じ気持ちでごぜえます。どうか行かないでくだせえ」
「何を言う。殿は体こそ我らと共に小田原に参るが、変わらずここを治められるぞ」
八郎が領民に仰々しく接すると、国王丸は吹き出したが領民は喜んでいた。
下総で原家と合流し、一路相模を目指した国王丸は、年始を道中で迎えてしまうことに気づいて頭を抱えた。
「これ正月の宴抜きか?」
「左様にございましょうな。行程を組んだのは殿にござるぞ」
「やっちまった…」




