電光石火
「千本城主、東平安芸守と申しまする」
自らやってきたということは、何かしら要求があるのだろう。
「手短に頼むぞ」
そう思った国王丸はできるだけ鷹揚にそう返した。
「はっ。大戸城をそれがしにいただきたく」
ああ面倒だ、少年は溜息をついた。
「今の城主はどうするつもりだ?」
「あの者は里見にも真里谷にも忠を尽くす気などございませぬ。それがし只今より真里谷家への忠勤に励みまする」
こういうのはなんとでも言える。だがとりあえず労わないと機嫌を損ねるだろうし、要らぬ不信感を買う。
さて、二条若狭守の件だ。彼がまだ姿を見せない以上、動向について何も断定できない。
「そなたの忠勤は殿の耳にお入れしておこう。さて、二条の件、真か?」
「無論にございます。兵を集めていないのがその証拠ではございませぬか」
なるほど。ここは真偽はどうあれ動くべきだな。厳しさを見せて支配権をアピールした方がいい。少年は理解し、顔を見たこともない一城主を切り捨てることにした。
「相分かった。その方の忠義を確かめるため、自ら大戸城を落とすがいい」
「ありがたき幸せ!」
ここまで引き連れてきた遊兵がいるだろうから自分でなんとかしろということである。
3日して小勢が帰ってきた。その間にもかなりの数の小国人がやってきて忠義を誓ったが、本軍はまだ休んでいた。
「足利様、大戸城は落ちましたぞ。二条若狭守は討ち取り申した」
兵を半分置いてきたらしい。これで真里谷への帰属を認めろということだ。
「この家に来るのなら、俺の下に来ないか?」
なんとなくだが確かに口にした言葉は、東平安芸守の目を見開かせた。
「それならばそれがし、足利様にお仕えいたしまする」
二条若狭の首実検をした後、少年はしゃがんでまた溜息をついていた。
「こいつも俺が殺したのか」
「背負いすぎにございますぞ」
後ろから逸見八郎が声をかける。
「すまん」
「妙なところはお軽いのに、左様なところは意外なほど繊細にございますな」
八郎は即座に脛に肘打ちを受けて痛がる。
「それもそうだな。次だ」
立ち直ったのか強がりなのか、少年はいつもより元気よく歩き始めた。その後ろ姿はまだ年相応に小さかった。
次に視界に入る主要な城は南方だ。佐貫城と造海城である。
「これ落とすの無理だろうな」
「安房軍をお待ちになるがよろしいかと」
「当てにできん。どうなってる」
「急使が来たとの連絡、ここにも真里谷城にもございませぬ」
「そうか、察したぞ。俺は残るから八郎と手勢以外帰れ」
「それがしもお供いたすとは言わせてくださらぬのですな」
「黙れ。結構切羽詰まってるぞ」
「お待ちを。消耗は少ないゆえ、一戦に及ばれてはいかがにございます」
村上信濃が進言する。
「いつ来るか分からん以上、城内の兵糧の無駄だ。俺50、八郎50、合わせて100。これで攻城軍を防ぐ。お前は鶴見殿と共に一旦離れ、後詰めとしてやってこい」
里見軍が久留里城を全力で取り返しに来るに違いない。当然の顛末だ。
「はっ」
「鶴見殿、真里谷城に帰ったら、安房制圧軍から消耗の少なさそうな隊を引き抜いて送ってくだされ。将はどなたでもよろしいが、高貴な方を呼んで時間を食うくらいならその辺りの城主くらいでも問題ありませぬ」
「なるほど」
それから全将に作戦を示す。
「敵は俺たち城兵を狙って取り付く。後詰めはそこに襲い掛かれ。敵も後詰めがあろうから、そこで合戦に及べ」
そっちで勝ったら城攻め勢などどうとでもなる。結構切り詰めた策ではあるが、寡兵でできることは限られていた。
「安芸!」
「はっ」
東平安芸守が平伏する。
「お主の残りの兵を引き連れ大戸に入り、動員をかけ戻ってこい」
「はっ」
使える兵は全部使う。ここになければ持って来る。
「殿と連絡を取る。鶴見殿に先行して真里谷城に使者を出せ。こちらの状況を説明し、向こうの戦果を聞き出せ」
「はっ」
本軍はそろそろ帰っていてもおかしくはない。ここまで使者が来ないとなれば、かなり厳重に里見の防諜が行われているかもしれない。
翌日には鶴見信仲率いる1千数百の軍と東平安芸守の寡兵がそれぞれ出発した。
「今日夕方にも使者は戻って来てもおかしくはないな」
だが安全第一。明日までかかっていいと伝えてある。
「ああは言ったが、支えきれるか怪しいぞ」
「申されますな。気の持ちようにございます」
その翌日、使者が帰って来るのと物見が騒ぎ出すのはどちらが先だっただろうか。東の空が朱に染まる頃だ。
「真里谷本軍、いま一度の火計戦に及ぶも戦果なく、真里谷城に帰られてすぐにございます。お伝えしたところ、祝着至極とのことにございます」
「援兵の件は?」
「損害を受けたゆえ多数は送れないが、数百はなんとか捻り出すと」
「よくやった」
「申し上げます!敵、見えました!二つ引両の紋!」
里見家の家紋。これが決戦だろうか。ここで勝てば里見は安房一国に逆戻りでしばらく立ち直れない。そのうち北条が巨大化して飲まれて終わりだろう。だが負ければ真里谷が一気に弱体化するだろう。それはいいとしても、もっと深刻なことがある。
「俺が死ぬからなぁ」
彼自身が死ぬ、それ以上の損害が彼にとってあろうか。
どのみち援軍頼みの絶望的な戦だ。絶対勝てるくらいの勢いでいなければ心が折れてしまう。
かくして決戦は天文9(1540)年3月の初旬、とある朝に火ぶたが切られた。
真里谷軍
足利国王丸 50
逸見八郎 50
計100
里見軍
正木時茂 700
岡本随縁斎 400
里見義堯 500
計 1千600




