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思いがけず終焉

黒黴のアジテーションが成功するはずがなかった。対策室が黒黴を排除することだけに専心するならば、彼にとって不利となる情報の公開には躊躇がなかった。


 普段、能力者に関する情報を統制されているマスコミ各社は、対策室が提供した黒黴に関する情報をこぞって取り上げ、独自に分析し、彼の非道性、残虐性を糾弾した。


 四元刑務官の部下の囚人が一般人を虐殺する動画がネットに上げられると、早速、マスコミが映像分析のプロに真偽のほどを確かめるように依頼した。すると、映像そのものに加工された跡はないが、そもそも囚人の攻撃は威嚇であり、被害者を死に至らしめたのは黒黴の能力であるとあっさり看破してしまった。


 対策室が死亡した囚人の情報も、黒黴に関する情報と共に公開したことが大きかった。黒黴が意図するような、対策室の手法を批判するような論調は生まれなかった。むしろ黒黴の猟奇性がクローズアップされ、平時の日本では考えられないほど、罪を犯した能力者への批判が生まれた。日本は世界的に見ても、能力を持った犯罪者には甘いことで有名である。四元刑務官の存在が大きな要因だが、今回は批判が激しく加熱した。


 マスメディア、あるいはネット上での意見を見ても、黒黴を擁護する者はほとんどいなかった。一部では彼の残虐性に惹かれ悪乗りして応援するような者もいたが、黒黴が望むような信奉の形ではないはずだ。


 隼人は弥美の病室に詰めていた。いつまた黒黴が襲ってくるか分からない。そのときは弥美を連れて逃げることくらいしかできない。それがもどかしいが、彼女を死なせるわけにはいかなかった。


 昼前、弥美の手を握りながら雑誌を読んでいると、光莉が顔を出した。


「どう、弥美は」


 光莉の言葉に、隼人は弥美を一瞥した。


「見ての通り、です。どんな治療を試みても体力の衰弱が止まらないらしいんです。黒黴について、進展はありましたか」

「隼人くんの能力を使って、何とかできるんじゃないかって案が幾つか出てるわ。でも現実的じゃないのよ。そもそも黒黴がどこに潜伏しているのか、それを突き止めないことにはね。そっちのほうは、まあ、進展がないわけでもないんだけど」

「そうですか……、あ、どうぞ」


 隼人は椅子を勧めたが、光莉は肩を竦めて入口の近くに立っていた。


「隼人くん、弥美のことはもういいわ」

「……もういい、とは?」

「どうせ死は免れない。だからこそ黒黴は彼女を襲いに来ないのよ。もう死ぬって分かってるから」

「……誰に言わされてるんです、そんなこと」

「これは私の意見よ。四元刑務官にも言ってやったわ。もう弥美のことは忘れてくださいって」

「本気ですか」

「あなたも対策室の重要な戦力に数えられているのよ。いつまでもこんなところにいるわけにもいかないでしょう」


 隼人は弥美から手を離し、立ち上がった。光莉を正面から見据える。


「……光莉さん、本心を曝け出せとは言いません。光莉さんがどんな気持ちでそんなことを言っているのか、想像もつきません」

「隼人くん、だから私は――」

「光莉さんは弥美のことが心配で仕方ないことくらい分かる。実の姉妹なんだから当然です。でも、僕をここから連れ出すのにそんな悲しい言葉を使わないでください。僕がそんな見え透いた嘘で納得するような人間に見えますか」

「悲しい言葉って……、そんなの」

「諦めてなんかいないでしょう。黒黴を捕まえて、妹を助けたいって思っているんでしょう。僕だって毎日がもどかしい。黒黴がここに現れてくれないか、そうしたら僕が能力をコピーして何とかできるんじゃないか、そんなことばかり考えてる。一週間前に、父さんが黒黴と接触したとき――連れて行った囚人が全員死んだ日ですよ、僕はこれで解決するんだ、弥美は助かるんだって思いました。でも、それからの日々は地獄のようです。弥美が助からないのもそうですけど、光莉さん……」

「なによ」

「光莉さんの顔を見るのが怖いんです。あまりにも明日が来ることを恐れているのが、僕には分かってしまうから」

「……怖い、って……。私は」


 光莉は目を伏せた。そして弥美に目を向けた。


 弥美はバナナの皮を捲って、むしゃむしゃと食べていた。病衣を胡散臭そうに見つめて、光莉と目が合うと、よっ、と手を持ち上げた。


「や、や、や、弥美……、あなた、どうして……」


 隼人が振り返り、弥美が平然と起き上がっていることに気付いた。二人とも呆気に取られてしまった。今まで黒黴の能力で命を削られていたのに。


「どうしたの、二人とも。うーん、よく寝たなあ」

「呼吸器がなかったら自力で息もできないくらい衰弱してたのに」


 隼人が言うと、弥美は近くの籠に積んであった果物を手に取って、ははんと笑った。


「なに、あたしって今まで倒れてたの? どうして?」

「何も覚えてないの」


 光莉が身を乗り出す。弥美はこくんと頷く。


「最後に憶えてるのは、隼人くんの部屋でテニスゲームやってたことかなあ……。ああ、そう言えば急に眠気に襲われて……、って、あれ、どうして姉さん、泣いて……」


 光莉が弥美に抱きついた。止め処なく流れる涙。隼人はここ何日、自分の心を占めていた澱が綺麗になくなったことを自覚した。そして笑った。笑いが止まらなかった。光莉も泣きながら笑っていた。弥美は困惑し、何度もどうして笑うのか尋ねたが、二人は答えなかった。どうせ、弥美が暢気な姿を見せてくれたのが嬉しんだよ、と言ったって、通じないだろうから。




   *




 光莉がリンゴの皮を剥いている間に、隼人はこれまでにあったことを全て弥美に話した。弥美はさすがに飄々とした態度を改めて、頷いた。


「まあ、あたしは恨まれて当然だけどね。で、その黒黴さんは自分の思い通りに事が動かなくて、今は潜伏期間中ってところかしら」

「それが、そうでもないんだ」

「と、言うと……、派手に暴れてるってこと?」

「まさに暴走。能力者でなくとも、自分を否定した人間を襲ったり、脅したり、酷い場合は殺したり……。最初は勢いのあったマスコミも、報道を自主規制している。被害を拡大させるわけにはいかないって理由で」

「ははん、結構やばいんじゃないの。あたしが復活したからには、好き勝手やらせないけどさ」


 けして顔色が良いとは言えない弥美は、からからと笑った。リンゴの皮向きを終えた光莉が苦笑している。


「まずは、弥美は自分の躰の心配をすること。黒黴の力で死ぬ寸前までいっていたんだから」

「ねえ、どうしてあたしは助かったの?」

「さあ……。分からない。これから精密検査を行うって、医者は言ってたね」

「もしかして、黒黴は諦めたんじゃないかなあ。敗北宣言ってやつ?」


 弥美は暢気に言ってリンゴをむしゃむしゃと食べ始めた。食欲が尋常ではないらしく、汁を垂らしながらも止まらない。光莉は困り顔を作りながらも嬉しそうにそれを拭いていた。


 そのとき、病室に看護官が顔を出した。


「高桜光莉様。お電話が入っております」

「え? ああ、はい。隼人くん、弥美をお願いね」


 光莉は病室を出て行った。弥美は瞬く間にリンゴ一つ分を平らげると、大きく伸びをした。


 隼人は穏やかな顔をしている弥美を見ていて、ふと思うことがあった。


「黒黴は、やっぱり、正義の為に動いていたのかもしれない」

「なに、犯罪者の擁護? あたししかいないからって、捜査官としてはよろしくないねえ」

「そうじゃない。黒黴が八田秀一を利用して弥美を攻撃したのは、大義名分が欲しかったから、それだけなんじゃないかって」

「八田秀一くんね……、あの人、他のアイドルより怯えてたからなあ……」


 弥美はぼそりと言う。誘拐したときのことを思い出しているのだろう。


「犯罪者ってだけではなく、被害者の処罰感情があって初めて、動くようにしていたんじゃないかって思うんだ。最近は暴走しているけれど」

「そう? でも、暴走の理由って何よ。被害者の処罰感情が大事なら、マスコミとか世間が何を言おうが関係ない気がするけど」

「身近な人に否定されたとか、被害者自身に責められたとか……」

「ふふ、隼人くん、あんまり犯罪者に寄り添って考えるのはよしたほうがいいよ。あたしでさえ、誘拐してた頃の自分の感情はあんまり考えたくないのに」

「そういうものかな」

「そうだよ。ねえ、他に食べ物ない? お腹すいちゃってさ……」


 そのとき光莉が病室に飛び込んできた。息遣いが激しい。隼人と弥美は驚いた。


「どうしたんです、光莉さん」

「どうしたの、姉さん」


 二人の問いに、光莉は首をゆっくりと振った。


「弥美が目を覚ました理由が分かった。……黒黴は死んだわ」




   *




 対策室前に置いてあった段ボール箱に最初に気付いたのはトラッカーだった。彼はこの中身が何であるか、その優れた嗅覚によってすぐに感付いたが、自分で開けるのは遠慮したかった。


 そこで対策室の中で暇そうにしていた若手の女性捜査官に、中を調べてくれと頼んだ。


 彼女はトラッカーのような優秀な男が自分を頼ってくれたのが嬉しくて、すぐさま段ボール箱の中身を調べようと開封した。しかし、同時に彼女は不思議に思っていた。彼女が寮から対策室に入るときには、段ボール箱は見当たらなかった。こんな目立つ位置にあったのだから見過ごすはずがない。


 もしかしたらトラッカーが仕掛けたビックリ箱か何かかしら、なんて軽い気持ちで中を開けると、そこには何かが詰められたゴミ袋が入っていた。


 何重にも封印されたその袋を開けて行くと、中には人間の頭が入っていた。


 彼女は悲鳴を上げて、卒倒した――その悲鳴を聞いて人々が集まり、騒ぎになった。調べたところ、箱の中でバラバラ死体になっていたのは黒黴であった。頭部を切断され、四肢を切り離され、背骨が抜き取られている。対策室にはたちまち死臭が充満した。


 しかし、死体の処理など些細な問題であり、死体を囲んで誰が黒黴を殺したのかという議論が噴出した。黒黴の肉体は黒い靄に覆われており、欠損してもすぐに再生する。それなのにバラバラになって殺されるというのは不可思議だ。


 結論は出なかった。自殺説が大勢を占めたが、それで誰もが納得するわけではない。そもそも誰がこの死体を対策室前まで運んだのか。


 対外的には、黒黴を対策室の面々が殺害したということで発表した。捕獲は極めて困難であり、致し方のない処置だった、と。対策室を批判する人間は極めて少数だった。




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