2
墓守がこの窮屈な墓場を出るためには、次の墓守が決まるか、何らかの理由で魔力が墓守の基準を下回らなければならない。
次の墓守が決まることはない。今墓守に適性があるのは、シャーロットを含めたった四人しかいなかった。他の三人は国王に仕えている魔法使いで、みんな国に必要とされている人ばかりだ。魔力ばかりが多く制御するための勉強をほとんどせずに墓守になったシャーロットは、もちろん彼らの足元にも及ばない。身寄りもない、そして魔力の量が物を言う墓守には、シャーロットはとても都合のいい人物だった。
ということは、墓守を辞めるためには魔力を減らすしかない。そしてそれに一番手っ取り早い方法は、妊娠することだった。
妊娠すると胎児に魔力がいくらか移る。時間をかけて回復はするが、それまでは墓守の仕事はできない。シャーロットはそれを狙っていた。
とにかくここを出たかった。
シャーロットがここに来るまでは、数十人が交代しながら墓を維持していたらしい。それならば今シャーロットがいなくなっても、どうにかしようと思えばできるはずだ。
十五歳の時、初めてウィルバートに妊娠させてほしいとお願いした時、それはもう怒られた。見たこともない剣幕で怒鳴られた。分かっている、妊娠し子供を持つということがどういうことなのか、分かっていないことは分かっている。
それでも、ここを出たい。
普通の生活がしたい、おしゃれしたい、友達を作って遊びたい、そんな贅沢なことは言わない。
ただ、ウィルバートに会いたかった。見るだけでもいい。遠くからでもいい。好きな人に、ただ会いたいだけなんだ。
髪も整えて、薄っすらと化粧もした。単に露出するよりもチラリズムがいいと聞いて、少し胸の開いた寝間着にカーディガンを羽織る。
それなのに、目の前のウィルバートはそれに全く動じない。
彼はここにくると、毎晩部屋を訪ねて話し相手になってくれる。いつも二時間程度、話が止まらなければ夜中まで。しかしどんなに色仕掛けをしても、彼からは指一本触れてこないのだ。
途中から会話に夢中になって、あっという間に二時間が過ぎた。このままでは彼が部屋に帰ってしまう。
話が途切れてた隙に、ソファに座るウィルバートの足に触れる。大きな手に手を重ねてから、彼の顔を覗き込んだ。
「先生、好きです」
「そうか」
「そろそろ私を抱きませんか?」
いつもなら抱かないと即答する彼だったが、今日は黙って目を細めた。ゆっくりと顔が近付いて、キスをされるのではないかと体を強張らせたが、触れたのは唇ではなく額だった。それもごちんと大きな音を立てて。
両手で額を押さえて痛みに悶える。
「ひどい……」
「お前、化粧してない方が可愛いぞ」
一瞬にして痛みを忘れて顔を上げた。初めて外見を褒められた。
「本当ですか? してないほうがそそりますか?」
「……どこでそんな言葉覚えてくるんだ」
呆れ返った声で尋ねるウィルバートに、本棚を指差してみせる。彼は本棚に近づくと、腰をかがめて目を滑らせて、一冊の本を手に取った。
「……何だこれは」
「教本です。ちゃんと勉強してるから、安心して抱いてください、先生」
それは男女の組んずほぐれつの描写を主にしている、いわゆる猥本だ。
彼はこれ以上ないほど渋い顔をして、似た本をすべて床に落とすと、机の上に置かれているランプを指差してそれから本を指差した。ランプから本の山へ火が走り、本の山は一瞬炎に包まれすぐに消し炭となり、彼が息を吹きかけると霧散して跡形もなくなった。止める間もなかった出来事に、シャーロットは立ち上がって不満を叫ぶ。
「ひどい! まだ全部読んでないのに!」
「もう寝るぞ」
扉に向かうウィルバートの背中に畳み掛けるように言った。
「逃げるんですか! 分かった! 勃たないんでしょう!? そういう病気なんでしょう!」
扉を開けた彼は、肩越しに振り返って口を開いた。
「……そうだな。子供相手にはぴくりとも勃たない」
悔しさのあまり声も出なかった。閉じた扉に向かってクッションを投げつける。
「もう大人ですから! 明日も絶対来てくださいよ! 覚悟しててください!」
扉の向こうから「おやすみ」という声が聞こえて、シャーロットは返事もできずにベッドに飛び込んだ。
反省会だ。何が悪かった。
最初から全裸で待機していればいいのか。それとも彼の服を脱がしにかかればいいのか。もういっそ押し倒せばいいのか。そうだ、催淫虫を召喚するという手もあった。
いつもいつももっと積極的に行っておけばと後悔するが、いざ彼を目の前にするとどうしても体が強張ってしまう。今日だって、キスをされると勘違いをした時、硬直して何も出来なくなってしまった。
額に触れる。コブにはなっていないが、きっと少し赤いだろう。口元に笑みが溢れるのが悔しくてたまらない。頭突きでも何でも、彼が触れてくれるのが嬉しい。
思えば長い片思いだった。彼がまだ今の大学ではなく幼年魔法学校に勤めていた時。十二歳でそこに入学し、すぐに魔力の高さに目をつけられたシャーロットが墓守の候補にあがった時、最後まで反対してくれたのがウィルバートだった。
結局多数決で墓守行きは決まってしまったが、シャーロットの中で彼はヒーローとなった。
ヒーローが憧れの人となり、想い人となるのにそれほど時間はかからず。シャーロットが墓守になりすぐに今の大学へ移ったウィルバートは、毎年行われていた墓場での研修の引率に自ら志願して、シャーロットの様子を見に来てくれるようになった。
当時はシャーロットが十三歳、ウィルバートは確か二十八歳、どうあがいても叶わない恋だったが、今は違う。彼がなんと言おうと、もう大人だ。そう、大人のはずだ。
言い聞かせるように何度も呟く自分に呆れてため息をつきながら、シャーロットはベッドの上で丸くなった。