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 シャーロットは随分前から玄関の前に立ち、彼の到着を今か今かと待ち続けていた。

 高鳴る心臓が痛くてうるさい。もういっそ止めてしまいたいくらいだ。

 約束の時間の数分前、白い霧の向こうから馬車の車輪の音と馬のいななく声が聞こえた。少しして、門を開くキィキィという音。そしていくつかの話し声も。

 雑然と並ぶ墓を縫うように敷かれた石畳の道。間もなくその上に何人かの人影が見え、それはだんだん輪郭を濃くする。先頭を歩くのは、去年とほとんど変わらない姿のウィルバートだった。

 会いたかった。寂しかった。ずっとずっと会いたかった。

「お久しぶりです、先生」

 それをうまく伝えられずに、笑ってそう挨拶をする。ウィルバートは相変わらずにこりともせずに「ああ」と返事をして、去年と同じようにシャーロットの頭を撫でた。相変わらず彼の中では、シャーロットは子供のままのようだった。

 背だって伸びた。胸だって、大きくはないが全くないわけでもない。化粧も覚えて、恋愛小説を読み漁って知識もつけた。そして、つい先日十八歳になった。もう大人だ。もう充分なはずだ。

「先生、私の気持ちは去年と変わっていません」

 後ろで座り込んでいる彼の生徒たちに聞こえないよう、彼の腕を引いてその耳元で囁いた。

「好きです。今年こそ、私を妊娠させてください」

 一世一代の大告白だ。それなのに彼は小さくため息をついて、返事もせずに生徒たちを振り返った。

 もちろんそんなことでへこたれたりしない。なんて言ったって、今年で四回目。今年こそ、だ。

 勝手知ったるウィルバートは、テキパキと真っ青な顔で座り込む生徒八人を部屋に案内してから、またシャーロットの元へやってきた。

「やはり初日は駄目だな。全員潰れている」

 これも例年通りだった。

 ある程度実力のある魔法使いでも、この墓場では魔力酔いを起こして慣れるまで立つこともままならなくなる。一般人なら気を失うだろう。

 ここは英雄と呼ばれた大魔法使いたちが眠っている、魔力が溢れる墓場だ。

 彼らは強い魔力のせいで静かに天に昇ることができず、ゆっくりと何百年もかけ魔力を地に返していく。そしてその魔力を外に漏らさないようにするのが、墓守であるシャーロットの役目だった。

 十三歳でその強すぎる魔力を買われ墓守になってから、五年間ここから一歩も出ずにその役を守ってきた。

 街から馬車で数時間。場所が場所だけに訪問者はほとんどいない。

 時々墓の管轄の魔法庁の役人がきて数十分程度滞在するのと、ウィルバートが一年に一度、勤務する魔法大学の成績優秀者を数人連れて、一週間研修のため滞在するだけだ。

 シャーロットは死者に囲まれたったひとりで生活していた。だからこそウィルバートがいるこの一週間は、シャーロットにとって唯一の生きる希望となっていた。

 このチャンスを無駄にしないようにとウィルバートを見上げる。そして気付いた。

「先生もあまり顔色が良くないみたいですけど……」

 彼が魔力酔いを起こすわけがない。なんて言ったって、国内最高峰の魔法大学で若くして助教授の地位についた、とにかくすごい人だ。今まで酔っているところなど見たことがない。

「少し疲れているだけだ」

「何連勤ですか?」

「三……四ヶ月くらい」

 言葉を失った。よく過労で倒れないものだ。

 唇を噛む。話がしたかった。できれば抱いて欲しかった。しかし、疲れ切っている彼に無理をさせる訳にはいかない。シャーロットはにこりと笑顔を作った。

「それなら、今日はお部屋でゆっくり休んでください」

「……そうだな」

 彼は辺りを見渡して少し考えた後、シャーロットを振り返った。

「何か困っている事はないか?」

 どうやら休むつもりはないらしい。一度言い出した彼が引かないことはよく知っているが、甘えてもいいのか悩む。

「男手が必要なこともあるだろう? 明日から生徒に付きっ切りだ。今だけだぞ」

 今だけという切ない響きに、シャーロットは負けてしまった。俯いて考える。大抵のことは魔法で事足りるのだが。

「先生が私を抱いてくれない事に困っています」

「それ以外」

 冷たい返事に肩をすくめる。言ってみただけだ。

「来てください」

 彼の手を引いて屋敷の外に出る。陽がさすことのない墓場はいつでも薄ら寒い。石畳の上を少し歩くと、「あれか」とウィルバートが声を上げた。

 頑丈な柵に沿って植えられている背の高い植木が、ドミノのように倒れていた。

「この間の嵐で倒れてしまって。墓石が近いから、魔法で直す時に何か影響があっても怖いし」

 ウィルバートは根っこを覗き込んだり木を持ち上げようとしてみたりしたが、絡み合っていてどうにもならなかったらしい。

「これはもう、専門家にどうにかしてもらったほうがいいかもな。うちの大学の庭師なら数分なら耐えられるだろう」

「いっそ引っこ抜いたら駄目ですか? こんな所で仕事するなんて、庭師の人が可哀想」

「獣が入ってこないように植えているものだからな、抜くのはまずい。何人か呼んで、交代でしてもらおう」

 ふたり同時にため息をついて、屋敷に向かって歩き出す。歩幅の大きいウィルバートの隣に並ぶため少し駆け足になると、彼はそれに気付いてゆっくりと歩いてくれる。嬉しくなって、彼の袖を掴んでその顔を見上げた。

「ダミアン・バークリーが最近ようやく召されましたよ」

 この国の建国に関わった英雄だ。強大な魔力を七百年かけて地に返し、ようやく天に上った。ウィルバートはシャーロットを見下ろして頷く。

「聞いている。彼がいなくなったから、だいぶ管理が楽になっただろう?」

「ええ、とても。当分ここに入る人もいないし、墓守の基準が下がったらいいんですけど」

 下がったところで、こんな所に来たがる酔狂なんていないと思うが。

 屋敷に戻って、大学へ電話しているウィルバートの後ろを少しの間うろうろして、なかなか終わらないので待つのは諦めた。

 壁にかけてある四枚のエプロンに順番に触れる。エプロンはまるで人が着ているかのように浮き上がった。シャーロットの手伝いをしてくれる使い魔だ。

「昼ご飯の準備を始めて。みんな魔力に酔っててあんまり食べられないだろうから、消化にいいものを。あと、机と椅子の準備も。街への買い出しもお願い」

 使い魔たちはふわりと礼をして、それぞれ動き出した。

 机と椅子を出している使い魔の手伝いをしながら、ウィルバートの電話が終わるのを待つ。庭師の話はもう終わっていて、何か難しい仕事の話になっていた。

 椅子を並べ終わっても電話は終わらない。

 待ちくたびれてそっとそばに寄ってウィルバートを見上げると、彼はそれに気付いてじっとシャーロットを見下ろした。

「……ええ。……はい。私の考えが変わることはありません。そのまま話を進めてください」

 ようやく電話を切ったウィルバートは、少し顔をしかめてため息をついた。

「お仕事の話ですか?」

「ああ」

「こんなところまで来て……先生も大変ですね」

「そうだな」

 もう一度ため息をついて、ウィルバートはシャーロットの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「生徒の様子を見てくる」

「はい」

 乱れた髪を手櫛で直しながら返事をして、シャーロットは彼を見送った。





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