煮え切らず
「勝浦城、すでに人影ございません。兵を全て天津城に集めているようにございます」
勝浦は上総国内だ。危険だと思ったのだろう。
「万喜城の兵が南下するようでございます。勝浦城に入るのではと思われます」
このあと勝浦攻城をするとしたら土岐為頼と戦わなければならない。俺は溜息をつきながらも、まずは目先の戦に向けて兵をひねり出した。
「米払いで兵を雇いましょう」
事前に報酬を出しつつ、事後の褒美を軽減する。まだ小田喜にいた真里谷信隆は了承し、本拠の真里谷城に戻って兵を送ってきた。
「若殿、いつも指揮はそれがしとおっしゃっておきながら結局軍配をご自分でお取りになるではありませんか」
「それもそうだ。俺は後ろにいるよ」
いい加減前線に身を晒せば危険だ。今回は指揮を任せ、というかぶん投げ、後ろから見守ることにした。
真里谷軍
真里谷朝信 1千
逸見八郎 500
計 1千500
こんなんで大丈夫かと思うほど単純な編成だが、交渉と威圧がメインなので問題ない。
天津に着くと、まずは籠城軍を尻目に港を占領した。形の上では囲っていないが、物流拠点を手中に入れた。これは大した効果もなかったので、次に勝浦城の譲渡を要求した。当然拒絶されたので、これを口実に戦が開かれる。
「小競り合いでよろしいのでございますな」
「まあな。そこまで派手にやることもない。だが負けたら逆効果だ、勝ちは逃すなよ」
「はっ」
城門にとりついた軍が攻め立て、敵の一部が打って出た。お手本のように綺麗に包囲殲滅を行い、小競り合いで勝利を収めたようだ。
ここで次に勝浦城と天津城の譲渡を要求した。負けたといってもまだまだ戦える里見軍はこれを拒絶する。
これを何度か繰り返し、相手の兵力を少しずつ削っていった。
「勝浦城に兵が入りました」
どこから湧いて出たのか。と問う前に、土岐の存在を思い出す。開戦前あんなに憂鬱になっていたのはなんだったんだ、俺。
北から侵入し勝浦城に入城、占拠し、真里谷が勝てば勝浦奪還の手柄を携え臣従、里見が勝てば勝浦守備の手柄が手に入る。
「忘れてたな」
いつも気の利いた一言を返す八郎は今はいない。
前方に出てきて八郎の陣に入った俺は、家紋である足利二つ引と源氏の旗である南無八幡大菩薩を高く掲げた。これで敵は一気に城門を開け放ち、こちらへと向かってきた。
「あれ、正木か」
ここにいたか。やっと敵情が分かった。
「正木時茂…」
弟の弔い合戦としても彼は負けられない。そしてここにいるのは仇敵だ。本陣めがけて騎馬の一群が突っ込んでくる。咄嗟に陣幕の裏に隠れ、八郎たちが切り結ぶ音をただ聞いていた。
騎馬の音が遠のき、八郎の呼び声が聞こえてようやく俺は這い出した。顔を見知った武士も何人か血を流し倒れていたが、数では大きな被害はなかったようだ。
「これが…戦か」
グロテスク耐性はなくはないつもりだったが、目の前に死体が転がってはさすがに動転した。叫ぶことはしなかった。静かに、ただ何も言えず、一言をひねり出すので精一杯だった。
「左様にございます。なれど、若殿、避けてはなりませぬぞ」
正木軍は被害を受けたので安房奥部に撤退し、目標である撃退には成功したが、外交で二城を手に入れるということには失敗した。
天津城の戦い
真里谷軍 1千500 真里谷朝信
里見軍 500
武将級討死 両軍共になし
天津城に入り、真里谷信隆の指示を仰いだ。もちろん小田喜城をくれという根回しもしつつある。
「小田喜が欲しいのか」
「はっ」
真里谷朝信に、俺は正直に答えた。
「まあ別によかろう。他の城を用立ててくれるのならばな」
これが結構な難題である。支城をいくつも持ち、良い立地の城というのはあまりない。一つ里見本拠の久留里城という選択肢を思いついたが、非現実的な提案はしないのが上策だ。
「土岐はどうなりました」
「勝浦から動かぬ。熟考しているようだな」
そのまま冬が来て信じられないほど寒くなった。信隆から帰ってきた指示は「武功を立てろ」とのことで、真里谷朝信は天津城下に動員をかけた。
「勝浦に行くぞ」
「すぐにございますか?兵が足りませぬぞ」
「500でいいさ。城を囲う必要もない」
天津の兵を城に入れておいて、元から持っていた手勢を率いて勝浦に向かった。その前に一つ書状を出しておく。
「この城を真里谷に返していただきありがたい。お礼をするゆえそちらへ参る」
ひどい煽りなのだが、兵を率いて行くという脅しも含めている。合戦で実際の腕はともかく連勝している俺の名前は役に立った。
着いてみるとやはり土岐は軍を退いており、なんとかはったりで城を手に入れた。
「土岐はどうするつもりなんだかな」
「里見に刃を向けるのは気が進まぬのでございましょう。滅ぶまで静観するかと」
そう来るか…だとしたら結構ハードルが高い。それに里見の安房兵はかなり疲弊させたが、上総は全くもって無傷だ。
「里見義堯本人が来るか」
当たりたくないなぁ。俺の親の仇を討つならこいつしかいないのだが。
正木氏は将としてはともかく、国人としてかなり疲弊した。真里谷本軍が里見本体と戦って正木時茂がそちらにいるうちに、寡兵で正木領に攻め込めば切り取れるかもしれない。だがそこを維持できるだけのビジョンが見えないので、こんなことはしないだろう。
「近いうちに総力戦が起きうるよなぁ」
「左様にございましょうな」




