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展望

立て込んでいました。すみません。

「申し上げます」


いつもより落ち着いた伝令が、安房の戦の顛末を淡々と伝えた。岡本随縁斎が水軍に間に合わず、父の岡本通輔(みちすけ)が出撃しようとしたらしいが、出陣前にそこそこの数の船を焼かれたらしい。北条は戦闘に入らず、そのまま引き返したそうだ。

「参加は交えておりませぬゆえ、水軍の力は削ぎきれてはおりませぬ」

「わかった。ありがとう」

史実ではこの頃の真里谷は北条に依存しほぼ臣従状態だったらしいが、今は従属関係程度に収めている。それを考えれば外交にも成功しているのではなかろうか。

「論功行賞を行うと、殿から」

そこに大竹信満が入ってきて待っていた台詞を俺に伝える。

「分かった。八郎、信濃守、任せた」

「はっ」

顔見世を兼ね、東平安芸守と秋元義政は連れて行くことにした。


真里谷城では家臣たちが皆並び、俺が最後だったようだ。新たに臣従した国人衆として二人が挨拶を終えると、まず事後で合戦時の序列を決め始めた。大竹信満と鶴見信仲が譲ったおかげで俺がまんまと総大将になりおおせ、戦況報告の義務を負った。

「此度の久留里出兵、攻城戦と防衛戦に分けようと思いまする。まずは攻城戦から」

予想していなかったわけでもないので口上はざっくり考えてはいたが、行き当たりばったりで喋り始めた。ここで俺は攻城戦の戦功第一に逸見八郎を挙げておいた。

「あの者の本陣働きには目を見張るものがございます」

村上信濃守も頑張っていたが、俺が褒美を出せば済む話だ。それに八郎は最初から今までついてきてくれたが、まともに労う機会がなかった。家中序列も考えての処置だ。それに、一人の大将が前線で働けば出来ることは一人の兵卒と同じだが、本陣で働けばその男にしかできない仕事ができる。その優劣をつけたかった。

次に防衛戦だ。ここでは戦功第一は俺だろという念がないでもなかったが、そこまで厚顔無恥ではなかった。

「ここにござる秋元殿を推したいと存じまする。この方の寝返りにて戦は決まりましてございまする」

この席には成り行きから土岐為頼もいるのだが、彼に恩があるとはいえマウントを取らせるつもりはなかった。

以下侍大将から足軽大将の報告に基づき、小判や刀といったものから所領、城などまで褒美が下った。

「秋元将監は池和田城を加増する」

「はっ」

討死した多賀高明の居城で、小糸とは離れているから代官を置くだろうがそこそこの加増だろう。

「足利国王丸は久留里城に封ぜられる」

「はっ」

そして俺には唐突の大加増だ。しかもあっさり真里谷の家臣化されている。それも悪くないと考えつつ帰途についた。


とりあえず久留里城をもらったので、小田喜城下の蔵を移築した。東平家と秋元家は俺の傘下に入れることが認められた。

「即席の家だな」

「左様にございますな」

「すぐにでも城下整備をするか」

「どうなさる?」

「里見の政庁だし、あらかたの屋敷は揃ってるか。支城主は城下に住まわせたいな」

東平と秋元には城下の屋敷を建てさせることにした。

「道、作るか」

「道にござるか?」

「真里谷と小田喜と繋げば十分か」

道というか街道だ。あと軍事用の棒道も作ろう。これは武田信玄の真似だが、信玄はまだ家督相続すらしていない。業績のでっち上げとはこうするのだ。

道があることによって、素早い軍事機動が可能になる。

「安房方面と下総方面だな。千葉家がどうなるかわからん」

「千葉と北条は良い関係ではござらんのか?」

「俺たちが北条に出しゃばって、こじらせて敵対とかもありうるだろうよ」

ありえなくはないのが末法の世戦国である。


さて、里見義堯、というか里見家は何度やられても立ち上がることに定評がある家だ。いつまた上総に攻め込んでくるかわからない。

「兵力の常備化を進めて来季の農繁期に攻め込みたいな」

「つまり一年は何もなさらぬと」

「まあそうなるかも知れん」

農繁期に突っ込めば、兵農分離が進まないこの時代に用意できる兵などそう多くない。そのための常備兵だ。

「ところで土岐の娘はどうなったんだ」

土岐が寝返ったところで斬られてもおかしくはない。

「情報は一切ございませんな」

「可哀想に」

離縁されるか、斬られるか、義堯の愛が深ければそのまま嫁し続けるかだ。

だが正直他人の運ゲーに関心はあるが首を突っ込むつもりはない。突っ込んだ首を落とされたら元も子もないのだ。なんにせよ里見を滅ぼせば全部解決だ。


さて、将レベルでの戦後処理は終わり、朝信の遺産たる小田喜城下も相続者たる信正含め多くの将に分割されたが、まだ民間に対して打つべき手はたくさんある。

「おい、これぁなんだ」

「字の読める坊様を連れて来い!」

常備兵に志願した者の村に立て札を立て、その戦功と具体的な褒美を記した。

「隣の弥助が首を上げたのかい」

「わしらも褒美が欲しいのう」

嫉妬と賞賛が起こるだろう。少しでも新規に入ってくれることを期待した。

久留里城下ではどうするか。

「考えものにござるな」

「里見への忠誠心があるかもしれんな。懐柔するか」

久留里城領に一年以上住んでいる者に限り、三年間年貢を一公九民にした。要は納める割合が全体の一割ということだ。年貢に関しては超ホワイトだった北条よりも安いはずだ。

「なぜ領民に条件をつけるのでござるか?」

「分かり切ってるだろ。他領から逃散(ちょうさん)があるかもしれん。それはそのまま外交摩擦になるから避けたいんだよ」

人は当然税の安いところに逃れる。最初からお前は対象外だと示しておけば来ることもないだろうし、来てしまった間抜けもすぐに戻るだろう。

もし逃散があれば、国の根幹たる農民を引き抜かれたと逆ギレされる可能性すらある。慎重にならなければならない。

「教育も必須かな」

字が読めなければ立て札を立てても意味がない。そのうち寺子屋も建てることになるだろう。

「ちゃんと外交もしないとな」

内政一辺倒でもダメだ。戦勝したあと、ここで北条との友誼を深めないとまた危機に陥る。

「手紙もまともに読まれてなかった時と比べたら大違いだな」

「少しは認めていただけましょうな」

またこいつは人のことをなんだと思っているのか。

「小田原に行くか」

相模小田原はここからするとかなりの遠方だ。行って帰って来る間に大事が起こるかもしれない。生半可な提案ではなかった。

「左様なことは」

「でも里見に攻めて来るだけの力があるとは思えないしなぁ」

外交的には、いつでもすぐに帰って来られるのなら得策だ。機を見て行ってしまえばいい。はずだ。と信じたい。


平和な数ヶ月を、俺はむしろ全力で使い切った。戦の時に全力を出さなければいけないようでは最初から負けているようなものだ。

「若殿、本年の年貢はほぼ出揃いました。なれど一ヶ村が出しておりませぬ」

「表立っては何も言うな。人を出して調べ、本年に限る凶作ならば放っておけ。もし慢性的な貧困やらの問題があればすぐ手を打つから報告しろ。特に理由がないなら潰す」

「はっ」

勘定を任せた秋元義政、きちんと仕事をしてくれている。

「一ヶ村か、小さくはないな。が、仮に出なくても常備兵の給金と城の米くらいは賄えるか」

調査の結果、戦で荒れすぎていたそうだ。

「この先一年年貢を免ずるから早う復興せよと言っておけ」

「はっ」

年貢免除、乱発しすぎて楽しくなってきた。金も使っていない今はまだセーフだが、歳入を減らしすぎると詰むという当然のことは頭に入れておこう。


秋が過ぎ冬になると、風邪を引く者が出はじめた。少し人の少ない城内、たまに訪れた小春日和を微睡みながら過ごしていた時だ。

「若殿、書状にござる」

「起こすなよ…なんだって?」

面倒くさがりながらも八郎の持ってきた紙に目を通すと、溜息が出た。

「遠山殿からだ。相模・武蔵では風邪が流行っているから体に気をつけろと」

「左様にございますか」

「こんなことで起こすなよ」

再び寝転がろうとしたところではたと思い至る。

「…こんなことで手紙よこすか?」

「確かに不可解ではございますな」

知識がある者は物事をつなぐことができる。無論知識を持っているからといって正しい答えが導けるわけではないが、こと俺にとっての得意分野に関して間違えるものかと考え込んだ。

「あぁ、小田原行くか。年明けに発つから旅支度をしておけ」

「はっ?」

さすがに追いつけないか八郎から間抜けな声が漏れる。

「兵の練度とやる気を晩夏ごろ最大にしておけ。真里谷にもそのくらいに間に合うように動員をかけさせろ」

「どういうことにござる」

「風邪が流行ってるんだろ?誰かしら北条家臣が寝込むだろうから風邪の見舞いに行く。ついでに援軍を引っ張って来て里見を叩く」

これだけ聞けばお粗末な作戦だ。八郎も落胆したか肩を落とす。

「さような当て勘で動員なさるおつもりにござるか」

「当て勘かも知れん。だがこれは当たるぞ」

「さように仰られればそれがしは従うしかござりませぬ」

こういう思考はありがたい。この時代、友情や恋愛といった感覚は希薄だが、忠義という人間関係はかなり濃厚だ。この男の忠義に感謝しつつ、俺は近い将来、具体的には来年起こるだろう事件に目を向けていた。

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