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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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お父さん。娘をください。

 数分後、トウルはリーファの両親と一緒にテーブルで向かい合っていた。


「改めてご挨拶させていただきます。トウル=ラングリフ。錬金術師です」

「アレックス=バローニです。見ての通りガラス職人をやっています。リーファのこと妻から伺いました。ありがとうございますトウル様」


 夫の方も青い瞳に金髪の男性だった。

 線が細い優男といった感じで、重労働であろう仕事には向かなさそうだ。

 それでも、手に残っている火傷の跡は、幾千もの経験を積んできた物に見える。職人らしい美しい手だ。

 話し方も朴訥で職人らしい印象の人柄だった。


「リーファは本当に大きくなりましたね。二度と会えると思うなと言われたんですけど、きっと会えると思っていたら、本当に会える日が来るなんて……」

「お気持ちお察しします」

「大変ぶしつけな質問になりますが、トウル様は何故リーファを連れてきてくれたのですか?」

「リーファが望んだんです。自分の原点を知りたいって。俺はそれを叶えただけですよ」

「原点……ですか。トウル様はリーファとはどのようなご関係で? 錬金術師をしつつ孤児院経営をなさっているとか?」


 普通はそんなお願いをされて、連れてくる人などいないだろう。

 孤児院経営者であれば、親が見つかったから連れてきたというのも自然な発想だ。

 トウルはこれから言う理由に驚かれるだろうなと思って、苦笑いした。


「今は……リーファの父親兼、錬金術の師匠をやっています」

「えっ?」


 トウルの予想通り、アレックスとルティの二人はきょとんとした顔で聞き返してきた。


「一つ一つ説明しますね」


 トウルはリーファと村で出会ったところから、両親の二人にリーファとの生活を話し始めた。

 最初に錬金術を失敗したのに面白がったことから始まり、公開公募で特別賞をとって泣いたこと、お祭りでイラスト花火を作って国家錬金術師と勝負していたこと、学校に行き始めて友達が出来たこと等、大きなイベントの中に、普段の生活の様子を織り交ぜていく。


「それで先日、俺の実家を紹介して、リーファも自分の実家のこと知りたくなったみたいだったので、連れてきたんですよ」

「リーファの世話をしてくれてありがとうございます。トウル様。でも、ご安心下さい。これからは我が家でリーファを育てていきます。幸いエルルもリーファと早速打ち解けていますし、空白の七年間くらいすぐ埋めてみせますよ」

「あ……」


 自信ありげに微笑むアレックスにトウルは言葉を飲み込んだ。

 隣でルティも涙を拭きながら頷いている。

 この二人もトウルと同じ、リーファの親だ。とトウルは改めて理解した。


「すみません。実はもう一つお願いがあって、俺はここにお邪魔しました」

「お願いですか? リーファと会わせてくれたのです。私達に出来ることがあれば何でも言って下さい」


 トウルは緊張を誤魔化すために大きく息を吸い込んだ。

 村長がいたらガハハと笑って大人のアドバイスをくれるだろう。

 ミスティラがいたらきっとからかってきて、トウルの緊張をといた上で応援してくれるだろう。

 クーデリアがいたら明るく背中を押してきて、一緒に笑ってくれるだろう。

 レベッカだったら、こんなのは俺らしくないと言って、いつもの俺を引っ張り出してくれるだろう。

 そして、リーファがいたら、頭をなでてくれるはずだ。

 色々な人の後押しでトウルは勇気を振り絞った。


「俺を……俺をリーファの父親でいさせてください。必ず幸せにしてみせますから、娘さんを俺にくださいお願いしますっ!」


 椅子から立ち上がったトウルは、腹の底から声を出しながら頭を下げた。

 椅子が勢いよくずれる音とトウルの大声に驚いたのか、リーファとエルルがトウル達の方へと近づいてくる。


「それは、リーファをカシマシキ村に送って、あなたと一緒に暮らさせるということですよね?」

「……はい。その通りです」

「無理です。それだけは無理です」


 トウルのお願いにアレックスは首を横に振った。

 当然の反応だとはトウルも理解している。

 結婚の申し出を反対する親がいる。それもまだ七歳の子供をくださいと言われたら、親として断るのが当然だろう。


「お父さんどうしたのー?」

「あ、いや、なんでもないよ」

「嘘つけー。リーファ聞いてたよ」


 お父さんという呼びかけにトウルは咄嗟に反応すると、リーファが隣に座ってきた。

 リーファはトウルの隣で頬を膨らませると、アレックスとルティの名を呼んだ。


「アレックスお父さん、ルティお母さん。リーファ、ここで暮らしても良い?」

「もちろんだよ。リーファは僕達の子供なんだから」

「えぇ、これから一緒に家族として暮らしましょう」


 リーファの問いかけに、アレックスとルティは笑顔で即答した。


「ありがとう。アレックスお父さん、ルティお母さん。リーファのこと家族って言ってくれて」


 リーファも嬉しそうに笑って、まんざらでも無い様子だった。

 トウルはそんな三人のやりとりを見て、ため息をつくのを必死にこらえた。


「リーファ。生まれて来て良かった。生き返って良かったんだ。これからよろしくお願いします。アレックスお父さん、ルティお母さん」


 リーファは椅子から降りて、アレックスとルティを抱きしめている。

 暖かくて優しくて幸せそうな空間だ。


「エルルもー」


 そこにエルルが混ざれば、疑問の余地も誰かの入り込む余地もないようにトウルは見えた。

 だからこそ、トウルは必死に耐えた。

 嬉しそうに笑うリーファの顔を見て、安堵の気持ちと一緒に胸に穴が空きそうな寂しさが襲いかかってきても、トウルは笑顔を貫いた。

 リーファが選んだことなら、それがどれだけ辛くても見守ると決めたのが、トウルの覚悟だったからだ。


「リーファ。これからはずっと一緒よ」

「うん。学校のお休みになったら遊びにくるねー」

「え?」


 ルティの呼びかけに対するリーファの答えに、トウルを含めて全ての大人達が抜けた声を出して、固まった。


「夏休みと、冬休みは遊びにこれるかなー。あ、アレックスお父さんとルティお母さんもカシマシキ村に遊びに来てよー。温泉気持ちいいよー」


 大人達の事情を知らないリーファは好き勝手に村の宣伝を始めだした。


「リーファ。もう独りぼっちでいる必要ないのよ? お母さん達と一緒にここで暮らしても大丈夫なのよ?」

「リーファ、独りぼっちじゃないよ? お父さんもいるし、じーさんもいるし、くーちゃんと、みーちゃんと、らーちゃんがいるよ。あっ、後、れーちゃんもいる」


 この時、トウルはあらためて気がついた。

 両親が見つかったのに、トウルの呼び方は最初に呼ばれていたとーさんに戻っていない。お父さんのままだ。


「リーファね。カシマシキ村のみんなが好きなの。それにお父さん一人残してたら、ちゃんとお料理とかお掃除とかしなさそうだし。お父さんにはリーファがついてあげないとダメなの」

「……リーファ」


 ご両親の前でそれを言うのかと、トウルは心の中でつっこんだ。

 妙な恥ずかしさでトウルは手で額を抑えると、リーファが笑いながらトウルの隣に駆け寄ってきた。


「だからね、リーファはずっとここでは暮らせないの。でもね、でもね。絶対に何回も遊びに来るよ」


 リーファの言葉にアレックスとルティは長いため息をついた。


「ここにいるのは無理なのか?」

「リーファニア。あなたは誰が何と言おうと、私達の子なのよ」


 両親二人の言葉にリーファはゆっくり頷いた。


「うん。それでもね。リーファにはやりたいことがあるの」

「やりたいこと?」


 アレックスが問いかけると、リーファは賢者の石のついた髪飾りを指さしてニカッと笑った。


「リーファね。立派な錬金術師になりたいの。みんなみんな笑顔に出来るような、お父さんみたいな錬金術師になりたいの」


 錬金術師になったらここにいても良いのかと尋ねたリーファに、トウルが見せた目標は、リーファの夢の一部になっていた。


「綺麗な石だね。リーファが作ったのかい?」


 アレックスが尋ねると、リーファは首を横に振った。


「ううん。お父さんが作ってくれたの。同じ物が作れるようになったら、一人前の錬金術師だって。だからね、リーファがんばって覚えてるんだー」

「そうか。僕と同じか」

「アレックスお父さんと同じなの?」

「僕もガラス職人を始めた時は師匠について、覚えたから。やっぱり血は争えないな」


 アレックスが苦笑いしながらため息をつくと、ルティが彼の肩を揺さぶった。


「ちょっとあなた。何を言ってるのよ。せっかくリーファが帰ってきたのに」

「多分、マリヤ様が言っていたのはこのことだと思うよ。僕達は一度別々の人生を歩んだ。だから、もう一度交わったこと自体が奇跡なんだ。二度と会えると思うなは、人生の道を奪うなって意味だと思う」

「でも、だからといって!」

「うん。僕も悲しいし、辛い。でも、この子は生きてくれていた。それに立派に育ってくれている。それに、物を作るのが大好きな所は僕にそっくりだし、すぐ人と打ち解けられるのは君そっくりだ。そんな子が錬金術を学びたいと言い出したら、僕には止められないよ。僕もガラス職人やりたいって言って、家を飛び出したからさ。覚えているかい? 僕らがこの硝子工房につけた名前の意味を」

「忘れる訳ないよ。サヴァティエリ。また会える日を待つ家ってつけたの私だもん……」


 頬をかきながら笑うアレックスにルティは毒気を抜かれたのか、大きなため息をついた。

 トウルは彼女の言葉にやはりと思った。硝子工房とはあまり関係のない花を名付け、看板にまであしらったからには何かあると思っていたからだ。

 別れていても、リーファに愛は注がれていたことに、トウルは改めて二人に感謝した。


「でも、今日ぐらいは泊まっていけるのよね? リーファ」

「うんっ。いいよねお父さん?」


 ルティの言葉を受けて、真っ直ぐトウルの顔を見上げてくるリーファにトウルは優しく頷いた。

 断る理由など一つもない。

 顔をほころばせたリーファは、アレックス達の方へと駆け寄ると元気いっぱいな声を聞かせていた。


「あっ、リーファもガラス細工作ってみたいの!」

「あぁ、もちろんだ。一緒に作ろう」


 アレックスがリーファの手を握って立ち上がる。

 離れ離れになった親子の時間の針が動き出す。


「トウル様も一緒にいかがですか?」

「あっ、是非お願いします!」


 その中にはトウルもしっかりと含まれていた。



 硝子工房サヴァティエリで一晩過ごしたトウル達は、カシマシキ村に帰るために列車に乗っていた。

 リーファの胸元にはアレックスとルティが作った、ガラス製のイルカのペンダントがぶら下がっている。

 そして、トウルのカバンの中には、クリスタルブルーとエメラルドグリーンのグラデーションが美しいグラスが入っている。


「リーファ。良かったのか?」

「うん。また遊びに行くから大丈夫だよ。お父さん連れて行ってくれるでしょ?」

「あぁ、それはもちろんだ」


 リーファがそれを望むのなら、トウルは一人の親として受けざるを得なかった。

 それにアレックス夫妻にも、リーファを何度も連れてくると約束した。

 ただ、トウルが聞きたかったのはそういうことではなかった。


「お父さんはとーさんに戻りたかった?」

「はは。とーさんか。懐かしいな。俺、最初にとーさんって言われた時に、何で俺をいきなりお父さんって呼ぶんだ!? ってすっげー驚いたんだぜ」

「そうなの?」

「うん。んで、ジライル村長に慌てて相談してた。でも、今はお父さんの方がしっくり来るんだよな」

「えへへ」


 トウルはリーファの頭をなでながら答えると、リーファは気持ちよさそうな笑顔を返した。


「初めてだったんだ。俺の努力を見てくれて、褒めてくれて、大丈夫って言ってくれた人。それが嬉しくて、もっと言って欲しくて錬金術を教え始めたんだけど、気付いたらリーファが立派な錬金術師になれるようにって思ってた。それで一緒に居続けたら、どんな大人になるかずっと見守っていたくなった」

「そんな風に思ってたんだね」

「あぁ、俺はリーファの笑顔と優しさに救われたんだ。情けないお父さんだけど、これからもよろしくリーファ」

「えへへー。お父さんはしかたないなー。でもね、リーファもお父さんのおかげで本当に笑えるようになったんだ。じーさんが笑うと良いことあるから笑ってたけど、今は嬉しいから笑えるの。お父さんが教えてくれたんだよ」


 リーファの言葉でトウルは心から救われた気がした。

 リーファ本人からトウルが伝えたかった物が聞けた。


「リーファね。お父さんは二人いるし、お母さんも二人いるから、みんなにたくさん気持ちを貰えて良かったって思うよ」

「そっか。そう思えるのなら本当に良かった」

「うん。だから、お父さんも頑張ってね。リーファの三人目のお母さん、連れてきてくれるんでしょ?」

「げほっ!? ごほっ!? どうしてそうなった!?」

「あはは。お父さんびっくりしたー」


 リーファは本当に明るくなったし、遠慮がなくなった。

 出会ったばかりの時なら、こんな冗談は絶対に言えなかった子だ。

 他人から自分を守るための笑顔は、もう見せることは無いだろう。


「あのね。中央に帰ったら、まずれーちゃんにリーファの家のこと教えてあげるの。村に帰ったらみんなに教えてあげるの!」

「あぁ、そうだな。きっとみんな喜ぶよ」

「えへへ。ねぇ、お父さん」

「うん、どうしたリーファ?」

「リーファ、生まれてよかったよ」


 よどみの無い真っ直ぐなリーファの言葉に、トウルもリーファの目を見ながら答えた。


「これからも一緒にいる」


 行きの道とは違う短いやりとりだったけど、言葉以上の気持ちをトウルはリーファから受け取った気がした。

 言葉にしないと分からないことがある。しなくても分かることがある。

 そして、言葉に出来なくても伝えたい気持ちがある。

 トウルはリーファを抱き寄せると、互いに頭を優しくなであった。


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