リーファの真名
トウル達は宿屋で荷物を回収し、もう一度列車に乗って大きな港町ノセモシへと戻った。
リーファの両親はノセモシの街でずっと働いているらしい。
「リーファの生みの両親は、今ここでガラス職人やってるんだってさ」
「ガラス職人?」
「うん。教会のステンドグラスとか、ガラス細工を作ってるんだって」
「へー!」
トウルは地図に書かれた場所に向かって、店の看板を探しながら歩き回った。
そして、歩くこと二十分程度、トウルはようやく目的地に辿り着いた。
野春菊の花が描かれた看板が掲げられた工房サヴァティエリ。リーファの両親が経営しているところだ。
郊外の丘の上に立てられた広い敷地を持つ工房だった。
長細い平屋建ての建物と、二階建ての一軒家がある。
「長細い方のが工房だな。一軒家の方がお店だと思う。リーファ、入っても大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。お父さんの方こそ大丈夫? 手震えてるよ」
トウルはリーファと一緒に一度大きく深呼吸してから、扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいましぇー」
大人の女性の声と小さな子供の声が返ってくる。
声の主はガラス細工を並べているトウルよりも年上の女性と、リーファより小さい女の子だった。
金色の髪に、リーファとそっくりな青い瞳の母娘だ。
まだまだ甘え盛りなのか、少女はお母さんの足下でエプロンをギュッと掴みながらトウル達を見つめてきていた。
「あ……お父さん。間違えたから、出よ」
「え? リーファ?」
「いいから」
「ちょっ、リーファ!?」
リーファが突然、足を止めてトウルの手を振りほどいて逃げ出した。
トウルは間違えてなどいない。母親の方もゲイル局長からもらった情報通りの容姿をしている。
「すみません! また来ます!」
トウルは慌てて頭を下げると、逃げ出したリーファを全速力で追いかけた。
逃げたリーファは硝子工房から隠れるように曲がり角でうずくまっていた。
「リーファ。どうしたんだ?」
「……リーファ。妹がいたの」
「うん。リーファと同じ目の色だったな。雰囲気も似てた」
「お母さんと仲よさそうだったの」
「うん。エプロン掴んで離れないって感じだった」
リーファの言葉でトウルは彼女が逃げ出した理由を察した。
リーファはどこまでも優しい子だ。きっとリーファが現れることで妹から母親を奪ってしまうと思ったのだろう。
自分に妹が出来てリーファへ注がれる愛情が分けられる分には大丈夫なのに、妹から分けてもらうのは嫌という所だろうか。
「リーファ。大丈夫だ」
「お父さん……リーファ、会っても大丈夫かな?」
「うん。大丈夫。それに、妹ともきっと仲良くなれる。お母さんから貰う分、しっかり妹にあげれば、きっと大丈夫」
「本当に?」
「あぁ、俺はそう信じている。それに、お父さんもお母さんも、ずっとリーファに会いたがっていたと思うぞ」
トウルがそう言った理由をリーファは理解出来なかったのか、首を傾げながらトウルの瞳をのぞき込んできた。
トウルも詳しくは知らないし、本当にその理由でつけたかも分からなかったけど、店の名前と看板の意味をトウルは知っていた。
「サヴァティエリ。ミヤコワスレグサって、東方では呼ばれている花だ。花言葉は、また会いましょう」
「あ……」
「きっと待ってるよ」
「行ってくる」
リーファがトウルの言葉で立ち上がり、また硝子工房に向けて走り出した。
その後をトウルも追いかけて、息を切らせながらもう一度お店の中に入った。
「いらっしゃいませ。あの……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。お気になさらず」
トウルが息を整えていると、リーファがトウルの手を強く握った。
リーファが代わりに聞いて欲しいのかと思い、咳払いをする。
「あの、すみません」
「お名前教えて下さい。リーファは……リーファです」
トウルが聞こうとしたら、リーファが自分から聞いていた。
それでもいつもより口調が固い。きっと緊張しているのだ。
「私の名前? ファルティニア=バローニだよ。リーファちゃん」
「ファルティニアさん、この子のお名前は何ですか?」
「ルティさんで良いよ。リーファちゃん。この子はエデルリア。エルルって呼んであげて」
「そっか。ファルティニアさん……ルティさん……。それにエデルリアちゃん、エルルちゃん」
ルティの教えてくれた名前をリーファはゆっくり覚えるように繰り返した。
「あのね。ルティお母さん。リーファは……リーファはこんなにも大きくなったよ」
「え……?」
「ただいま」
リーファの言葉にルティは戸惑っているのか、視線を泳がせながらトウルの方を見つめてきた。
「どういうことでしょうか?」
「覚えていらっしゃいませんか? 十年ほど前、流行病にかかった子を一人の錬金術師に預けたことを。その時はまだ一歳ほどだったと聞いています。二年の眠りと再生施術があったため、肉体的にはまだ七歳です」
「あ……。リーファニア……あなた本当にリーファニア?」
信じられない物を見るかのような目で、ルティはリーファの顔を触りながら見つめていた。
リーファニア=バローニ。それが生まれた時にリーファが親からもらった彼女の名前だ。
「えへへ。リーファのお母さんの手ってこんな感じだったんだ」
「……錬金術師マリヤ様の所にいたの?」
「うん。マリヤさんがリーファを生き返らせてくれたんだって」
「あぁ……あぁっ……リーファニア! リーファおかえりなさい!」
ルティはリーファを抱きしめると、涙を流しながらリーファの名前を呼んでいた。
その隣でエルルは不思議そうな顔をしてルティを見つめていた。
「お母さん、どうして泣いてるの? その子だれー?」
「ごめんなさいエルル。嬉しいの。ただ、ただ、嬉しいの……。ぐすっ……。エルル。この子がエルルのお姉ちゃん。リーファニアよ」
「お姉ちゃん?」
ルティはリーファを解放すると、エルルを抱き寄せて、リーファと正面から向き合わせた。
トウルの目から見ても三人はよく似ている。
髪の色は違っていてもさらさらな髪質はよく似ている。
目の色や形もよく似ていた。
「初めまして。リーファはリーファだよ」
「エルルはエデルリアだよー」
「エルル。お姉ちゃんと遊んでくれる?」
「うん。いいよー。おままごとしよー」
さすが姉妹というべきか、二人はあっという間に仲良くなってしまった。
そんな姉妹に、トウルは穏やかな笑みを浮かべるとルティに声をかけた。
「すみません。急にお邪魔してしまって」
「いえ、そんな! こちらこそリーファと会わせてくれてどう感謝していいのか。どこかで生きているだけでも幸せだろとマリヤ様におっしゃられて、なかば諦めていたので……。あ、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「トウル=ラングリフ。錬金術師をやっています」
「トウル様。少々お待ち下さい。主人を呼んできます。狭い所ですけどどうかおくつろぎください。お茶を用意してきます!」
ルティは慌てた様子でお店から飛び出していった。
生き別れた娘と出会えたことが嬉しくて仕方が無いのだろう。
リーファを抱きしめているときに見せたルティの涙と、今見せてくれた笑顔、そして、リーファの妹であるエルルの笑顔を見ると、トウルの胸は締め付けられるような感覚に襲われた。
この人達から、トウルはリーファをもう一度預かろうとしている。
あの笑顔と涙を壊すだけの必要があるのか。そんな疑問が頭をよぎる。
「おかえりなさい。あなた」
「ただいま。今帰った。晩ご飯はなにかな?」
「魚のスープですよ」
おままごとをしている姉妹の声がトウルの耳にも届く。
エルルがお母さん役でリーファがお父さん役らしい。
数年ぶりの帰宅とは思えないほど、軽い言葉のやりとりに、トウルの心は少しだけ救われた。