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再起せよ

「お早うございます」


真里谷信隆はまだ疲労困憊の中にいた。朝の挨拶をしに来た小間使いにも、あぁと一言返すだけだ。

無茶苦茶な戦だった。ただ彼我の計略の有無を突きつけられた。最後の策だった火計はいなされ、あっさり消し止められた上に追撃を受けた。おまけに足利の小僧に無茶するなと釘を打たれる始末だ。

大竹信満は一人戦力の仕分けをしていた。傷病兵、軽傷の兵、怪我はないが疲労している兵、健康な兵。前者二つは家に帰し士気と傷の回復を待つことにした。

「損害が出すぎたな」

「はっ」

若武者に声をかけられた。真里谷信政、言うなれば坊ちゃんである。

「公方のガキはまだ使いをよこさんのか」

「おそらくはすぐにも参りましょう」

実際それはすぐ、どころかその場で門が騒がしくなった。

「どうした」

「伝令にございましょう。開けに参りまする」


「我ら足利隊、鶴見隊とともに打って出、寡兵の残る久留里城を落城させました。里見家の安房防衛部隊が恐らくそのまま久留里城に押し寄せつつあるゆえ、鶴見信仲殿以下将兵をこちらに一度返しまする。どなたか将をつけ、改めて援軍をいただきたく」

「すぐにまとめて参る」

連携の弱さを身に染みて感じるが、それでもまだ相手の喉笛を握っていることをしっかり確認できた。時間差も考えると、明日にでも出発させねば危ないだろう。

間もなく伝令に後続した部隊も戻ってきた。

「鶴見殿!ご無事か」

「国王丸殿から兵を1日休ませるように言われておる。そちらの再編成はできておるか」

「一昨日ここに着いたゆえもう済んでおる。将はどうする」

「儂とそなたでよかろう。御一門に御出馬を頼んでいる時間も勿体ない」

「承知した」

信満はすぐさま本丸の御殿に駆け込み、主の承諾を得て戻ってきた。

「皆聴け!我らは再度久留里城へ向かい、味方を救援する!先の敗北のことなど忘れよ!奴らは負ければ後がない、ここで一勝すれば全て返上できるぞ!褒美は弾む!」

最後の言葉に兵は盛り上がり、逸る者も出てきた。それを落ち着かせるため、ゆっくりと行動計画を言い渡す。

「ついては今日一日ゆるりと休み、明日出立する。明後日に攻勢をかける!」


その日は即席の宴となった。二日酔いを恐れて酒こそ出なかったが、用意できるだけのご馳走が並んだ。

その裏でも走る男はいる。

「大竹殿、ここだ。数が合わぬぞ」

「兵具は戦場で捨てられることもあろう。十個や二十個、放っておけ」

「そういう数ではないから言っているのだ」

「これは数え間違いだろう。実数を数えれば合うはずだ」

「なるほど。確認している時間がない、信じるぞ」

巻物をいくつも並べて話し続ける二人を、陣に出ないからと酒を飲んだのか目の下にクマを作った信隆が訪れた。

「ご苦労だな」

「はっ」

「恐れながら、深酒はお体によろしゅうございませんぞ」

「今だけだ、目を瞑れ。飲んでもやりきれん」

損害、敗北、撤退の記憶は、まだ鮮やかに脳裏に残り続けていた。大竹信満はその場にいたからこそ分かるといった同情を浮かべ、鶴見信仲はまたその場にいなかったからこそ心中を察した。

「殿、明後日の戦、房総情勢を決するかと」

「そうよな。行けなくて残念だが、吉報を待つぞ」

「はっ」

二人が気を引き締め声を揃えると、明日出るのだからとっとと寝ろと主に急かされた。二人とも素直にそれに従い、真夜中になる前に床についた。


早寝が功を奏したか、大竹信満は翌朝早くに目が覚めた。東の空が朱に染まり、これから歩を進めようとする南西の空は少しずつ照らされ始めていた。この空を足利国王丸もまた見ているのかと感慨にふけり、束の間現実に戻って立ち上がった。

「行くぞ」

自らを奮わせるように一言呟き、三寒四温の春の天に飛び出した。

兜を揃えた兵たちは日が昇りきった頃には集まり、まだ早いうちから城を出発した。

「久留里は我らを待っている!行くぞ!」


彼らを待ち続ける久留里城は、思いの外平凡だった。安房から休みなしの行軍をした里見軍も休息を取っているのだ。

「あにうえ」

その呼び名にドキリとする。兄、足利義純を思い出し、一つため息をする。

「竹姫様、兄君の邪魔はいけませぬぞ」

まだ数えで3つ。もうそろそろ満で2つになる頃合いだ。

「まあいいだろ別に。やることと言っても大したことはないぞ」

「今日は皆真里谷で休息を取っている頃合いにござろうか」

唐突に話題を変えられ、なんとなく東の方を向く。

「そうだな。里見に察されないといいが」

「明後日まで手を休めていて欲しいものでござるな」

その一言は盛大に覆され、苦笑いを浮かべることになる。


「外側の曲輪もできるだけ抜かれたくないが」

「厳しい相談でございますな」

翌朝始まった猛攻に、兵を城門に集めて対処した。

「まだ本気じゃないな。本気で来られたら曲輪がすぐ落ちるぞ」

鉄砲のまだない世界、八郎も率先して櫓から弓矢を射った。そうこうしているうちに日は沈んだが、それでも敵の攻撃は続いた。むしろ日没後に敵は全力を出し、本丸を除いて裸にされた。

「撤退時の死傷兵はほとんどおりませぬ。唯一の救いにございますな」

「お前は本当に歯に衣着せぬな」

敵情よりも家臣の言動に苦笑が漏れる国王丸は、しかし凌ぎきれば勝ちだと見ていた。援軍が到着次第攻撃すれば、今日の攻撃で疲れた里見軍は多少の数的有利を棒に振るだろう。一つ気になるのは、敵がこちらの援軍を読んでいるかということだ。

「読んでいてかような手に出ましょうか」

「むしろ今日中に落として入城し籠城するつもりだったのかもな」

だとすれば十分粘ったことになる。


ともあれ訪れた翌早朝、到着した真里谷軍の朝駆けから合戦は始まった。

真里谷軍

足利国王丸 45

逸見八郎 35

大竹信満 500

鶴見信仲 500

村上信濃守 500

計 1千580

里見軍

正木時茂 680

岡本随縁斎 400

里見義堯 500

計 1千580

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