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打破?

「で、北条家はまだと」


いい加減うんざりした顔を浮かべながら1日を始める足利国王丸だが、そんなことを言っていられない状況に陥りつつあった。家臣のことを考えるならとっとと降伏した方がいいのだろうが、そうすれば自分の首が落ちてしまう。子供ゆえの助命という道もあったのかもしれないが、「子供ゆえ」という価値基準を自ら打ち破ってきたこの少年にそれは望めそうもなかった。

「要するにコロンブスの卵が必要なんだな」

「なんとおっしゃった?」

「何も」

クリストファー・コロンブスの新大陸発見は1492年なのでギリギリ過去の話だなと確認しつつも、そもそもコロンブスなどという人物を周りが知らない可能性に思い至らない国王丸であった。

兎にも角にもどこかから切り札を調達しなければならない。とはいえ、新たな視点というのは長く一緒にいたメンバーだけでは思い浮かばないことが多い。

「つまり手はつけたが使っていない駒があるってことかもな」

一つ一つ過去に遡り、その手駒を探していく。

「正木時茂…じゃない。それは目的であって手段じゃない。真里谷信隆…でもない。義理はあっても心は許すな。大竹信満…は違う。もう持ってる情報は絞り出させたはずだ」

何がある、何がないと呟き始める。十郎がおかしくなったのかと不安げに見つめはじめる。

「天津城でも山之城でも館山城でもない。万喜城の可能性もあるが一時期住んでいたし間取りは知っている、あそこに隠れ住む部屋はない。岡本城でも廃城だった諸城でもない、そこは俺がこの目で見た」

「落ち着きなさいませ」

「…やはり人か。場所を挙げるのはもうやったからな。真里谷信正か?土岐為頼か?遠山綱景なのか?」

「…殿、朝餉を。戦の最中にござる、体力をおつけなされませ」

「分かった」

そのまま立ち上がって笑みを浮かべる。

「では朝餉に」

と言った十郎は、国王丸のオタク的な没頭思考の前では的外れだった。

「日我上人だ」


「日我上人の保田妙本寺に行ってみろ。その周辺で誰か匿われているかもしれん、というか匿うとしたらそこだ。もしかしたらそれが最後の希望になるかもしれん」

飯をかきこみながらまくし立てる国王丸に安芸守が水を差す。

「されど人がおりませぬぞ」

「…まあ、そうだな。だがそろそろ増える」

「北条から知らせにござるか?」

「いや、まだだ。けどそろそろ来てもおかしくはない」

まだ来るかはわからない。が、国王丸には確信があった。生まれながらの未来の記憶というアドバンテージを与えた天が、こんな運ゲーで俺を見放すはずがないという確信が。それは全く頼りないものだったが、彼にとっては自信のために絶対に必要だった。


数日後、下総の戦が終わったと知らせが入った。北条家の仲裁の下、高城家と千葉家が和睦、原家は撤兵したという。

「三家とも親北条を標榜してるあたり興味深いな」

「何を呑気なことを…」

「まあ待て。北条が下総まで来てるということは、少なくとも八郎だけでも近日中に帰ってくるはずだ」

何人かが納得する。

「そうすれば妙本寺にも行けるしな」


「若殿!お久しゅうござる」

さらに一週間が経ち、兵糧の残りが10日分を切ったところで北条家の旗を掲げた一勢がやって来た。八郎は和睦の使者という名目でとりあえず入城した。

「八郎、すまん。いきなり汚れ仕事だ」

「望むところにござる。ただ、それがしは和平の使者でござるゆえ、城内に替え玉を用意なされませ」

「なるほど。義政、頼む」

「はっ」

秋元義政を代わりに立てつつ、八郎を密かに保田妙本寺に向かわせることにした。ここから先はギャンブルだと信じ、八郎の引きを信じることにした。


一方の下総戦線だが、撤兵した原家は小弓城に戻りつつも武装を解いていなかった。

「まだ働き甲斐があろう。未来ある北条に恩を売るが得」

北条家が南下中だと言う話はすでに聞いている。高城と千葉は北の抑えに残されたのだろう。ここで仇敵の領土だった上総と安房を治めれば、北条の名声はさらに上がる。

「坊の家中は、兵卒はともかく幹部は絶望的な雰囲気と聞くぞ」

真里谷が流した噂ではあるが、事実でもあった。

「あの坊は自らを過小評価しておる。それがいつか逆に怪我につながるやもしれぬな」

もしそうなった時どう動くかは、原胤清にも分からなかった。


さて、戦が託された保田妙本寺には、日我の弟子らしい代理の住職がいるだけだった。

「住職殿、無理を承知でお願い申し上げる。里見の一族についてご存知のことを教えていただけますまいか」

その僧侶は初め困ったように引き取るよう願っていたが、そのうち土下座をした八郎を見てため息をついて口を開いた。

「お武家様、頭をお上げになられませ。…御案内いたしまする。なれど、この事決して口外なさるな」

「ありがたき幸せ」

案内された場所に伏兵がいて討たれるなんてことも考慮に入れなければならないが、元々が博打だ。逸見八郎は相手を信じた。


その人を目の前にした時、八郎はまず美人だなあと思った。が、その雑念をなんとか振り払い、単刀直入に本題を切り出した。

「あなたが土岐殿の娘にして里見刑部殿の奥方の…」

(はす)と申します。里見が滅んだ今、何用にございますか」

武家はうんざりだ、帰ってくれといった顔だった。しかし八郎にも、ここまで来て退くことはできない。

「土岐家、里見家の存続のため、我らに力を貸してはいただけますまいか」

「…里見家はともかく、土岐家?父上はすでに真里谷と組み安泰でございましょう」

「そうも参らぬのでございます。北条軍は南下し上総に迫る勢い。真里谷が敗れれば、土壇場で真里谷についた土岐殿にも危険が及ぶ恐れがございます」

「…娘の気持ちも考えず、自らの利のために寝返り続けたお方のことなど私は存じませぬ」

あくまでつっけんどんな態度だ。が、八郎には最後の手段があった。

「それがしとそれがしの主ならば、あなたも、御子の太郎殿もお守りいたします。里見の家を永劫残すためにも、我ら足利に力をお貸しくだされ」

「…この子のためなのでございますね?」

「無論にござる。邪険には決して扱いませぬ」

これは国王丸の意志でもあった。適当に追いやって自分のような捲土重来をされても困るということだ。

「母上、仇のところへ参るのでございますか?」

控えていた太郎がようやく口を開く。それは蓮姫を躊躇わせるのに十分だったが、八郎はあくまで彼の主は里見家を差別などしないと説き続けた。

「お武家様」

そこに先の僧侶が入って来て言った。

「真里谷様の軍勢にござる。早う抜けられよ」

「忝ない。奥方様、太郎殿、参りましょう」

太郎は嫌々といった感じだったが、戦に巻き込まれてはたまらないとでも言うような足取りの蓮姫に連れられて建物を出た。すると案外敵は近くにおり、街に矢を放つなど狼藉を働いていた。

「それがしの馬をお使いになられよ。殿軍をお務め申す」

「よいのでございますか?あなた様が間に合いませぬよ」

蓮姫は困惑して首を振るが、強引に母子を馬に乗せてしまうと行くように急かし、2人を乗せた2騎は久留里へと向かった。

「いたぞ!逸見だ!」

見つかったか、と舌打ちをした八郎は、下級武士だろう民家のやせ馬を無理矢理引き出し、荷物になるだろう金子や羽織を詫びの置き土産にして駆け去った。

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