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 7月1日、夜。


 勇太の夢の中。


 夕焼けに染まる茶畑。

 点在する民家の窓に明かりが灯り始める。

 香織は勇太を連れて一軒の民家の敷地へ入り、

玄関の引き戸を開けた。


「ただいまー、お婆ちゃんいる?」


 その声を待ちわびていたように、

山村サトが奥の襖を開けて小走りに現れた。


「よう来た、よう来た。さあ、はよ上がって休みんしゃい」


「あのね、友達も一緒なんだけど、今日泊めてあげてもいいかな?」

「ありゃりゃ、香織の彼氏か?」

「違うよ!」

「はいはい。奥座敷にお前らの部屋を用意しとくばい。

布団は……一組でよかか?」

「布団は三組。お婆ちゃんと三人で寝ます!」

 香織は照れ気味に叫んだ後、

自分たちの経緯をサト婆に話した。


 柱に掛けてある振り子時計が七回鳴った。

 丸いちゃぶ台に夕食が用意され、勇太たちが囲むように座っている。


サト婆がご飯をよそって、勇太に手渡しながら、

「勇太は、明日帰るんか?」

「はい。

泊めてもらうだけでよかったのに……

お風呂やご飯までいただいて、すいません」


 サト婆はシワくちゃな顔をニコッとさせ、

「家のもんは、みんな都会に行ってしもうたからのぅ。

ババァ一人は寂しいばかりばい。

食事は賑やかなのが楽しゅうてよかばい」


 香織が、サト婆に詰め寄る。

「だから言ってるじゃん。

お婆ちゃんも神戸に来て、一緒に暮らそうって……」

「私はどこにも行かん。ここはお爺さんとの思い出の場所ばい。

ほれ勇太、たんと食べよ」

「はい……」


「明日の夜は星野村の夏祭りばい。見て行くとよかよ」

「お婆ちゃん!あんまり無理言うたらアカン!」

「夏祭りですか。僕、ぜひ見てみたいです」

「ハハハ、なら宿泊延長ばい」

 と、サト婆は顔をしわくちゃにして久しぶりに笑顔で笑った。





 食事の後、勇太が廊下を歩きながら、窓から外を見た。

 透き通る虫の声が響く。

 勇太はガラス戸を開けて、サンダルを履き外へ出た。


 見上げる夜空には、宇宙がそのまま見えていた。


 隙間なく建物が並ぶ都会とは、

まったく違う世界が広がっている。


「東京に比べたら、何も無い所でしょ」


 後から来た香織がガラス戸に凭れて勇太につぶやく。

 その場へ腰を下ろし、足を垂らして座った。


 戻って来た勇太が香織の横へ座り、夜の景色を二人で静かに眺めた。


「逆だよ。東京に無い物がたくさんある。

星や、森や、田んぼや畑。きれいな川も……」


「昔話に出て来る風景よ」


 家の前を流れる小川に一匹の蛍が舞っていた。


「香織さんは見慣れているから何も感じないんだ。

自分の傍からいなくなって、初めて無くなったものの存在と大切さに気付くから……」

「……ふーん」

 香織は、勇太が言った言葉の意味が分からないまま返事をした。


「お布団敷いたから行こう、勇太君」

 二人は居間へと向かうが、

勇太はまた外を覗いて蛍を眺めた。


「お母さんも蛍が好きだったよな……」


 その夜、勇太は川の字の真ん中で寝ている香織に緊張しながら熟睡した。





 7月2日、朝。

「ジリリリリリ……」

 夢から覚めた勇太は目覚ましを消した。


 アパートの窓をガラッと開け、朝日を浴びる。

 背伸びをして残っている眠気を体から追い出すと、夢見石を持ち上げた。

「なかなかいい夢だったぞ。あれ、気泡が減ってないか?」


 石の中の気泡は、3つになっていた。





 同日、お昼。


「焼き飯、餃子、ラーメン定食!」


 源三さんの妻、真子が厨房に向かって注文を叫ぶ。

 麺場の源三さんが鍋を振っている勇太に笑いながら野次を飛ばす。

「どうした、勇太。注文が詰まってるぞ!テンパってんなら替わろうかぁ」


 出来上がった野菜炒めを皿に移しながら、

「まだまだ、余裕余裕!真子さぁん、野菜炒め上がったよぉ」

「あいよ」

 勇太は素早く鍋を洗い、次の食材を放り込んだ。

 お玉で取った調味料を散らしながら鍋を振っていく。


 昼間の鍋場を任されて1年。

勇太には、この押し迫った緊張感が楽しかった。


 真子が勇太の姿を見ながら、源三さんに話しかける。

「随分、様になって来たじゃないか」

「ふんっ……そうか?」

 源三さんはラーメンを作りながら素っ気なしに返した。





 同刻。

 夏美は、知合いのアパートへ遊びに来ていた。


 壁に飾ってある結婚式の写真。


 ここの住人の哲夫と葉菜が笑顔で写っている。

 2年前の二人はまだ19歳だった時に、

 若過ぎるからと反対する両親を押し切って結婚した。

 その写真は幸せの始まりの証であった。


 哲夫がテレビに向かって笑っている。

 向かいに座る夏美は赤ん坊を抱いたまま、ぼうとテレビを見ていた。

 気持ちここにあらず……そんな感じだった。


 台所では食事の片付けをしている葉菜の後ろ姿。 


 夏美が寝てしまった赤ん坊に気付いた。

「ベッドに寝かせて来るね」

「ああ、すまんな」

 哲夫が返事をすると、夏美は隣の部屋へ赤ん坊を寝かせた。


 お茶を運んで来る葉菜が、戻って来た夏美に話しかける。

「夏美ちゃん、いい場所教えてくれてありがとね。

私、蛍大好きだからとても感動したわ」

「喜んでもらえてよかったです」

 と、夏美は笑みを作りながら腰を下ろした。


 哲夫はお茶を手にしながら、

「葉菜、あの時の写真はまだ出来てないのか?早く見たいな」

「もう出来てると思うわ。

明日、買い物に行くから取りに行きましょう。

夏美ちゃんも早く見たいでしょ?」


「うん……」

 と、夏美はその瞬間だけ笑顔を見せ、また暗い表情になる。


 哲夫がそれを見て、

「夏美、まだ悩んでるのか?」

「ねぇ、テッちゃん。私どうしたらいいと思う?」

「いい友達関係なんだが、それ以上は発展しにくい……ってか」


「そう……」

 夏美は両足を抱え体育座りして、頭を丸めうずくまった。


「あいつは私のことなんか、眼中にないんだよ。

それに私、本当にあいつのことが好きなのかも分からなくなってきた」


「さっきも言ったろ。確かなことはひとつだけ」


「分かってるよ!分かってるけど……」

 と、夏美は哲夫の話を止めるように口を挟み、立ち上がった。


「今日はもう帰るね。色々話を聞いてくれてありがと」


 不安で張り裂けそうな心が、強い口調にさせていた。

 足早に部屋を出て行く夏美。


「夏美ちゃん、大丈夫かしら……」

「うまくいくよ。あの二人は必ず結ばれる。

勇太がタブーさえ犯さなければな」





 同日、夜。夜間学校。

 カカッカッカッ……。

 チョークの削れる音が教室に響く。

 夜の黒い窓ガラスには、黙々とノートを取る生徒たちが映っていた。


 夏美だけは授業がまったく頭に入らない。

 どうしても気になって仕方がない。


 勇太とは学校へ来て挨拶を交わしただけで、まだ会話をしていなかった。

 こんなの私じゃない!と、思い切って後ろへ振り向いた。


「ね、結婚相手には会えたの?」


 と、精一杯の冷やかし笑顔で勇太に声をかける。


「ん?ああ、きれいな人だったよ」

 勇太はノートを写しながら、昨日の夢を思い返して笑った。


 勇太の笑顔に戸惑う夏美。


「じゃ……じゃあさぁ、その人も夢見石をしてたの?」


 勇太のシャーペンを持つ手が止まる。

「……イヤ、してなかったと思う」

「それなら違うんだよ!相手の人も夢見石を身につけているんだから」


 勇太は宙を眺めて、香織を思い出しながらうっとりとした。

「いいや、絶対あの人だよ。だって、他にそれらしい人いなかったし……」

 と言った後、勇太の表情から血の気が引き、

瞳孔が開いたまま固まった。


 ご飯を差し出すサト婆の笑顔が、脳裏に浮かぶ。


 勇太の指先が小刻みに震え出す。


「まさかぁ。ハハ、ありえない。だが、一応女性だし……」

 一人でブツブツつぶやくと、

 勇太は首にかけてある夢見石を持ち上げた。


「おい、その結末は地獄たぞ。笑いを取ろうなんて思うな。

か弱い少年の生きる希望を奪わないでくれ。頼むぞ、信じてるからな」


 そんな勇太を見ている夏美の顔から、もう笑顔は消えていた……。

「パコン!」と、弾けた音と共に夏美が叫ぶ。

「イタ〜い」

 頭を抑えている夏美。


 教科書で叩いた滝田先生の方が驚いていた。

「夏美、どうした。具合でも悪いのか?」


 勇太も不思議そうに、

「お前が叩かれるなんて、珍しいな」


 夏美は、勇太と目を合わせず、拗ねたように前を向いた。

「すいませんでした!授業を進めてくださいっ」


 そんな二人を、離れた席から悲しげに見詰めている兎志也だった。





 授業が終わると、

勇太は自転車に乗って早々と帰って行ってしまった。

 兎志也は勇太を誘ってご飯でも食べようと思っていたのだが、

すっかりタイミングを外してしまった。

「未来のお嫁さんに夢中なんじゃないの!」

 と言って、夏美は兎志也の横を通り過ぎた。


「ハア?……嘘でしょ。

夢見石が見せている世界は現在じゃないんですよ。

夢の人に本気になる人なんて……まさか!

勇太さんは夢見石のことを何も知らないんですか?」


「話したらどうなると思う?」


 兎志也はハッと気付いく。

「……なんとなくだけど、あの人、タブーを犯すような気がします」


「……でしょ」


「そうなると、

ここは勇太さんと夏美さんが出会わない世界になってしまうんですね」


 夏美は何も言わずに歩いている。

「俺……、『未由』と別れるなんて絶対イヤです。

どんな手段を使っても、あなたたちを結婚させてみせます!」


「ジリリリリ……」


 目覚ましの音が兎志也にだけ聞こえる。

 兎志也は、立ち止まって夜空を見上げた。


「そろそろ起きる時間みたいです。

俺は諦めませんからね……お母さん」


「まだ娘と結婚もしてないのに、お母さんと呼ぶのは早いだろ!」


 兎志也が軽く手を振る。

 その指にしている夢見石のリングが光り出す。

 微笑む兎志也の姿が霞んでゆき、闇の中に消えていった。


 夏美は携帯の時計を見ると、走り出した。

「ヤバッ。バイトに遅れちゃう」


補足:

夏美は夜勤のバイトをしているので、昼間は寝てます。

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