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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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ただいまっ!

 村に帰ってきたトウルは工房の中でやけにソワソワしていた。

 リーファは学校に送ったし、商品の補充も済ませている。


「今日は来るかな……」


 ほとんどの日に呼んでも無いのに来るミスティラとクーデリアだが、待つとなると妙に待ち遠しくなる。

 三日も店を守ってくれた二人にはお礼を伝えないといけない。

 渡したいお土産もいくつかある。

 そして、リーファの両親との決着もついて、リーファが後押ししてくれたことで、伝えたいこともある。


「はぁー……何で緊張してんだか……」


 ジライル村長相手は一切緊張しなかったのに、二人に会うと思うと胸が高鳴るトウルだった。

 トウルはカウンターの横においてあるマーマレードとオレンジの入った袋を眺めながら、ため息をついた。

 カラッとした気候の南部はオレンジやレモンが良く育ち、特産物になっている。

 生で食べても加工しても美味しかったので、トウルは両方買って帰ったのだった。


「いやっほー! 三日ぶりトウルさん! お土産あるー?」

「病弱なトウル様は南部に行っても大丈夫でしたか? 日が強くて火傷とか倒れたりしませんでしたか?」


 バンと勢いよく扉が開かれると、愉快な声と小さい子をなだめるような声が一緒に飛び込んできた。


「お前らなぁ……」


 色々な気持ちが一発で吹っ飛ばされたトウルは、机の上に顎を乗せながら苦笑いを浮かべていた。

 それでも、何も変わらないいつも通りの雰囲気が訪れて、ホッとしている。


「ただいま」


 結局トウルは背筋をピンと伸ばして、ニッコリと二人へ笑いかけた。


「おかえりなさい。トウルさん」

「おかえりなさいませ。トウル様」


 優しく迎え入れてくれた二人の言葉に、トウルはすっかり村の住人になっていることを感じた。

 トウルはお土産の入った袋を二つ分持ち上げると、それぞれを彼女達に手渡した。


「はい。クーデ。オレンジとマーマレード。パンに塗って食べると美味かったよ。後はバイト代を入れておいた」

「さっすが。ありがとうトウルさん! みんな喜ぶよ」


 クーデリアが袋の中を見ながら喜んでいる。

 やっぱりどこか犬っぽい彼女に、トウルは小さく笑った。


「ミリィにも」

「ありがとうございます。トウル様。爽やかな良い香りがしますね」

「うん。それに、甘くてとっても美味かったよ」


 ミスティラもゆっくりとしたお辞儀をしてくれて、トウルは二人に喜んで貰えてほっとした。

 だが、何故か二人は顔を見合わせてもじもじしている。


「二人ともどうかしたか?」


 トウルが不思議がると二人はどこか申し訳無さそうに、尋ねてきた。


「あ、いえ、ただその、リーファちゃん。どうしたのかなって」

「ご両親には会えましたか?」


 二人が心配していたのは、リーファのことだった。

 出発前に事情を説明した時、二人は最後までついてこようとしていたのだ。


「うん。会えたよ。それと、リーファがこっちで暮らす許可も貰ってきた」


 トウルは二人に感謝をしつつ、嬉しそうな顔で答えた。


「あっ、そうなんだ。よかったー」

「本当に良かったですわ。もし、リーファがいなかったら、トウル様、酷いことになりそうですし。でも、生き別れた我が子を預けるなんて、一体どんなことを言って許可を貰ったんですか?」


 さらっと毒を吐いてくるミスティラにトウルは苦笑いすると、ぽりぽり頭をかいた。

 彼女の言っていることは間違っていないし、普通の疑問だ。

 トウルはリーファの両親に対して見栄を切った時の言葉を思い出して、当たり前のように口にした。


「必ず幸せにするから、娘さんを俺にくださいって言ってきた。一度断られたけど、リーファが説得してくれた。って、二人ともどうした?」


 トウルの言葉で二人は突然ふきだして、真っ赤になった顔をトウルから反らした。


「あ、相変わらずですわね。トウル様」

「うん……普通に聞いたら勘違いしそう」


 二人は同時にため息をつくと、トウルに呆れた笑顔を向けてきた。

 顔はまだ赤みが残っていて、トウルは少し見とれた。


「トウル様、それじゃ結婚の許可を貰いに行く言葉ですよ」

「だよねー。リーファちゃんには早すぎるよー。ハッ!? それともまさか本気でそれを狙って!?」


 クーデリアが若干引き気味に飛び上がると、トウルは少しぼーっとしていた頭をフル稼働させた。


「ちげーよ!?」

「あはは。良かった。いつものトウルさんだ。あ、いつもより元気あるかも?」

「つっこみの切れで人の健康度を測るなよ……」


 結局からかわれただけだと気付いたトウルは、ため息をつきながらジト目を二人に向けた。

 この二人も全く変わっていないし、からかいの切れからしても変に気を遣っていないことがトウルも分かった。

 そう思うと色々とお互い様だった。


「二人も元気そうで良かった」

「ふふ。三日ですからね。トウル様と違って平和な日々でしたし。あ、からかいたくてうずうずはしてましたけど。今日からまたトウル様と遊べると思うとわくわくします」

「はは……ははは……」


 ミスティラにからかいは照れ隠しと言われたけど、どこまでが照れ隠しなのかが分からない。

 これはこれで新しい振り回され方だった。


「なぁ、二人とも。今夜、一緒にご飯食べようか。リーファも二人と話ししたがっているだろうし。もちろんおごるよ」


 トウルはもはや言い慣れた誘い文句を二人に投げかけた。

 いつもおごりかと聞かれるので、最初っからトウルがおごりと言っている。


「やったね。ありがとうトウルさん! もちろん行くよー」

「ありがとうございます。トウル様。もちろん私もご一緒します」

「でもそうだなー。ね、ミリィ?」

「そうですわね。私も同じことを考えているわ。クーデ」


 彼女達は何かを考えるように腕を組みながらお互いを見合っている。

 そんな何故かいつもと反応が違う二人に、トウルも首を傾げた。


「二人ともどうしたんだ?」


 トウルの問いかけに二人は頷き合うと、クーデリアは腰に手をあてて胸を張り、ミスティラは帽子を脱いで一礼した。


「今日は私達がトウルさんにおごるよ」

「今日は私達がトウル様におごりますわ」


 意外な申し出にトウルの頭は言葉の理解が出来なかった。


「え? え?」


 トウルが逆におごられる。初めての展開にトウルは酷く混乱した。


「驚き過ぎだよートウルさん。って、いっつも私達がおごってもらってたからか」

「ふふ、嬉しいことがあったらお祝いする。村の掟ですからね。主役はトウル様とリーファです。ならば、私達がお祝いしないと、お祝いにならないでしょ?」


 二人の気遣いにトウルは目を丸くした。

 お金の問題じゃなくて、そう思ってくれる気持ちが仕方が無かった。嬉しすぎて何を言って良いか分からないほどだ。


「ふふ、臨時収入もありましたからね。クーデ」

「あはは。そうだね」


 彼女達は顔を見合わせて笑うと、袋の中からトウルが金貨を入れた封筒を取りだした。

 人差し指と中指で封筒を挟み、どや顔でポーズを決めている。


「それじゃ、今日の六時に宿屋集合で!」

「お待ちしておりますわトウル様」

「いくよ。ミリィ。宴会の予約してこないと」

「えぇ、村長達にも声をかけてきましょう」


 トウルの返事も待たぬまま、二人は全速力で工房を出て行った。

 声を出せぬまま、手だけを伸ばしたトウルは口をぱくぱくさせている。


「……ありがとう」


 その声を出すので精一杯だった。



 その晩、トウルはリーファに宴会のことは内緒で宿屋へと連れて行った。


「お父さん今日は外で食べるってことは忙しかったの? お昼ご飯ちゃんと食べた?」

「うん。ちゃんと食べた。外に食べに行くのは、リーファが故郷の味を楽しみにしているかなって思って」

「えへへ。そっかー」


 嘘はついていない。トウルはもともとそのつもりだった。

 それが、ちょっと大げさになっただけだ。


「何かお父さん嬉しそうだね?」

「そうだな。リーファと一緒だから」

「えへへー。抱っこしてー」

「いいよ」


 トウルはリーファを抱き上げると、そのまま宿屋まで歩いて行った。

 初めて抱き上げて家に連れて帰ったときよりも重くなっているリーファの成長に、トウルはリーファに見えないよう小さく笑った。

 そして、宿屋の前でトウルがリーファを降ろすと、リーファに扉を開けさせようとした。


「リーファ。俺の代わりに扉を開けてくれるか?」

「なんで?」

「ちょっと疲れたからさ」

「分かったー」


 リーファが頷いて扉をゆっくりと開ける。

 いつも仕事帰りの人達で賑わっているのに、今日は外に漏れる音が全然聞こえてこない。

 からんころんと鳴る鈴の音とともに、扉が完全に開かれると、村の人達の真ん中にいた村長が合図を出した。


「せーの!」

「おかえりなさい。錬金術師リーファ=ラングリフ」


 みんなが声を合わせてリーファを迎え入れると、リーファは扉の取っ手を掴んだまま固まっていた。

 リーファの友達であるライエもちゃんといる。

 クーデリアもミスティラもいるのは当たり前だったが、レベッカまでもが目の前にいる。


「ほら、リーファ。挨拶されたらちゃんと挨拶しないと」


 トウルは優しくリーファの頭に手を乗せながら声をかけると、リーファはまだ戸惑っているのか、口を開けたままトウルに顔を向けてきた。


「みんなリーファが帰ってくるのを待ってたんだ。リーファが帰ってきて嬉しいから、こうやって宴会を開いてくれたんだよ。リーファも覚えてるだろ? 嬉しいことがあったらみんなで祝うって村の掟」

「リーファ……リーファね」


 リーファはふるふると体を震わせて、トウルから村のみんなに視線を移していった。


「みんなただいまっ! 乾杯だー!」

「おー! 乾杯だー!」


 グラスも持ってないのに、リーファは乾杯とはしゃぎながら皆の輪の中へと飛び込んだ。

 ライエからグラスを渡され、じーさんからジュースを注がれている。

 その姿を見て、トウルは改めてリーファの手に入れた物に微笑んだ。


(ここにいる人達はみんなリーファの作った道具を買ってくれた人達だ。リーファはちゃんと自分でいて良い場所を作れたんだ。さすがリーファ。ちゃんと錬金術師らしく自分で作ったじゃないか)


 トウルが入り口でリーファを見つめていると、リーファがグラスを持ったまま振り向いてきた。


「お父さんも早くー! 乾杯しよー」

「あぁ、そうだな」


 そして、トウルもリーファと一緒に作ってきた大事な場所へ入っていった。

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