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 歌を紡ぐように祈る。

 墓の住人たちが安らかに召されるように。

 外で暮らす人々に幸福が訪れるように。

 ウィルバートの人生に幸せが満ち溢れるように、彼の生徒たちが真っ当に生きていけるように――後者はかなり適当に――祈った。

 敷地の隅々にまで魔法が行き渡ったのを確認して、目を開く。気怠い疲労感にぼんやりと浸っていると、後ろから「シャーロット」と声をかけられた。

 大きな荷物を持ったウィルバートだった。

「出発する準備ができた」

「はい。お見送りします」

 玄関に向かう彼の後ろを歩く。会話はなかった。

 彼は一晩中シャーロットを抱き締め頭を撫でていたようだ。その優しさが、今日がもう永遠の別れだと言っているようで辛かった。

 玄関の外には彼の生徒が集まっていて、ウィルバートの姿を見て彼らはぞろぞろと門に向かって歩き出す。

 デリックは体のあちこちに絆創膏を貼っている。ガラスを突き破った時に切ったのだろう。釣れなかった魚をギロリと睨んで、しかし何も言えなかったのか、デリックも門に向かって踵を返した。

 ヘレナはその場から動かずにシャーロットを睨みつけている。その目は真っ赤に腫れていて、きっと昨日、ウィルバートに怒られて泣いたのだろう。いい気味だと笑おうとして、虚しくなってやめた。

 玄関に荷物をおいて、ウィルバートはシャーロットを振り返る。

「言うのを忘れていた。庭師は明後日の午前中に来る予定だ」

「分かりました」

「明日、確認の電話があると思う」

「はい」

「魔法庁の連中も来るだろうから、何か伝えることがあるのならメモしておけよ」

「はい」

「後は……」

 呟いて、何も言うことがなくなったのだろう。ウィルバートは黙ってシャーロットを見下ろす。

 最後に言ってほしい。もうこれで会うのは最後だと。ちゃんと彼の口から教えて欲しい。ちゃんとさよならしてほしい。そうすれば、全てを諦める決心がつく。

 それなのにウィルバートは、子供にするようにシャーロットの頭を撫でてこう言った。

「またな」

 何て残酷な言葉を吐くんだ。唇を噛む。

 そうか、言ってくれないのか。

 そして「またな」なんて言葉で期待をさせるのか。シャーロットは細く息を吐いて、ゆっくりと顔に笑顔を作った。

「は、い」

 唇が震えて声が震える。自分の惨めな声を聞いて、笑顔を維持できなくなる。

 毎年彼がここを去る時、涙を見せたことなんて一度もなかった。その後何週間も泣いて暮らすことになったが、彼の前では決して泣かなかったのに。

「先生」

 ぼとぼとと涙がいくつも落ちて、ウィルバートは少し目を開いた。

「行かないで……」

「先生! 早く行きましょう!」

 ヘレナが声を上げて、ウィルバートの上着を引く。彼はヘレナを見ないで言った。

「ヘレナ、先に門の外に出てろ」

「でも先生、早くしないと」

「出てろと言ったのが聞こえなかったか」

 振り返ったウィルバートに、ヘレナが体を強張らせる。彼女は震える口をへの字に曲げて懲りることなくシャーロットを睨み付けると、荷物を持ってバタバタと走っていった。それを見送っていたウィルバートの上着を掴む。彼は振り返って、その手を取った。

「シャーロット」

「行かないでください……もう先生を困らせたりしないから、置いて行かないで……」

 彼の腕を掴んで、胸に額を押し付ける。一年に一度会えるだけで充分だったんだ。欲を出して外に出たいなんて言ったから、全てを失った。必死に彼にすがりつく。しかしもう手遅れなのは分かっている。

「お願い、私を見捨てないで……」

「見捨てたりなんかしない」

 言い切った彼の顔を見上げる。

 彼はシャーロットの額と頬に順番にキスを落とすと、体を離した。

「大丈夫だ、シャーロット。大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないです……」

「いいや、大丈夫だ。俺を信じろ」

 彼は指でシャーロットの涙を拭うと、ほんの少し、笑った。

「またな」

 返事を聞かずに荷物を持って、ウィルバートは踵を返す。

 スカートを握りしめて彼を見つめる。すぐにその背中は霧の中へと消えてしまった。




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