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シャーロットを初めて見かけたのは、彼女の魔力が学校中で噂になり、墓守にという声がひそひそと出始めた頃だった。
よく笑う、いや、笑うというよりはニコニコと笑顔を絶やさない子供だった。十二歳という歳のわりには大人びていて、成績も優秀、教師からも学友たちからも一目置かれる絵に描いたような優等生。
担任でも科目を担当しているわけでもないウィルバートが彼女に声をかけたのは、最初はちょっとした興味だった。
この幼い少女に、墓守などという辛い大役を任せることができるのか。
自他共に認める仏頂面だ。最初、彼女は少し警戒したような態度をとっていた。しかし何度も話しかけたり、――少し卑怯だとは思ったが――こっそりと菓子をあげたりすると、彼女はあっという間に懐いて、ウィルバートに満面の笑みを見せるようになった。
その頃から彼女は、ぽつりぽつりと生い立ちを話すようになった。
あまりの魔力の強さに、生まれた村を母親とともに追い出された事。とうとう母親の手にも負えなくなり、教会に預けられた事。十歳で魔力を暴走させることがなくなるまで、ほとんど教会の地下でひとりきりでいた事。
外の世界で自由に過ごせるようになってまだ二年だ。「楽しいか?」と問うと、彼女は子供らしい笑顔を浮かべて「とても」と言った。
その数日後だ。学園長から彼女へ、墓守の件が伝えられた。そして、彼女は拒否しなかったと聞いた。
放課後彼女を見つけ出して尋ねてみる。本当に墓守になってもいいのかと。
シャーロットはにっこりと笑ってこう言った。
「私がお役に立てるのなら」
この頃になると、ウィルバートは彼女の笑顔の裏にあるものを何となく感じ取れるようになっていた。それが本心からくる笑顔なのか、それとも何かを隠している笑顔なのか。
地面に片膝をついて彼女と視線を合わせ、出来る限り優しい声色で尋ねた。
「お前の本心が聞きたい」
彼女はとっさに子供らしくない笑顔を作ろうとして、失敗したようだった。小さな唇が震えて、声が震える。くしゃりと顔を歪ませて、彼女は初めてウィルバートに涙を見せた。
「先生、私……墓守になんてなりたくない……」
顔を覆って泣き始めた彼女を抱き締める。
「暗いところは嫌い……ひとりぼっちも嫌い……」
「うん」
「ごめんなさい……わがままを言って、ごめんなさい。私を、見捨てないで……」
「見捨てたりなんかしない」
ああ、どうして、見捨てることなどできようか。
この健気で哀れな少女を守りたい。
ウィルバートは当たり前のように両親に愛されて育った。当たり前のようにたくさんいる弟や妹を愛した。彼らが十二歳の頃はどうだったか。わがままを言って、泣き散らして、悪いことだってたくさんした。それでも両親や兄が自分を見捨てるなんて考えたこともなかっただろう。愛されて当然だと思っていたはずだ。
この娘にもそんな存在が必要だ。そんな存在になってやりたい。父親の代わりでもいい、兄でもいい。
こんな幼い少女が大人の顔色をうかがってビクビクと生きていかないといけないなんて、そんな事は絶対に間違っている。
彼女にちゃんとした両親がいれば状況は変わったかもしれない。しかし今彼女の面倒を見ていたのは寂れた教会で、彼らはシャーロットが墓守になるか否かの決定を学校に託した。
初めは反対派もいた。ウィルバートの主張に賛同する者も多かった。しかしどんな手を使ったのか、まともな言い分すら出さない学園長側に徐々に寝返り、最後にシャーロットの担任が賛成派へ転がって、五十二対一で多数決が決まった。
申し訳無さに顔を上げられなかったウィルバートの手に触れて、シャーロットは「先生は私のヒーローです」と子供らしく笑った。
その日のうちに彼女は魔法庁に連れて行かれ、優秀な人物を推薦したとして魔法庁から出た多額の報奨金が学園長や彼女の担任、反対派から賛成派へ寝返った者の懐に収まったと聞いて、ウィルバートは一生を捧げるつもりだった職場をあっさりと辞めた。
友人に誘われて大学の臨時講師になり、そしてそこで墓場を研修場所として使用していることを知って引率に立候補し、シャーロットに再び会えたのは彼女と別れてちょうど一年後のことだった。
元々小さかった体はさらに痩せ細っていて、美しかった金の髪も白んでいた。それでも彼女はウィルバートを見て泣いて喜んだ。来年も来ると言うと飛び上がってはしゃいだ。ウィルバートに会うことだけが生きる希望だと彼女は言った。
ウィルバートは唇を噛む。
この世界にはもっと楽しい事や美しい事、幸せな事があると教えてあげたい。
同じ年代の娘と同じように、おしゃれをさせてやりたい。恋をさせてやりたい。友達を作って、自由に好きな所へ行って、それが至って普通の事で、彼女にもそれを謳歌する権利があるのだと、身を持って分からせてやりたい。
この娘を幸せにしてやりたい。
ただ、幸せにしてやりたかった。