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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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二度目の始まり

 目的のトケタケラ村についたころには、日が暮れて海が夕陽で赤く染まっていた。

 白い建物が海沿いに集まった村が、赤く照らされて中央の赤煉瓦通りにも負けないほどの美しさを見せている。


「お父さん大変だよ! 海が真っ赤になった!」

「大丈夫。夕陽で赤くなっただけだ」

「そっか。よかったー。海も夕陽で赤くなるんだねー」


 夕陽で紅く染まる海を眺めながら、トウル達は宿屋に入り、一夜を過ごした。

 マリヤの錬金工房は山の中腹にあり、暗くなってから出歩くのは危ないと判断したためだ。

 魚料理に舌鼓を打ち、夜は波の音を聞きながら二人は眠りについた。

 そして、翌朝、トウルはリーファを連れて村の後ろに広がる山へと足を踏み入れた。

 特に整備などされていない道は、ごつごつとした石が転がっていたり、木の根があったりして歩きにくい。


「ねー、お父さん。マリヤお母さんはなんでこんな山の中に住んでたの?」

「んー、一人で研究がしたかったんじゃないかな」

「そっかー。みんなでいる方が楽しいのにねー」

「俺も気持ちは分かるんだ。そうしたいって思った時期もあったから。今はリーファのおかげでそうじゃないけどな」

「えへへー」


 山道でもお喋りをしていれば、登り道を歩く辛さは気にならなかった。

 そんな山道を歩くこと十数分。トウル達の目の前に古ぼけた煙突のついた工房が現れた。


「あった。マリヤの工房だ」

「あ……覚えてる……。お父さんこっち!」


 工房が見えた途端、リーファがトウルの手を引っ張って走り始めた。

 トウルが預かった鍵で扉を開けて中に入ると、壁際には子供が一人入れられそうな大きなガラスの筒が十個並んでいる。机の上には試験管などの実験器具が並べてあった。

 希代の天才がどのような研究をしていたのか、調査のために保全するということで、物はそのまま維持されている。

 そのまま維持されているからこそ、祭りの時のようにリーファを連れ去ろうとした人もいた訳だが、それ以上にトウルにとってはリーファに見せてあげられたことが嬉しかった。


「やっぱりそうだ……あのね。リーファここからこの部屋見てた」


 リーファが壁に立てかけてあったガラスの筒に近寄り、手を触れた。


「髪の白い女の人が、毎日色々な何かを書いてた。たまに隣にいる子がいなくなってた」


 いきなり蘇った思い出に戸惑ったようにリーファが声を出す。

 いなくなった子はきっと移植が上手く行かずに死んでしまった子供達だろう。


「そっか。リーファはここで生き返ったんだ。きっとリーファの病気が治るまで毎日薬を作ってくれていたんだよ」

「マリヤお母さん……」

「二階に行こうリーファ。きっと、まだ見てない物がいっぱいあるから」

「うん」


 トウルはリーファの手をしっかり握りしめて、二階へとあがった。

 二階の部屋の扉は二つしかない。

 二階の部屋の一室は製図部屋で広い台が二つ置いてあった。

 一つは製図用の台で、もう一つは秤用の台だ。

 そして、奥には錬金炉がある。錬金術師にとっては基本的な構造をしている部屋だった。


「お父さん達と一緒だね」

「錬金術師だからな」

「……リーファも一緒だ」

「あぁ、そうだ」


 トウルはリーファの手を引き、また別の部屋へと入った。

 寝室かと思ったが、ベッドは無い。

 機械屋かと思うほどに、色々な機械が置いてある。

 細いチューブがたくさん繋がれた機械仕掛けの金属椅子が中央に鎮座していて、周りには箱状の機械が積み重なっている。


「そっか……」


 トウルはその光景を見てぽつりと呟いた。

 不老不死を願い、不老不死を捨てた天才の成れの果て。自分が何者か分からなくなったと言っていたマリヤの気持ちを、トウルはそれだけで察した。

 工房にキッチンが無いことからも、食事をとる必要がなくなったことが推測される。

 人間らしいことを全て捨てて、孤独に錬金術と向き合うだけの体になっただろう彼女に、トウルは空虚な気持ちになる。


「リーファ。あそこにマリヤは座っていたんだ。自分の命を維持するために」

「そっか」


 リーファがゆっくりと椅子に近づき、手を触れる。


「ただいま。マリヤお母さん。リーファこんなに大きくなったよ」


 リーファの呼びかけに返事は返ってこない。

 当然のことだ。マリヤの本体は既に死んでいる。それでも、トウルはリーファの中に眠るマリヤの欠片に声が届けば良いと願っていた。


「え? ここ開けるの?」


 リーファが突然声を出して、トウルは首を傾げた。


「お父さん。錬金炉使わせてもらお。鍵作らないと」

「え? ちょっ、リーファ!?」


 突然走り出したリーファをトウルが追いかける。

 リーファは製図部屋に入ると急いで紙を広げ、鍵の設計図を描き始めた。


「この設計図どこから?」

「分かんないの。でも、作ってって言われた気がしたの」

「分かった。リーファ、計量は俺がしておく。物と量を言ってくれ」

「ありがとうお父さん。えっとね。石五十グラムと、砂鉄十グラム、後、リーファの髪の毛を一本だよ」


 トウルはリーファの言葉を聞いて、言う通りに材料を量り取った。

 鍵にしては変わった材料に、トウルはある種の予感を抱いていた。

 意図が無ければ鍵を作る際に、通電性とリーファの髪の毛は必要無い。


「出来た!」


 リーファは設計図を急いで錬金炉に読ませて、トウルが材料を投入する。

 小さい鍵だったおかげか、あっという間に鍵が錬金炉から吐き出された。

 鍵というよりかは、まるで小さなカードだ。

 リーファはそのカードを握り締め、椅子のあった部屋に戻ると、椅子にカードを差し込んだ。

 すると、急に部屋が真っ暗になり、何も見えなくなってしまった。


「おかえり。リーファ。我の意志と肉体を受け継いで再誕した子供よ。赤ん坊の頃に比べて大きく成長して、我と同じ錬金術も出来るようになったのだな」


 だが、ほんの僅かの間の後、ぼんやりと光る半透明な女性が現れた。

 幽霊のように見えるが、恐ろしさは無い。表情は柔らかく、子供との再会を喜ぶ嬉しそうな母親だ。


「……マリヤお母さん」

「お主が我のこの姿を見ておるということは、我は全てに満足して、我の命を終わらせたのであろう。そして、リーファ。お主はきっと立派な錬金術師になっておるだろう」


 マリヤの言葉から推測するに、彼女は幽霊では無い。

 トウルが中央で祭りの宣伝をした際に使った消える広告と原理は同じ、映像による手紙だと、トウルは気付いた。


「それだけの研鑽を積んだこと我は嬉しく思う。これからも未知に挑戦して欲しい。失敗を恐れるな。お主の人生には我がついておる」

「……知ってるよ。夢の中で見守ってくれてたもん……」

「だからこそ、我はお主には我の失敗を伝えておこう。我は不老不死に取りつかれた。そして、半分は実現したが空虚な物だったよ。自分だけが生きながらえ、生きて欲しかった人達は我の前から姿を消した。それはとても悲しいことだ。それでも、彼らの意志は形を変えて生き続けている。親から子、友から友、そうやって繋がっていく意志や知識こそが人の手に入れた不老不死。リーファ、沢山の物を受け取って、沢山の物を人に繋げて欲しい。そして、願わくは、我の意志も繋げていって欲しい。それだけの力をリーファ、お主は持っておる。いかんな、どうも歳を取ると説教臭くなったり、月並みな言葉しか言えず申し訳ないな。あぁ、なるほど。こういう時に使うのだな。愛しておるぞリーファ」


 マリヤは最後に微笑みかけると、姿を消した。

 部屋に光が戻り、何事もなかったかのように部屋は静けさを取り戻している。


「リーファ……」


 トウルが固まったまま椅子を見つめるリーファに声をかけた。


「リーファも……リーファも大好きだよ。ありがとう。お母さん。生き返らせてくれてありがとう」


 リーファが小さな声で呟くと、彼女は元気いっぱいな笑顔でトウルに振り向いた。


「お父さん! いこっ!」

「リーファ、大丈夫か?」

「うんっ、最後にみんなのお墓参りしなきゃ」

「そうだな。裏庭にお墓があるって聞いている。いこうか」


 トウルは元気なリーファを連れて裏庭に出ると、綺麗に並べられた三十個ばかりの小さな墓石と、その隣に大きな墓石が一つ置かれていた。

 トウルとリーファはお墓の前で手を合わせて、一分ほど黙祷を捧げた。


「みんなの分もリーファがんばるからね。ね、お父さん」

「あぁ、リーファはとっても頑張り屋さんだ。それに俺がついている。みんなは安心して眠ってくれ」


 トウルはそう言うと、リーファを抱きかかえてマリヤの工房に鍵をかけて立ち去った。

 これでリーファは二度目の始まりを知った。

 リーファの始まりを巡る旅は、ついに原点へと向かう。

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