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瞬間移動能力者

 高桜弥美の殺害は、対策室にとっても苦渋の決断だった。


 国家的英雄にして日本最強の能力者と呼ばれる四元日向刑務官は、最後まで高桜弥美の殺害に反対していた。


 能力犯罪の囚人を管理下に置き、定役と称して犯罪捜査に協力させる刑務官にとって、瞬間移動の能力を有する弥美は喉から手が出るほど欲しい逸材であった。


 しかし捕獲は極めて難しい。解析が進むにつれ、殺害止むなしの気運が高まっていく。


 彼女の能力は手に触れた人間や物体を思い通りに場所に瞬間移動させるという強力なものだった。使用の制限などはない。能力を使い過ぎて疲れるということも、高速で移動する飛行機に飛び乗り移動前との速度差で悲惨な目に遭うという欠陥もない。


 高桜弥美がその気になれば、誰だって殺せる。それを知って動揺しない人間はいない。仮に彼女が対策室に所属し、まっとうな人間として真面目に職務に励んでいたとしても、彼女を畏怖する人間は後を絶たなかっただろう。


 まして誘拐事件を引き起こしているとなれば、脅威以外の何物でもない。


 殺せ。


 対策室を統轄する内閣府から、指令が下された。それに抗えるほどの裁量を、対策室は与えられていない。対策室内でも紛糾していた議論に、とうとう結論が出されたことになる。


 ただちに、弥美の殺害は実行に移されるはずだった。


 遂行するのは四元刑務官。


 彼が高桜弥美の殺害に必要とするのは、彼女の毛髪一本だけである。そして、その採取は既に済んでいた。


 彼が対策室室長の朝霧慧悟の要請を受け、自室にて弥美の殺害を実行しようとしたところ、ノックがあった。


「どうぞ」


 入って来たのは、彼の実の息子、隼人だった。


 四元は手に持っていたガラス管を机上に置いた。その中には弥美の毛髪が入れられている。


「隼人か。何の用だ?」

「見たいなと思って」

「何をだ?」

「父さんが弥美を殺すところ、さ」


 四元は息子の真意が掴み切れず、瞬きを二度繰り返した。


「――悪趣味だな」

「人食いよりはマシだろ」

「言うな。任務だ」

「父さんは変わったよ。昔はもっと、優しかった」

「むしろ、自分が優し過ぎると思う場面が多過ぎる」

「だったら、光莉さんの実の妹を殺そうだなんて絶対に思わない」

「思う、とか、やってみたい、とか、そういう次元の話ではない。上からの命令なのだから仕方ない」

「上司が死ねって言ったら、父さんは死ぬのか」

「ああ。それが能力者の現状だ」


 隼人は絶句した。四元は弥美の毛髪が入ったガラス管の端を指で弾く。ガラス管は机上でくるくると回転した。


「俺の能力は、物体の欠片を口に入れると、その本体を分解し、自動的に俺の胃袋に直行させるというものだ。どれほど本体が遠く離れた場所にいようとも、この能力からは逃れられない。つまり、この髪の毛を口にすれば、自動的に弥美の全身が分解され、俺の栄養分となってしまう。人体にとって毒となる部分は、数時間後に吐き戻されることになるが」

「……父さんが刑務官を任せられているのは、囚人の毛髪を常に携帯し、いざというとき即座に処刑できるから。まさに日本初の能力者に相応しい、えげつない能力だ。まるで日本に能力者犯罪が蔓延することを予見していたかのよう」

「そうだな。犯罪者の髪の毛一本、垢の一かけらでも採取できれば、処刑は可能となる。俺はこれまでに四〇名の犯罪者と、九名の囚人を平らげてきた。どうして、こんなことが許されると思う? 普通なら人食いなんて、容認されるものではない」

「……それは」

「それは、この社会に能力者を受け入れる場所が皆無だからだ。能力者は殺されても仕方のない存在。俺は同じ能力者として、社会に過大なストレスをかけた能力者を排除する役割を負っている。その役割を放棄するわけにはいかない」


 隼人は俯き、少し震えていた。やがて目線を上げると、彼は怒りの眼差しを父親に向けてきた。


「同じだ」

「うん?」

「父さんが家からいなくなったときと、同じだ。僕が対策室に入ったのは、世の中を正す為だ。こんな腐った世の中を認めたくなかった」

「他の捜査官も同じような志を持っているだろう」

「そうじゃない。別に能力者犯罪のことだけを言っているんじゃない。僕は居場所が欲しかっただけだ。人は平気で他人の居場所を奪う。罪の意識だって希薄だ。僕は、他人の居場所を奪うような人間にだけはならないように努めてきたつもりだ」

「立派なことだ」

「本当にそう思うのなら、役割だから、なんて言い訳で人を殺すな。僕は、絶対に諦めない。父さんは、僕の能力を知ってるよね?」

「当然だ。触れた人間の能力をコピーする。使い勝手が良さそうでいて、実際にはほとんど役立たない」

「この能力で、弥美を捕まえる」

「お前には無理だ。能力をコピーしても、本来の能力者と比べると遥かに威力に劣る。しかもコピーできるのはその能力者に触れていた時間に等しい。はっきり言って、どんな能力者相手にも勝てない、最弱の能力だ。捜査に役立てられないこともないが、お前は前に出て活躍するタイプの人間ではないんだよ」

「それはどうだろうね」


 隼人はそう言うと、一歩、前に進み出た。


 四元はガラス管を摘まみ上げ、軽く振った。


「これを奪う気か? 俺から? お前ごときが?」

「光莉さんの能力を知ってる?」

「ああ。炎に関する能力だったな。それがどうした?」

「さっき、光莉さんがリフレッシュ・ルームで眠ってた。泣き疲れたみたいで」

「泣き疲れた?」

「弥美を殺害することを伝えたから」

「……お前……」


 四元刑務如何は顔を歪めた。


「おかげで彼女の能力を『借りる』隙が出来てね。まあ、傍から見たら僕は痴漢みたいに見えただろうけど」


 ガラス管が割れた。


 四元は手で目を庇った。隼人は光莉の能力をコピーして熱気を纏っていた。はっとして見れば、弥美の毛髪が焦げて跡形もなくなっていた。


 しばらく四元は動かなかった。


「……タダで済むとは思っていないな?」

「うん。でも、時間を稼げればいい」

「どういうつもりだ?」

「光莉さんが、弥美を説得するだろうから」

「……馬鹿が。無理だ。そんなもの」

「本当の部外者は、僕や父さんだ。これは光莉さんと弥美の問題なんだ」

「子供みたいなことを言って……。奴は既に七件の誘拐事件を起こしている。単なる姉妹喧嘩では済まされないんだよ」


 四元は短く溜め息をついた。


「――時間を稼ぐと言ったな。いいだろう。あと一日だけ待ってやる。しかしそのときお前は現実を知るだろう。最悪、八件目の誘拐事件が起きるかもしれないな。自らの行為が招いた結果をしかと見届けておけ」

「言われなくても」


 隼人は踵を返し、退室した。


 四元は割れたガラス管を手で払った。


 弥美を説得できるものなら、とっくにしている。瞬間移動という強力無比の能力を有しているからではない。


 殺すというのは最後の選択。この地球に天災が降りかかったとき、どこからともなく謎の少女が現れ、救世の能力を授けて姿を消す。


 もしあの少女が神の遣いならば、能力者同士で潰し合っている場合ではない。これは神からのメッセージ。この状況にあぐらをかいているようでは、いつか見捨てられる。四元はそう考えていた。


 全ての能力者はあの少女と出会っているはずだ。


 それなのに、誰も隼人のような考えには至らない。


 この世界を変えたいという、大それた考え。


 しかし人類に与えられたのも、これまでの文明を揺るがすような大それた能力であるはずだ。


 ならばむしろ隼人の志のほうが正しいのではないか。


 この腐った世の中を変えてみろ。神からのメッセージが込められているとしたら、それしかないのではないか。


 自分がどうするべきなのか、教えて欲しい。


 白いワンピースの少女。名前も知らない、あの無垢なる少女。


 彼女は今でも、日本のどこかで新たな能力者を生み出しているのだろう。


「もう一度だけ、会いたいな……」


 四元は呟いた。椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ。




   *




 光莉は目を覚ました。


 そこは所内のリフレッシュ・ルームで、数人の職員が小声で談笑していた。


 躰には毛布がかけられていた。誰かがかけてくれたのか。毛布は肌触りが良く、無意識に何度も撫でた。


 周囲の人間は光莉のことを避けているような印象がある。弥美の殺害に配慮してのことだろうか。


 飲みかけのコーヒーが近くの小卓に置かれていた。当然、すっかりぬるくなっている。埃も入っているかもしれない。それでも飲み干した。苦くて渋い。じぃんと舌の根から顎の骨にかけて沁み渡るような感覚。


 ちょっとだけ目が冴えた。立ち上がり、自分の部屋に籠っていようと思った。いつもなら仕事で忙しいが、弥美の一件で急に余暇が増えていた。


 ポジティブに捉えればいい。最近全く休めていなかったから、久しぶりにゆっくり眠れる。


 ゆっくり、眠れる。


 その程度のことか。


 弥美を失って、妹を殺されて、得られるものとは、その程度のことなのか。


 急に自分が情けなく感じられる。隼人の言う通りなのかもしれない。少しくらい感情を表に出しても、許されるのかもしれない。


 自分の部屋に戻ったらもうそこから動けなくなる気がして、リフレッシュ・ルームの長椅子に腰掛けた。


 コーヒーを淹れ直そうか。空いたカップの汚れを眺めている内にそう思った。


 まさに立とうとした瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。


 液晶画面を見て硬直する。光莉は周囲の人間の反応を窺った。誰も自分のほうを見ていない。怪しんでもいない。


 当たり前だ。誰が、連続誘拐事件の犯人から電話がかかってきたと分かるだろう。


 液晶画面には弥美と表示されている。光莉は数秒間、出るべきかどうか迷った。しかし出ないという選択はあり得なかった。緊張しながら出た。


「もしもし……」

《さっさと出てよ。寝惚けてるの?》


 光莉は深呼吸してから、部屋を見渡す。施設内のいたるところには監視カメラが設置されている。セキュリティ・システムは万全だった。


 しかし瞬間移動する人間の侵入を防ぐ方法は存在しない。


「……もしかして、私が見えているの?」

《そうよ。警備室からね。ここってモニターが何十個もあって、数百あるカメラの映像にちょっと動きがあると、そっちに自動的に切り替わるの。で、怪しい人物にマーカーがついたり、追跡したり。凄いわよね》

「狙いは何?」

《ちょっと、遊んでみようかなって気になってね。姉さん、彼氏が出来たんでしょ?》

「は? 彼氏?」


 全く身に覚えがなかった。男性経験がないとは言わないが、今はそういうものとは無縁だ。


「何を言ってるんだか、さっぱり……」

《しらばっくれないでよ。四元隼人――あの四元日向の息子なのね。やったじゃない。凄いのを捕まえたものね。さすが姉さん》

「隼人くんは単なる同僚よ。恋人じゃないし――」

《単なる同僚が、姉さんが眠っているときに優しく頭を撫でてたりする?》

「あ、頭を――?」


 弥美の嘘だろうか。いや、わざわざ電話をかけてきて嘘を言うか? 


「隼人くん、何をしてるのよ……!」

《恋人なんでしょう? 姉さんはいつだって上手くやるんだから、別に驚かないわよ。でも実の妹が誘拐事件なんて起こしちゃってるときに、よくもまあそんな気になれるわよね。つまりあたしなんか取るに足らない存在だってワケね》

「違うわ。違うの」


 しかしこんなことを弁明している場合ではないことに、すぐ気付いた。警備室に弥美がいる。これは由々しき事態である。


「そんなことより、何が狙いなの。対策室を潰しにきたの」

《まさか、そんな無駄なことはしないわよ。そろそろ八人目のお婿さん候補を迎えに行こうかと思うんだけどね》

「まだ誘拐を続けるつもり?」

《ちゃんと最後には家に帰してるんだから、別にいいじゃない。でも、あたしを殺そうとしているところを見ると、戦いは避けられないみたいね》

「すぐに四元刑務官があなたを殺すわ。でも、今すぐに降伏すれば――」

《降伏? あははは、冗談でしょう? 誰もあたしを殺せないわよ。四元さんでもね》

「大した自信ね」

《だって、事実だもの。ねえ、あたしはずっと見てたのよ。四元さんがあたしの毛髪を口にしようとしてたところも、全部。あの毛髪がすり替えられていることにも気付かず、間抜けなものだわ》

「――何ですって?」

《そう驚くようなことかしら。あたしはどんな場所にも顔を出せる。情報収集はお手の物。髪の毛のすり替えなんてもっとお手軽。あーあ、四元さんの嘆く悲しむ顔が見たかったのに》

「どういう意味よ」

《すり替えたのは、四元さんの奥さんの髪の毛なのよ。ははははは、自分が奥さんを殺したと知ったら落ち込むでしょうねえ。それが見たかったのに、寸前で邪魔が入っちゃって》


 寒気がした。人として越えてはいけない一線というものがある。それを弥美は踏み越えたと感じた。


「あなたは――いつからそんな」

《最初からよ。姉さん、勝負をしましょう。今、対策室が売れっ子アイドルの警備にとんでもない数の人員を割いているわね。さすがにこれだけ警戒されると、攫うのは難易度が高いわ。だから、今度はちょっと趣向を変えようかと思ってる》

「……趣向を変える?」

《あたしが次に狙うのは、竜ヶ崎精二よ。今度こそ美しいあたしに見合う素敵なオトコだといいんだけど》

「竜ヶ崎精二――演歌歌手の?」

《そう。彼って美声で、口パクばっかりのアイドルとは違って本当に歌が上手くて、しかも自分で作詞もするらしいのよ。本物、って感じよね。正直演歌とかよく分からないけど》

「こんな予告をして、何を企んでるの」

《別に。ただ、あんたたちがあまりに情けないから、少しでもまともな勝負になるように配慮してあげただけ。仮にあんたたちが今の万倍の規模を持った組織で、全ての有名人の護衛が可能だったとしても、今度は一般人を攫えばいいだけ。それが難しくなったら外国人に手を出せばいい。分かる? あたしが有名人を攫うのは慈悲なのよ。あんたたちが私を捕まえられるかもしれない、殺せるかもしれない、そう思わせる為の餌……》

「で、今回のも餌ってわけ?」

《今日の午後二時、彼の初の単独コンサートが栃木のさる市民会館で行われるわ。本部からなら、車を飛ばせばぎりぎり間に合うんじゃないの。検証はしてないけど》

「本部から?」

《ふふ、言い忘れてたわ。姉さん、このことは他言無用よ。この一件は、あんただけしか動くことを許可しない。あたしはあんたを辱めたいの。なのに捜査から外されちゃって、情けない。本当なら、そんな惨めな姿を拝めただけで満足なんだけど》

「私と遊びたいわけね。でも、あいにく、外出が許可されていない。あなたの希望に沿うことはできない」

《要求に応えられないのなら、仕方ないわね、竜ヶ崎精二を殺すわ》


 冷淡な声が聞こえてくる。光莉は拳を固く握り込んだ。


「……何が望みなの?」

《馬鹿。言ったでしょう。あたしはあんたを辱めたいの。惨めな泣き顔を拝んでやりたいのよ。さっさと竜ヶ崎精二のコンサート会場まで来なさい。あんたの目の前で彼を攫ってやるわ》


 通話が切れた。数秒の間、光莉は携帯電話の液晶画面を睨んでいたが、やがて操作してネットに繋ぎ、情報を仕入れた。


「竜ヶ崎精二のコンサート――確かに今日、栃木で行われるらしいわね」


 光莉は瞼を固く閉じる。妹を止められるか、正直全く自信がなかった。このちゃちな炎の能力で、あの強大な能力にどれだけ対抗できるだろう。


 しかしやるしかないのだ。光莉はリフレッシュ・ルームを飛び出した。


 廊下を歩いていた何人かが声をかけてきたが、妹の死を予感した姉が悲しみに暮れているようにしか見えなかったのか、誰も止めようとはしなかった。


 しかし、エントランス近くに佇んでいた隼人は見逃してはくれなかった。


「光莉さん、どこに行くんです。確か外出禁止だったでしょ」

「ごめん、そこどいて」

「弥美から連絡でもあったんですか」


 ぎょっとした光莉は、まじまじと隼人を見た。


「……まさか。そんなはずないでしょ」

「そうですか。じゃあ、一緒に行きますよ」

「は? いや、私は行くところがあって――」

「それはどこです? まさか竜ヶ崎精二のコンサートだったりしますか」


 光莉は再びぎょっとした。そして首を横に振る。


「性格が悪いわね。聞いてたなら、そう言ってくれれば良いのに」

「すみません」

「どうやって聞いてたの」

「僕は、他人の能力をコピーしている間、その人とある程度感覚を共有できるんですよ。視覚とか聴覚とか――一番共有できるのは味覚ですかね。あのぬるいコーヒーの味で、ああ光莉さん起きたんだなって分かりました」

「勝手に人の能力を借りないで。……でも、聞いてたなら遠慮して。私は一人で行かなければならないの」

「運転手が必要でしょう? 光莉さん、運転免許持ってないんだから」

「隼人くんだって、高校を出たばかりでしょう」

「つい先日取得しましてね。教習所のおじさんに、ブレーキ上手いねーって褒められたほどの腕前です」

「……でも」


 光莉は悩んだ。自分から隼人に報せたわけではない。それに今から午後二時までに会場に辿り着くには、公共機関では間に合わなかった。誰か運転手が必要だというのも事実だった。


「……お願いするわ。でも、弥美と対峙するのは私一人だけ」

「分かりました。早速行きましょう。実は、車の鍵、もう借りているんです」


 駐車場に向かい、対策室の車両に乗り込む。隼人は光莉がシートベルトを締めたことを確認すると、アクセルを踏み込み、勢い良く発進した。


 一般道を快走し、東北自動車道に入ったとき、光莉の携帯電話が鳴った。


 弥美からだと思ったが、そうではなかった。液晶画面にはトラッカーと表示されている。対策室に所属する、情報収集に長けた捜査官だ。


 光莉は緊張しながらも出た。


「もしもし、トラッカー?」

《どういうつもりだ。外出を禁止されているはずだが。しかも高速に乗ったな?》

「ええ。大したものね。あなたの索敵能力は」

《既に上には報告した。で、どこに向かっている。用件は何だ》

「それを言ったら、また上に報告するんでしょう」

《当然だ。全ての捜査官の動向をチェックするのが俺の役割だ》

「言えないわ。でも、じきに分かる。今は邪魔しないで」

《では、懲罰房行きを命じられたはずの四元隼人が同道しているのは、どういうことだ》

「懲罰房――って」


 隼人を睨む。彼はハンドルを握りながら、肩を竦めた。


「隼人くんが何をしたのかは知らないし、私だってこんなふざけた人は連れて行きたくなかったわよ」

《分かった。そのように報告する》


 そして、少し間を置き、言った。


《幸運を祈る》


 通話が切れた。光莉はしばらく携帯電話を睨みつけていた。隼人が不思議そうに横目でちらりと見てくる。


「トラッカーさんに何を言われたんです」

「幸運を祈る、って。それより、隼人くん、懲罰房行きって本当? 何をしでかしたの」

「四元刑務官が弥美を殺そうとしたので、阻止したんですよ。実際に命の危険に晒されていたのは、母さんだったわけですが」

「そう言えば、邪魔が入ったとか何とか言ってたわね。……もしかして、その為に私の能力をコピーしたの?」

「はい。頭を撫でさせていただきました」

「どうして頭なのよ。肩とか、指の先とかでもいいわけでしょ」

「色々と試したんですが、一番良いのは握手することなんです。二番目に頭、三番目にお腹」

「……何の話?」

「僕の能力の話ですよ。能力をコピーするとき、他人に触れる必要があるんですが、そのとき掌とか頭に触れると能力の劣化が少なく済むんです」

「じゃあ、頭を撫でることないじゃない。掌に触れば」

「だって、光莉さん、両手を枕にして寝てたから……、両手を重ねて片頬に当てて、乙女みたいなポーズでした。だから仕方なく頭にしたんですよ」


 理屈は通っているが、澄ました顔で言うのが気に食わない。脇腹を殴ると、隼人は呻き声を上げた。


「し、死にたいんですか! 高速走ってるんですよ、今!」

「能力を分け与えてやったのよ。お腹に触れると劣化が少なく済むんでしょ?」

「僕のお腹じゃなくて、能力を借りたい人のお腹です!」

「どっちでもいいわよ。それより事故起こしたら承知しないわよ」


 光莉は傲然と言い放った。隼人はしばらく苦しそうに躰を捩じりながらも、アクセルを踏み続けていた。


 車は東北自動車道から降り、栃木市に入った。あと一五分でコンサートが始まる時刻になっていた。


 光莉は携帯端末の地図アプリを起動して、市民会館までの道を案内した。隼人は可能な限り車を速く走らせた。


「そこ、右折」

「了解」


 車が右折しようと交差点の中央に差し掛かる。


 そのとき、対向車線に、突如として外国車が出現した。


 それも猛スピードでこちらに突っ込んでくる。


 隼人が悲鳴を上げた。光莉は見た、突っ込んでくる車の運転席には誰も乗っていない。無人の外国車が、車に激突した。


 正面衝突は避けられた。だが大きく車が回転し始め、シートベルトに肉が食い込む。


 世界が回る。視界が歪み、灰色の物体が眼前に迫る。


 衝撃。誰かの悲鳴。もしかすると自分か。


 大地がひっくり返る。頭に血が上る感覚。車が横転したのだと悟った。


 次に襲ってきた衝撃は躰を激しく揺さぶった。シートベルトから躰が浮き上がるのを感じる。


 そして突如として現れたのは閃光。


 短い夢へといざなう火花。


 光莉は気を失った。





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