表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

 7月1日、夕方。

 勇太が慌てて部屋に戻って来る。

 教科書や筆記用具をカバンに投げ入れた。

 ふと、テーブルに置いていた父親の形見のネックレスが目に入る。

 勇太がネックレスを持って鏡の前に立ち、

首にかけてのんびりと微笑んだ。


 そして、思い出したように走って部屋を出て行った。

 




 静まり返った夜の徳光高校に1クラスだけ明かりが点いている。


「いいか、今のとこテストに出すからな!」


 教室では滝田先生の熱血の中、

年齢がバラバラな生徒が真剣に授業を受けていた。


 夏美が後ろに振り返って、勇太に話しかけてくる。

登校拒否で中学にほとんど行ってなかった夏美は、

ここのみんなにすっかり溶け込んでいた。

 何があったのか、聞こうとは思わない。

 ここにいるみんなが、それぞれの事情を持っているのだ。


「昼間のあの店、美味しかったね。また行こうよ」

「4時間も昼飯に付き合わされるなんて拷問だぞ。マジ遅刻するかと思った」

「ええ〜、他のカップルなんか、もっと長くいたじゃん」

「ちょっと待て。俺たちは付き合ってねぇだろうが」


「うちの両親は幼馴染だったんだって。

心の中で友達のポジションから恋人に変わるんだよ。すごいね」

「お前、俺の話を聞いてないだろ?」


 その時、夏美が勇太がしているネックレスを指差して驚いた。


「あああ!」

「な、なんだ?」

「それ、夢見石じゃないの?」

「何だ、それ?」

「それを身に付けて寝ると、

夢に将来の結婚相手が出てくるんだって」


 勇太は不思議そうに石を手に乗せて眺めた。


「やっぱり勇太もその石……、ん!」

 夏美が何かに気付く。


 表情は険しくなり、目線だけ横へ向ける。

 夏美が素早く振り向き、滝田先生の振り下ろした教科書を、

頭上でバシッと真剣白刃取りをした。


 滝田先生がサムライっぽく、

「お主、なかなかやるな」


 夏美も調子に乗って、

「ワシの首を獲るなど、10年早いわ!」


「お前たち、いつの時代から来たんだよ?」

 と、勇太が呆れる。


 少し離れた席に体験入学で佐々木兎志也、

20歳の姿もあった。勇太たちを見て微笑んでいた。





 授業が終わり、夏美は急いで靴を履き替えていた。

「勇太、ちょっと待ってよ!」

 自分を置いてサッサッと帰る勇太に声をかける。

 勇太は自転車を押す手を止め、

ため息混じりに夏美を待った。


 勇太に追いついた夏美の横を、兎志也が通り過ぎる。

「お二人は、いつも仲がいいですね」


 その言葉に照れてしまう勇太。

「俺、一人で帰るから」

 と夏美に言うと、自転車に乗って行ってしまった。


 夏美の「あっ」という顔が、膨れっ面になり、

 先を歩く兎志也のお尻を蹴飛ばした。

 兎志也がキョトンとして振り返る。


「兎志也。お前、邪魔したいのか?」

「まさかぁ。全面的に協力するって言ったじゃないですか」

「あんなこと言えば、誰だって変に意識するだろうが!

もう、自信なくなるよ」

「そんなこと言わず、がんばってください。

応援しますから……」


 兎志也は年下の夏美に頭が上がらなかった。


 通りかかる滝田先生が二人を冷やかす。

「お前たち、仲がいいな」


「ありがとう先生。結婚式には必ず呼ぶからねぇ」

 と、兎志也は先生に手を振った後に夏美の顔を見て、

「普通はこんな感じになりません?」

「お前だけだよ、馬鹿っ」





 風呂上りにトランクス1枚で部屋を歩く勇太。

 冷蔵庫を開け、取り出したジュースを飲み干した。


 勇太はテーブルに置いてある父の形見のネックレスを手にした。


 夏美が言った「夢見石」という言葉を思い出す。


 ネックレスを疑うように見た。

「未来の結婚相手か……。まぁ、どうでもいいけどね」

 と、ネックレスをまたテーブルに置いた。


 勇太は電気を消して布団に入る。


 しばらくして、外から暴走族の爆音が響く。

 後からパトカーのサイレンが追いかけていく。

 その音に反応して野良犬が何匹も吠え出した。


 ようやく静まったと思いきや、男女の喧嘩の叫び声。


 イライラがピークに来た勇太は、

 部屋にまた明かりを点ける。


 テーブルへ行ってネックレスを首にかけて、

 早足で布団へ戻り、また電気を消した。 

 




 夏美はファミレスで夜勤のバイトをしていた。

 同僚の菊池早苗が話しかけてきた。

「夏美もそろそろ彼氏作りなよ」

「うっさいな。今、がんばってる最中だよ」

「ねぇ、今度のコンパ、夏美も来る?」

「え?早苗、あんた彼氏いるじゃん」

「何言ってんの!もっといい男の出会いがあるかもしれないでしょ。

一人ばっかり見てたら、周りが見えなくなるわよ」


 店に数人の客が入って来た。

 早苗が、笑顔で接客に行く。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


 夏美は本当に勇太のことが好きなのか、

早苗の言葉で迷い始めた。





 同刻。

 勇太の寝顔が月明かりに照らされる。

 静けさの中、耳鳴りのような「キーン」という高い音が響きした。


 そして、胸元の夢見石が小さく輝き始める。


 その高い音に共鳴するかのように光はどんどん大きくなり、

その光の中から車のエンジン音が聞こえてきたのだった。


 ハッと目を覚ます勇太。

 辺りは昼間のように明るかった。

 勇太は私服を着て、車の後部座席に座っていた。

 車内の様子からバスだと気付く。

 乗客も何人か乗っていた。

 動揺している勇太。


 窓から差し込む西日がとてもまぶしく、目を細めた。

 座席に『掘山バス』の文字を見付けるが、

聞いたことがなかった。


 振り返って後窓から外を見る。

 全く見覚えがない峠道をのどかに走っていた。


 その時、車内で女性の声がした。


「ヤメて下さい!」


 勇太はドキッとして、素早く向きを戻した。


 前の方で乗客が揉めているようだった。

「もう、いい加減にしてよ!」

 立花香織は隣にいた男性にそう言い放つと、

両手に荷物を持って席を立った。


 香織は通路を歩いて後部座席の勇太の前で止まり、

苛立ちがおさまってない口調で勇太に尋ねた。


「隣よろしいですか?」 


「ど、どうぞ……」

 勇太は足を寄せて道を開ける。

 香織は窓際の席へ腰を下ろすと、そのまま外を眺めた。


 20歳位で髪の長いきれいな女性だった。

 勇太は吸い込まれるように香織に話しかけた。


「あの……、彼氏とケンカでもしたの?」


 少し落ち着きを取り戻した香織が笑顔を見せてくれた。

「彼氏じゃないわ。たまたま隣に座っただけ。

しつこく言い寄ってくるから、ついね」


 香織は勇太に近付き体を寄せて、その男性を指差した。

「ほら見て、あいつ。まだこっちを見てニヤ付いてる」


 勇太はそれどころではなかった。


 香織との距離が近過ぎるため、自分の左腕に香織の胸が当たっていた。

 一気に顔が赤くなるが、必死で冷静に振舞った。


「あ……あいつに一言、言って来ましょうか?」

「ほっとけばいいわ。ああいうタイプは、

こっちがムキになると逆に喜んじゃうから」

 と言って、勇太から離れる。

 赤面した顔が元に戻ると勇太は自分の状況を思い出した。


「あの……ひとつ聞いていいですか?」


「何?」

「ここはどこでしょうか?」

「君、知らずに乗ったの?もうすぐ星野村を通るわよ」

「星野村?何県ですか?」

「何県?……福岡だけど」

「ふ、福岡県ですか!目が覚めたらここに座っていて……」


「寝過ごしたのね。このまま乗ってたら町まで戻るから大丈夫よ。

どこから来たの?」

「東京です。

最後の記憶が自分の部屋で寝ていたことしか思い出せないんです」


「へぇ、東京なの。

私も行ってみたいわ……って、ありえないでしょ!

どうやったら東京から福岡まで気付かずに来れるわけ?」


 勇太は腕を組み、目を閉じて頷く。

「僕も、それが知りたいんです……」


 バスは峠を抜け、茶畑が広がる山間の集落へと差しかかった。


 アナウンスが流れる。

「星野……星野……。お降りの際は、お忘れ物がないように……」


 それを聞いて、香織が立ち上がる。

「着いたわ。私、ここで降りるの。もう居眠りなんてしないようにね」

 と、勇太に手を振ってバスを降りた。


 香織はバス停からバスが出発するのを見送ると、

向きを変えて歩き出した。

「あの子、無事に帰れるかしら」

 ふと、気付いたようにバックを持っている右手と、

何も持っていない左手を確認する。

香織は振り返り、

遠くに走っているバスを気落ちした様子で眺めた。


「ハァ……またやっちゃったよ」


 バスの中で勇太は、

もう少し会話したかったと名残惜しむように彼女のいた席を見た。


 そこに紙袋が置いてあるのに気付く。


 勇太は立ち上がり、手を上げ叫んだ。

「すいませーん。降ります。ここで降ります」

 




 やかましい蝉の声も懐かしい。

 香織は田舎道をゆっくり歩きながら、

都会で汚れた心を癒していく。


 とても贅沢な時間が流れていた。


「おーい、おーい」


 香織が自分に向けられたその声の方に振り返えると、

勇太の姿を見て驚いた。


「どうしたの?君、なんでバスを降りたの?」


「これ、忘れてたでしょ」

 勇太は香織が置き忘れていた紙袋を差し出した。

 気の毒そうに受け取る香織。


「わざわざ届けてくれたの?

これ、お婆ちゃんへのお土産だったんだ……ありがとう」

 走り疲れた勇太は、その場にへたり込んで自己紹介をした。


「へへ、僕、黒木勇太」


「私、立花香織」


「じゃあ、僕はこれで帰るよ。次のバスって何時かな?」


 香織は、医師が患者に病名を告知するような真剣な顔で、


「今のが最終だったの。……もう明日までないの」


 固まる勇太。

 空は赤く、カラスが鳴きながら夕日を横切っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ