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定役囚人チーム

 奇妙な殺人事件が相次いだ。黒黴が関与しているとも、全く無関係だとも言われたが、真偽のほどは不明。


 ある被害者は鉄にコーティングされていた。鉄の薄い膜が全身を覆い窒息死していたのだ。液体状の鉄が全身にかけられたのだと推測されたが、鉄の膜を引き剥がしても、火傷の跡は一切見られなかった。鉄の融点は一五〇〇度を超える。能力者の仕業であると断定された。


 また、ある被害者は全身バラバラになって地面深くに埋められていた。まるで巨大なドリルで抉られたかのような螺旋状の傷が腹部を中心に広がっていた。四肢は奇妙に捩じ切れている。そして粉々になった虫の死骸や木片などが被害者の体内に無数に残されていた。この一件も能力者の仕業であると結論された。


 更にもう一人、不可思議な被害者がいた。その被害者は胸を包丁で一突きされて死んでいたのだが、全身に他人の血を浴びていた。問題はその量であり、およそ人間一人が流した血の量ではなかった。しかもそれは同一人物が流した血であり、通常では考えられないことだった。


 こうした事件に当たったのは四元刑務官が組織した囚人のチームだが、成果は挙げられなかった。


 四元刑務官は、やむなく、三つ目の事件で発見された被害者のものではない血液を口にした。彼の能力は、その人間の髪の毛や躰の一部を食べることによって、その本体を強制的に四元刑務官の胃袋まで引き寄せて平らげてしまうという悪夢のようなものである。


 だが、四元刑務官が引き寄せて食ったのは、人間の腕一本だった。


 この血の持ち主は既に腕以外の部分を失い、死んでいるのだと判断された。犯人は二人を殺し、一人の血をもう一人の被害者にぶちまけたのか。だが、とても納得のいく説明ではなかった。


 そして、これらの事件に共通することがある。それは、事件がマスコミに大々的に報道されたことだった。その理由は目撃者があまりに多く、情報の統制が難しかったことにある。加えて黒黴の犯行とは違って、その犯行が派手で、猟奇的な色合いが濃く感じられた影響も大きいだろう。


 更にネットニュースなどでは、被害者全てが能力を悪用して犯罪を重ねていた能力者であるなどと報じられていた。根拠薄弱であまり信憑性の高い情報とは見做されていなかったが、被害者が生前、普通の人間では為し得ないような現象を引き起こしているところを撮った写真、あるいは犯罪に関与していたとする文書などがアップロードされ、その真偽を巡って話題となった。


 捜査室ではその事実を確かめた――確かに今回の被害者は全員、能力者であった。しかし犯罪者かどうかまでは把握できなかった。


「無能な特殊犯罪対策室の代わりに、能力者犯罪の撲滅に乗り出した」


 三件の殺人事件が起こった翌週、このような犯行声明とも取れる文書が、マスコミ各社に届いた。だが騒ぎの拡散を警戒していた対策室の圧力で、それが公になることはなかった。

 ネット掲示板などでもそうした文章は散見されたが、戯言だと捉えられて、騒ぎになることはなかった。




   *




 四元刑務官は七人の囚人を引き連れて千葉のとある団地を訪れていた。彼らが移動するときはワゴン車を使う。狭く入り組んだ路地を進む。一台分の道幅しかないので、向かいから車がやってきたときにはバックしなければならないこともあった。


 気の短い囚人たちは苛々していたが、同時に四元刑務官の顔色を窺っていた。刑務官がいざというとき囚人を胃袋に平らげるというのは、単なる脅しではない。実際に囚人が喰われるところを見たことがある彼らは、刑務官が冷血極まりない人間であることを知っていた。叛逆の意思など、とうに消え失せていた。


 四元刑務官はこのところ不機嫌だった。せっかく手に入れた高桜弥美が使い物にならなくなってしまった。弥美を苦しめている黒黴をこの手で捕まえ、従わせるか、さっさと始末したい。だがほぼ同時に起こった殺人事件三件の処理が先決だった。黒黴の捜査は早々に暗礁に乗り上げていたので、マスコミ各社に文書を送り付けた人間の所在が明らかとなったことを受けて、そこに急行することになったのだ。


 路地からやや広い通りに出て、運転手がほんの少し速度を上げた。だが前にいる車がのろのろと走行するおかげで、信号に捕まってしまった。


 四元刑務官は舌打ちし、囚人たちは肝を冷やした。


 そのとき、ワゴン車の横を通りがかった通行人の女が、車内で踏ん反り返っている四元刑務官を指差した。


 能力の覚醒から五年、刑務官の相貌はかなり変容していた。それでも街中では気付かれることが多く、未だに英雄として慕われていた。


「ほら、呼ばれてますよ」


 囚人が言う。四元は渋々窓を開けて笑顔を作った。対策室のイメージを穢すな、と普段から囚人たちに態度を改めるよう指導している以上、刑務官が下手な態度を取るわけにはいかなかった。


 その通行人の女はわざわざ四元が顔を出してくれたことに感激したらしく、握手を求めてきた。四元はそれに応じようとしたが、ふと、女の口から黒い靄が現れたことに驚愕した。


「黒黴!」


 刑務官が叫ぶや否や、囚人たちが動いた。車から飛び出して、刑務官を守る。女はわけのわからないまま彼らに拘束され、地面に転がされた。


 刑務官と七人の囚人に取り囲まれた女は、恐怖の表情を浮かべ、半泣きだった。どうやら自覚ないまま黒い靄を体内に飼っているようだった。


 他の通行人が騒ぎを聞きつけて集まってくる。倒れている女を覗き込もうと無遠慮に接近してきた通行人を、囚人の一人が威嚇した。もう少し穏やかに対応しろ、と四元が言おうとした瞬間、その通行人の眼から黒い靄が噴き出した。


 それは囚人の顔面を覆い、メキメキという骨の軋む音を響かせた。四元と他の囚人は、攻撃を受けた囚人を助けることを一切考えなかった。というのも、一行を取り囲むように現れた野次馬数十人全てが、黒い靄を体内に飼い、こちらに歩み寄ってきたので。


「車に乗り込め!」


 目の前にいるのは手掛かりであると同時に敵であった。さすがに一般人に攻撃を加えることはできないと判断した四元は、逃げの一手を選択した。囚人たちは車内に滑り込んだ。四元は攻撃を受けてもはやぴくりとも動かない憐れな囚人を一瞥してから、乗り込んだ。間髪入れずに急発進する。


「五番、本部に連絡。トラッカーに協力を願う。弥美の能力をコピーした隼人に指定したポイントへ飛ばしてくれ。ついでに戦闘要員を適当に見繕ってもらえ。それと、一三番の殉職も報告」

「了解」


 囚人たちは番号で呼ばれている。囚人服にはその番号が縫い付けられ、殉職者が出ると番号は一つずつ若いほうへと移動する。すなわち、一番が最古参であり、高桜弥美は二八番であった。明日には二七番に改められるだろう。


 いや、これからもっと殉職者が出るかもしれない。


「何なんだ、この街は」


 運転をしている一九番が嘆いた。住民全員に黒い靄が寄生している。しかも弥美を襲ったときには気道を塞ぐのがせいいっぱいだった黒い靄が、今は一三番の頭蓋骨を割るほどの圧力をかけて絞め上げていた。


「黒黴はこの街にいる」


 四元は言った。


「まさか我々が郵便物の流れを把握できないとでも思っていたのか……。だとしたらとんでもない白痴だが、好機だ。この街に黒黴本人がいる。我々がここまで来たので奴は焦っているはずだ。一気に追い詰める」


 四元は囚人たちに怒鳴りつけるように言った。誰もが静かに頷いたが、姿を見せない能力者に不気味さを感じているようだった。


 直後、運転席に座る一九番が、えっ、と声を上げた。


 道路の脇に立っていた銀色の車止めが、道路のほうへと倒れてくる。


「避けろ」


 四元は言い、言われるまでもなく一九番はハンドルを切った。しかしその車止めはどろどろに溶けていた。そしてバケツの水をぶちまけるかのように金属の液体が道に広がり、行く手を塞いだ。


「衝撃に備えろ!」


 四元は叫んだ。車のタイヤが液体の金属に触れたとき、ゴムが剥がれ爆発する音が響いた。ワゴン車はスピンし、歩道に乗り上げた。近くを歩いていた人が悲鳴を上げて飛び退いた。


「金属を溶かす――例の能力者か」


 四元は呻き、車外に脱出した。囚人たちの中には怪我をしている者もいたが、近くに敵がいるということで表情は引き締まっていた。


 事故現場は騒然とし、団地の近くとあって野次馬があっという間に増え出した。そして彼らは例外なく黒い靄を体内に飼っていた。


 刑務官は舌打ちし、


「七番、脅せ」


 と言った。


 七番はにやりと笑い、軽く腕を振った。


 すると空気が震え、まるで銃声のような破裂音が辺りに激しく響き渡った。七番の能力は大気の操作。風の刃で相手を切断することも、空気の塊をぶつけ合って乱暴な旋律を奏でることも、時間をかければ天候を変えることもできる。


 集まりかけていた野次馬は驚き、退散しようとした。四元はこれでいい、と不審な人物がいないか注意を向けた。


 だが、それから奇妙なことが起きた。


 逃げ出した野次馬たちが、一斉にその場に倒れたのだ。


「――何だ、七番、何をした!」


 四元は叫び、コートの裏に仕込んであった七番の毛髪を取り出そうとした。七番は冷や汗をかいて必死に弁明した。


「な、ななな何もしてませんって! 威嚇だけ! 威嚇だけです、本当です!」


 比較的近くで倒れていた通行人を調べると、穴という穴から血を垂れ流していた。他の野次馬たちも似た症状で、全員死んでいる。


「黒黴の仕業か……?」


 四元ははっとして、辺りを見回した。すると、団地の屋上からビデオカメラを回している女を見つけた。


「あの女を捕まえろ! 黒黴の協力者だ!」


 女はひらりと身を翻して逃亡を図った。しかし囚人の七番が空気を固め、透明の階段を形成し、三人の囚人がその屋上へと駆け上がって行った。残る刑務官と三人の囚人は地上から女を追おうと走り始めた。


 だが、ちらりと視界に入ったのは、頭上から降ってくる鉛の雨だった。囚人の一人が自らの掌を巨大化させてそれを受け止めた。


 男が、別の団地の屋上からこちらを見下ろしていた。にやにやと笑っている。


「やっちまったな、刑務官さんよ! 一般人を虐殺する映像がばっちり撮れた! しかもそいつらはかつて罪を犯した囚人!」

「虐殺したのは黒黴だ」

「だが、いったい誰がその『真実』を信じてくれるかな? 賭けてもいいが、そこの囚人が殺したようにしか見えないぜ。はっはははは、あんたらも終わりだな!」

「終わるのはお前だ」

「おれの能力は無敵だ! 何て言ったって金属だけでなく――」


 しかしそこで男の言葉は途切れた。あひゃあ、という情けない声を上げたかと思うと、全身が発火した。そしてもんどりうって屋上から地上へと落下してきた。


 またもや掌を巨大化させた囚人が受け止めたが、炎が熱くてすぐに放り出した。男は絶叫しながら炎に包まれていた。再び屋上に目をやると、光莉が顔を覗かせていた。


「確認を取らずに攻撃してしまいましたが、判断は正しかったですか?」

「上出来だ、高桜捜査官。しかし捜査には加わらないという話だったが?」

「黒黴を捕まえる絶好の機会なんでしょう? 適当に見繕われた戦力ってやつです。弥美の護衛には他の捜査官がついているのでご心配なく」

「そうか。――そろそろこの炎を消してやってくれ。消し炭になってしまう」


 光莉は大きく頷いた。間もなく、男の炎は消えた。息も絶え絶え、もう抵抗する気力がなくなっているらしい男に、拘束具と覆面がつけられた。


 そのとき、四元の持っている通信機に連絡が入った。


《トラッカーです。俺の力を借りたいそうで》

「そうだ。何か分かることはあるか」

《この街は異様です。住民のほとんどの体重が重い》

「重い?」

《黒い靄を抱えていると、体重が二倍近くに増えるそうです。この街の住民全員が黒黴の影響下にあると思っていいでしょう》

「我々が下手に接触すると、濡れ衣を着させる為に、黒黴が一般人を殺すかもしれんな」

《そうですね。移動には弥美の能力をコピーした隼人を使ったほうがいい。ただ、一度に運べるのは本人含め三人までだそうです。弥美なら大量輸送も可能だったんでしょうが、隼人もまだ慣れていないようで》

「弥美と組ませて、もっと訓練を施しておくべきだったのかもしれないな」

《かもしれません。……ん? おっと……、こいつは凄い》

「どうした」

《たった今、見つけたんですが、通常の人間の十倍近い体重の男が車に乗ってこの街を出ようとしてますね。もしかすると、こいつが黒黴かも……》

「場所はどこだ」

《地図ありますか》


 トラッカーから指定された場所に瞬間移動すれば黒黴を捕まえられるかもしれない。広げた地図に印を付けた四元は、息子が光莉と共にすぐ近くに瞬間移動してきたのを見た。


「久しぶりだな、隼人」


 四元は言った。隼人は頷いた。


「一か月ぶりかな」

「そうだな。早速お前の能力を借りたい。この地図のポイントに我々を運べるか」


 隼人は地図を見るなり、頷いた。


「もちろん。だけど、それより先にやるべきことがあるみたいだよ」

「構わん」


 四元は言った。道の向こうから、じっとこちらの様子を窺っている長身の男がいた。手にはナイフを持っている。ずっと前から気付いていた。だが手出しをする気がないのなら、あんな雑魚には関わっていられなかった。


「隼人くんは囚人たちを運んで。あの人は私が対処する」


 光莉が拳をさすりながら言った。隼人は頷き、四元と囚人たちを指定されたポイントに運び始めた。弥美のように自在に使えないので、一度瞬間移動をするたびに、息を整える必要があった。四元は、道路を跨ぐ歩道橋の上から、黒黴が乗ってやってくる車を探し始めた。









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